土壌有機物 (SOM) は文字通り、土壌に含まれる有機物の総称です(注1)。SOMは、炭素を土壌に貯め、養分を捕まえ、生き物の餌になり、分解されることで養分を供給するなど、土壌が果たしているさまざまな役割・機能を実質的に担っています。
図1-1に示した通り、土壌有機物は大まかには、「溶存有機物 (DOM) 」、「鉱物結合態有機物 (MAOM) 」、「粒子状有機物 (POM) 」に分けられます(注2)。
DOMは、水に溶け、移動性が高く、微生物が使いやすい有機物です。主に、リター・SOMの分解過程で放出されます。DOMは鉄などの養分元素を土壌から河川・海へと運ぶ重要な役割も担っていると考えられています。
MAOMは、粘土や酸化物、金属成分といった鉱物と結合したり、団粒内部に閉じ込められたりして、微生物が使いにくい有機物です。主に、微生物の遺体や鉱物に結合したDOMから構成されています。鉱物(あるいは団粒)によって保護されているので、微生物が使いにくく、土壌中に長く残り、炭素貯留や養分保持などの役割を担っていると考えられています。
POMは、鉱物とあまり結合していない固体の有機物です。リターが粉砕されたものやそれが分解を受けたものなどから構成されています。鉱物による保護が弱いため、微生物に比較的利用されやすいので、微生物や土壌動物の餌になったり、分解されることで養分を土壌に供給したりすると考えられています。(なお、団粒内部に閉じ込められたPOMは、MAOMのように分解を受けにくいです。)
図1-1. 土壌有機物の形成
図1-2. 主要な有機物画分の特徴
ツンドラ、針葉樹林、広葉樹林、マングローブ林、畑、水田など環境ごとに、これらの有機物が異なる割合で混ざり合っているので、これが環境ごとに土壌が異なる性質を示す一因だと考えられます。例えば、ツンドラは寒すぎて微生物や土壌動物のはたらきが弱く、リターの分解が進まないのでPOMの割合が高いです。なので、ツンドラで気温が上昇すると、貯まっていたPOMが微生物や土壌動物に利用されはじめ、土壌中の炭素が二酸化炭素としてどんどん大気中に戻ってしまいます。逆に、MAOMを増やすように土壌を管理することができれば、植物が固定した二酸化炭素を土壌中に長くたくさん貯めておけます。
私は現在、スギ・ヒノキ人工林を対象にSOMを調べています。特に、酸性が強い土壌と弱い土壌の間でPOMとMAOMの量や質を比較しています。土壌が酸性になっていく現象である土壌酸性化は、実は世界的な土壌劣化問題です。ですので、私はこの研究を通して、土壌酸性化が土壌機能をどのように変化させてしまうのかを土壌有機物の視点から明らかにすることを目指しています。
足元(アスファルトの下にも)には土壌がありますが、そこに土壌有機物が存在して、いろいろな役割・機能を果たしています。ふとしたときに、少しでも「土壌有機物っていうのが足元でいろいろ頑張っているんだなー」と思いをはせていただくと世界が広がるかもしれませんね・・・
注1:一般的には落ち葉や枯死根そのもの (リター) を含まないです。
注2:ここで示したDOM、MAOM、POMという分類は物理的な分け方です。実際には、比重の違い(POM < MAOM)や粒子サイズの違い(MAOM < POM)によってMAOMとPOMに分けます。一方で、化学性の違いによる分け方もあります(むしろこっちのほうが有名でしょう)。具体的には、酸にもアルカリにも溶けるもの(フルボ酸)、酸には溶けずにアルカリには溶けるもの(フミン酸)、アルカリにも溶けないもの(ヒューミン)と分けられます。
ここの話は下記の文献を参考にしました!
・Cotrufo, M.F., Lavallee, J.M., 2022. Soil organic matter formation, persistence, and functioning: A synthesis of current understanding to inform its conservation and regeneration. Advances in Agronomy, 172, pp.1-66. https://doi.org/10.1016/bs.agron.2021.11.002
・妹尾啓史、早津雅仁、平舘俊太郎、和穎朗太(編)朝倉農学大系9 土壌学. 朝倉書店, 東京.
