ドラマ『古い海辺の町で』

ブンコウ・イシカワ



  波。

  舞う海鳥。

  静かな音楽。


  ドラマ『古い海辺の町で』


  激しい波に変わる。

  音楽も高まって、やがて消える。

波の音小さくなる。

警察の通信指令室。

けたたましい電話の呼び出し。

並びのデスクで数本の電話が鳴っている。

  担当者の緊迫した、いくつかの会話。


警官A「11〇番です。どうしました?」

電話の声「落ちたよ。ユーホが、海に落ちた」

警官A「誰かが、海に落ちたのですか?」

電話の「人じゃなくてユーフォー、あの空飛ぶ円盤の」

警官A「ユーフォ―って、UFO?あなた、ふざけてるの?」

電話の「いや、ふざけてるんじゃなくて、本当、すぐに来たほうがいいよ、ここ、衣ヶ浦だよね、この海岸に」

警官A「…あ、切れたか。何だ、今の」

警官B「UFOが海に落ちたという通報か?」

警官A「え、ええ!」

警官B「今、他にも数本、そういう通報が入っている」

警官A「えっ、本当なのか」

警官B「水前の衣ヶ浦だろ」

警官A「はい」

警官B「近くの交番に連絡して現場に向かわせてくれ。私は森上署に連絡してパトカーを急行させる」


いくつかの電話の呼び出し音が続く。


警官C「(やや遠くで)はい、どうしました?何?UFOが墜落…、衣ヶ浦の海岸…、ええ、状況をもっと詳しく…」

声にかぶさるように、波の音。

渋滞の車。

クラクションがけたたましく鳴っている。


警官D「(無線に)海岸通り交番の原田です。ただいま衣ヶ浦の海岸に到着しました。えっと…、車が渋滞していて、

   降りて何人かが堤防から海の方を見ています」


波の音が大きくなる。

警官D、堤防に近づく。

人々ざわめき、皆が携帯のシャッターを切っている。


警官D「道路はもう身動き出来なくて、急いでここを立ち去ろうとする車もあって、かなり混乱…、ああ!」

無線の警官「どうした?」

警官D「UFOが、UFOが…、海岸から、7、800m先くらいに、斜めに海に突きさっていて」


  沖に突き刺さるUFO。


無線 「本当にUFOなのか?」

警官D「か、海面に出てる部分が5、6mあって、遠浅ですから、この辺の海岸は、おそらく全体で2、30mくらいかな、

   海底に突き刺さっているんですよ。黒、いや銀色で、円盤投げの円盤のようで、空から落ちてきたとしたら、

   飛行機じゃない、あれは確かに…」

無線 「わかった。破損状態は、どうだ?煙とか燃料の流出とか、海の状態は?」

警官D「は、破損はないようです。海も別に異常もなく…、堤防を降りてもう少し近づいてみます」

無線 「待て、それ以上近づくな、危険だ。もうすぐパトカーが到着する」

警官D「はい。ただ道路が広い道じゃないんで、両車線とも渋滞で右往左往していて、パトカーが入って来れるかな…」

無線 「その県道はすでに上下の入り口を封鎖している」

警官D「はぁ…」

男  「おまわりさん、あそこ」

警官D「うん?」

男  「あそこの波打ち際、人じゃない、あれ、二つ?」

警官D「ああ!」

無線 「どうした?」

警官D「人が二人、浜辺に打ち寄せられていて!」

無線 「それは…、本当に人か?」

警官D「え、ええ…」

男  「ありゃ宇宙人だぜ、体が銀色だ」

警官D「あ、ああ、と、とにかく…、救急車を一台、手配してもらったほうが…」


波の音、車の音、クラクション、

ざわめきの中を遠く数台のパトカーの

サイレンが聞こえてくる。

やがてそれを追うように、救急車の

サイレンが高鳴って来て、消える。


上空を飛ぶ数台のヘリコプター。

病院の玄関先、人でごった返す騒音。



  病院の廊下を急ぎ足で歩いてくる二人の足。

  一つはヒール。

  扉をノックし中に入る。


事務員「政府の方をお連れしました」

院長 「お待ちしていましたよ、どうぞ」

 

