講演について

修士2年の終わりに初講演をやって以来, これまでに120回以上世界中で講演してきた. 10年強でこの回数は割と多いほうだと思う. 自慢ではないが, たぶん僕は講演が上手い方の部類にあると思う(異論は認める). 回数をこなしたことによる場慣れの面も大きいが, ここでは自分が講演するときのポリシーについて簡単に書く.

僕はこれまで全ての講演で, スライドを必ず2種類用意して臨むことにしている. 別に全く異なる内容を用意するわけではなく, 内容はほぼ同じだが「ふつう」と「ややテクニカル」の2通りを用意しておき, 講演10分前くらいにどちらを使うか決めている. 決める材料は参加者の顔ぶれ・学生さんの参加率や当日伝えたいこと(これは結構コロコロ変わるもので, 行きの飛行機で気が変わることもザラにある)でほぼ決めるが, 例えば会場のスクリーンが思ったより小さかったりプロジェクタのルクスが足りない場合はデモを潔く削ったりという判断も重要である. ある程度の臨機応変さというか心の余裕がないと, 妙に緊張してしまって講演がうまくいかないのである.

スライドの分量はやや少なめにしておくのがコツである. 例えば60分の講演枠をもらっている場合, その80%(この場合は48分)くらいの分量で調整するとちょうどよい. 自分だけが講演するセミナーや談話会なら60分使い切ってもよいと思うが, 研究集会のように後がつかえている場合は考慮すべきである. 休憩時間にまで質疑応答が延びてしまうことがよくあるが, あれは「講演時間ギリギリまで喋り続ける講演者」と「質疑応答を延び延びにさせる座長」の双方に問題があるのである. ただ後者に関しては僕も座長経験を多くやってきたが, たまに守れないことがあるので反省している. とくにオンライン開催の研究会だと会場の雰囲気が全く読めないので, つい延長しがちである. 研究集会に数回参加した人なら分かると思うが, 質疑が延びているときの「早く切り上げてくれよ」という独特の雰囲気ははっきりと感じられるものである.

計算機を使った講演ではよくデモンストレーション(実演)を行うが, 講演中に無言になりひたすらプログラムを打ち込む「待ちの時間」をとる人がたまにいる. 10秒くらいならまだいいが, 1,2分くらい無言になる人も少なくない. 個人的にはあの時間が一番苦手というか, 集中力がスポイルされるので出来ればやめてほしい. 僕は数式処理システム Magma の実演の際, interactive load 機能を使って自動で one by one execute できるように工夫している. デモコードを隅々まで見たい人がいればウェブページに後で公開しておけばいいだけの話であって, 貴重な時間を割いてまで打ち込む姿を見たいわけではない. もしそういう機能がない数式処理システムで実演をしたい場合は, 事前にビデオで画面収録して編集したものを上映するなど色々工夫できるはずである(実際, 応用数学系や情報工学系の先生の実演はとても上手である).

僕がこれまで行ってきた120回以上の講演のうち, ほぼ完璧にできたという講演はわずか2回である(それ以外は何かしらの反省点が残った). 2014年3月の北海道と2018年7月の東京である. 冗談に聞こえるかもしれないが, この2回の講演の最中には幽体離脱に似た感覚があった. 端的に言えば「講演している自分をやや後ろ上あたりから眺めている」錯覚に陥った. 何かを話そうとしなくても口が勝手に動く奇妙な体験であった. これは自分だけの特異なことなんだろうと思っていたのだが, ラジオパーソナリティをやっている知人と落語家を志したことのある友人にこの話をしたところ, 2人とも同じ体験をしたと言っていてびっくりした.

これまでいろんな人の講演を聴講してきたが, 生涯ベストと感じた講演は河東泰之先生(現・東京大学教授)の談話会講演である. 板書での講演だったが, 紙を見られたのは arXiv の論文番号を転記するときだけで, それ以外はすべて何も見ずに流れるように講演されていた. operator algebra に関する講演で僕の専門外だったが滅法面白く, 60分の講演時間は体感15分だった(一切誇張していない. 時計を見るのも忘れていた). しかも持ち時間のプラスマイナス15秒できっかり講演が終わっていて衝撃を受けた. あの領域に達するにはまだまだ僕も修行が足りない.


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