このウェブページは緑が基調色になっているが, それについての話ではなく「ご縁」についての話である(緑と縁は漢字から違うが, 意外とよく間違える). よく「人に恵まれた」とか「よいご縁に恵まれた」と言うが, 僕の場合がそうである. 僕は基本的に単独行動を好むので, いわゆる「人脈作り」というものにはあまり興味がないのだが, 知人・友人のおかげで意図せずよい人脈に恵まれてきたなと思っている.
20代中盤, いわゆる大学院博士課程に進学したころから, 一人暮らしをしていたこともあって近所の飲み屋にふらっと寄ることが増えた. 店主の方と世間話をするのも大好きなのだが, たまたま隣にいたお客さんと雑談をしたり, 話にこっそり聞き耳を立てながら飲むお酒は格別である. 生まれも育ちも職業も違う人の生き様を, 損得なしに伺える絶好の機会である. 社長や経営者と呼ばれる方々と知り合うことも少なくないが, 僕の好きなお店では「悪い飲み方」をしている人はほぼ皆無で, 口を揃えて「職業に貴賎なし」というポリシーを持たれていると感じる. 酒場では皆平等という空気感がとても心地よい. ちなみに東京に移ってから足繁く通っている蕎麦屋さんには, テレビドラマや映画によく出演されている大物俳優が夫婦揃ってお忍びで通われているのだが, 最初あまりに店に馴染みすぎていて全く気づかなかった.
気づいたら酒場の話になってしまって恐縮だが, この酒場の縁というのはなかなかに不思議である.
僕は28の歳に結婚したが, ポスドクとして忙しい日々を過ごしていたこともあり 1DK の一人暮らし用の部屋に妻と1年強住んでいた. その後やや広めの物件に引っ越したのだが, リビングがフローリングだったので「子供ができたらここは畳のほうがいいかもね」とそれとなく話していたら, 何と受け渡しの時に新品の畳敷になっていて大変驚いた. 不動産の担当者に聞くと, 大家さんのご好意で無料でやってくれたという. あまりに申し訳なかったので菓子折りでも持って伺おうと思ったのだが, どうやらその大家さんはこの周辺に数多くの物件を抱えているだけではなく, それ以外にもいろいろ手がけられているそうで, 遠方にいるから不要ですと連絡をもらった. ちなみにこのとき担当してくれた不動産の担当者は僕の友人である.
引っ越ししてから, 僕は歩いて5分のところにある「くらり庵」という店に足繁く通うようになった. 写真で検索してもらうと納得していただけると思うが, 一見が入るには大変ハードルの高い店である. 客は皆常連で座るエリアもそこそこ決まっている. 最初こそ黙って飲んでいたのだが, 福岡の人は皆優しく常連さんが声をかけてくれるようになった. 気づけば店主のおばちゃん(昔気質で僕の大好きなタイプ)に毎回おまけしてもらうくらいには通った. 子供が産まれてすぐ, 開店前に娘と報告に行ったらすでに常連さんがいて盛大に祝ってもらったのを覚えている. 祝い酒くらい飲んでいったらどうだと言われたがさすがにこのときは遠慮した.
この店は屋台から始まった何十年も続く店で, 店主のおばちゃんは2代目である. 1年くらい通ったあたりで「常連中の常連」「常連のトップ」がMさんであることがわかった. Mさんはいつも入口直近のカウンターの隅なので, いつも常連さんに囲まれているため込み入った話をすることは少なかったのだが, なんとこのMさんの弟さんが僕の家の大家さんであることが発覚して腰が抜けた. 福岡を去る直前にMさんに「弟さんにお礼をお伝えください」と菓子折りを持って頼んだのだが, 残念なことに2ヶ月前に急逝されたと聞いてショックだった. この家には同僚や学生さんを多く呼んで宴会をしたので, とても思い入れのある部屋だった.
さらに別の常連さんだが, 週末にいつもお会いするIさんも不思議な縁である(僕は基本退勤途中に寄るので週末に行くことは滅多になかった). Iさんはパナソニックで研究員をされている方だったのだが, なんと暗号研究に関わっていると聞いてまた腰が抜けた. 超がつくほどローカルな酒場で「楕円曲線」というワードを聞くことになるとは思いもしなかった. Iさんとはそれ以降定期的にやりとりをしており, 僕が東京に移るときにはMさん・Iさんを含む常連さんが壮行会をして下さった. それから1年半後, なんとIさんも東京に異動すると聞いてびっくりした. Iさんは IPA という情報セキュリティのメッカに異動されたので, 折角ならと思い同僚(であり学生の頃からお世話になりっぱなし)のU先生に「Iさんと一度面談したいのですが, 同席していただけますか」という話をしたら, なんとIさんの上司はU先生の前職の同僚であることが判明した. もう腰が抜けすぎて, 腰が何個あっても足りなくなってきた.
この店以外にも, いろいろと不思議な縁に恵まれた. 世間は狭い, というのは本当である.
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