 スーツ姿の佐伯遼子(31)入る。

 応接室の中には、院長舘林(53)、警察署長石橋(62)、町役場助役山崎(40)が立っている。


遼子 「失礼します」

院長 「院長の舘林です。あの…、政府の方、他には?」

遼子 「私一人です。内閣情報調査室特務班の佐伯と申します」

院長 「お、お一人」

署長 「こんな事態に、女性…、それも一人、たった一人しか来られないとは…。あ、いや、私は森上警察署、署長の石

   橋ですがね。しかし、政府は今回のこの非常事態を何と思ってるのか…」

助役 「あ、水前町の助役をやっております山崎と申します」

院長 「大臣とか、あの長官とかは、来られないんですか?」

遼子 「今回の件、状況は逐一、官邸に報告されます。内容に応じて今後、大臣他が対応されることもあるかもしれませんが、

   今は取り急ぎ、私が首相より全権を一任されて、対応に参っております」

署長 「急と言ったって、発見からすでに14,5時間以上たっているのですよ。女性をたった一人しかよこさないとは、信じ

   られん…」

院長 「と、とにかく、どこかへ連絡するなりして、あの二人を他へ連れて行ってもらいませんか。ご覧のように報道陣の数が

   ものすごくて、こんな小さな病院ですからね、一応、警察の協力でガードはしてもらってはいるんですが、救急車もまる

   でまともに入って来れない状態で…」

遼子 「その二人は、確かに地球人ではないのですか?」

院長 「わかりませんよ、見た目はほとんど我々と変わりませんがね。何の検査もしていないんだから何もわかりませんよ。

   もし宇宙人だったら、どんな細菌やウイルスを持ってるかわからないでしょ、容易に検査なんか出来ませんよ。

   大した設備もないし、隔離だって大したことしてないんだから。他に入院患者さんもいるんですよ、ここには!」

助役 「院長、あまり興奮しないで」

院長 「いや興奮はしてませんよ、憤慨はしてますがね。普通なら発見されたらすぐに、政府から防護服の一団なりがやって来

   て、すみやかに二人を連れて行くとかするんじゃないですか。大変なことなんですよ、ただの漂流者じゃないんだ。だか

   らこんな大騒ぎになってるんだ」

助役 「院長、とにかくまぁ、こうなってしまった以上は」

遼子 「前例がないことですので」

院長 「前例がないにしても、のん気に次の日にやって来て、それも失礼だが、女性がたった一人で…。へたすりゃ国際問題に

   でもなりかねない。もしあの二人が本当の宇宙人なら、人類にとって初めての遭遇なんだから、世界的な大事件ですよ。

   実際もう、世界中のニュースにもなっている」

署長 「とにかく、二人は、全身銀色のボディスーツのようなものを着ておりましてな、それが、あんな生地、地球上のものと

   はとても思えない、薄くて丈夫で、しなやかなものだ。あの落ちたUFO…、私も実際に見ましたけどね、あれも地球の

   ものとはとても思えない。二人はあれに乗ってやって来た。地球人じゃない。まぁ、院長の言う通り、早く二人を連れて

   行くよう報告して、国の然るべき機関で調べた方がよろしいと思いますよ」

遼子 「まず、二人を見せて下さい」

院長 「そ、それでは」


  扉を開け、出ていく数人。


遼子 「院長、二人は、まだこん睡状態ですか?」

院長 「ええ、眠っていますよ。発見された時からずっとね」

遼子 「溺れたふうではないと聞いていますが、墜落のショックで気を失ったのでしょうか?」

院長 「さぁ、わかりませんよ…。二人とも三階の病室に入れてあります」


  廊下を行く。

エレベーターのドアの開閉。

上昇。


署長 「連絡しておきましたが、本日の午後二時から記者会見を行います。もちろん承知していただいていると思いますが」

遼子 「ええ、聞いています…」

署長 「政府の方から発表してもらうという手筈になっておりますが」

遼子 「そうですか、その会見の延期はできませんか、明日とかに」

署長 「む、無理ですよ。会見があるから、マスコミの人に何とか過剰な取材を控えてもらっている。延期などと言おうもの

   なら暴動が起きますよ」

遼子 「…わかりました。会見の場所は?」

署長 「この病院の駐車場にテントを仮設してあります。そちらで行う予定ですよ」


エレベーターのドアが開き、出てくる。

廊下を行く。

  やがて病室の前で立ち止まる。


署長 「ごくろう」


  入り口左右の警官、敬礼する。


院長 「ここです、こちらの扉から入って下さい。この部屋は伝染の恐れのある患者さんを収容するところで、一応は隔離して

   別室から様子が見られるようになっているので」


  ドアを開け、部屋に入り込む。

  中の警官二名も敬礼する。

  看護師二名も礼をする。


院長 「二人の様子は?」

看護師「はい、院長、変わりありません。眠ったままです」


  窓の向こう、並んだ二つのベッドで眠る男女。

  沈黙。

  静かな音楽が流れはじめる。


遼子 「…二人は、男性と女性ですか」

院長 「ええ、そのようですね」

遼子 「髪の毛が、何色かに輝いて見えますね」

院長 「え、ええ、オーロラのようです。あ、数本抜け毛を採取してありますよ」

遼子 「すぐに分析に出しましょう。いただけますか」

院長 「君、あの採った髪の毛を、この人に」

看護師「はい」


  看護師、容器を持ってくる。


看護師「これです。男性のと女性のと」

遼子 「これを、この名刺の住所の分析機関に早急に送りたいのですが」

署長 「…高速を飛ばせば、そんなに時間がかかるところではないようだ。警官の一人にそこまで早急に届けさせましょう」

遼子 「お願いします」


  署長、ドアを開け、外の警官に容器を渡し伝言する。

  

