有用植物の組織培養

組織培養の可能性

植物の組織培養は、ドイツのHaberlandt博士が1902年にムラサキツユクサの組織を培養したことが始まりとされています。それから120年の間に様々な技術革新がありましたが、全ての有用植物で組織培養技術の恩恵を受けるには至っていません。これは、植物の種類や用いる組織の違いにより、適切な再分化や脱分化の条件が異なることと、条件検討の理論が確立されていないことによります。したがって、現在でも組織培養技術が確立されていない有用植物が多くあり、そのような植物では再分化や脱分化を誘導するための条件検討が必要になります。

条件検討の結果、再分化や脱分化ができることによって、どのような可能性があるのでしょうか?例えば栄養繁殖性で増殖が困難な栽培植物では、組織培養により効率良くクローンを大量増殖できる可能性があります。組織培養による培養苗生産は、花卉植物などで実用化されています。

加えて、組織培養は様々な技術と組み合わせて利用されます。例えば、生長点培養によりウイルスフリー苗を育成して増殖させることも、イチゴやジャガイモなどの様々な栽培植物で実用化されています。培養組織の超低温保存による遺伝資源の長期保存にも利用されます。

組織培養の育種利用

組織培養は育種にも様々な形で利用されます。遠縁交雑をおこなう目的で、胚培養や胚珠培養、子房培養、さらにはプロトプラストの細胞融合がおこなわれます。半数体や倍加半数体を獲得するために、葯培養や花粉培養も様々な植物でおこなわれています。4倍体などの倍数体を獲得するためにコルヒチン処理がおこなわれますが、このときに組織培養が利用されることがあります。また、組織培養利用して突然変異を誘発して育種に利用されることも数多く報告されています。組織培養は遺伝子組換えやゲノム編集技術を用いる際にも、わずかな例外を除いて必要になります。そのため、これまでに組織培養技術が確立されていない有用植物で培養系が確立されると、ここで紹介した様々な技術の利用につなげることができます。

シーベリーの組織培養

研究室で現在おこなっている取り組みのひとつとして、シーベリーの組織培養系の開発があります。シーベリーはサジーとも呼ばれるグミ科の果樹で、日本ではあまり知られていませんが北海道で栽培されています。果実は栄養価が高く、健康食品や化粧品などに利用されています乾燥や寒さが厳しい環境でも育ち、根に共生する窒素固定菌の働きで土壌の肥沃化も期待できるため、砂漠化が深刻な地域での植林事業にも利用されています。シーベリーの有効性をさらに高めることを目的として、組織培養の条件検討をおこなっています。

モリンガの組織培養

モリンガ(ワサビノキ)も近年注目されている植物のひとつです。熱帯・亜熱帯地域で栽培されており、若い果実や葉に様々な栄養成分が多く含まれており、食用やサプリメント、化粧品などに利用されます。モリンガは乾燥した土地でも育ち、成長が速く二酸化炭素の固定能力が高いという特徴も持っています。私たちの研究室では、これまでに報告された組織培養の研究を参考に、効率的な培養技術の確立と、分子育種への応用を目指して研究をおこなっています。

サトウキビの組織培養

私たちがこれまでにおこなった取り組みとして、サトウキビの組織培養があります。日本の代表的サトウキビ品種‘NiF8(農林八号)’の茎頂よりカルスを誘導し、カルスからの再分化を試みました。その結果、サイトカイニンであるチジアゾロンを添加した再分化培地でカルスを培養することにより、短期間(1週間以内)でシュートが誘導されることを見出しました(Wamaitha et al., 2010)。

発表論文

Mwathi Jane Wamaitha, Kyoko Suwa, Ken-ichi Fukuda, Masahiro Mii, Hiroyuki Daimon, Kei-ichiro Mishiba (2010) Thidiazuron-induced rapid shoot regeneration via embryo-like structure formation from shoot tip-derived callus culture of sugarcane. Plant Biotechnology 27: 365-368
サトウキビ品種‘NiF8’カルスからの効率的な植物体再生系を確立した。茎頂を2,4-Dを添加した培地で培養して、カルスを誘導した。カルスを1 ppm TDZ(チジアズロン)と0.1 ppm NAAを添加した培地に継代すると、3日後に前胚様の構造が観察され、5~7日後には茎頂分裂組織や葉原基が観察された。このことから、体細胞胚形成に似た過程を経てシュートが誘導された可能性が示された。本培養系により、サトウキビの大量増殖が可能であることを示した。

