私が理系の道に進んだきっかけを考えると, 幼少期の体験がかなりの割合を占めていると思う. 3歳の頃に高級電卓を買ってもらったこと(コラム 計算機の思い出 を参照)もそのひとつである. それほど手先が器用ではないので工作は得意ではなかったが, 興味はずっとあったし, PC を自作したり修理する体験もたくさんしてきた. そのルーツの一つがミニ四駆である. 一般のプラモデルよりもずっと簡単に作れる車のおもちゃだが, 手軽に改造が出来るなど奥の深いコンテンツである. 最近では子供時代にハマった大人(私を含む)が子供といっしょに再度ハマるという現象が起きていて, おもちゃ屋さんや家電量販店のプラモデルコーナーにたくさん売られているが, 先日ふと見に行ったら1台1000円近くにまで高騰していて驚いた. 昔はどんなに高くても600円台だったと思う.
ミニ四駆(正確には「フルカウルミニ四駆」とよばれる)は単独で発売されたものだが, 数年後にこれをモチーフとしたアニメーション作品「爆走兄弟レッツ&ゴー」が制作された. 兄弟の烈と豪という少年2人が主人公で, 登場人物のほぼ全員が対応するミニ四駆を保持しており, レースで対決するというのが大まかなプロットである. 高性能 AI でも入っているのかと勘繰ってしまうほどの驚くべき挙動を見せるが, 現実のミニ四駆は自走するだけで曲がったりはしないので, 制限されたコースで速さを競い合うようになっている. ミニ四駆にハマったきっかけは小学校の同級生に誘われたからだが, 彼の名前がなんと「豪」であった. しかし彼の愛機はスピンアックスであった(劇中の豪はマグナムセイバーを愛用している). ちなみに「烈」という名前の同級生はいなかったが, ある年の担当講義で同じ名前の学生さんがいて大変感動した.
実家のそばにあった「黒田時計店」が, ミニ四駆を買える(ほぼ)唯一の店であった. 時計店とあるように時計もショーケースに申し訳程度に陳列されていたが, それ以外はすべてプラモデルが売られており, ミニ四駆6割, 普通のプラモデルが3割, ミニ四駆のパーツや接着剤1割という力の入れようであった. しかもご主人の計らいか, 定価の2割引ほどで購入できた. 土日になると店前の駐車スペースにミニ四駆のコースが設置され, 友人と対戦をしたことを覚えている. この店は私が中学3年生くらいのときに閉店した.
友人と協力してお小遣いをため, 公式のコースを共同購入して屋内でもよく遊んだ. 当時我々の中では「速度至上主義」が流行っており, ボディのプラスチックを極限まで削り取る通称「肉抜き」を競い合っていた. ある日, 豪君と同じく同級生のAさんを家に招き3人で競争をしていたのだが, 彼女の愛機トライダガーXが病的に肉抜きされており, 我々を圧倒するレベルの速さだった. しかし強度を犠牲にしていたためか, 一番内側のヘアピンに入った瞬間ボディが粉々に吹き飛び, さらに破片で機体が飛び出し, 自宅4階の開けていた窓から(防護柵を綺麗に避けつつ)星のように消え去った. このときの光景は今でもはっきりと覚えており, 走馬灯を疑似体験した気分である(本当にスローモーションに見えた). 幸い貯水槽のエリアに落ちたため地上の被害はなかったが, Aちゃんが号泣して収拾がつかなくなったため, 豪君と私でお金を出し合って新品のトライダガーXを弁償した. しかしよく考えると我々に落ち度はない.
前述の「肉抜き」と並んで, パーツを取り付ける改造も大変に流行った. 例えばコーナリングではフロント・リアに付けられるベアリングが重要となるが, これを極めるという改造が流行った. とくに同級生のH君は「ベアリングの魔術師」とよばれるほどのベアリング狂であり, 彼の愛機ブロッケンギガントはまるで中国雑技団のようなフォルムで涙が出るほど笑ったのだが, 公式レースで優勝するという凄腕であった. 彼とは小学校までの付き合いであったが, 20代前半に病気を患い急逝した. 告別式に友人と行ったとき, 棺桶に当時の愛機ブロッケンギガントが添えられていて, 当時とは違う涙が出たのを覚えている.
思い出話ばかりを書いたが, 水平方向のモーターの動力を垂直方向に変換するための歯車機構をミニ四駆で初めて学んだ人は多いのではないかと思う. 小学生世代にとっては簡単すぎず難しすぎない絶妙なコンテンツであったと思う. このような優れたコンテンツが世代を超えて愛されているというのは喜ばしいことである.
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