植物のpolysomaty

配偶子の核DNA量を1Cとした場合に、植物の成長点にある細胞では、核DNA量が2CあるいはDNA複製時に4Cとなって、体細胞分裂を繰り返します。しかし植物の分化組織では、8C16C、32Cなどの高次に倍数化した核を持つ細胞が混在することがあり、このような現象polysomaty(体細胞多倍数性)と呼ばれます。Polysomatyは一般にあまり知られていませんが、実は身近な植物の組織でも観察されます。例えばトウモロコシの胚乳組織では3Cから96Cまでの核が存在し、トマトの内果皮では256Cにまで高次倍数化した核が確認されています。私達はpolysomatyがどうして起こるのか、また高次倍数化が起きた細胞核どのような状態になっているのか、といった点に疑問を持ち、研究を進めています。

ホウレンソウ胚軸のpolysomaty

私たちは以前の研究で、ホウレンソウの胚軸伸長とpolysomatyの関係について調査しました。暗所で生育させた胚軸は伸長しますが、シロイヌナズナでは胚軸伸長と高次倍数化が関係していることが知られています。ホウレンソウの胚軸でも、暗所で伸長したときに高次倍数性細胞が増加し、そのような細胞のサイズは大きくなることが確認されました。私たちは暗所下での胚軸伸長と高次倍数化が、オーキシン輸送阻害剤であるTIBAにより抑制されることを明らかにしましたAmijima et al., 2014

発表論文

Toshio Shibuya, Chikage Kataoka, Kanae Nishio, Ryosuke Endo, Yoshiaki Kitaya, Yoshiki Shinto, Kei-ichiro Mishiba, Yuki Iwata (2023) Cucumber leaf necrosis caused by radiation with abrupt increase of far-red component. Biologia plantarum 67: 28-35
キュウリ苗における遠赤色光の割合が増加した場合の応答について調査した。キュウリ苗を発芽後1〜5日間、遠赤色光を含まない光(FR-)に順応させた後、自然光と同程度の遠赤色光を含む光条件(FR+)に移行させた。その結果、発芽後3または4日目にFR+に移行した場合に、子葉と第1本葉が損傷が認められた。葉の壊死と同時に萎凋と気孔コンダクタンスの低下が観察されたことから、壊死は木部の通水阻害に起因すると考えられる。被害が多くみられた処理群では子葉の伸長に2つのピークがみられたが、核内倍加については処理による明確な差異は認められなかった。

Misa Matsuda, Yuji Iwata, Nozomu Koizumi, Kei-ichiro Mishiba (2020) Zeocin-induced DNA double-strand breaks affect endoreduplication and cell size in radish cotyledon epidermis. Cytologia 85: 245-249
本研究ではゼオシン処理後のカイワレダイコン子葉の表皮細胞において、核DNA量と細胞サイズについて調査した。表皮細胞の拡大と特徴的な形状は、ゼオシン処理によって損なわれた。また、ゼオシン処理を行った表皮細胞の方が未処理の細胞よりも高次倍数性の頻度が高かった。細胞サイズと核DNA量の間には、ゼオシン処理と無処理の両方で正の相関が認められたが、ゼオシン処理では相関が低かった。これらの結果から、ゼオシンによる異所的な核内倍加が表皮細胞分化時の細胞肥大を阻害することを示唆している。

Misa Matsuda, Yuji Iwata, Nozomu Koizumi, Kei-ichiro Mishiba (2018) DNA double-strand breaks promote endoreduplication in radish cotyledon. Plant Cell Reports 37: 913-921
DNA二本鎖切断(DSBs)が植物組織の核内倍加に与える影響を調べるために、カイワレダイコン実生にDSBsを誘導するUV照射やゼオシン処理を行い、子葉や胚軸の倍数性頻度をフローサイトメトリーにより解析した。その結果、子葉ではUVやゼオシン処理により核内倍加が促進されることを見出した。一方、胚軸ではUV処理で核内倍加が抑制され、ゼオシンでは促進された。また、処理を行った器官のサイズと核内倍加の進行には相関がみられなかった。

