講師・講義内容

「量子通信と量子インターネット」東 浩司(NTT)

 量子鍵配送や量子テレポーテーションに象徴される量子通信は、従来の通信では実現できない様々なタスクを可能にする。本講義では、量子力学特有の相関である「量子もつれ」が量子通信のリソースであることを示し、現実的にそのリソースを供給する方法について解説する。またこれらの方法の実現が、なぜ将来の量子通信ネットワーク「量子インターネット」実現の礎となるのかについても解説する。

「量子情報と量子スピン系の物理」加藤 晃太郎(大阪大学)

 本講義では、量子情報理論の物理学への応用の一つとして、物性理論、特にトポロジカル相と量子情報的概念の関わりについて解説します。スピン系におけるギャップド量子相の定義から始め、トポロジカル秩序相とSPT相、フラクトン相の性質と違いを、簡単な数理モデルを用いて説明します。その後、エンタングルメントや量子誤り訂正符号、MBQC等の量子情報的概念を用いた量子相の特徴付けについて解説していきます。

「量子情報と熱力学」沙川 貴大(東京大学)

 近年、量子情報理論に基づいて物理現象を理解する試みが盛んに行われており、物理学の新たな地平を切り開くことが期待されています。本講義では、なかでも量子情報理論の量子熱力学への応用について解説します。まず量子情報理論におけるエントロピーや相対エントロピー(Kullback-Leibler divergence)の導入から出発し、とくにリソース理論と呼ばれる近年注目を集めている理論体系について解説します。リソース理論は、エンタングルメントや量子コヒーレンスなど情報理論的な「リソース」を定量化するために幅広く用いられますが、本講義ではそれが量子系の熱力学の現代的な定式化を与えることを見ます。また、余裕があれば量子仮説検定などの関連する話題にも触れたいと思います。

「イオントラップ量子コンピュータ」高橋 優樹(OIST)

 本講義では、量子コンピュータへの応用を念頭にイオントラップの物理について解説します。講義では、古典的なイオントラップの挙動から出発して、その量子論的取り扱いに進み、レーザー等の輻射場を介した量子制御から量子論理ゲートの実装まで説明します。その上で、近年のイオントラップを用いた量子コンピュータの代表的な実験を例にとり、その実験系が実際どのように動作しているのか見てゆきます。また、イオントラップ量子コンピュータの抱える課題、最新の研究動向についても触れる予定です。

「量子情報と重力理論」高柳 匡(京都大学)

 本講義では、量子情報と重力理論の深いかかわり合いについて解説する。まず、「ブラックホール」の幾何構造やそれが持つエントロピーを「量子エンタングルメント」の観点から説明したい。その後で、「ゲージ重力対応(ホログラフィー原理)」と呼ばれる重力理論と量子多体系の等価性の入門的解説を行い、最後に「量子エンタングルメントからの重力理論の宇宙の創発」の話題に触れたい。

「光量子コンピュータ」武田 俊太郎(東京大学)

 光量子コンピュータは、光の量子である光子に情報を乗せ、それを光の回路に通すことで計算を行うタイプの量子コンピュータです。他の方式にはない、独特の強みを持つことが特徴です。強みの1つは、光子は室温・大気中でも量子性を保つため、他の方式で必要な大がかかりな真空装置や冷凍機が不要であることです。さらに、光量子コンピュータは高クロック動作が可能であり、光を用いた量子通信との相性が良いことも強みです。

 現在の光量子コンピュータの研究開発は、特有の課題により、超伝導回路やイオントラップなどの方式にやや後れを取っています。しかし近年、光ならではのアプローチによる研究の進展に注目が集まっています。例えば、2020年12月には中国の研究チームが「スパコンで何億年もかかる計算を光量子コンピュータで200秒で実行した」と発表し、話題になりました。また、光の粒子の側面を利用した「量子ビット」のアプローチだけではなく、振幅・位相という波の側面を利用した「連続量」と呼ばれるアプローチの高いポテンシャルにも期待が寄せられています。特に、連続量のアプローチは、日本が独自の方式で世界をリードしている研究分野の1つです。

 本講義では、量子ビットと連続量の双方のアプローチについて、仕組みや課題、今後の展望を述べます。

「超伝導量子コンピュータ」田渕 豊(理研)

 超伝導量子コンピュータの開発が加速しています。各国研究機関に加えて情報技術界の大手企業が開発に参入し、昨今盛り上がりを見せています。毎年のように量子情報処理技術のマイルストーン(重要な研究目標)が達成される一方で、その研究と開発の裏側はどうなっているでしょうか。本講義では超伝導量子コンピュータの開発と研究、その違いを意識しながら超伝導量子コンピュータを概説します。

