35Sプロモーターのサイレンシング

35Sプロモーター

35Sプロモーターとは、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)のゲノムに存在する35S RNAの転写プロモーターで、米国のChua博士らによって、このプロモーターがタバコの様々な組織で強く発現することが1985年に示されました。以来、35Sプロモーターは外来遺伝子として高等植物に導入し、植物組織で高発現させる目的で用いられるようになり、高等植物の遺伝子導入で最も利用されているプロモーターであるとされています。

外来遺伝子のサイレンシング

遺伝子組換え植物を作出した際に、外来遺伝子が期待通りに発現しないことがあります。このような外来遺伝子のサイレンシング(発現抑制)は、導入した外来遺伝子のコピー数やゲノム上の位置、あるいは断片化や再編成などの影響が考えられます。外来遺伝子のサイレンシングはシロイヌナズナなどのモデル植物で研究されており、転写型と転写後型のサイレンシングに区別されます。通常、外来遺伝子が正常な状態でゲノムの1カ所に挿入された場合は、サイレンシングは起こりにくいとされています。ヘテロクロマチンのようなゲノムの領域に外来遺伝子が挿入された場合にはサイレンシングが起こりますが、このような場合は選抜マーカー遺伝子の発現も抑制されるので、組換え体が選ばれてこないことになります。

組換えリンドウで起きた奇妙な現象

私たちは花き園芸植物であるリンドウの組換え体を作出したときに、不思議な現象を発見しました。35Sプロモーターを含む外来遺伝子を導入した組換えリンドウでは、外来遺伝子が全く発現していなかったのです。そこで、組換えリンドウに導入したものと同じ外来遺伝子をタバコやシロイヌナズナに導入したところ、期待通りに強い発現が認められました。その後の研究から、レタスでもリンドウと同様に35Sプロモーターを含む外来遺伝子の発現が抑制されることがわかりました。これらのことから、リンドウでみられたサイレンシングは、植物の種類によって起きたり起きなかったりするという、これまでに知られていない現象であることがわかりました。

外来遺伝子のサイレンシングは外来遺伝子が複数導入されると起こりやすいことが知られているので、私たちは35Sプロモーターを含む外来遺伝子がゲノムに1コピーだけ導入された組換えリンドウを選んで発現を調査しましたが、全ての組換えリンドウで発現が抑制されていました。このことは、リンドウのゲノムに導入された35プロモーターは、その数やゲノム上の位置にかかわらずサイレンシングが起こることを意味しています。

DNAメチル化

私たちはリンドウのサイレンシングがどうして起きるのかを調べるために、リンドウに導入された35Sプロモーター配列のDNAメチル化を調査しました。その結果、35Sプロモーター配列で高頻度にDNAメチル化が生じていることが明らかになりました。DNAメチル化とは、DNAのおもにシトシン塩基にメチル基が付加される化学反応で、生物で広くみられる現象です。遺伝子のプロモーター領域でシトシンのメチル化が生じると遺伝子発現が抑制されることが知られているため、リンドウに導入された35Sプロモーター配列は、DNAメチル化により発現が抑制されたことが推定されました

狙われた配列は?

それでは、35Sプロモーターのどの配列がDNAメチル化標的になっているのでしょうか?これを明らかにするために、私たちは新規メチル化に着目しました。新規(de novo)メチル化とは、それまでメチル化されていなかったシトシン塩基が新たにメチル化されることです。5’-CG-3’のような配列のシトシン塩基がメチル化されている場合、植物ではDNAメチル化を維持する酵素の働きにより、5’-CG-3’の相補鎖である3’-GC-5’のシトシン塩基もメチル化されることが知られています。私たちは、いちどメチル化されると細胞分裂を経てもメチル化が維持される5’-CG-3’のような配列ではなく、たとえば5’-CAA-3’のような、メチル化が維持されない配列に着目しました。このようなシトシン配列が高頻度にメチル化される場合、常に新規メチル化が生じる「ホットスポット」ではないかと考えたのです。このようなシトシン配列のメチル化を調べた結果、リンドウに導入した35Sプロモーター配列には、2か所のホットスポット領域が存在することがわかりました。

現在の研究

私たちは現在、2か所のホットスポット領域を手掛かりに、リンドウに導入された35Sプロモーター配列のDNAメチル化がどのような仕組みで生じるのかについて研究を進めています。例えば、2か所のホットスポット配列に共通に存在する塩基配列を、別の配列に置き換えてリンドウやレタスに導入すると、DNAメチル化が生じにくくなることがわかりました。このような研究を進めることにより、どうしてリンドウやレタスでこのような現象が起こるのかを明らかにし、さらに外来遺伝子を導入した際に、プロモーター配列にDNAメチル化が生じないような技術の開発につなげたいと考えています。

