ロマンティック数学ナイト

2021年9月, 僕は国内講演100件目の節目を迎えた. それは学会発表ではなく, カンファレンス講演でもなかった. いわゆる一般向けの数学イベントだった. しかし講演を終えたいま, 自分自身のこれまでとこれからを考える素晴らしい機会になったと思っている. そのイベントが標題のものである.

ロマンティック数学ナイト とは, 数学が好きな人々, 得意ではなくても数学を愛する人々などが集うイベントであり, 僕が招待してもらった回で実に16回目を迎える長寿イベントである(他にもスピンオフがあるそうなので実際はもっと多い). ちょうど僕の後輩の岡本健太郎くん(超優秀で, 数学系の出版社に勤めていたが転職した)からのオファーがあったので快諾した. 岡本くんには感謝である. よく考えれば, オープンソースカンファレンス(OSC)などの技術系カンファレンスを除けば, こういうイベント講演での出演依頼は初めてだった. 元同僚の手老篤史さん(現・九州大学准教授, 応用数学者で2度イグノーベル賞を受賞している)と同じタイミングというのも縁を感じた. なお手老さんとは専ら飲み仲間だったが, 後述のあることに協力いただいたことも大きい. なおこの回では, 僕と手老さんが特別枠ということで15分のプレゼン時間をもらっていたが, デフォルトでは496秒(完全数)と決まっている. 当日は260名以上の参加者がおり, 熱気に包まれた4時間半であった.

この回は12名のプレゼンター(実際はこのイベントではプレゼンターとは呼ばず「ロマンティスト」と呼ぶことになっている)がおり, 僕は前半戦のトリ, つまり6番目の登壇だった. 自分の出番まで登壇者のプレゼンを聞いていて驚いた. 一言で言えば, 皆プレゼンが上手すぎるのである. もちろん自分もプレゼンは上手いと自負しているし, 15分きっかりで終わらせた(終了1分前のベルを聞いて, 1分頭でカウントしつつ話を締めた)のだが, それでも圧倒された. さらにそれは「うわべだけ」ではなく, 誰もが数学が好きであることを惜しみなく主張していた. 多少暴走していても, これでいいのだという勢い, そしてそれを受け入れる聴衆の空気感が(オンラインでも)ひしひしと伝わった. 中には小学3年生の講演もあったが, 大人顔負けの鋭い観察眼と巧みな話運びで全参加者を魅了していた. twitter ハッシュタグと連動していたので, その雰囲気はアーカイブスとして今でも閲覧できるだろうと思う.

しかし, 僕が最も感銘を受けたのは, このイベントの主旨説明のときだった. 司会進行役のタカタ先生(吉本所属の芸人さんで, 数学教師との二足の草鞋を履かれている)が一言

"「分からない」を大切に "

と仰ったのが突き刺さった. これはまさに, 自分が数学者としてやってきた上でのポリシーに他ならなかったからである.

この証拠は2つある. まず1つは僕が院生時代に九大数理学府のパンフレットに書いた記事である. そのタイトルは「『分からない』を楽しもう」だった. 学部時代からの脱却に悩む後輩に向けた記事だったが, そのマインドを久々に思い出した. ちなみにこの記事は確か4年くらい使い回された記憶がある. 印税が入るわけではないが, 友人からは「ベストセラー」だと言われていた. この後もよく知っている後輩の記事がたくさん載っていて, どれも必読に値するよいコーナーである.

もう1つは, 自分が九州大学のポスドク・助教時代にやっていたワークショップである. "Intersection of Pure mathematics and Applied mathematics" という名前で, 2年間の間に8回開催した. 8回目の後に伊都キャンパス内での研究室移転(僕はサーバー管理者もしていたからその激務)のために消滅したが, この8回のワークショップは自分の礎になっている. このワークショップの趣旨は「今更聞けないことを聞ける場所」であり, その道のプロや新進気鋭のスーパースターが, 他の分野の人々向けにその面白さを語ってもらうというコンセプトであった. ルールは1つ「どんなバカな質問だと思ってもためらわない」ことであり, それを促進するために大学院生枠なども積極的に設定した. なお裏テーマは「僕(横山)が面白いと思っている研究をしている人から, 分野が違ってもわかる話を聞きたい」というものだったが, この目論見は成功したと思っている.

なおこのワークショップの題名を略すと IPA になるが, これは別にビールの India Pale Ale をもじったわけではない. にもかかわらず IPA-5 では打ち上げを行きつけのビアパブ(今は閉店)で行った. このときに講演してもらったのが手老さんである. 本当に縁とはすごいものである. さらに付け加えると, 同じ回で岡本くんに, 一つ前の IPA-4 ではやはり飲み仲間の千葉逸人さん(現・東北大学教授)に講演してもらった. ロマ数のコミュニティは僕にとって, ある意味で同窓会のようなものである. 本当にありがたいことである.

分からない, ということと共存していくことは, 数学者としては日常的ではあるが, 多くの人にとっては心配や不安の種になると思う. それはこれまでの数学教育における「解けない=悪」という誤解も一因ではないかと思う. だからこそ

"「分からない」を大切に "

いうフレーズは, 多くの人々にとってのエールになると同時に, 数学の世界に住む我々にとっても素晴らしいメッセージとなっているのである. このようなイベントが今後ますます発展してゆくことを願っているし, いつでも協力させていただければと思っている.

最後に: 講演終了時の弾幕にあった「横山先生のファンクラブはまだですか」というコメント, 大いに笑いました(笑)


Contact: s-yokoyama [at] tmu.ac.jp