■ 原子核物理からハドロン物理・素粒子物理まで
原子核物理は,1930年代に「素粒子」と考えられていた陽子・中性子・パイ中間子の研究を起源として発展してきました.その後,多様な原子核の存在が明らかになるにつれて,原子核の構造・核反応・核物質の性質を探求する分野へと広がっていきました.
さらに1960年代には,多数の新しい粒子が発見され,それらは総称してハドロン(バリオンやメソン)と呼ばれるようになりました.こうした研究の発展は,現在ではクォークとグルーオンを基本的な構成要素とし,それらの相互作用を記述する理論である〈量子色力学 (Quantum Chromodynamics, QCD) 〉の確立につながり,素粒子の標準模型の一角を担っています.
このように原子核物理は,歴史的な発展の中で,原子核そのものの性質の研究にとどまらず,陽子・中性子などのハドロンの内部構造の解明,さらにはクォーク・グルーオンというより基本的な自由度の研究へと対象を広げてきた分野です.
そのため,「原子核物理」と一口に言っても,必ずしも狭い意味での原子核の研究だけを指すのではなく,原子核からハドロン,さらに素粒子へと至る階層構造の中で現れるさまざまな物理現象を対象とする複合的な研究領域を指しています.また,電子やニュートリノなどのレプトンと呼ばれる素粒子に関係した現象を解析することもあれば,素粒子・原子核物理の枠を超えて見られる〈物理現象の普遍性〉に注目することで,冷却原子や固体電子などを対象とする物性物理学の研究へとつながることもあります.
このような背景のもと,新潟大学 原子核理論研究室では以下のようなテーマに取り組んでいます.
■ 極限状態の量子多体問題
原子や電子,原子核やハドロン,さらにはクォークやグルーオンのような素粒子が多数集まった物理系の性質を理解する問題は,「多体問題」と呼ばれる理論物理学の基本的な研究テーマの一つです.これは凝縮系物理学における物性研究だけでなく,素粒子・原子核多体系の物性を理解する上でも極めて重要です.
たとえば,米国のブルックヘブン国立研究所(BNL)やスイスとフランスの国境にある欧州原子核研究機構(CERN)の加速器実験では,光速の99.9999%以上に加速した重イオン同士を衝突させることで,2兆℃を超える超高温状態が作り出されます.ここでは,物質内から解放されたクォークとグルーオンが運動する〈クォーク・グルーオンプラズマ〉と呼ばれる新しい物質状態の性質が研究されています.また,宇宙に存在する中性子星と呼ばれるコンパクト天体の内部では,原子核物質が極限まで圧縮された超高密度状態が実現します.そこでは,中性子や陽子からなる核物質に加え,さらに高密度で実現するクォーク物質の物性が探求され,クォークが対を作って凝縮する〈カラー超伝導状態〉のような新奇な量子状態の可能性も理論的に議論されています.
そこで,素粒子・原子核物理学に加えて物性物理学の理論手法も活用しながら,
高温極限で実現するクォーク・グルーオンプラズマ
高密度極限で実現する核物質・クォーク物質
素粒子・原子核多体系を超えて見られる多体問題の普遍的なふるまい
などを対象に理論研究を進めています.
■ 核力から南部・ゴールドストーンモードの物理まで
ハドロンである陽子・中性子の間には「核力」と呼ばれる強い相互作用が働き,原子核という束縛状態が実現されます.核力の研究は1935年に湯川秀樹による「パイ中間子の交換」に基づく理論から始まりましたが,現在でもクォーク・グルーオンの相互作用を記述するQCD に基づく第一原理計算や,QCDの低エネルギー有効理論であるカイラル有効場理論に基づいた系統的な解析が進められています.カイラル有効場理論は,QCDが持つ近似的なカイラル対称性とその自発的破れという非摂動的な性質に基づいた記述を与える理論であり,「対称性に基づいた低エネルギー有効場の理論」という現代物理の基盤となる考え方を具体的に実現した代表的な例の一つです.
実際,「対称性とその自発的破れ」の理論は,南部 陽一郎,ジェフリー・ゴールドストーン,スティーブン・ワインバーグらによって素粒子物理の分野で発展させられましたが,超流動体や磁性体などの凝縮系物理でも共通して見られる現象を説明する普遍的な理論的枠組みを与えています.また,近年では保存量密度のダイナミクスを記述する流体力学も対称性とその「破れ」に基づいた有効理論として,新たな観点から取り扱われています.
そこで,対称性に基づいた低エネルギー有効場の理論という観点を取り入れることで,
陽子・中性子や重いハドロン間に働く長距離力
超流動流体など,対称性が自発的に破れた媒質中で現れる誘導相互作用
南部・ゴールドストーンモードや流体モードのダイナミクス
などを対象に理論研究を進めています.