1メートルの戦略

の話には元ネタがあった気がするのだが, あったとしても10年以上前のことであるし, 今では全く思い出せないので残しておく.

僕は友人や学生さん, 研究者仲間からよく人生相談をされる. おおよそ1ヶ月に1人のペースは比較的多いのではないかと思う. その中でよく聞かれるのが「どうやって研究者になれたのか」と「仕事のモチベーションをどうやって保ち続けているのか」の2つである. この質問を受けたとき, 僕は決まって「東京スカイツリーのそばに1メートルの苗木を植えてみたら」という例えをする. これは僕が大学院に入ってからの12年間, 常に自分のポリシーとしている戦略である. なお12年前にはスカイツリーはなく, 福岡在住だったので福岡タワーのそばに1メートルの苗木を植えてみたら」と言っていた.

有名な この記事 のように, 博士号をとること, 研究結果を残し続けることは極めて大変なことである. その中でも, 有名未解決問題やその分野の未踏峰に挑むのは大変な労力とリスクを伴う. チャレンジに成功する確率よりも失敗する確率のほうがずっと高く, 僕自身のまわりだけでもこれまで多くの仲間が業界を去ったり, メンタルをやられてしまうことが日常茶飯事であった.

有名未解決問題を解くという行為は「東京スカイツリーを1メートル高くしてこい」というチャレンジに例えることができる. 634メートルを635メートルに更新することでトップの地位を得ることができる. 数学に限らず, この業界での2位はビリと同じなので, 1位をとる以外に生き残る術は存在しない. ゆえに世界中の猛者たちが頂上の1メートルを伸ばすために多大な労力をかけて日々奮闘している. 我々はそのために必要な免許(=博士号)をとり, 厳しい訓練(=日々の研究・セミナー・研究発表)を積み重ねて登頂のスキルを得るが, それでも(例えハーネスをつけていたとしても)滑落の危険を伴う.

しかし, この1メートル伸ばす危険な行為は, 地上にいる人々からはほぼ認識することができない. 同業者でない人ならなおさらである. 他分野の研究の価値が正当に理解されずトラブルになる例もよく見かけるが, それは当たり前のことなのである.

では, 東京スカイツリーのそばに1メートルの苗木を植えて, 野菜や果物を育てたらどうなるだろうか. きっと多くの人々に気づいてもらえるだろうし, 東京スカイツリーというネームバリューもついてくるかもしれない. そしてその野菜や果物の質が高ければ, 立ち止まって興味をもってくれる人もいるだろう. これは研究の世界でも同じことで, 誰もやっていない場所(だが多くの人々が関心をもつ場所に近いエリア)で丁寧に育てた1メートルは目立つのである.

もちろん, 1メートルを育てる場所と戦略は極めて慎重に考えなければならない. どんなに優れた野菜でも, 遠く離れた山里の樹海に植えてしまえば見つけてすらもらえないし, 逆にスカイツリーのそばという話題がついたとしても, その果物の味が悪ければブームはすぐ廃れてしまう. だから, 1メートルの戦略は予想以上に難しく, 初手を誤ると失敗するわけでリスクは当然ある. しかし, 成功する可能性は(個人的には)少し高まるのではと思うし, その分野の多様性を広げるという意味でも有益ではないかと思うのである.

最後に一つ, 誤解してほしくないのは「有名未解決問題にチャレンジするな」と言っているわけではないということである. 学問は自由なのだから, 未踏峰にリスクをかけて挑むロマンは僕も大いに共感する. 以上はあくまでも一個人の考え方であり, もしかすると今悩みを抱えている誰かの背中を後押しできればと思って書いた. SMAP の名曲「世界に一つだけの花」に「No.1 にならなくてもいい もともと特別な Only One」というフレーズがあるが, 研究では Only One だけではダメで No.1 にもならなければならず, 厳しい世界であることには変わりないのである.


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