北村博美さん

今日は寒川町倉見の北村洋蘭園を経営されている北村博美さんを訪ねました。私(志柿)は以前倉見に住んでおり、北村洋蘭園の大きなビニールハウスは度々目にしていたのですが、今回初めて中を見せていただきました。

まず驚いたのがその規模です。学校の校舎ほどもあろうかという大きなハウスが6棟、その中には色とりどりの洋蘭が所狭しと並べられていて、当然暖かく、いい香りに満ちており、気分はまるでハワイです。しかしながら、最近の石油の値上がりでコスト高となり、採算は良くないとのことでした。なにしろ重油代が年間300万円かかるのだとか。また、花の栽培には海外からの輸入品も欠かせず、それもコスト上昇の要因のようです。例えば、ラン栽培に必要なミズゴケはニュージーランドからの輸入です。おまけにコロナ禍の状況では結婚式の需要が減り、花だけでやっていくのは大変だそうです。卒業式には今でも注文が多いそうですが、それでも果物など、代わりになる商品を現在探しているとのことです。

北村洋蘭園が大規模な今の姿に発展したのにはやはり確かな理由があることが、北村さんのお話を伺ってわかりました。それは栽培技術の確かさです。東京農大の先生を始め、著名な研究者が訪れ、蘭栽培のヒントを発見することもあるようです。例えばシンビジウムの栽培に富士山の軽石を使う事は北村さんが始められたのですが、その方法は大学の研究者によって日本各地に伝えられたそうです。

国内外から研修生も過去には多数受け入れ、今ではその方たちが、千葉、栃木、あるいはブラジルといったところで活躍なさっています。北村さんの洋蘭園は農林大臣賞など数々の賞も取っておられ、その技術は公に認められるとことです。

北村さんは蘭栽培以外でも多才な面をお持ちです。例えば、神奈川県の郷土料理を広める「ふるさと指導師」に任命されておられます。神奈川県地方では赤飯を作るのにお酒を使いますが、その作り方の講習もおこなっておられますので、興味のある方は参加なさってはいかがでしょうか。

北村さんの人生訓は、「明日はわからない。今やりたいことをやる」だとの事。好きこそものの上手なれといいますが、北村さんは常に色々な自分の好きな事を楽しみ、何事も立派にこなしてこられました。また、次世代に北村さんの技術や知識が確実に継承されるように努めておられます。日本もまだまだ捨てたものではないと感じました。

寒川は花の町といわれますが、それは北村さんのような方々が日々研鑽され、技術向上を常に心がけて来られたからにほかなりません。寒川はかつてイチゴ栽培の発祥地の一つでしたが、今は見る影もありません。しかし、花卉栽培では今も先進地です。花卉農家を支援し、花の町寒川をより発展させることが町の魅力向上につながると感じた一日でした。北村さんどうも有難うございました。