植物の遺伝子改変

たちは様々な有用植物分子育種を進めるための基盤を構築するために、遺伝子組換え植物やゲノム編集植物の作出や突然変異誘導系の開発をおこなっています。遺伝子組換え植物やゲノム編集植物は、タバコやシロイヌナズナなどの実験植物では比較的容易に作出することができますが、植物種によっては組織培養や遺伝子導入が困難なものもあります。そのためこれまで分子育種の基盤が整っていなかった有用植物で、組織培養や遺伝子導入系を開発することは重要であると考えています。

当研究室への配属を希望する学生で、分子育種による植物改良のアイデアがある場合には相談に乗ります。卒業研究では新規性が求められますが、これまでにおこなわれたことがなく有益であると認められれば、自身のアイデアで卒業研究を進めることができます。

β-カロテンを果実に蓄積したナス

ナスの果実はトマトのように、β-カロテンやリコピンのようなカロテノイドをほとんど含みません。ナスを栽培する国のなかにはビタミンA欠乏症が問題になっている地域があります。そこで私たちは、ビタミンA欠乏症の改善を目的に、ビタミンA前駆体のβ-カロテンを果実に蓄積する遺伝子組換えナスを開発しました(大阪公立大学 小泉望教授との共同研究;Mishiba et al., 2020)。現在の研究は、人工気象器内でβ-カロテンがより多く蓄積する栽培条件の検討などをおこなっています(Yamamoto et al., 2024)。

CRISPR/Cas9によるタバコの相同組換え

私たちは複数のT-DNA領域からなるバイナリーベクターを用いて、CRISPR/CAS9によるタバコの相同組換えをおこないました。T-DNA1は、N末端領域を持たず除草剤クロルスルフロンに耐性をもたらす変異を導入したアセト乳酸合成酵素遺伝子(ALS)がハイグロマイシン耐性遺伝子を挟む形で含み、T-DNA2はCas9遺伝子と、ALSを標的とするgRNAを含みます。アグロバクテリウム感染後にクロルスルフロンとハイグロマイシンに耐性をもつ細胞を選抜した結果、ALS遺伝子の相同組換えが観察されましたHirohata et al., 2019)

Rhizobium rhizogenes感染による矮性植物の作出

Rhizobium rhizogenesは植物の遺伝子導入に用いられるアグロバクテリウム(Rhizobium tumefaciensと近縁の土壌細菌で、植物に感染すると毛状根と呼ばれる不定根を誘導する毛根病を引き起こします。この時、感染細胞にはT-DNAが組み込まれ、T-DNAに含まれる遺伝子の作用により毛状根が誘導されます。組織培養で毛状根から不定芽を再生させることにより得られた植物は、矮化することが様々な植物種で報告されています。私たちは、リンドウの切り花品種から毛状根を誘導し、毛状根から再分化させた植物の中から、鉢物栽培に適した矮性系統を作出しました(Mishiba et al., 2006)。

発表論文

Ryohei Yamamoto, Seigo Higuchi, Yuji Iwata, Satomi Takeda, Nozomu Koizumi, Kei-ichiro Mishiba  (2024) High β-carotene accumulation in transgenic eggplant fruits grown under artificial light. Plant Biotechnology 41: 77-81
我々はこれまでにナス‘千両二号’にフィトエン合成酵素遺伝子を導入し、β-カロテンを果実に蓄積する組換えナスを作出した。本研究では、この組換えナスのT1およびT2世代を人工気象室で栽培し、果実中のβ-カロテン蓄積量を調査した。その結果、果実中のβ-カロテン量は、人工光の条件(HID/LED)や世代に関わらず、先行研究で温室栽培した植物の果実に含まれるβ-カロテン量よりも約5倍高かった。しかしT-DNAが挿入された植物の果実量やサイズは、同系統由来のヌルセグリガントよりも有意に小さかったことから、β-カロテンの蓄積が果実の発達を阻害している可能性が示唆された

Kei-ichiro Mishiba, Kae Nishida, Naoto Inoue, Tomoya Fujiwara, Shunji Teranishi, Yuji Iwata, Satomi Takeda, Nozomu Koizumi (2020) Genetic engineering of eggplant accumulating β-carotene in fruit. Plant Cell Reports 39: 1029-1039
本研究ではErwinia uredovoraのPSYをコードするcrtB遺伝子をナスに導入して、果実での異所的発現を試みた。果実で発現するEEF48遺伝子のプロモーターにcrtB遺伝子のコード領域を連結した融合遺伝子(EEF48-crtB)を、アグロバクテリウム法によりナス品種‘千両二号’に導入した。作出した組換え植物のうち2系統(#2、#3)で果実が得られ、カロテノイド含量をHPLC分析により測定した。その結果、#2系統の果実では、野生型果実の約30倍のβ-カロテン含量(1.5 µg/gFW)が含まれていた。さらに#2系統のT1世代植物の果実でも、T0世代と同程度のβ-カロテンを蓄積していた。

