TA について

大学院生になると, TA(Teaching Assistant)とよばれるアルバイトに従事することができる. 他にも RA(Research Assistant)というのもあるが, 大抵の大学(数学系)ではこれは返還不要な奨学金的役割になっている. TA はそうではなく, 配属された講義で実施された小テストの採点や答案のとりまとめ, 場合によっては直接学生に指導することも課される. 本題は「院生時代に TA はやったほうがいいのか」ということであるが, 結論から言って「やったほうがいい, というか是非やってほしい」という主張をここに書く.

TA の時給は大抵 1,000 円台前半であるが, 修士よりも博士の方が若干高い. しかしそれ以上に重要なのは「給料は書面上の時間給」になるという点で, 例えば実質2時間の業務でもカリキュラム上4〜5時間の計上となる. だから1日2時間の演習に従事して 6,000 円近い給料となることも珍しくない. 個人の家庭教師アルバイトなどに比べると低い水準かもしれないが, コストパフォーマンスはかなり高いのではないかと思う.

僕は修士1年から博士2年まで毎年 TA をやった. ちなみに修士の頃担当したクラスにいたのが妻である. ここだけ毎回抜き取られるのでよく誤解されるのだが, 妻と最初に private に出かけたのはもちろん TA の期間が終わった後のことである.

最近, TA をすることに及び腰な学生さんが増えている気がして少し心配している, TA はいわゆる「教育実習」のようなもので, 仕事はしてもらうがその責任は担当教員が負うわけだから, のびのびやっていいし, 分からなかったら教員の助けを仰いで何ら問題ないのである. 学生さんは, きっと TA に学習のサポートを100%期待しているわけではなく, 教員には質問しづらい「駄質問」でも TA なら恥ずかしくない, という気持ちで TA を頼っているのではないかと思う. 何なら学習相談・話し相手でも十分仕事になると思う.

僕自身は TA をしてきて本当によかったと思っている. M1 のときは高山晴子先生(現・城西大学教授)の微分積分を担当したが, 毎週「TA さんのおぼえがき」というフリーペーパーを作った. 学生さんがつまずきやすい部分を解説したものだが, 結果的に今教壇に立つ身分となってからとても役立っている. 当時は講義が行われるキャンパスと院生室のあるキャンパスが違ったので, 毎回帰りに天神でコーヒーやデザートをご馳走してくださった高山先生には感謝の極みである. 第一子をご懐妊されたこともそのときに伺った.

M1-M2 のときは代数の演習を担当し, 直接学生さんを指導する TA をしたが, 日によっては夜の10時くらいまで一緒に居残りすることもあった. このときの学生さんに古賀勇君(現・明治大学助教)がいる. 彼は編入だが大変に勉強熱心で, 都立大の非常勤も務めてくれている. この代数のときはかなりレベルが高く, TA として教える立場にいながら外部テンソルを知らなかった. このとき作った「誰でもテンソルがわかるプリント」はかなりダウンロードされ, 脈々と数理の学生さんに受け継がれたそうである. 勉強する機会を頂いた今野拓也先生(現・九大数理准教授)には感謝している. M2 のときに今野先生の内視論(endoscopy)の講義に出たが, あるとき受講生のいろいろなスケジュール的事情により「僕・今野先生・とその奥様+1名」のときはさすがに緊張した.

D になると文部科学省グローバル COE プログラムの Talented RA に2年間採用された. なので僕が学振 DC2 に採用されたのは D3 のときである(しかも10月末に早期学位取得して JST CREST のポスドクになったので、実質7ヶ月しか DC の期間がない). この TRA の duty として, 外国人教員の講義 TA というのがあった. 正確には採用者のうち1名がやるということだったが, 楽しそうなので志願したのである. このとき担当した Xavier Dahan さんと Craig Pastro さんとは随分(夜の飲みを含めて)仲良くなった. Craig さんには僕の結婚式にも来ていただいた. D2 のときに半期だけ, 川崎英文先生(2021年3月に九大数理を退職)のゼミの TA をするなどした. 川崎先生は僕が学部1年生のときに初めて受けた数学科としての授業(数学概論)の先生で, その夏休みに折り紙レクチャーをしていただいたり(川崎先生は折り紙数理のプロである), とくにお酒についていろいろ教えていただいた. コロナの影響で最終講義に出張できなかったことが心残りである.

TA は「大学生に教える」立場であるから, 尻込みしている学生さんも多いと思うが, それ以上に得られるものは計り知れない. せっかく大学院まで行ったのだからチャレンジしてほしいと思う. 通常こういうチャレンジには金銭的なリスクを伴うが, TA というのは「お金をもらいながらチャレンジできる」という最高の環境だと思う. ぜひ一歩踏み出してやってみてほしいと思う. きっとかけがえのない経験と「宝物」が得られるはずである. なお僕にとっての「宝物」のひとつが妻であることは自明である(とか書くとまた誤解されるか・・・).


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