小胞体ストレス応答

小胞体ストレスは、高温などの様々な要因により小胞体内で高次構造の異常なタンパク質や正常な修飾を受けていないタンパク質が蓄積した状態のことで、小胞体ストレス応答 (unfolded protein response:UPR)とは、これを感知して緩和する防御応答です。IRE1は真核生物で広く保存されたUPRで働く膜タンパク質のひとつで、異常タンパク質の蓄積をセンサードメインが感知することにより、RNaseドメインが活性化されてUPRを誘導します。

私たちはシロイヌナズナの2つのIRE1経路(上図)を明らかにしています(大阪公立大学 小泉望教授、岩田雄二准教授との共同研究)。一つは、活性化したIRE1が転写因子であるbZIP60のmRNAを細胞質スプライシングすることによりbZIP60が核へ移行し、UPR遺伝子群の発現を誘導するIRE1-bZIP60経路です(Nagashima et al., 2011)。もう一つは、活性化したIRE1が小胞体で翻訳されるタンパク質のmRNAを分解するRIDD(Regulated IRE1 Dependent Decay)と呼ばれる現象で、これによりIRE1が1,000種類以上の膜タンパク質や分泌タンパク質のmRNAを切断することを示しました(Mishiba et al., 2013)。

シロイヌナズナはIRE1AとIRE1Bに加えてセンサードメインを持たない機能不明のIRE1Cを持ちます。IRE1AとIRE1Bの機能欠損変異体はUPRが起こらなくなりますが、IRE1Cの機能欠損変異体はUPRに影響を与えません。ところが、IRE1の三重変異体(ire1a/b/c)は致死になりました。またire1c変異がヘテロ接合体のire1a/b変異体は、花粉形成や生育が抑制されました。この変異体にセンサードメインを欠失させた改変IRE1B遺伝子を導入したところ、花粉形成や生育が回復しました。これらの結果から、センサードメインに依存しないIRE1活性化が、植物の発達に関与することを見出しました(Mishiba et al., 2019)

IRE1変異体の表現型

発表論文

Sho Takeda, Taisuke Togawa, Kei-ichiro Mishiba, Katsuyuki T Yamato, Yuji Iwata, Nozomu Koizumi (2022) IRE1-mediated cytoplasmic splicing and regulated IRE1-dependent decay of mRNA in the liverwort Marchantia polymorpha. Plant Biotechnology 39: 303-310
本研究ではゼニゴケのUPRを調査した。IRE1はゼニゴケでも保存されており、MpIRE1がUPR時にbZIP60ホモログであるMpbZIP7をコードするmRNAの細胞質スプライシングして、小胞体シャペロン遺伝子を発現誘導することを明らかにした。またMpIRE1のRIDDにより、分泌タンパク質や膜タンパク質をコードする遺伝子mRNA分解が誘導されることが示された。ゲノム編集により作出したMpire1およびMpbzip7変異体は、ERストレスに感受性を示した。またMpire1変異体は小胞体ストレス誘導剤がなくても生育遅延することから、MpIRE1は栄養成長にも関与することが示唆された。

Kei-ichiro Mishiba, Yuji Iwata, Tomofumi Mochizuki, Atsushi Matsumura, Nanami Nishioka, Rikako Hirata, Nozomu Koizumi (2019) Unfolded protein-independent IRE1 activation contributes to multifaceted developmental processes in Arabidopsis. Life Science Alliance 2: e201900459
本研究では、これまでその機能が不明であったセンサードメインを持たないシロイヌナズナのIRE1Cに着目し、遺伝学的解析を行った。ire1c変異体やire1a ire1c二重変異体では、その表現型やIRE1依存的なUPRに野生型との違いはみられなかったが、ire1a ire1b ire1c三重変異体は致死になった。さらに、ire1a ire1b二重変異体でire1c変異をヘテロに持つ個体(ire1a ire1b ire1c/+)は生育遅延が認められ、ire1c変異は雄性配偶子を通して次世代に伝達されなかった。そこでire1a ire1b ire1c/+変異体にセンサードメインを欠損したIRE1Bを導入したところ、表現型が回復した。これらのことから、センサードメイン非依存的なIRE1活性化がシロイヌナズナの発達過程に重要な役割を持つことを明らかにした。