Ayumi Hirohata, Izumi Sato, Kimihiko Kaino, Yuji Iwata, Nozomu Koizumi, Kei-ichiro Mishiba (2019) CRISPR/Cas9-mediated homologous recombination in tobacco. Plant Cell Reports 38: 463-473
タバコにおいてCRISPR/Cas9によるDNA二本鎖切断を介した相同組換え(HR)を初めて報告した。本研究では複数のT-DNAを持つバイナリーベクターを構築し、タバコに導入した。T-DNA1はHRにより除草剤耐性を付与する改変アセト乳酸合成酵素(SuRB)遺伝子、T-DNA2はCas9SuRBを標的とするgRNAを持つ。除草剤耐性が付与されたカルスやシュートを解析した結果、内在SuRBのHRが確認された。T-DNA2を持たないベクターとの比較より、CRISPR/Cas9によるHR効率の飛躍的な向上が確認された。

Yosuke Miyagawa, Jun Ogawa, Yuji Iwata, Nozomu Koizumi, Kei-ichiro Mishiba (2013) An attempt to detect siRNA-mediated genomic DNA modification by artificially induced mismatch siRNA in Arabidopsis. PLOS ONE 8: e81326
「RNAキャッシュ仮説」とはhth劣性ホモ変異体の後代でHTH遺伝子座が回復した現象を説明する仮説で、HTH配列を持つRNAが世代を超えて受け継がれて遺伝子修復したというものであり、2005年の発表当時に論争を呼んだ。本研究では、シロイヌナズナALS遺伝子に除草剤耐性を付与する1塩基置換を含む二本鎖RNAを過剰発現させることにより、「RNAキャッシュ仮説」の検証を行った。その結果、過剰発現させた二本鎖RNAがALS変異を誘導する証拠は得られなかった。

Takashi Nakatsuka, Kei-ichiro Mishiba, Akiko Kubota, Yoshiko Abe, Saburo Yamamura, Noriko Nakamura, Yoshikazu Tanaka, Masahiro Nishihara (2010) Genetic engineering of novel flower colour by suppression of anthocyanin modification genes in gentian. Journal of Plant Physiology 167: 231-237
青色花リンドウにアグロバクテリウム法でrolCプロモーターに連結したRNAiコンストラクトを導入することで、アントシアニン合成に関与するF3'5'H5/3'AT遺伝子の発現を同時に抑制することを試みた。その結果、両遺伝子の発現が抑制された2系統の組換え体が得られ、アシル化されていないアントシアニン含量が増加していた。そのうち1系統は花弁のシアニジンとデルフィニジン含量が大幅に減少し、花色も薄青色になっていた。

Takashi Nakatsuka, Kei-ichiro Mishiba, Yoshiko Abe, Akiko Kubota, Yuko Kakizaki, Saburo Yamamura, Masahiro Nishihara (2008) Flower color modification of gentian plants by RNAi-mediated gene silencing. Plant Biotechnology 25: 61-68
青色花のリンドウ品種‘アルビレオ’に、rolCプロモーターを連結したCHSF3'5'HANS遺伝子を標的とするRNAiコンストラクトをアグロバクテリウム法で導入した。得られた組換え体について、それぞれの標的遺伝子の花弁での発現を解析したところ、発現が抑制されている系統が得られた。CHS及びANS抑制系統では花弁のアントシアニン含量が減少し、様々な花色変異が観察された。F3'5'H抑制系統では、デルフィニジンが減少し赤紫色の花色が認められた。

Dong Poh Chin, Kei-ichiro Mishiba, Masahiro Mii (2007) Agrobacterium-mediated transformation of protocorm-like bodies in Cymbidium. Plant Cell Reports 26: 735-743
PLBをアグロバクテリウムの感染材料とした、シンビジウムの効率的な形質転換手法を確立した。PLBの選抜に用いる抗生物質を検討したところ、ハイグロマイシンが有効であることが判明した。アグロバクテリウム感染させたPLBをハイグロマイシン添加培地上で選抜し、生存したPLBを切断することで二次的なPLBを誘導し再分化させた。得られたハイグロマイシン耐性植物は、GUSアッセイやPCR、サザン解析により導入遺伝子を確認した。