 超伝導量子ビットはシリコン基板上に形成された超伝導回路であり、半導体量子ドット等と同様に固体素子です。固体中の様々な要因に由来する短いコヒーレンス時間に苦しめられてきましたが、その問題が長年の努力により解決しつつあり、現在のような華やかな成果へとつながっています。携帯電話の通信技術に代表されるラジオ波・マイクロ波技術が回路設計や制御に生かされることにより、高い制御性を実現しています。また、たった1本の超伝導配線により近接量子ビットとの相互作用が実現され、量子ビットを回路上にびっしり並べられる集積性が特徴です。

 しかしながら量子コンピュータの実現に一つ一つ近づくにつれて、きわめて低い量子ゲートの誤り率が要求されます。そのため、これまでの良さであった制御性や集積性に少しずつほころびが見えはじめています。この講義では量子コンピュータを作るという視点に立ち、1量子ビットゲートを中心に、これまでの研究とこれからの研究課題について議論します。

「リュードベリ原子量子シミュレータ・コンピュータ」富田 隆文(分子研)

 解析的手法や数値計算を駆使してもなお解明することが難しい量子多体系のふるまいを、人工的な量子系を使って実験的にシミュレートし明らかにする「量子シミュレーション」と呼ばれる研究が、近年盛んに行われています。様々なパラメータを自由に制御できる冷却原子気体を用いた実験が盛んであり、その中でも特に、非常に大きな主量子数を持つ軌道へと電子が励起された「リュードベリ原子」を使って行われる量子シミュレーション実験が、この数年で注目を集めています。

 この講義では、冷却リュードベリ原子を用いた量子シミュレーション実験について解説します。「量子シミュレーション」とは何か?「リュードベリ原子」にはどんな性質があり、どのように量子多体系を実装・制御・観測するのか?といったことから解説し、最新の研究例について知ってもらうことを目指します。さらに、量子コンピューティングへの応用についても解説します。

「量子エレクトロニクス実験基礎」中島 秀太(京都大学)

 量子エレクトロニクスとは、大雑把に言えば分子・原子・原子核などと電磁波とのコヒーレント相互作用を制御や通信あるいは計測に利用する学問・技術分野のことである。近年注目される量子コンピュータや量子制御といった量子技術の大半は、この量子エレクトロニクス分野と呼ばれてきた学問領域をその基礎としている。

 本講義ではこの量子エレクトロニクスの基礎の部分、原子などの「2準位系」を電磁波でどのように制御するか、ということについて初学者向けに講義を行なう。量子コンピュータで用いられる「量子ビット」も多くの場合「2準位系」であり、2準位系の電磁波による制御を理解することは、そのまま量子ビット制御の基礎を理解することにつながる。時間があれば、講演者の専門である冷却原子系を用いた量子シミュレーション実験についても紹介したい。

「量子の情報理論 ーエンタングルメントから通信限界までー」中田 芳史(東京大学)

 エンタングルメントは量子の世界で最も不思議な現象の一つです。その不思議な性質に魅了されて、量子情報に片足を突っ込むことになった人も多いのではないでしょうか。

 本講演では、まずエンタングルメントに関する不思議な物理現象・思考実験を説明し、次にその現象を「情報の通信に使う」ことを考えたいと思います。その応用として、量子テレポーテーションやスーパーデンスコーディング、最終的には、量子情報の通信プロトコルや量子誤り訂正の限界についての話をする予定です。

 既にこのような内容を学んだことがある方も多いかもしれないので、詳細な説明よりも、分野発展の流れを把握できる講演にしたいと考えています。

「量子誤り訂正の理論と実践」藤井 啓祐(大阪大学)

 指数関数的な高速化を実現する高度な量子アルゴリズムを実行するためには、量子ノイズによって生じるエラーを訂正するための量子誤り訂正による誤り耐性量子コンピュータが必要になります。現在、数十量子ビット規模の量子コンピュータが実現されており、量子誤り訂正の原理実証実験が可能になりつつあり、当分野の次の大きなマイルストーンとして注目されています。本講演では、量子誤り訂正の理論的な枠組みを基本的なところから解説し、誤り耐性量子コンピュータについて概観する。また、最近行われている量子誤り訂正の実現にむけた実験的な取り組みも紹介する。

「量子計算の基礎」森前 智行(京都大学)

 本講義では、量子計算理論の基礎について説明する。具体的には

(1)クリフォード、Gottesman-Knill、マジック、スタビライザーランク

(2)重ね合わせと打ち消しで高速になる例:Deutchのアルゴリズム

(3)量子計算量理論の基礎(BQP、QMA)

(4)量子暗号プロトコル(ブラインド量子計算、検証、ゼロ知識)