看護師「あっ!」

院長 「どうした?」

看護師「一人が、目を…」

院長 「目を、目を覚ました?」

看護師「男性の方が…」

署長 「拳銃に手を!」

警官二人「はっ!」


  沈黙。


遼子 「隣のベッドの、女性の方を見ている…。向うからこちらは見えるんですか、院長?」

院長 「み、見えますよ、この窓はただのガラスですから。あっ、女性の方も目を覚ました!」

助役 「おお、二人で見つめ合ってる」

遼子 「目も、七色のようですね…」

助役 「なかなかの美男美女ですね。地球人で言えば二十代か、三十代…」

遼子 「そうですか…」

院長 「二人とも驚きもしないし騒ぎもしない。自分たちの今の状況がわかっているのか…」


  沈黙。


看護師「ああ、目を閉じた。また眠りました、二人とも、また…」


  音楽、やや高まって消える。

  人でごった返す記者会見会場。

署長と遼子が現れる。

突然の激しいフラッシュ、シャッター音。


署長 「それでは会見を行います。森上警察署、署長の石橋です。緊急の調査中のことゆえ、今回は質疑応答なしと言うことで

   お願いしたい。とりあえず現状報告のみと言うことでご了承下さい。では今回の件を政府から一任されて当町に来られて

   おります、えー内閣情報調査室の方から報告してもらいます」


  ふたたび激しいシャッター音。

やがて収まる。


遼子 「内閣調査室の佐伯です。まず、衣ヶ浦に墜落しました全長約25mの円盤状のものですが…」


  ざわつき、やや収まる。


遼子 「本日、海上保安庁より発表されました内容以上のことは、ただ今、わかっておりません」


  戸惑うざわつき。


記者A「(大声で)UFOに間違いないなんですか?」

遼子 「墜落物の、現時点では外見の破損は認められず、海への汚染物質の流出や放射能は感知されておりません…。次に…」

記者B「(大声で)UFOの中には入れたの!」

署長 「あの、先ほども申しましたが、今回は質疑応答なしということでお願いします」

遼子 「現在は海上保安庁の管轄、海上自衛隊との連携で、海岸周囲3km沖以内が立ち入り禁止区域として、引き続き調査を

   行っております。次に、同海岸で見つかった二人の漂流者ですが…」


  ブーイング、ざわめき大きくなる。


記者B「(大声で)UFOの回収の予定は?」

記者C「(大声で)アメリカの艦隊がこちらに集結してるって本当ですか?」

記者A「(大声で)どこかの国の最新鋭の戦闘機って噂もありますが…」

署長 静かに!静かにお願いしますよ。質問はお止め下さい」

遼子 「次に同海岸で見つかった二人の漂流者ですが、成人の男女と思われ、ただいま安静中であり、まだこん睡状態にあるた

   め、詳しい検査は行っておりませんが…」

記者B「(大声で)宇宙人なんですか、落ちたUFOに乗ってきた、その点ははっきり言ってよ!」

遼子 「現時点では、墜落物の乗員であった可能性もあるとしか申し上げられません」

記者C「人間に見えるの?何か地球人と違うところがあるの?どんな写真でもいいから公開して下さいよ」

記者A[とにかく、人間と同じなの?それくらい言ってよ」

遼子 「身体的には一般的な成人の体格、容姿、形状とほぼ変りはありません


  ざわめき。


記者B「(大声で)その宇宙人に危険性はないんですか?」

記者A「(大声で)こんな小さな病院に入れておいて大丈夫なんですか?」

遼子 「これ以上は、現在調査中としか申し上げられません」

記者B「申し上げれない、申し上げれないって、何だよ!」

署長 「それでは短時間ですが、今回の記者会見は、ここで終了いたします」


  驚きのざわめきが起こる。


記者A「短すぎるでしょ!すでに丸一日立っているんですよ、もっと何かわかっているでしょう。もう少し詳しく話して下さい

   よ」


  激しいシャッター音。


署長 「新たな情報が確認出来ましたら、また随時、会見を行ってまいりますので、今回はまず第一報と言うことで、短時間で

   すが、ご了承をお願いします」


  ブーイングがいっそうひどくなる。


  遠く、ざわめきが聞こえる。


院長 「ますます人の数が増えている」

署長 「野次馬が多いんだ」

助役 「海岸通りの道路が閉鎖されてますから、みんなこっちに来るんでしょう」

院長 「のん気ですな、助役は。町が話題になってうれしいんですか。あんな記者会見では、マスコミの欲求不満をさらに掻き

   立てただけだ。テレビじゃこの病院ばかり映すから、みんなどんどん集まって来る!」

署長 「まぁ院長、今は仕方がない」

院長 「いつまでこの騒ぎが続くのか、ねぇ、佐伯さん…」

署長 「あの大騒ぎの会見をテレビで放送したんだ、政府のお偉いさんも、何にも手を打たずにはおられないだろう。

   佐伯さん、何か上から連絡は来てないかね?」

遼子 「いえ、まだ…」


  携帯の着信音が鳴る。


遼子 「失礼します」


  携帯を操作する。


遼子 「メールで、髪の毛の検査の一報が入りました」

助役 「早いですね」

遼子 「やはり、地球人の毛髪ではないと言うことです。(メールを読む)組織や細胞の構造は地球上の生物に非常に類似して

   はいるが、構成成分に違いがある。主な成分は基本的にタンパク質であるが、地球上の生物では認められない種類のもの

   がいくつか認められる」


  沈黙。


遼子 「毛髪を構成するタンパク質は、非常に紫外線に耐性のあるものであり、このようなタンパク質は地球上の環境では生成

   されない種類のものである」

助役 「あの髪の毛が七色に輝くのは、それだからかな…」

院長 「危険は、あの二人に危険性は?」

遼子 「ええ、危険性に関しては、…毛髪またそれに含まれる血液から、有害性や毒性、伝染性、放射性などの危険物質は未だ

   検出されないとあります。最後に、毛髪だけからの検査であり、早急な検査であるため、十分な確証を得た報告ではない

   とありますが」

署長 「十分ではないにしても、地球人でないことは間違いない」

院長 「それがはっきりした以上、二人はすぐに連れて行ってもらえるんでしょうね」

遼子 「収容先についてはまだ、各機関、問い合せ中です」

院長 「問い合わせって、問い合わせも何も国の施設なんだから、有無を言わせず収容させればいいでしょ」

遼子 「前例のないことですので」

院長 「もう、前例のないことは百もわかってますよ。うちだって、救急と言うことで強引に連れてこられたんですからね」

遼子 「官邸からも彼らの移動を早急に進めるよう要請が出ていますが、何しろ各機関、今回のこの報道陣の多さにも困惑して

   おり、業務の支障への懸念が受け入れを躊躇させています」

院長 「冗談じゃない!じゃあ、うちは犠牲になってもいいということですか?」

遼子 「それらの機関では、国家機密に匹敵するような研究や調査も行われていると言うことで…」

院長 「こんな町の病院の仕事は、どうなってもいいということですか?」

署長 「宇宙人ですよ。人類初めての異星人が、衰弱しているかも知れんのに、一般の病院で、それも警備も田舎の警察だ。何

   か、国はみんな逃げ腰ですな。佐伯さん、あんた一人をよこして、後は我々に任せっぱなしだ。すぐに何の手も打と

   うとしない。事の重大さに気づいていないとは思えない…。要するに、初めてのことで誰も決断出来ないんだ、総理も

   ね。誰もが責任が降りかかるのを恐れているのかね」

  

