※ これは「数学セミナー」(日本評論社)にて 2026年4月号から1年間連載を担当しているコラム「シネマス - 映画にひそむ数理 -」の最終回として用意していた記事である. 映画「君たちはどう生きるか」を題材にした記事であったが, 連載中に記事を変更したくなり, 最終的に別作品が掲載予定となった(作品名は2027年2月上旬までひみつです).
作品名: 君たちはどう生きるか(2023) 上映時間: 124分 公式ウェブサイト
監督: 宮﨑 駿
プロデューサー: 鈴木敏夫
制作: スタジオジブリ・星野康二・宮崎吾朗・中島清文
音楽: 久石 譲
主題歌: 米津玄師
声の出演: 山時聡真・菅田将暉・柴咲コウ・あいみょん・木村佳乃・木村拓哉・大竹しのぶ ほか
本連載のオファーを頂いたとき, 真っ先に候補の一本として思い浮かんだのが本作である. 米アカデミー賞も受賞した, いわゆる「宮﨑アニメ」の最新作である. 私見ではあるが, 本作には宮﨑駿監督のこれまでの人生が詰まっている. と同時に, 新しいことに挑戦する人々へのエールが込められていると感じる.
第二次世界大戦後, 主人公の眞人は母を火災で失う. 彼の父はその後夏子という女性と再婚, 3人は疎開するが, そこには謎の生物・青サギがいた. 夏子曰く, 青サギの住む塔は「大伯父」によって建てられた後, 塔の中で失踪したと聞かされる.
基本的には眞人と青サギ(後にサギ男に変身), そしてヒロインのヒミを中心として物語は進む. 劇中で登場するあらゆる演出・キャラクター・建築物は, どこか既視感を感じる. 私はジブリの作品に詳しいわけではないが, 少なくとも6作品へのオマージュを感じた(ちなみに私のジブリ生涯ベストは『となりのトトロ』である).
終盤「大伯父」が満を持して登場する. 私にはこのキャラクターが, 宮﨑監督「ではなく」盟友・高畑勲監督にしか見えなかった(もっと言えば, サギ男はプロデューサーの鈴木敏夫氏に見える). クライマックス, 世界を模した積み木を積むシーンがあるが, 私はここに数学者としてのこれまでの生き方, そして「どう生きるべきか」を見た.
数学の世界では, よく「全く新しいことを証明した」というフレーズを聞く. これは半分正しいが, 半分誤りである. 実際, 新しいことを証明するのが数学者の仕事であるから, その意味では正しい. しかし, その「全く新しいこと」を示した論文には参考文献がついている. つまり「全く新しいこと」は, 先人の研究による努力の結晶を利用して得られたものである. 新しい結果を得たければ, 地道な「積み木を積む」作業を避けることはできないのである.
新しい結果を得ることは, 積み上がった積み木の上に新しい積み木を積むことである. 言わずもがな, 数学者にとっての大きな幸せの一つがこの作業である. しかし, もっと幸せになれる瞬間がある. それは「自分の積んだ積み木の上に新しい積み木が積まれる」ときである. これが実現したということは, 自分の研究が認められ, 興味を持たれ, そして自分をきっかけに新しい真実が世に出るということだからである. この瞬間, もっと新しい次元に進むべく奮起し, その分野はより豊穣なものとなっていく. 基本的に, 数学者の人生はこの繰り返しである.
この一年間, 映画というコンテンツを通していろいろな数理科学や数学的営みについて述べてきた. おそらく「映画にひそむ数理」というテーマからは想像できなかった作品もあっただろう. ぜひ次に映画を観るときに「どこに数理が隠れているかな?」という眼で鑑賞してみてほしい. それはきっと, あなたの人生を(ほんの少し)豊かにするはずだから.
Contact: s-yokoyama [at] tmu.ac.jp