発表論文

Asahi Shimada, Azusa Okumura, Satoshi Yamasaki, Yuji Iwata, Nozomu Koizumi, Masahiro Nishihara, Kei-ichiro Mishiba (2017) A 64-bp sequence containing the GAAGA motif is essential for CaMV-35S promoter methylation in gentian. Biochimica et Biophysica Acta - Gene Regulatory Mechanisms 1860: 861-869
リンドウの35Sプロモーター配列特異的なDNAメチル化において、これまでに見出された高頻度に新規メチル化が起こる2領域(-298~-241、-148~-85)のうち、64塩基の-148~-85領域のみを1コピーでゲノムに導入した組換えリンドウ系統を解析した。その結果、導入した-148~-85領域で、低頻度であるが新規メチル化が観察された。このことから、導入した-148~-85領域内には新規メチル化に必要な配列が含まれるが、高メチル化には2領域が必要であることが示唆された。

Azusa Okumura, Asahi Shimada, Satoshi Yamasaki, Takuya Horino, Yuji Iwata, Nozomu Koizumi, Masahiro Nishihara, Kei-ichiro Mishiba (2016) CaMV-35S promoter sequence-specific DNA methylation in lettuce. Plant Cell Reports 35: 43-51
リンドウで見出された35Sプロモーター配列に特異的なDNAメチル化が、組換えレタスでも同様に生じることを示した。非改変35Sプロモーターと、DNAメチル化に関与することが推定されたGAAGA、GTGGAAAA配列をそれぞれ改変した35S(m1)、35S(m2)プロモーターを、ゲノムに1コピー導入した組換えレタスを解析した。その結果、非改変35Sでは高メチル化が観察されたが、35S(m1)ではDNAメチル化が劇的に抑制され、35S(m2)ではメチル化が減少していた。これらの結果から、GAAGAGTGGAAAA配列DNAメチル化の誘導に関与することが示唆された。

Satoshi Yamasaki, Masayuki Oda, Nozomu Koizumi, Kazuhiko Mitsukuri, Masafumi Johkan, Takashi Nakatsuka, Masahiro Nishihara, Kei-ichiro Mishiba (2011) De novo DNA methylation of the 35S enhancer revealed by high-resolution methylation analysis of an entire T-DNA segment in transgenic gentian. Plant Biotechnology 28: 223-230
35Sプロモーターを含むT-DNAがゲノムに1コピー導入された組換えリンドウ3系統を用いて、約4 kbに及ぶT-DNA全長におけるDNAメチル化の頻度分布をバイサルファイト法により詳細に解析した。維持型DNAメチル化酵素に捕捉されるCpG、CpWpGと、それ以外の配列(CpHpH、CpCpG)に分けてDNAメチル化の頻度分布を解析した結果、CpHpH/CpCpG配列では、35Sプロモーターのエンハンサー配列において、高頻度にde novo(新規)DNAメチル化が生じる2つの領域が存在することを発見した。これら2領域はGAAGAとGTGGAAAA配列を持ち、核因子が結合することを示した。

Satoshi Yamasaki, Masayuki Oda, Hiroyuki Daimon, Kazuhiko Mitsukuri, Masahumi Johkan, Takashi Nakatsuka, Masahiro Nishihara, Kei-ichiro Mishiba (2011) Epigenetic modifications of the 35S promoter in cultured gentian cells. Plant Science 180: 612-619
リンドウ培養細胞を用いて、導入した35Sプロモーターにおけるサイレンシングの初期応答について調査した。サイレンシングが解除されている培養細胞(PS)と維持されている培養細胞(RS)について、35S領域のヒストン修飾を解析した。その結果RSではH3K9とH3K4のジメチル化が、PSではH3のアセチル化を確認した。PSでも35S領域の新規DNAメチル化が生じており、ヒストン修飾より前に新規メチル化が起きることが示された。

Kei-ichiro Mishiba, Satoshi Yamasaki, Takashi Nakatsuka, Yoshiko Abe, Hiroyuki Daimon, Masayuki Oda, Masahiro Nishihara (2010) Strict de novo methylation of the 35S enhancer sequence in gentian. PLOS ONE 5: e9670
リンドウに導入された35SプロモーターのDNAメチル化による発現抑制の分子機構について調査した。非改変、もしくは改変35Sプロモーターを含むT-DNAリンドウに導入し、サザン解析により1コピーでT-DNAが挿入された系統を選定して、35Sプロモーター領域のDNAメチル化をバイサルファイト法により解析した。その結果、35SプロモーターのDNAメチル化は1コピーでも誘導され、エンハンサー領域がDNAメチル化の誘導に必要であることを見出した。さらにこの領域には核因子が結合することも示した。

Kei-ichiro Mishiba, Masahiro Nishihara, Takashi Nakatsuka, Yoshiko Abe, Hiroshi Hirano, Takahide Yokoi, Akiko Kikuchi, Saburo Yamamura (2005)  Consistent transcriptional silencing of 35S-driven transgenes in gentian.  The Plant Journal 44: 541-556
35Sプロモーターを含む外来遺伝子をリンドウゲノムに導入したところ、得られた全ての組換え系統で発現抑制が認められた。驚くべきことに、35Sプロモーターに連結したマーカー遺伝子も発現が抑制されていた。35Sプロモーター領域のDNAメチル化をバイサルファイト法により調査したところ、全ての系統で高メチル化が生じていた。一方、リンドウに導入したものと同じ外来遺伝子を導入したタバコでは、このような現象は生じなかった。