Rikako Hirata, Kei-ichiro Mishiba, Nozomu Koizumi, Yuji Iwata (2019) Deficiency in the double-stranded RNA binding protein HYPONASTIC LEAVES1 increases sensitivity to the endoplasmic reticulum stress inducer tunicamycin in Arabidopsis. BMC Research Notes 12: 580
本研究では、miRNAがシロイヌナズナのUPRに関与する可能性について調査した。miRNA 合成に関与するHYL1の機能欠損変異体について、ERストレスを引き起こすツニカマイシンへの感受性を調査した。その結果、hyl1変異体は野生型と比較してツニカマイシ感受性が高いことが明らかになった。一方、他のmiRNA合成変異体では野生型と同様のツニカマイシ感受性を示した。しかし、hyl1変異体における小胞体ストレス応答遺伝子の発現応答は、野生型との差異がみられなかった。これらのことから、小胞体ストレス耐性を付与するための未知のメカニズムが存在することが示唆された。

Yuji Iwata, Tsukasa Iida, Toshihiro Matsunami, Yu Yamada, Kei‐ichiro Mishiba, Takumi Ogawa, Tetsuya Kurata, Nozomu Koizumi (2018)  Constitutive BiP protein accumulation in Arabidopsis mutants defective in a gene encoding chloroplast-resident stearoyl-acyl carrier protein desaturase. Genes to Cells 23: 456-465
小胞体シャペロンであるBiP3は、小胞体ストレスにより発現が誘導される。BiP3プロモーターにGUS遺伝子を連結した組換えシロイヌナズナのスクリーニングから、BiP3が恒常的に発現している変異体を見出した。変異体の原因遺伝子を解析したところ、脂肪酸の不飽和化に関与する葉緑体タンパク質SSI2をコードしていた。変異体は野生型と比較して飽和脂肪酸(18:0)の含有量が高く、非ストレス条件下でも生育が抑制されUPRが活性化されていた。

Yuji Iwata, Fumika Yagi, Sae Saito, Kei-ichiro Mishiba, Nozomu Koizumi (2017) Inositol-requiring enzyme 1 affects meristematic division in roots under moderate salt stress in Arabidopsis. Plant Biotechnology 34: 159-163
IRE1は植物のUPRにおいて重要な役割を担っているが、その生理的な役割については不明な点が多い。本研究ではシロイヌナズナのire1a ire1b二重変異体において、塩ストレス下で根端分裂に異常が生じることを見出した。50 mM NaClを添加した培地では、野生型やbzip60ire1aire1b変異体と比較して、二重変異体では顕著に根の生育が抑制された。このことから塩ストレス下ではRIDDなどのbZIP60活性化以外のIRE1の何らかの機能が働いている可能性が示唆された。

Yuji Iwata, Makoto Ashida, Chisa Hasegawa, Kazuki Tabara, Kei‐ichiro Mishiba, Nozomu Koizumi (2017) Activation of the Arabidopsis membrane-bound transcription factor bZIP28 is mediated by site-2 protease, but not site-1 protease. The Plant Journal 91: 408-415
シロイヌナズナの膜結合型bZIP28転写因子は、小胞体ストレス時には動物のATF6と同様にS1PとS2Pプロテアーゼにより切断されて、核に移行するものとこれまで考えられてきた。本研究では、シロイヌナズナのS1P、及びS2P欠損変異体、さらにS1PとS2Pの二重変異体を用いて、bZIP28の切断におけるS1PとS2Pの関与ついて検証した。その結果、S2PはbZIP28切断に関与するが、S1Pは切断に関与せず、未知のプロテアーゼがbZIP28を切断していることを明らかにした。