・Whalen, E.D., Grandy, A.S., Sokol, N.W., Keiluweit, M., Ernakovich, J., Smith, R.G., Frey, S.D., 2022. Clarifying the evidence for microbial‐and plant‐derived soil organic matter, and the path toward a more quantitative understanding. Global Change Biology, 28(24), pp.7167-7185. https://doi.org/10.1111/gcb.16413
(現在は試験的に表示中、内容は今後修正されうる)
春の新緑、秋の紅葉など、樹木はこころにやすらぎを与えてくれます。しかし、目に見えない地下では、樹木の根が、太いものから細いものまで、土壌に張り巡らされており、人知れず様々な役割を果たしています。例えば、比較的太い根(粗根)は、樹体を支えたり、土壌を抱え込んで崩れにくくする役割があります。一方で、比較的細い根(細根)は土壌中の養水分を吸収・輸送しています。私の研究では、特に細根に注目していますので、ここでは細根について話をします。細根は粗根とは対照的に、寿命が短くて、頻繁に枯れて土壌に還元されます。加えて、根から液体成分である滲出物を人で言う汗のように出し続けています。そのため、土壌有機物の給源として、地上における葉に匹敵する影響を与えていると考えられます。
では、土壌有機物の給源として、細根は葉と比べてどのような特徴があるのでしょうか。細根の大きな特徴の1つとして、枯死した後に分解されにくいことが挙げられます(注1)。細根はもともと土壌中にあるので、分解者たち(土壌動物や微生物)への防御をしているためか、様々な樹種で葉よりも分解されにくいようです。そのため、枯れた根はその構造があまり変わらずに土壌中に長く残るような有機物(粒子状有機物, POM)になっているのではないかと考えられています。反対に、根が出す滲出物は液体に溶けている使いやすい有機物を含んでおり、分解者たちのよい餌にもなります。滲出物中の有機物は直接鉱物と結合することで、あるいは、微生物に一度取り込まれてその遺体が鉱物と結合していくことで、鉱物に保護されて土壌中に長く残るような有機物(鉱物結合態有機物, MAOM)になっているのではないかと考えられています。
ちなみに、細根は自分の周りの環境に敏感です。例えば、毎年私に花粉症を引き起こす原因であるスギについて、酸性な土壌では、その細根の量が増え、形も変化することが報告されています。もちろん、樹種によって酸性な土壌への応答は異なりますし、気温など他の環境要因の変化にも細根は応答します。ただ、環境変化に対する細根のこうした量・形の変化は枯死根や滲出物の量を変化させ、土壌有機物の形成過程を今までとは異なるものにし、土壌が果たす様々な機能(養水分保持機能、炭素貯留機能、生物多様性保全機能・・・)を変化させるかもしれません。なので、地下にあって目につかないけれども、土壌環境に変化があった場合、我々が土壌から受ける恩恵も、根の変化とともに変わってしまうかもしれませんね・・・
注1:現状、実際に枯死した細根を使って分解試験を行ったという報告はほとんどないです。なので、生きた細根を切って取ってきて、それを洗って乾燥させてから地面に埋めるなどして分解させる研究が多いと思います。この方法では、最初にたくさん埋めておいて、定期的に一部を回収してきて、その重量や化学性を測ります。なお、地面の中にカメラやスキャナーを突っ込んで定期的に土壌断面を撮影することで画像から得られる根の成長・枯死データと円筒で採取された実際の生きた根と死んだ根のデータを組み合わせた新規手法(Li et al., 2022 Soil Biol Biochem)は、先ほどの手法よりも間接的だが途中で回収されないので同じものをずっと観察し続けられ、かつ、埋めたり掘り出したりなどの現場のかく乱も少ないです。そのため、この新規手法ならば根ー土壌動物・微生物の関係性をある程度保持したまま分解速度を算出できるという主張があります。ただ、間接的なので分解を受けた根の化学性や住みついた土壌微生物・動物群集の測定は当然できなかったり、画像の解析が大変だったり、画像だけでなく円筒も試験開始時と終了時に取って分析しないといけなかったりなどのそれなりに欠点があります。
ここの話は下記の文献を参考にしました!
・平野恭弘、野口享太郎、大橋瑞江(編)森の根の生態学. 共立出版, 東京.
・Li, X., Zheng, X., Zhou, Q., McNulty, S. and King, J.S., 2022. Measurements of fine root decomposition rate: Method matters. Soil Biology and Biochemistry, 164, p.108482. https://doi.org/10.1016/j.soilbio.2021.108482
・Villarino, S.H., Pinto, P., Jackson, R.B., Piñeiro, G., 2021. Plant rhizodeposition: A key factor for soil organic matter formation in stable fractions. Science Advances, 7(16), p.eabd3176. https://doi.org/10.1126/sciadv.abd3176
(現在は試験的に表示中、内容は今後修正されうる)
作成中
それまでは土壌動物(特に体長2-0.2 mm の中型土壌動物の主力である小型節足動物たち)の写真や、土壌微生物(菌根菌や糸状菌などの真菌=fungi、放線菌や硝化細菌などの細菌=bacteria)のお遊び程度の絵のみ載せておきます・・・