  沈黙。


院長 「とは言え、何とかなりませんか、佐伯さん」

遼子 「もう一度、問い合わせてみますが…」

助役 「あの…、提案があるのですけど」

署長 「何だ、助役?」

助役 「実は、町の外れに保養施設がありまして、十数年前に町興しの一環として建設した宿泊施設なのですが、今は、開店休

   業のような状態で利用者もほとんどいませんので…」

遼子 「そちらに二人を移動すると言うことですか」

助役 「ええ、海辺に面した高台にありましてね、人家からも離れていて環境もよく、裏はずっと山林が広がっていまして、施

   設の前には空き地もかなりありますので、報道陣の方も十分受け入れることができるのではないかと」

院長 「そ、そりゃぁいい、すぐにでもそちらへ移しましょう!助役、そんないい考えがあるなら、もっと早く言ってくれなき

   ゃ。いいでしょう、佐伯さん」

遼子 「町政の方で、よろしければ…」

助役 「私の一存ではと思いまして、それで先ほど町長に連絡して、そういう提案をしてよいか確認しまして」

署長 「町長は、なんと?」

助役 「遊休施設であり、また緊急を要することであるので、一時的な利用として、どうぞとのことです」

院長 「じゃあ決まりだ!」

署長 「いいですね、佐伯さん?」

遼子 「まず、その施設を見せていただきたい」

院長 「行きましょう、そこへ、日が暮れる前に」

助役 「よろしければ、今からすぐにご案内しますよ」

遼子 「では、お願いします」


  車内、車のエンジン音。

  道路に群がる野次馬を避けていく。


助役 「抜け出すのも大変ですね」

署長 「報道陣もあまりの人の多さに身動きできないようだ。大半は野次馬だな。かなり遠方から来ている」

遼子 「後を付けて来るような者はいませんね?」

助役 「ええ、大丈夫のようですよ」

署長 「あれだけ人が入り乱れていたら、もう抜け出しても誰が誰だかわからない」

院長 「もう病院はめちゃくちゃですよ」


  沈黙。

  走り続ける車。


署長 「病院方向への道はずっと渋滞だな」

院長 「何だってまだそんなに来るんだ!これじゃ帰るに帰れない」

助役 「あの、ちょっと役場に寄って、保養所のカギをとって参りますので」

遼子 「町長は、今、その役所の方に?」

助役 「いや、それが今、町長は海外に行っておりまして」

遼子 「海外?」

助役 「この町の姉妹都市がイタリアにありましてね、そこの催しに招かれまして、今回の騒動の起こる寸前に旅立っておりま

   してね、歓迎のレセプションに出席したらすぐに戻ってくるということになっているんですが」

遼子 「そうですか」


  町役場に着く。

  玄関前の駐車場に車を止める。


助役 「それではすぐに取ってきますので、車でお待ち下さい」


  助役、3人を残して車を降りていく。

  玄関先に、大型の外車が止まっている。

 