Riko Tanaka, Makoto Amijima, Yuji Iwata, Nozomu Koizumi, Kei-ichiro Mishiba (2016) Effect of light and auxin transport inhibitors on endoreduplication in hypocotyl and cotyledon. Plant Cell Reports 35: 2539-2547
本研究ではまず暗所での胚軸伸長時に核内倍加が起こる現象が、異なる科に属する植物に共通して起こることを示した。一方、子葉が明所で展開する際にも核内倍加が進行した。核内倍加はTIBA処理により胚軸で抑制され、子葉では促進された。カイワレダイコン実生の胚軸にアクチン脱重合や小胞輸送の阻害剤を処理したところ、核内倍加が抑制されたことから、TIBAの効果は単にオーキシン輸送の阻害ではなく、多面的な効果による可能性が示された。

Makoto Amijima, Yuji Iwata, Nozomu Koizumi, Kei-ichiro Mishiba (2014) The polar auxin transport inhibitor TIBA inhibits endoreduplication in dark grown spinach hypocotyls. Plant Science 225: 45-51
Polysomatyを持つホウレンソウにおける、暗所下での胚軸の伸長と核内倍加の関係について調査した。明所と暗所下で生育したホウレンソウ胚軸の倍数性頻度をフローサイトメトリーで解析した結果、暗所で核内倍加が促進されることが示された。高次倍数性細胞では細胞サイズが増加していたことから、核内倍加が細胞伸長を促進することが示唆された。さらにオーキシン極性輸送阻害剤であるTIBAを処理することにより、胚軸伸長と核内倍加を著しく阻害することを初めて見出した。

Kei-ichiro Mishiba, Kei-ichi Tawada, Masahiro Mii (2006) Ploidy distribution in the explant tissue and the calluses induced during the initial stage of internode segment culture of Asparagus officinalis L. In Vitro Cellular and Developmental Biology - Plant 42: 83-88
Polysomatyを持つアスパラガスを外植片としたカルス誘導系を利用して、外植片のpolysomatyとカルスの倍数性の関係について、フローサイトメトリーや蛍光顕微鏡の解析により調査した。その結果、外植片とそこから誘導されたカルスの倍数性頻度には相関があり、高次倍数性細胞の頻度が高い外植片から誘導されたカルスは、高次倍数性細胞が高頻度に含まれていた。このことから、培養による倍数性変異と考えられていた事例が、外植片のpolysomatyが要因であった可能性を示した。

Kei-ichiro Mishiba, Tomonori Okamoto, Masahiro Mii (2001) Increasing ploidy level in cell suspension cultures of Doritaenopsis by exogenous application of 2,4-dichlorophenoxyacetic acid. Physiologia Plantarum 112: 142-148
4C、8C、16C細胞で構成され、NAAとBAを添加した培地で継代培養されているコチョウラン(Doritaenopsis)の培養細胞を、様々なオーキシン(NAA、IAA、IBA、2,4-D、picloram)を添加した培地に継代して、培養1~3週間後の倍数性細胞の頻度をフローサイトメトリーで解析した。その結果、2,4-D添加培地で8C細胞の頻度が増加した。さらに2,4-D培地で短期間(3~5日)培養した後に、元のNAA/BA培地で10日間培養した培養細胞を解析した結果、16Cや32C細胞の頻度が増加した。

Kei-ichiro Mishiba, Masahiro Mii (2000) Polysomaty analysis in diploid and tetraploid Portulaca grandiflora. Plant Science 156: 213-219
多肉植物でpolysomatyを持つマツバボタンの4倍体をコルヒチン処理により作出し、葉や花の器官(萼、花弁、花糸、葯、柱頭、花柱)の倍数性細胞の分布を2倍体と比較した。その結果、4倍体では高次倍数性細胞の頻度が2倍体と比較して減少していた。さらに、葉組織のプロトプラストから貯水細胞を分画し、この細胞が高次倍数性細胞を持つことを示した。