海外出張の思い出:前編

この記事を書いている2021年4月時点で, これまで数学の出張として20回海外に行った. 内訳は韓国5回, 中国2回, カナダ1回, イギリス2回, オーストラリア3回, シンガポール1回, アメリカ1回, ドイツ3回, オランダ2回で韓国が一番多い. 実は福岡-韓国は福岡-東京よりも近く, 仁川からの帰国便に至ってはわずか55分で到着する. しかし国際線なので機内食が出る. CA さんが投げるように食事を配り, 乗客が早食い競争のように食事を頬張るのが毎回の風物詩である(なお僕は毎回食事を断ってビールとワインを飲む). 韓国は釜山に3回(すべて釜山大), ソウルに2回(COEX コンベンションセンターとKIAS)である. とくに釜山にこれだけ行けたのは平坂貢先生(現・釜山大学教授:現在はご病気をされて療養中)のおかげである. また平坂研の数多くの院生さんはみな本当にいい人で, 日本で数学者として活躍している友人が何人もいる. 日韓の関係は報道などでは緊迫しているが, これまで出会った韓国の友人や先生は皆本当に素晴らしい人たちばかりだったので僕自身は全くそういう実感がない.

僕は基本的に海外出張は1人で行く. というよりも2人以上で行動するのがあまり好きではない. 休みの日にふらっと現地のビアパブに行って, 知らない人と楽しく談笑するのが旅の醍醐味である. そういう旅の思い出話をいくつか紹介してみたい. 少し長くなるので前後編に分けて書く.

数学の仕事として初めて海外出張をしたのは2010年12月で, ソウル COEX コンベンションセンターで開催された SIGGRAPH Asia というカンファレンスに出席した. SIGGRAPH とはコンピュータグラフィックスに関するトップカンファレンスであり, そのアジア版で毎年開催されている. 12月のソウルは極寒で, 日中でも気温がマイナスになることが珍しくない. 仁川国際空港からソウル市街地行きのシャトルバスに乗ったら乗客が僕一人しかおらず, 運転手さんに「ホテルまで行ってあげるからホテル名教えて」と言われてびっくりした. その後も「ラジオつけていい?」と言われて承諾したら, 到着するまで韓国の歌謡曲(たぶん演歌みたいな曲)が爆音でエンドレス再生された. さて, カンファレンスは面白かったのだが, とある午前中のセッション終了後に突然スクリーンに "CAUTION! Evacuation Training" という緊急のスライドが映し出されて大変驚いた. 実は出張の数日前に某国からのミサイル砲撃を受けるという大事件が発生しており, 有事の際に向けた全国民参加の避難訓練が実施されたのである. これは外国人も例外ではなく, サイレンが鳴ってから30分間はすべての車・電車は停止, 全員車内や屋内にて待機することが義務付けられた. その間は窓から外を覗くことも厳禁とされた. 会場の COEX はガラス張りだったので外が否が応でも見えてしまったのだが, 公道を戦車や軍隊の緊急車列がひっきりなしに走る姿に声も出なかった. 韓国は地下鉄でも透明のカバーにガスマスクが収納されており, 停戦状態の国であることを強烈に感じた.

2011年の9月に上海交通大学に行った. 浦東国際空港から大学まで地下鉄を乗り継いで2時間かかるのだが, 空港から数駅だけはリニアモーターカーが走っていて, せっかくならそれに乗ろうと決めた. 地下鉄なら50円くらいの距離だがリニアは300円くらいだったと思う. 飛行機のように手荷物検査を受け, 発車1分前にドアが閉まってゆるやかに発進する. 最高運転速度は 433km/h だが, この日は 320km/h までの低速運転だった(全然低速ではないが). 乗り心地はまあまあといったところである. よく地下鉄の改札で物乞いに会ったことも記憶に残っている. 宿は学内のゲストハウスで大変豪華だったが, 3食すべて中華だったのでさすがに胃もたれした. しかし現地の人は朝から脂っこい食事をガツガツ食べるので, 見ている分にはとても気持ちよかった. 帰りは大学から数人でタクシーを呼んで空港に行ったが, ハイウェイで 130km/h 超出されて生きた心地がしなかった. ちなみに我々の車は優良ドライバーで相場よりも安くしてくれたが, もう一組の方はぼったくられたらしい.

イギリスの2回はどちらも Warwick 大学に行った. 1回目のときにカンファレンスに招待してもらい30分の講演をした. 聴衆の最前列ど真ん中にはいつも Bryan Birch 先生と Sir Peter Swinnerton-Dyer 先生がいた. あのミレニアム懸賞金問題である BSD 予想の B と SD である. 僕の2つ前の講演者は Manjul Bhargava さんで, ご存知のように2014年のフィールズ賞受賞者である. Bhargava さんが Warwick 大学のパーカーを着ていたので話しかけたら「たまに集めてるんだよね」と笑っていたのが懐かしい. 休憩時間やバンケット(古城巡り+豪華ディナー)はすべて無料, アルコールもお金を払う必要はなかった. 2回目は僕の学位論文のベースとなった John Cremona 先生の還暦祝いのカンファレンスで, 日本人の参加者は僕と石塚裕大君(現・九州大学助教)の2人だった. カンファレンスが終わってよく学内のビアパブに飲みに行った.