遼子 「向こうに黒塗りの外車が止まっていますね…」

署長 「ここらではあまり見ない高級車だな。おっ、外人が三人、役場から出てきた」


  黒づくめの外人三人乗り込む。


署長 「全員、黒のスーツにサングラスか、怪しいな」

遼子 「報道陣や、ただの野次馬には見えないですね」


  車のドアが開く。



助役 「お待たせしました」


助役、運転席に乗り込み、ドアを閉める。


助役 「どうかしました?」

遼子 「助役さん、あの黒塗りの外車の方へ車を回してくれませんか、ナンバープレートを見たいので」

助役 「ええ…」


  エンジンをかけ、動き出す車。


助役 「あの車が何か?」

署長 「助役、あんたのちょっと前に、外人が三人、役場から出て来たんだが、何しに来てたかわかるかね?」

助役 「あの車に乗っている外人たちですか…、気がつきませんでしたが…」


  静かに進み、外車の横を通っていく。


遼子 「駐留米軍のナンバープレートですね」

署長 「そりゃ米軍関係者も来ているでしょう」


  少し進んで、隠れるように車を止める。


助役「電話して、彼らが何しに役場に来たか聞いてみます…」


  携帯をかける。


助役「あ、もしもし…」


  窓を開ける。

  夕暮れの海、波の音が近くに聞こえる。


助役 「空気を入れ替えましょう。どうですか、ここから見える海」

遼子 「ええ…」

助役 「夕暮れの海がきれいでしょう。風も気持ちいい」

遼子 「潮のにおいがしますね」

助役 「そうでしょう。いいところでしょう。まだ設備もきれいですしね、清掃も十分されていますからね、すぐにでも利用で

   きますよ。この部屋が一番適していると思いますよ、どうですか?ここへ二人を入れておけば、向こうの部屋から、こち

   らを見ることが出来ます」

院長 「ここなら安心だ」


  波。

海鳥の鳴き声。


署長 「彼ら、すぐにここへは来ないのだろうか…」

助役 「あの駐留米軍の外人のことですか」

署長 「どうして彼ら、この保養施設のガイドを役場に取りに行ったのか」

助役 「偶然ですかね」

遼子 「助役、その保養施設への話は私たち以外、誰かに?」

助役 「ええ、町長に電話で、了承を得るために」

遼子 「国際電話で、ですね」

助役 「ええ、イタリアまで」

署長 「傍受されたのか!」

遼子 「あの二人をここへ移動させようと、私たちが画策していたことが洩れた恐れはありますね」

署長 「病院の応接間で我々が話しているのを盗聴されていた可能性もあるな」

院長 「病院で盗聴!」

署長 「あんなにごった返していたら、盗聴も簡単だよ。病院や役場で、今後、盗聴器の探索はしてみますがね」

遼子 「漏れたとしても、大した秘密ではありませんし、すぐに公表することですから」

助役 「すると、ここへの移動は決定ということで?」

遼子 「ええ、これ以上、病院に迷惑はかけられません。早急に話を進めましょう。ここならすぐにでも二人を収容できます。

   官邸も二人の病院外への移動を望んでいます」

院長 「そうですか、ありがたい!」

遼子 「ただ移動後もしばらくは、病院で担当していた看護師の方をこちらに付けていただきたいのですが」

院長 「ええ、その点は協力できますよ」


  窓を閉める。

  波の音が止む。


助役 「あの駐留米軍の外人たち、何かを企んでいるんでしょうか、二人を連れ去ろうとか…」

遼子 「あんな公の車を乗り回しているのです、目立つ違法な行為をするようなことはないでしょう」

署長 「油断は出来ませんよ。アメリカに限らず各国、企業、いろいろな組織が彼らを手に入れたがっていると考えるのが当然

   だ。何しろ彼らは高度な文明から来た異星人ですからね。のん気に構えているのは、この日本の政府ぐらいのものだ」

助役 「あ、しかし、どうやって、彼らをここへ移します。あの報道陣の群れをかいくぐって」

院長 「救急車の搬入口から、二人を運び出すことは出来ますよ」

遼子 「救急車は使えない…」

署長 「搬送用の車は警察で用意しましよう。また、他署に応援を依頼して、警備を増やそう」

助役 「それでも騒ぎは起こるでしょうね。報道陣は一目でも彼らを見ようと必死ですから」

署長 「前もって彼らを公開しておくか」

助役 「しかし二人も、また目覚めて、いきなり大勢の報道陣の前に出されたら、精神的にショックを受けるかも知れない」

署長 「眠っていればいいんだが」

遼子 「ある程度の騒動は仕方がないでしょう。とにかく早急に二人を移送してしまうしかありません」

署長 「深夜か早朝に行うか…」

助役 「報道陣は寝ずの番をしてますからね、すぐに気が付きますよ。町民は今回の騒ぎでかなり参っていますから、特に夜間

   の騒動は、やはり避けたいですね」

署長 「夜間の騒動は事故も起こりやすいからな」

助役 「そうだ、こういう方法はどうです。また記者会見を行うのです。報道陣をみな引きつけておいて、その間に」

署長 「しかし会見で何を話す?まだ、あまり話すこともないが」

助役 「それこそ彼らの写真を公開してもいいじゃないですか。彼らの髪の毛の分析結果の件もありますし」

署長 「どうです、佐伯さん?」

遼子 「ええ、…その方法でいきましょう」

院長 「いつ行います?」

遼子 「署長の都合は、いつがいいでしょう」

署長 「早いほうがいいでしょう。明日の午後でも、何とか段取りをつけますが」

遼子 「明日の午後…。院長はよろしいですか?」

院長 「私のところは、早ければ早いほどいい」

遼子 「では、明日の午後三時と言うことでよろしいですか。会見の最後に今回の移動のことも発表しましょう」

助役 「発表が終わった頃には、移動が無事終わっているといいんですがね」

署長 「私と佐伯さんは会見で、二人の移動に参加できない。部下には指示しておくが」

院長 「私と助役で協力して、何とかやり遂げますよ」

署長 「よからぬ輩が彼らの奪取に動くかも知れん。移動のときこそ危ない。警官を増員して配置しておくが、十分注意とご自

   身の安全を」

助役 「え、ええ、わかりました…。おお、ご覧下さい。夕闇が海を覆って、素晴らしく美しい…」


  波の音、やがて高まり止む。

  


