「ぷらっと気づき」の誕生を祝して
日本女子大学名誉教授
渡部律子
日本女子大学名誉教授
渡部律子
「ぷらっと気づき」創設おめでとうございます。
私は、創設メンバーの方々と、長年のお付き合いがあり、メンバーの方々は、私にとっては同志のような存在です。しかし、この文章を読んでくださる方の中には、「ぷらっと気づき」のこれまでの活動にそれほどなじみのない方もいらっしゃると想像します。そこで今回は、あくまでも私の目から見たという限定付きですが、1)「ぷらっと気づき」が誕生するまでの経緯、おそらくメンバーのみなさんが目指していらっしゃるだろう、2)対人援助職の実践の質の向上のためにできること、3)今後への課題、の3点に触れたいと思います。本文でよく出てくる「気づきの事例検討会」に関しては、その理念、基盤の知識やスキル、実践方法、などを詳しく説明した書籍やDVDなどがあります。関心のある方はそれらをご参照くださると幸いです。
〇厚生労働省主催のリーダー研修とOGSV
今回「ぷらっと気づき」創設に関わった方々の何人かとの出会いのきっかけは、2002年に厚生労働省が実施した介護支援専門員のリーダー研修の伝達研修でした。リーダー研修では講師の故奥川幸子さんが、全国のケアマネジャー(以後ケアマネ)のリーダーの方々にOGSV(文末に3点奥川氏の主要出版物あり)と呼ばれていた、グループスーパービジョン(以後GSV)のデモンストレーションを実施されました。その際、私も講師の1人として研修に参加しました。この研修に参加された方々は、研修後GSVを各地域の多くのケアマネさんたちに伝達することになっていました。当然、兵庫県でも同様で、伝達研修の実施やケアマネの仕事の質を高めるための方法を考える必要性に迫られました。
その際、OGSVをそのまま実施することの難しさを考えて生み出されたGSVが、当時「気づきの事例検討会」という名称で始めたピアグループスーパービジョン(以後PGSV)に相当するものです。PGSVは、一定の力を持った実践家仲間(仲間=ピア)で実施するGSVです。
〇「気づきの事例検討会」という名称と方法にたどり着いた背景
実はOGSVの前提条件は「スーパーバイザー」を務められる人材が存在することでした。しかし、当時の日本には、各地域で実施される多くのGSVのスーパーバイザー(以後バイザー)役を「自信をもって務められる人々」がそれほど存在しませんでした。そのため、OGSVのスタイルを踏襲しつつも、バイザーがほとんどいない地域でも、ケアマネたちが自主勉強をしながら、自分たちの仕事の質をしっかりと担保できるような方法として作り上げたのが、「気づきの事例検討会」でした。OGSVとの違いは、2点あります。
1点目は、参加者にスーパービジョン(以後SV)の経験がないことを前提として、GSVを実施する前に事前学習を行うことでした。もちろん、事前学習を実施してもすぐに「実際のケース」にアプローチするのかは難しいため、2点目として、事例検討会のゴールを「ケースの理解を深めること」(再アセスメント)にとどめることでした。つまり、急いでケースへの対応法を見つけたい場合は適切ではない、としました。
名称に「スーパービジョン」という用語を使用せずに、「気づきの事例検討会」と名付けたのは、利用者・利用者を取り巻く環境、ケアマネ、それぞれの思い、考え、決断、その背景等、を大切にして、実践家としての「気づき」を深めていってほしいと考えたためでした。
この「気づきの事例検討会」の普及と継続に、大きな役割を果たしてくれた人たちが、今回の「ぷらっと気づき」の創設メンバーです。メンバーの何人かは、先述した本やDVDにも参加してくれています(例:2007年出版『基礎から学ぶ気づきの事例検討会』渡部律子編著 中央法規出版)。このテキストや中心メンバーのみなさんのおかげもあり、気づきの事例検討会は、兵庫県内だけでなく全国に広がりました。今でも様々な場所で、ケアマネさんが、このテキストを使い、仕事の質を高めていくための努力を続けてきてくださっています。
〇兵庫県介護支援専門員協会のバックアップとその終了
この事例検討会が長年にわたって人材育成に大きな貢献を果たしてきた背景には、兵庫県介護支援専門員協会のバックアップがありました。初代土岐会長、2代目森上会長の時代以来、「気づきの事例検討会推進運営委員」および「支部推進員」の方たちが中心になって、この事例検討会を続けてきてくれ、研修でも採用されていました。年に一回開催される気づきの事例検討会支部推進員の研修には、私もほぼ毎年参加させていただき、みなさんの努力の成果とともに、その時々の課題を振り返ってきました。推進員の方々の中には、「ブロック(支部)で推薦されたから仕方がなくやっている」と言う「やらされ感」を持った人も皆無ではなかったこともわかっていました。実践の質の向上を目指す地味な学びである「気づきの事例検討会」を継続していくことの難しさも見てきました。しかし、そのような中でも、みなさんの報告を聞いていると、「継続は力なり」を常に実感できました。
〇参加者自身の経験