オーストラリアはシドニーが2回とメルボルンが1回である. シドニーは僕の最も重要な仕事道具 Magma の本拠地である. またここには世界最大の IMAX シアターがあり, 縦30m×横36mというとんでもない規格のスクリーンで映画やショートフィルムが観られる. オーストラリアは日本と季節が真逆なので, 2月に行ったときは気温が40℃近くまで上がって倒れるかと思った. 快く受け入れてくれた Mark さんと Stephen さんが「うまい店があるからそこで昼飯にしよう」と言うのでついていったら Udon Noodle Restaurant(うどん屋)だった. Mark がうどんにハンバーグを投入して食べていたのが衝撃すぎて一度夢に出てきた. 休日には近く(といってもバスで30分)のビーチで BBQ をしたのが楽しかった. BBQ のプレートにコインを入れて誰でも使えるというのは面白いなと思った. ちなみに Sydney 大ではほとんどの人が夏でもエアコンをつけないので, 暑がりの僕には少々辛かった. 一方メルボルンには6月に行ったが, シドニーよりも涼しくて過ごしやすかった. 市街地エリア CBD=Central Business District を走るトラム(路面電車)は誰でも無料で乗り放題である. またメルボルンには James Squire というクラフトビールがあり, カンファレンスの懇親会はここの直営店で行われた. ビール代は無料だが飯代は各自払うという, 日本と全く逆のシステムで驚いた. 確か8種類くらいあったが, 当然のように全種類飲み尽くした.

シンガポールには2016年の7月に行った. これは僕の用事ではなく, 現地に派遣される研究生の付き添いを命じられて行ったもので完全に数学ではない仕事である. チャンギ国際空港に着いたのが 23:30 くらいだったので, 出国することなく制限エリア内の簡易宿泊エリア Aerotel に泊まった. 6時間だけ滞在できるベッドだけの部屋だが5000円くらいする. しかしこれは随分安いほうで, シンガポールはホテル代がやたらと高くビジネスホテルくらいの部屋でも一泊2万くらいすることがザラにある. どうせ深夜で寝るだけなので十分だった. ちなみに寝る前に一杯ビールを飲もうと思ったのだが, 実はシンガポールは夜の22時くらいから酒類の販売が法律で禁止されており, コンビニでもアルコールの冷蔵庫が施錠されてしまう(それ以前に買ったものを飲むのは OK). ただし許可をとった飲食店では提供できるということで, 空港内のビアパブに行ったらギネスが1杯2000円した. 人生で1杯のビールに支払った最高額を更新してしまった. これ以外にもシンガポールはとにかく法律が厳しく, ポイ捨てどころか電車内で飲み物を飲むのも罰金刑である. 薬物所持は例外なく極刑となる. そんな物々しい掲示の最後が「ドリアン車内持ち込みは迷惑行為として罰金」と書いてあってさすがに笑った. 翌日無事に仕事を終えて, 帰りに Bugis Junction という繁華街で屋台飯を食べた. サテという焼き鳥が大変美味かったのだが, 一緒に注文した Tiger ビールが全然冷えておらず, おじさんが氷の入ったグラスを出して「これで飲め」と言われたのが印象的だった. ちなみに0.5泊3日の強行軍だったせいで, 行きの飛行機と帰りの飛行機の CA さんが全く同じだった. 同じ席をとっていたので, 帰国便に乗った瞬間 CA さんに「おかえりなさいませ」と言われた.

僕は大のビール好きだということで, ドイツはまさに天国のような場所である. ドイツワインも甘口でかなり好きである. とくに10ユーロ弱の白ワイン Eberbach Trocken が大好きで何にでも合う. 大抵のワインは1本4〜5ユーロで買えるので, これでも高級品なのである. 最後にドイツに行ったのは2017年の11月で, 2週間弱いたのであちこち探訪できた. 同じくビアマイスターの青木宏樹さん(現・東京理科大学准教授)といろいろビール品評会をした. 酒飲み4人組で休日はケルン・デュッセルドルフをはしごして一日中ビールを飲み歩いた. とくにデュッセルドルフの Brauerei Schumacher で飲んだアルトビアが最高に美味かった. ここはいわゆる「わんこビール」制で, もういらないとコースターで蓋をする意思表示をしない限り次々にビールが提供される. 4人で20杯以上飲んだ気がする. またこの時期はクリスマス・マーケットのシーズンで, 移動式遊園地の恐怖の高速観覧車にビアグラスを持ったまま乗ったのはいい思い出である.

ちなみにこのときのカンファレンスでは, 僕は1日目のトップバッターの講演だった. おそらく主催者が「心置きなくビールが飲めるようにしといてやろう」と配慮して下さったのではないかと思う. 世話人の方には感謝である. 1日目の懇親会後にちょっとしたサーバトラブルがあり(当時僕は九大数理の支線 LAN 管理者をしていた), 遠隔で翌日の午前中に対応するためにホテルで仕事をすることにしたのだが, 2日目の朝にいきなり僕がいないことに気づいた座長の Henrik が「横山は早速ビールを飲みにいったみたいだね」と言って笑いをとっていたと後で聞かされた. ひどいのはほぼ皆それを疑っていなかったことである. 日頃の行いというのは思っている以上に大切である.

この2017年11月を最後に一度も海外出張をしていない. 2018年4月に娘が生まれたことが大きい. ようやく落ち着いてきたのでドイツに出張しようと計画をたてていたのだが, コロナウイルス感染症の影響で予定は未定になってしまった. いつもの日常が戻ってくることを切に願うばかりである.


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