  午前中、保養所前の駐車場、車でごったがえしている。

外で話す人々。


  石畳を歩いて来るヒールの足、やがて止まる。


警官 「あ、ご苦労さまです。どうぞ」


  警官に玄関のドアを開けられ、入っていく遼子。


助役 (遠くから)ああ、佐伯さん」  

遼子 「(歩きながら)報道陣のほとんどがこちらの保養所に移動したようですね」

助役 「ええ、こちらは駐車場が広いからどんどんやって来る。さらにすごい数ですよ。外国からもマスコミが次々にやって来

   ているようですしね」

遼子 「助役さんは、昨日からずっとこちらに?」

助役 「ええ、帰る暇がなくて」

遼子 「ご苦労さまです。二人はどうですか?」

助役 「今は目を覚ましていますよ」

遼子 「そうですか」

助役 「部屋へ行きますか?二人とも何もせずずっと海を見ていますよ。昨日は、さすがの騒音に目を覚ましたのか、ずいぶん

   人目にさらされたり、フラッシュを焚かれたりしたけど、ショックを受けることもなく、今朝も起きてからもずっと落ち

   着いていますよ」

遼子 「そうですか」

助役 「その海と言っても、かなりの報道陣が船をチャーターして、ごった返していますがね。この保養所の窓を海上から望遠

   で狙っているんですよ。だからかなり二人の写真も撮られたはずです」

遼子 「それも仕方がないですね」


  二人、歩いて行く。


遼子 「昨日の移動は大変でしたね」

助役 「やはり大騒ぎになってしまいましたね」

遼子 「記者会見の途中に、誰かが宇宙人が運び出されていると大声で叫んで、それで全員が駆け出して、会見場はすぐにもぬ

   けの殻になってしまいました。だけど思ったより騒動も起こらず、移動がスムーズに行われてよかったです」

助役 「結局、あの駐留米軍が、私たちのここへの移動をガードしてくれたようなもんですよ。あの駐留ナンバーの車が数台、

   昨日の朝、病院の前に停まっていたのには驚きましたが、結局はまわりを囲って混乱を防いでくれた。しかしよく私たち

   の移動の計画を知ってたものだ。情報が筒抜けなんですかね」

遼子 「まぁ昨日とは知らなくても、近々には実施すると待機していたのでしょう」

助役 「彼ら何で守っててくれたのでしょうかね?」

遼子 「二人の引き渡しの要請が米国政府から官邸に何度も来ているそうです。だから二人の安全が気がかりなのでしょう」

助役 「他の国からは引き渡しの要請はないのですか」

遼子 「執拗に来ているのは、米国と中国ですね」

助役 「中国!」

遼子 「UFOの墜落までの飛行コースが中国本土を横切っているから、自分の国への客だと主張して、円盤ともども引き渡し

   の要請をしてきているそうです」

助役 「中国が狙っているから、米国も落ち落ちしてられないんだ」

遼子 「どうでしょうか…」


部屋の前に着く。

警官二人が敬礼をする。

扉は開いている。

中に一人、看護士がいる。


遼子 「ご苦労さまです。二人の様子はどうですか?」

看護師「お疲れ様です。変わりはありませんね」


静かな音楽が、しばらく流れる。

奥の部屋、窓際のベッドに二人座って、外の海を見ている。


遼子 「あの二人は、まだ何も口にしてはいませんか?夕べ、少し飲み物や食べ物を出してみるということでしたが…」

助役 「今朝、ミネラルウオーターを少し飲んだかな」

看護師「ええ」

遼子 「そうですか、水を飲んだのですか」

助役 「他にもスープとかビスケットのようなものを出しておいたのですが、それらは口にしませんでしたね。まぁ目立った衰

   弱はありませんし、まだ大丈夫だと思いますよ…」

看護師「出したものに対して警戒するとか、拒否するような態度は示していません。ただ興味がないような…」

遼子 「そうですか…」

助役 「腹が減ってないんですかね」

遼子 「今後、何かを口にしてくれればいいのですが、長く続くようであれば、検査して、栄養分を点滴のような形で補充する

   ことも考えなくてはいけませんが」


  沈黙。

  音楽が止む。


遼子 「町長の帰国は、まだですか?」

助役 「ああ、それが今回の件で向うの国のマスコミに引っ張りダコになっているようで、なかなか帰って来れないみたいです

   よ。スポークスマンみたいになっています」

遼子 「そうですか、大変ですね」

助役 「まぁこちらに戻って来ても、同じようなことになるとは思いますけどね。まぁそう言うことが嫌いじゃないんですよ、

