字について

手前味噌で申し訳ないが, 僕は人並み以上には字が上手く書ける自負がある. 実際, これまで字を褒められこそすれ何か困ったことは一度もないし, 授業アンケート等で「字がきれいで読みやすい」とはよく書かれるが「もうちょっと字をきれいに書いてほしい」と書かれたことはない. これは親のおかげであり, 今でも感謝している. 親は書道の師範代だった経験があり, いくつか賞をとるほどの腕前である. なので漢字の書き始めあたりはかなりスパルタ的指導を受けた思い出がある. 大人になってから「字ではこの人には勝てないな」と思った経験は片手で数える程度しかないが, 例えば岡本健太郎君(九大数理の後輩)はあまりの達筆さに衝撃を受けた. 彼は数学に関する仕事と並行して, 切り絵作家「紫雲」としても大活躍している.

ちなみに僕は板書をするとき, 一切文が上下に曲がらないようにまっすぐ書ける. これは中学・高校の数学の恩師である原口宣之先生のおかげである. 数学のノートは無地のものしか使用を認めず, 罫線入りや方眼のものは禁止されていたが, これが「文をまっすぐ書く」コツをつかむのに大いに役立った. また, 原口先生の板書にはいくつか特徴があった.

・字は大きく
・チョークは原則として白&黄色の2色(どうしても必要なときは最小限の赤を使う)
・やや丸文字にして視認性を高める
・漢字は大きめ, ひらがな小さめでバランスをとる
・余白をケチらない(余白の配置も美学のひとつ)

これらの「原口イズム」は, 僕の板書にもしっかり受け継がれている. 僕の講義をとったことのある学生さんなら理解してもらえると思う. とくに2つ目の色使いについては, 色弱の学生さんへのフォローになっていたことを大学教員になってから知った. ちなみに最後の2つを意識すると, 誰でもそれなりに綺麗なノートがとれるようになるので, 困っている人はぜひ試してみて欲しい.

原口先生は学校一厳しい先生だったが, 非常に生徒思いの優しい先生だった. 山岳部の遠征の度にお土産の鉛筆やお菓子を買ってきてくれるような先生だった. 原口先生は2020年3月をもって定年退職されたが, 今でも年賀状のやりとりを続けている.

小学校のとき毎年「硬筆コンクール」があり, 僕は6年連続で賞をとった. うち5回は金賞 or 銀賞だったが, 一度だけ3年生のときに本番で手が滑り(硬筆の本番用紙では消しゴムを使えない決まりだった), 焦りもあって入選止まりになってしまった. この結果を知った夜はずっと泣いていた記憶がある. 銀賞以上とれなければビリも同然だと本気で思っていた. こう書くと偉そうにと思うかもしれないが, アカデミックの世界は銀賞でもビリと同じなので, マインドは同じようなものである.

一方で, いわゆる毛筆・習字はどちらかといえば苦手な部類である. 祝儀袋を書くときの筆ペン程度ならまあまあ書けるが, 書道となるとうまく書けないというか, 美的センスが足りないのだと思う. 篆書はもっとダメで, 一度高校の書道の授業でやらされたが苦痛以外の何物でもなかった(例外的に「はんこ」を削るのは好きだった). 周りの友達が A- や B+ を連発する中, 僕はどれだけ教科書通りに完璧にトレースしても C しかもらえず不満だった. さすがに頭に来て, 最終回ではわざと左手で適当なやっつけ書道をしたら「この掠れが見事ですねぇ」と褒められて A+ が出た. それ以降二度とやっていない.


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