Kazuhiko Mitsukuri, Masahumi Johkan, Satoshi Yamasaki, Hideyuki Tanaka, Takahiro Tezuka, Kei-ichiro Mishiba, Masayuki Oda (2010) L-2-aminooxy-3-phenylpropionic acid (AOPP) controls browning and promotes adventitious bud formation in Neofinetia falcata in vitro. Journal of the Japanese Society for Horticultural Science 79: 367-371
本研究は、PALの阻害剤であるAOPP(L-2-aminooxy-3-phenylpropionic acid)がフウランの組織培養に与える影響を調査した。フウラン幼植物体を上部と下部に分割して、上部分割片を種々の濃度のAOPPを添加したNAAとBAを含む不定芽誘導培地で培養した結果、1 mM AOPPにより最も褐変化が抑制された。一方、不定芽形成数は0.01 mM AOPPで最も促進された。AOPP処理により外植片のフェノール様物質の蓄積が減少したので、このことが褐変化の抑制や不定芽形成に影響を与えたと思われる。

Kazuhiko Mitsukuri, Masahumi Johkan, Satoshi Yamasaki, Takahiro Tezuka, Kei-ichiro Mishiba, Masayuki Oda (2009) Effects of anti-browning conditioning on adventitious bud formation in Neofinetia falcata Hu. in vitro. Horticulture Environment and Biotechnology 50: 295-299
フウランの組織培養において外植片の褐変化が問題になることから、本研究では様々な培養条件を検討し、褐変化の影響を調査した。その結果、茎頂を外植片として、暗所下で2~3週間前培養することにより褐変化が抑制され、不定芽の増殖が認められた。一方、アスコルビン酸や低温処理は、褐変化の抑制効果は認められたものの生存率は低下し、さらにこれらの処理と暗黒処理との複合効果は認められなかった。

Kazuhiko Mitsukuri, Genjiro Mori, Masafumi Johkan, Yukiko Shimada, Kei-ichiro Mishiba, Toshinobu Morikawa, Masayuki Oda (2009) Effects of explant position and dark treatment on bud formation in floret culture of Ponerorchis graminifolia Rchb.f. Scientia Horticulturae 121: 243-247
ウチョウランの花芽培養における培養条件について、検討を行った。花芽からの不定芽誘導に用いる植物ホルモンとして、NAAとBAの濃度の組合せを検討したところ、4.44 µM BAと0.54 µM NAAの組合せで効率的に不定芽が誘導された。得られた不定芽を同組成の培地で増殖させる際に、予め暗所下で8週間培養することで褐変化が抑制され増殖効率が向上した。このような手法で不定芽の増殖を繰り返すことで、大量増殖が可能となった。

Kazuhiko Mitsukuri, Takaya Arita, Masahumi Johkan, Satoshi Yamasaki, Kei-ichiro Mishiba, Masayuki Oda (2009) Effects of type of explant and dark preconditioning on bud formation in Habenaria radiata (Thunb.) in vitro. HortScience 44: 523-525
組織培養によるサギソウの大量増殖系を確立することを目的として、外植片や暗黒処理などの培養条件について検討を行った。その結果、花器官の下部分割片を外植片としてBAとNAAを添加した培地上で培養することで、不定芽を誘導することが出来た。茎頂を予め暗黒処理することにより外植片の褐変を抑制することが可能になり、外植片の生存率と不定芽形成率が向上した。

Kazuhiko Mitsukuri, Genjiro Mori, Masahumi Johkan, Kei-ichiro Mishiba, Toshinobu Morikawa, Masayuki Oda (2009) Effects of explant source and dark-preconditioning on adventitious bud formation in Neofinetia falcata H. H. Hu in vitro. Journal of the Japanese Society for Horticultural Science 78: 252-256
フウランの組織培養による大量増殖系の確立を目的として、外植片と培養条件の検討を行った。外植片としてプロトコームの上部と下部分割片を、種々の濃度のNAAとBAを含む培地で培養し、外植片の生存率と不定芽形成率を調査した。その結果、0.44 µM BAと5.37 µM NAAを添加した培地に上部分割片を外植片として用いた条件で、不定芽形成が認められた。さらに暗黒下で前培養を行うことで生存率が向上し、不定芽の増殖率も向上した。

Ken-ichi Fukuda, Hiroyuki Daimon, Kei-ichiro Mishiba, Masahiro Mii (2007) Histological observation of root buds formation of hairy roots in Lotus corniculatus L. Grassland Science 53: 51-53
ミヤコグサ毛状根からのシュート誘導系において、シュート誘導初期の組織形態を観察した。ミヤコグサ幼植物体の子葉にAgrobacterium rhizogenes A13株を感染させて毛状根を誘導し、植物ホルモンを含まない培地上で、暗所下で培養した。培養根を明所に移して20日以内にグリーンスポット(GS)が生じ、ダイレクトシュートが誘導された。GS組織を観察した結果、内皮より分裂活性の高い組織が生じてGSを形成することが示された。