因数分解ができなかった数学者

会った人と「大学教員をしてます」「何を研究してるんですか」「数学です」とやりとりすると「数学得意だったんだねぇ」「何でもすぐ暗算できるんでしょう?」という流れになることが多い. 確かに職業数学者として生かさせていただいている多くの人は, 数学が得意だった人が大半であろう. 僕も算数・数学は昔から好きだったし, 数学は得意な方だったけれど, 苦手なこともたくさんあるし挫折もたくさんしてきた身である. とくに暗算はあまり得意ではないし, 数学者同士の飲み会では割り勘の計算ができる人のほうが稀である.

小学校のときは算数のテストで100点ばかりとっていたが, 唯一80点を割り込んだのが「そろばん」の回だった. 勘のよい方はお気づきかもしれないが, 僕はこのテストをすべて暗算で乗り切る算段だった(筆算を書くと先生にバレるので暗算しかなかった). 高々3桁×3桁の掛け算までなので全て暗算でいける予定だったのだが, 僕は2つ以上のことができない悲しき少年であり「そろばんで計算しているように見せつつ暗算する」ことができなかった. そのせいですぐ先生にバレてしまい「横山君, いま暗算してるでしょ」とコッソリ指摘されてしまった. お陰で全然解けず, 返却の時に友人から「めずらしいね, 試験の時先生が気にしてたから具合悪かったの?」と心配してくれたが, それは暗算ができなくて困っていただけだとはとても言えなかった.

中学2年生のときに因数分解でつまずいてから, 1年近く数学低迷期が続いたことがある. 因数分解のいわゆる「たすきがけ」のコツが全くマスターできず, なぜ友人がみな簡単に因数分解できるのか理解できなかった. そこで考えた秘策が「とりあえず100通りの因数分解を全部暗記する」というものであった. 秘策どころか大駄策である. もちろん試験では50点そこそこしかできず(それでも結構よくできた方では?), さらに一発で因数分解できない問題 = 例えば x+a を X とおいて因数分解し, 後から戻してさらに因数分解するような複合問題も一撃で答えを書いていたため減点された. なぜ途中経過を書かないのか質問されて「たまたま覚えてたというかこうかなと思って, 展開したらちゃんと問題の式と一致していたからこれでいいでしょう. 数学的には間違ってないはずです」と言ったら激怒された. 今ならさすがに「ラマヌジャン気取りもいい加減にしなさい」と言いたくなる出来事である.

ただしこのときの「とりあえず覚える」という経験のおかげで, 因数分解のときに「この数字とこの数字ならこれとこれがくっつくな」という「数覚」が身についたのは棚ぼただった. よく「数学は暗記科目ではありません!」という批判を耳にするが, 適切な場面では多少の暗記も意外と有効なのではと思う.


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