Yuji Iwata, Noriko Hayashi, Kazuki Tabara, Kei-ichiro Mishiba, Nozomu Koizumi (2016) Tunicamycin-induced inhibition of protein secretion into culture medium of Arabidopsis T87 suspension cells through mRNA degradation on the endoplasmic reticulum. Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry 80: 1168-1171
本研究では、小胞体ストレス時に分泌タンパク質の蓄積にRIDDが影響しているかについて調査した。まず、RIDDのターゲットであることが判明している分泌タンパク質であるMBL1の抗体を作製した。シロイヌナズナのT87培養細胞にタンパク質の糖鎖修飾阻害剤であるツニカマイシンを処理してMBL1タンパク質の発現を調査した結果、分泌が阻害されていることが示された。

Yukihiro Nagashima, Yuji Iwata, Kei-ichiro Mishiba, Nozomu Koizumi (2016) Arabidopsis tRNA ligase completes the cytoplasmic splicing of bZIP60 mRNA in the unfolded protein response. Biochemical and Biophysical Research Communications 470: 941-946
これまでの研究で、シロイヌナズナIRE1がbZIP60 mRNAを切断していることを明らかにしているが、切断したmRNAを連結する分子は不明であった。本研究では、tRNAリガーゼであるシロイヌナズナRLG1について調査した。大腸菌で発現させたIRE1とRLG1を用いて、IRE1により切断されたbZIP60 mRNAを、RLG1が試験管内で連結出来ること示した。またRLG1は、膜画分にも存在することが示されたことから、RLG1が小胞体で細胞質スプライシングを担っていることが示唆された。

Yukihiro Nagashima, Yuji Iwata, Makoto Ashida, Kei-ichiro Mishiba, Nozomu Koizumi (2014) Exogenous salicylic acid activates two signaling arms of the unfolded protein response in Arabidopsis. Plant & Cell Physiology 55: 1772-1778
植物の小胞体ストレス応答(UPR)とNPR1やHsfB1を介した病害応答との関係性が近年報告されている。本研究では、シロイヌナズナのサリチル酸(SA)応答と2つのUPR経路(IRE1-bZIP60、bZIP28)との関係について調査した。その結果、SA処理により2つのUPR経路が活性化されることを、mRNAやタンパク質の発現解析により示した。また、SAによるUPR活性化はnpr1及びhsfb1変異体でも認められたことから、既報とは異なりUPR活性化はNPR1やHsfB1に依存しないことが示唆された。

Kei-ichiro Mishiba, Yukihiro Nagashima, Eiji Suzuki, Noriko Hayashi, Yoshiyuki Ogata, Yukihisa Shimada, Nozomu Koizumi (2013) Defects in IRE1 enhance cell death and fail to degrade mRNAs encoding secretory pathway proteins in the Arabidopsis unfolded protein response. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 110: 5713-5718
植物でRIDD(IRE1依存的mRNA分解)が起こることを初めて示した。ire1a/b二重変異体と野生型について、マイクロアレイ解析により小胞体ストレスによる発現変動を比較した。その結果小胞体で翻訳される膜タンパク質や分泌タンパク質などをコードする数多くのmRNAが、IRE1特異的に分解されることを見出した。またire1a/b二重変異体は、小胞体ストレス時に細胞質シャペロン遺伝子の発現が誘導されることも発見した。

Yukihiro Nagashima, Kei-ichiro Mishiba, Eiji Suzuki, Yukihisa Shimada, Yuji Iwata, Nozomu Koizumi (2011) Arabidopsis IRE1 catalyses unconventional splicing of bZIP60 mRNA to produce the active transcription factor. Scientific Reports 1: 29
シロイヌナズナに存在する2つのIRE1(IRE1A、IRE1B)が、小胞体ストレスに関与するbZIP60転写因子 mRNAの細胞質スプライシングを行うことを初めて示した。IRE1AIRE1Bの二重変異体は、小胞体ストレス誘導剤に感受性になり、活性型bZIP60が作られなかった。変異体の解析の結果、IRE1が小胞体ストレス時にbZIP60 mRNAに存在する2つのステムループを切断して、膜結合ドメインを持たない活性型bZIP60を産生させることを示した。