   あの町長…。で、その町長に何か?」

遼子 「ええ、明日からここへしばらく、医療研究チームの数十名が滞在します」

助役 「ああ」

遼子 「と同時に、いくつかの検査装置や医療装置なども運び込む予定です」

助役 「いよいよ本格的な検査が始まるんですね」

遼子 「彼らをここより連れ出すのは危険と言うことで、ここで大半の検査を行います。かなり大がかりなことなりそうなの

   で、それらのことをご了承願いたいと思いまして」

助役 「ここを利用してもらうと決めたときに。それらのことは含めて町長も了承していると思うのですが、ええ、その件に関

   して、もう一度国際電話をかけて確認してみます」

遼子 「お願いします」

助役 「あ、盗聴…」

遼子 「もしそんなことがあっても、それほど秘密にすることではないので」

助役 「そうですか、それでは早速、電話してまいります。この時間なら町長も、もう起きていると思いますので」


助役、去る。

音楽、流れ始める。


遼子 「二人はずっと海を見ているのですね」

看護師「え、ええ…。海が珍しいのか、今日一日飽きもせず、ずっと…」

遼子 「あの二人は夫婦でしょうか…」

看護師「えっ?」

遼子 「それとも恋人同士、それとも兄弟、またはただの仲間同士でしょうか…。看護師さんは二人をずっと見ていて、どう思

   いますか?」

看護師「えっ、二人をですか?二人は、目を覚ましてからまだ二日くらいですか、それも起きていたのは数時間ですが、私が付

   き添っている間は、会話している様子もありませんし、手を取ったり触れ合ったりすることもありませんでした。目を合

   わせることすらほとんどありません」

遼子 「そうですか」

看護師「でも二人は、深く信頼し合っている、心が通じ合っている、そういう感じはします。二人の関係はわかりませんが、

   そういうふうに見えるんです」

遼子 「そうですか…。彼らはどうしてこの地球に来たのでしょうね」

看護師「さぁ、言葉が少しでも通じれば、わかるんでしょうが…」

遼子 「どこから来て、あの二人は、どこへ行こうとしているのでしょう…」


  音楽、しばらく流れて終わる。

  静かな波、海鳥。


  激しい波。

  上空に数台のヘリコプター。

  人でごったがえす浜辺。

数隻の船が停泊している。

海の中央に突き刺さったUFO、数隻のサルベージ船が回りを囲う。


岸で見ている遼子。

署長が近づいて来る。


署長 「いよいよ始まりましたな、UFOの引き上げ」

遼子 「あ、署長さん、ご苦労さまです」

署長 「海が遠浅だから、円盤の回収も大変だ」

遼子 「ええ、大型のクレーン船が湾に入れないので、サルベージ船数隻で協同して引き上げるようです」

署長 「円盤に引っ掛かりがないから、ロープをかけるのも一苦労か」

遼子 「ええ」

署長 「円盤に傷をつけることも出来ないんだろ」

遼子 「非常に硬い合金で出来ていて、今の技術ではとても歯が立たないそうです」

院長 「(後ろから)引き上げて、どこへ持って行くの?」

遼子 「あ、院長さんも」

署長 「三原の航空自衛隊の基地まで運ぶそうだよ」

遼子 「そこに一時保管して、本格的に調査することになると思います」

院長 「そこで扉が開ければいいんだが」


クレーン作業、波が打ち寄せる。


署長 「院長、そんなことより病院の方はどう、落ち着いたかね?」

院長 「蜘蛛の子を散らすようにと言うのは、ああいうことを言うんですな。大勢がどっと引き上げて、何だか拍子抜けした

   気分ですよ。と言うのは冗談ですが、ええ、ようやく日常の業務に戻りつつあります。今日は助役は?」

遼子 「保養施設の方で、ずっと二人の面倒をみてもらっています」

院長 「助役、二人をここの目玉にしたくって、必死なんだな」

遼子 「え?」

院長 「潮干狩りしか売り物のないこの海辺の町に、観光の目玉を作りたいんですよ」

署長 「そう言えば、助役と今の町長は、かってあの保養所建設の推進派だったな」、

院長 「ええ、だからあの保養所の有効利用に必死なんですよ。将来は宇宙人の記念館にでもしたいんでしょ」

署長 「その町長は、外国からもう戻って来たのか?」

院長 「何か成田でマスコミに捕まって、東京の放送局に連れて行かれたそうですよ」

署長 「好きだからな、あの町長、マスコミに出るの」

院長 「誰かがテレビに町長が出ていて、違う事件のコメントまでしてたって言ってましたよ」

遼子 (くすっと笑う)

