タカチホヘビといえば、大きくてもせいぜい50cmくらいの小型のヘビ。日本ではそんな印象だが、台湾には規格外のタカチホヘビが生息している。ネットに上がっている写真などを見る限り、80cmを超えることも珍しくないようだ。そんな弩級のタカチホヘビを求め、2023年9月、台湾へと降り立った。
タカチホヘビは東アジアを中心に分布し、2025年時点で約30種が知られている。日本には3種、台湾には2種が分布している。
日本の種は本州から四国、九州に分布するタカチホヘビ Achalinus spinalis、奄美群島と沖縄諸島に分布するアマミタカチホヘビA. werneri、八重山諸島の石垣島と西表島に分布するヤエヤマタカチホヘビA. formosanus chigiraiだが、このうち厳密に日本固有種なのはアマミタカチホヘビのみである。
タカチホヘビは中国にも分布することになっているし、ヤエヤマタカチホヘビは台湾のタイワンタカチホヘビA. formosanus formosanusの亜種というのが現状の扱いだ。
近年さまざまな分類群で隠蔽種の記載が行われていることを加味すると、今後の分類学研究の進展でこれらの扱いも変わっていくのかもしれない。
台湾のタカチホヘビは、タイワンタカチホヘビA. f. formosanusとクロタカチホヘビA. nigerの2種類だ。いずれも大型になり、最大で80cm以上になる。これらの2種はどちらも台湾の広域に分布するが、基本的には1000m以上の山地でないと見られないようである。
タカチホヘビ
大型のメス成体など、黄色味が出る個体も見られる。
ヤエヤマタカチホヘビ
タイワンタカチホヘビの亜種だが、
大型にはならないと考えられている。
台湾のタカチホヘビを見るためには、ある程度標高の高いエリアに行く必要がある。地図や文献を見ながら目星をつけて、とある山岳地帯へと向かった。
沿岸域は高速道路も多くアクセスが良いものの、一度内陸部に入れば一気に道も狭くなる。特に山岳地帯は土砂崩れなどの災害も多いため、あらゆる場所で道路工事による通行止めが起きていた。これらの工事に片側交互通行といった生優しい配慮はなく、時には数時間にわたる通行制限をかけていたため、大幅に遅れて目的地の山間部に到着したのはすでに日も暮れかけた頃であった。
ヘビを探す方法にはいろいろあるが、大きく分けると「歩いて探す」か「車上から探す」の2通りになるだろう。日本でタカチホヘビを探す際には林道などを歩き、見逃さないよう丹念に探す必要がある。だが台湾のタカチホヘビは大きいので、車上からであっても成体であれば見逃すことはないだろう。なによりポイントの事前情報がなかったため、広い範囲を効率的に探せるよう、車による「林道流し」で探索することにした。
夜に車を走らせるといろいろな動物を見ることができる。このエリアの場合、最も多いのはアカマダラだった。日本でも対馬に同種、八重山に亜種サキシママダラが分布しているが、台湾のものはそのどちらとも雰囲気が異なり、やや地味な赤茶けた色をしている。霧雨の降る好条件だったこともあり、その後も飽きない程度にヘビやカエルが現れる。山間部の街灯の下にはタイワンテナガコガネも落ちていた。
アカマダラ
タイワンテナガコガネ
しばらく車を走らせていた時、ふと同行者が車を停めた。車から降りて見にいくと、そこには80cmほどのヘビが這っていた。つややかな鱗につぶらな目。まさしく念願の巨大なクロタカチホヘビ である。
動きも体型も、日本のタカチホヘビとそう変わらないのに体サイズだけが異常に大きい。感覚的にはジムグリやリュウキュウアオヘビくらいのサイズ感だ。現実味のないその姿を見て、台湾に来たことを実感した。
クロタカチホヘビ Achalinus niger
かわいい顔をしている
横に置いた手と比べるとその大きさがよくわかる
それからしばらく探索したものの、見つけられたのはこの1個体のみであった。そう珍しい種ではないだろうが、多いわけでもなのだろう。貴重な1匹に出会えたことを幸運に思いつつ、山岳地帯を後にした。
台湾を訪れる爬虫類好きは大抵の場合ヒャッポダやアマガサヘビのような低地のヘビを探すことが多いだろうから、タカチホヘビの生息地である高山まで足を伸ばすことは少ないだろう。だが、それらに1歩も引けを取らない魅力が巨大タカチホヘビには存在する。タカチホヘビ以外にもキクチハブやユキヤマカナヘビなど、魅力的な高地性の種にも出会えるかもしれない。私もまだ見ぬもう1種のタイワンタカチホヘビを求め、いつか再訪したいと願っている。