Takashi Nakatsuka, Masahiro Nishihara, Kei-ichiro Mishiba, Saburo Yamamura (2006) Heterologous expression of two gentian cytochrome P450 genes can modulate the intensity of flower pigmentation in transgenic tobacco plants. Molecular Breeding 17: 91-99
リンドウ花弁組織のcDNAより単離したフラボノイド生合成に関わるF3'HFSIIの機能解析を目的として、これら遺伝子を酵母やタバコに導入して調査した。酵母で発現させたF3'HやFSIIは、フラボノイド基質の3’側への水酸化と、フラバノンからフラボンの合成を、それぞれ触媒した。 F3'H遺伝子を導入したタバコ系統では、アントシアニン含量が増加した。一方、FSII遺伝子導入系統ではアントシアニンが減少し、フラボンが増加した。

Kei-ichiro Mishiba, Masahiro Nishihara, Yoshiko Abe, Takashi Nakatsuka, Hiromi Kawamura, Katsuo Kodama, Toshikazu Takesawa, Jun Abe, Saburo Yamamura (2006) Production of dwarf potted gentian using wild-type Agrobacterium rhizogenes. Plant Biotechnology 23: 33-38
リンドウ品種‘ポラーノブルー’にAgrobacterium rhizogenes A4株を感染させて毛状根を誘導した。培養植物体の茎に直接傷を付けて菌を感染させることで、効率的に毛状根を誘導出来た。毛状根をTDZとNAAを含む培地で培養したところ、シュートが誘導されて再分化植物体を獲得した。得られた植物体よりオパインの産生とrolC遺伝子の発現を確認した。表現型は様々な程度の矮性形質を示し、矮化剤を使用せずにポット栽培に適用可能な草姿の系統が得られた。

Masahiro Nishihara, Takashi Nakatsuka, Keizo Hosokawa, Takahide Yokoi, Yoshiko Abe, Kei-ichiro Mishiba, Saburo Yamamura (2006) Dominant inheritance of white-flowered and herbicide-resistant traits in transgenic gentian plants. Plant Biotechnology 23: 25-31
リンドウの青色花品種‘アルビレオ’に、35SプロモーターにCHS遺伝子のアンチセンス鎖を連結した融合遺伝子をアグロバクテリウム法で導入した。形質転換細胞の選抜には除草剤ビアラフォスの抵抗性遺伝子を用いた。得られた組換え体は白色花になり、CHS遺伝子の花弁での発現が抑制されてアントシアニンの蓄積も抑えられていた。さらにこの組換え体は除草剤抵抗性を持ち、これら形質は次世代に遺伝することを確認した。

Kei-ichiro Mishiba, Dong Poh Chin, Masahiro Mii (2005) Agrobacterium-mediated transformation of Phalaenopsis by targeting protocorms at an early stage after germination. Plant Cell Reports 24: 297-303
コチョウランは非常に多くの種子を付けるが、これを利用して発芽直後のプロトコームをアグロバクテリウムの感染材料に用いて形質転換を試みた。無菌播種後21日目の実生(プロトコーム)をアグロバクテリウムに感染させてハイグロマイシンで選抜したところ、約1%の頻度で耐性個体が得られた。得られた植物の導入遺伝子を、GUSアッセイやPCR、サザン解析により確認した。本手法により効率的にコチョウランの組換え体を獲得することが可能になった。

Kei-ichiro Mishiba, Keiko Ishikawa, Osamu Tsujii, Masahiro Mii (2001) Efficient transformation of lavender (Lavandula latifolia Medicus) mediated by Agrobacterium. Journal of Horticultural Science and Biotechnology 75: 287-292
ラベンダーの葉組織よりカルスを誘導して、このカルスにアグロバクテリウムを感染させた。ハイグロマイシンを添加した培地の上に濾紙を置き、カルスを濾紙上に広げ、濾紙ごと継代して選抜を行った。その結果、濾紙上で多くの耐性カルスが増殖した。それぞれのカルスを再分化培地に継代することにより、再分化を誘導して植物体を得た。外来遺伝子の導入はGUSアッセイやPCR、サザン解析により確認した。本論文はラベンダーにおける最初の形質転換体作出の報告である。