About the project

なぜ翻訳したのか

大学のコンピュータサイエンス系の学部では、ほぼ皆が最初にデータ構造に関する講義を受講するだろう。

「大学で」「皆が」「最初に」学ぶということは

  • 一般性・普遍性があり
  • だれでも使い
  • いつでも使う

ということを示唆しており、これはこの分野、そしてこのプロジェクトの意義を端的に示しているだろう。

僕自身、大学の専門課程における最初の学期にこの教科書でデータ構造を学んだ。5月のことだが、この教科書の日本語訳がまだないことにふと気づき、Patに連絡を取ってみた。翻訳は歓迎してくれるそうだ。そして、この魅力的な分野への入門をかつてサポートしてくれた教科書を翻訳することにした。

本を英語から日本語に翻訳する意味はあるのだろうか?

個人的には英語よりも日本語を読む方がかなり早い。しかし、専門書を読むときはついつい翻訳は避けてしまう。品質のばらつきが大きく、読みにくいものも多いと感じるのが自分の場合は主な原因だ。

しかし、この教科書は入門書である。前提知識は中学高校レベルの数学をほんの少しだけである。(簡単なプログラミング経験があった方が、実感が持てて、有り難みがわかり、楽しく読めるとは思うが。)日本語で読める無料の教科書は、分野の裾野を広げ、楽しくプログラムを書ける・効率的なプログラムが書ける人を増やしてくれるだろう。

母国語で大学レベルの教科書が読める国は多くない。より専門的な内容はもっぱら英語で読むことになるのだから、さっさと崖から突き落とせという意見ももちろんあるだろう。自分自身も大学に入った頃は「英語で読む」のに抵抗があった。(「英語を読む」ところまでは幸い受験で慣れた。)この抵抗を可及的速やかに取り除くのが、アクセス可能な知識を押し拡げるためには極めて重要だろう。大学生になっても日本語で教科書が読める恵まれた環境が、日本人の英語アレルギーを支えている可能性はある。

しかし、この教科書は専門への橋渡しの、その初っ端に位置している。この教科書の前提とする知識は多くない。これに英語を加えるのは、対象読者を制限することになるだろう。母国語でこのような入門書が読める、少なくともその選択肢があるのは望ましいことだと思う。

この教科書は、300ページ程度ながら、丁寧にゆっくりと、それでいて実用的な題材を納めている。より本格的な教科書も出版されており、その中には翻訳されているものもある。内容は素晴らしく、僕自身今でも度々読み返す。少なくとも自分の持っている二冊は翻訳の質も良かった。(Algorithm DesignIntroduction to Algorithms)ただし、文量は大判1000ページ程度、価格は10000円程度と、気軽なものではない。こういった専門家向けの入門書や、あるいはより専門的な書籍への橋渡しであるこの教科書を、日本語で・フリーでアクセスできるようにするのがこの翻訳の目的である。