上で述べたように、難しさもありながら、この事例検討会は実践の質の向上に大きな役割を果たしてくれました。ケアマネ(事例提出者)が抱える仕事での悩みに対して「じゃあこうしたら」「そんなやり方ではだめ」「そこで起きているのはこういうことだ」といった、時期尚早のアドバイスや批判、また事例の解釈を控えました。そこでは、参加者がじっくりとケアマネの話を聞くことを優先しました。そのために、参加者がわからない情報はケアマネさんに問いかけ、状況を少しずつ明らかにしていく「地道な学びの場」を経験することを目指しました。その結果、参加したケアマネさんが、「みんなが真剣に自分の事例を考えてくれる」、「充分話を聞いた上で、どうしていったらいいかを一緒に考えてくれる」経験をし、この学びの方法の持つ力に気づいていってくれたことも少なくありません。そして、このことは利用者さんの生活の質を高めることにもつながっていきました。
〇原則・基本姿勢
このPGSVに相当する、「気づきの事例検討会」は、その基本に「実践する人が自ら考え問い、そして答えを見つけていくプロセスを大切にする」があります。事例検討会が本当に意味のあるものになるには、利用者さんのこと、ケアマネさんの考え、支援に関連する機関の役割などに関して、十分な情報を得る必要があります。そのような情報を持たないまま、決めつけで、アドバイス、批判、解釈等は決してしないこと、が私たちの間で大切にしていたルールでした。
このルールを守るためには、対人援助の職業倫理・知識・スキル、が必要です。そのため、事例検討会のメンバーたちは、いきなり「気づきの事例検討会」を実施するのではなく、メンバーがお互いを理解する意味も込めて、事前勉強も行うことが推奨されてきました。
〇継続できた背景
このようなスタンスを持つ気づきの事例検討会が、長年継続できたのも、兵庫県介護支援専門員協会のサポートがあったおかげだと感じます。
しかし、そのような兵庫県介護支援専門員協会の長年の伝統も、今年(令和6年)に入って幕を下ろすことになりました。様々な事情によって、県協会が地域(支部)の活動をシステム化して支えていくこともなくなりました。つまり、「システム作り、普及、振り返り、さらなる発展」という「良循環」を広範囲に維持することが難しくなりました。
このような状況下で、これまで一生懸命、気づきの事例検討会を続けてきたメンバーの有志が「気づきの事例検討会の灯を消すな」と言う思いを持ち、考え抜いた結果できたのが「ぷらっと気づき」だと聞いています。名前の発案者は、気づきの事例検討会の初期メンバーであり講師として精神的支柱になってシステムを支えてくれていた谷義幸さんだと伺いました。「プラットフォーム」の最初の4文字のプラットと気づきをくっ付けた造語ということです。今となっては笑い話しなのですが、私が最初にこの名称を見た時、目の悪さもあって「フラット(ふらっと)気づき」と読み違えました。「カジュアルな感じ」「なんかふらっと立ち寄りたくなりそう」と感じました。つまり、なんとなくふらっと立ち寄ってみたら、そこで重大な気づきがあったということです。この名前に込められた意味は、今後活動の展開に従ってより明らかになっていくと楽しみにしています。
「気づきの事例検討会」と言う名称は、様々な場所で聞かれるようになりました。しかし、本来私たちが目指していたものとは違ったルールやゴールで実施されているものも少なくありません。もちろん事例検討会もSVも様々な形があって当然です。しかし「ぷらっと気づき」に集まった有志のみなさんが、基本を忘れず、「自ら考えることができ、自ら行動することができる」援助職者になることを目指してくださることを期待しています。
今回のような有志によるグループを作る事は決して簡単ではありません。ましてやそれを維持していく事は困難です。だからこそ、途中休憩してもいいし、無理をしないで継続してほしいと思っています。学びには「楽しみと頑張り」の両方が必要だと経験を通して感じます。理想を捨てることなく、しかし、現実も忘れることなく「ぷらっと気づき」では対人援助職のなすべきこと、あるべき姿を追求し続けられる方法を探求してくださることを願います。
どんな時代にも「流行り廃り」があり、仕事にもその影響がでます。所属組織、制度・政策も仕事のやり方を左右します。「ぷらっと気づき」が目指しているものは、今の時代のはやりの「短期的な成果・効率化」ではない可能性が高いでしょう。しかし、利用者の人々が置かれている状況を考えたとき、事務的・画一的・効率第一で仕事をして良いとは思えません。
誰もが年を取り、心身が衰える、経済的にも困窮する、といった可能性を持っています。しかし、そうなったことで、人間の価値が貶められることがあってはならないはずです。今年96歳になる経済学者の暉峻淑子氏は、新聞のインタビューで、「本当に豊かな社会、本物の民主主義の社会とは、誰もが自己肯定感を持って生きられる社会といってもいい。」(2024年6月21日朝日新聞13版S 11頁 オピニオン欄 下線筆者)と述べています。援助職者の支援が利用者さんたちの自己肯定感につながることを心から願っています。
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奥川幸子氏の主要出版物
『未知との遭遇―癒しとしての面接』1997年 三輪書店
『身体知と言語: 対人援助技術を鍛える』2007年 中央法規出版
『スーパービジョンへの招待: 「OGSV(奥川グループスーパービジョン)モデル」の考え方と実践 』2018年 奥川幸子 (監修)河野聖夫 (著)中央法規出版