院長 「笑うことがあるんですね、佐伯さんも」

遼子 「え?」

署長 「まぁ町長も、この町の活性化に必死なんだろう。しかし今日は機嫌がいいな、院長、ようやく一息ついたからか」

院長 「そうですかね。そう言えば、佐伯さん、あの二人の本格的な検査が始まったそうですね」

遼子 「ええ」

院長 「あの二人、見た目は地球人と非常に似てても、その構成が違うと言っていたけれど…」

遼子 「ええ、待ってください。検査結果の一報が入っていましたから…」


  携帯を読む。


遼子 「骨格や筋肉、器官、組織など構造的には地球人に非常に類似している。また代謝反応や神経伝達、循環、免疫、生殖な

   ど生命の基本的システムは同一であるが、その働きが地球人より非常に効率的に機能するように構成されている」

院長 「DNAとかはどうなんだろう?」

遼子 「ええ…、人類と同じDNAは認められず、別の核酸変異体が、遺伝子の替わりとなっている。その物質は詳しい分析は

   まだなされていないが、DNAのさらに変異したもの、DNAのもつ無機能部分が排除されよりシンプルに洗練された配

   列になったものと考えられる…と報告されています」

署長 「何のことか、よくわからんな」

院長 「われわれと根本的に同じだが、さらに進化していると言うことでしょう」

遼子 「根源的に同じだったものが、高度なテクノロジーによって遺伝子より改造された可能性もある…と書いてあります」

署長 「彼らがわれわれとどう違うかなど、そんなことどうでもいいがな」

院長 「二人は、食事をとるようになりましたか?」

遼子 「ええ、少量ですが、色々なものを食べるようになったそうです」

院長 「消化器官も進化していて、効率良く栄養をとっているから、少量でいいのですな」

署長 「知能はどうなんだね?二人とも海ばかり見ていて、他には何にも興味を示さないと聞いているが」

遼子 「二人の脳をスキャンした結果、異状は認められず、その脳の活性度から、その知能の高さは、われわれ人類の約2倍程

   度と聞いています」

署長 「2倍も賢いのか!その割には何も話さないし、われわれとコミュニケーションも全くとろうとしない」

遼子 「彼らは言語を持たないのではないかと推測されています。声帯部分が十分に働かず、簡単な発声しかできないのではな

   いかと考えられています」

院長 「言葉を持たないとは…」

遼子 「いわゆるテレパシーですか、精神感応で 意志の疎通を行っているのではないかと…」

院長 「そんな方法で、高度な文明を築いてきたのか…」

署長 「文字も持たない?」

遼子 「まったく持たないかどうか、くわしいことはわかりませんが、文字よりもっと三次元的なイメージで情報を伝達してい

   るのではないかと聞いています」

署長 「それじゃわれわれと、まったく話が出来ない!」

院長 「言葉があるなら、それを解読して、会話も出来ただろうが…」

遼子 「今、彼らに色々な映像や音楽などを聞かせて、われわれとコミュニケーションをとる手段を模索しています。彼らの知

   性を持ってすれば、方法はあると思うのですが、しかし彼らがまったく、われわれ人類に興味を示さないのです」

署長 「われわれを未開人と思って関心がわかないのか」

遼子 「そんなことはないと思うのですが…」

院長 「高い知性を持って、高度な文明社会を築いてしまえば、もうあまり何ごとにも興味を示さなくなるのかな」

遼子 「わかりませんね」


  激しい波。

  船のエンジン、クレーン。

  引き上げられるUFO。

  カメラのシャッター、ざわめきが広がる。


署長 「おお、円盤のみるみる引き上げられて、全体が顕わになっていく!」


  激しい波、回転するモーター、引き上げられるチェーン。

  浮き上がる円盤。


  音が止む。

  保養所内、警官や医師、看護士ら、ざわついている雰囲気。

急ぎ足で廊下を歩く遼子。

遼子に気づいて、走ってくる助役。


遼子 「彼が連れて行かれた!」

助役 「いきなり何の前触れもなく来て、四、五十名いましたか、十数名がグレイのジャケット姿で、後は機動隊の格好で。

   警備の警察官たちや私も止めに入ったのですが、この書類を突き付けられて、有無も言わさず、検査中でしたが、彼を

   担架に縛り付けて、あっという間にワゴン車に乗せて、この保養所から…」

遼子 「(書類を受け取り)彼女は、彼女の方は無事なんですね」

助役 「彼女の方は無事です。彼だけを連れて行って…」

遼子 「これは…、地球外生命体一体の移動指示命令書…、内閣危機管理監の発令…、書類は本物ですね。彼らは何と名乗った

   のです?」

助役 「確か、外務省情報局の者だとか…」

遼子 「外務省ですか、防衛庁や警察庁でなく…」

助役 「ええ。全然聞いてなったのですか、佐伯さん、今回のこと…」

遼子 「全く…。こんな書類が発行されたのなら、私の所属する内調が関与していないはずはないのですが…。ええ、電話して

   問い合わせてみます」


  携帯の操作。

  呼び出し音。

  電話の向こうで応答する声。


遼子 「佐伯です。だから!室長をお願いします」


  沈黙。

  しばらく応答する声。


遼子 「ええ、やはりご存知でしたか、私がいない間に突然にね…。彼は一体どこへ連れて行かれたのですか?連れて行った連

   中は何者なんですか?外務省情報局とか聞いていますが、本当ですか…。だいたい事前に担当の私に何の連絡もないと言

   うことは、どういうことですか?」


応答する声。


遼子 「検査はまだ途中だったのです。一体、彼をどうしようと言うのです?担当の私にも何も言えないのですか?今まで、私

   一人に全てを任せておいて、急に私は蚊帳の外ですか?」


  応答する声。


遼子 「え、解任?私が解任?」


  応答の声。


遼子 「え、ええ、本日付けですか、ええ、今日中に、この町を出ろと言うことですか…」


  電話を切る。

沈黙。


助役 「解任って?」

遼子 「ええ、いきなりですが私は解任されました…。事態の対応は今後、私の所属する内閣調査室より、内閣危機管理センタ

   ーに移行するそうです。後任はそちらから派遣されると思います…」

助役 「佐伯さんが急に解任って、そんな」

遼子 「まるで取り付く島もない…」

助役 「何だかガッカリです。何か腹ただしい。大変な時期が過ぎて、ようやく騒動が収まった今になって…」

遼子 「私も残念です。急にこんな…」

助役 「理不尽な…」

遼子 「とにかくもう私には…、これ以上、手も足も出せない…」


沈黙。


助役 「彼は、いったいどこへ連れて行かれたんでしょう?」

遼子 「外務省が動いていると言うことは、おそらく、外国からの要請に対してでしょうが」

助役 「アメリカですか?」

遼子 「わかりませんが…」

助役 「自分たちはずっと放ったらかしで、結局は外国の言いなりか、この日本って国は…。とにかく連れて行かれたのが、

   一人でよかった…」

遼子 「ああ、彼女、残された彼女は大丈夫ですか?いつも二人でいたから」

助役 「ええ、そんなに動揺はしていないようですが、会いに行きますか?」

遼子 「ええ」


  ノックし、返事を待って奥の部屋の扉を開ける

  波の音が聞こえる。


看護師「あ、佐伯さん」  

遼子 「どうですか、看護師さん、彼女の様子は?」

看護師「ええ、一人になっても、同じように海を見ていますよ」


静かに流れる音楽。

海を見ている彼女。


遼子 「彼が連れ去られても、不安や心配ではないのでしょうか?」

看護師「ええ、興奮することもなく…、少し淋しそうですけどね」

遼子 「そうですか…」


  沈黙。

  彼女が振り返り、遼子と見つめ合う。


遼子 「彼らは、異星人でなく…」

助役 「え?」

遼子 「未来から来たのかも知れません…」

助役 「どうしてです?」

遼子 「いや、根拠はありません。ふと、そう思っただけで…」

助役 「そうですか…」

遼子 「彼らは高い知性を持っています。だけど高度な文明の中で、もはや彼らは強い欲望や感情を示すこともない…」

助役 「はい…」

遼子 「彼らはそれらを失くしたと同時に、好奇心とか意欲も失くしてしまった…」

助役 「そう見えますね…」

遼子 「そしてとてもピュアに、静かに生きている。何があっても驚きもせず、とても穏やかに…」

助役 「それが未来人…、佐伯さんはそれが、未来の人類だと…」

遼子 「わかりません。ただそう思えるんです…」

助役 「こんなことで騒いでいる私たちは、ただ愚かに見えているだけですかね」

遼子 「愚かと、思っているかどうかは…」

助役 「静かで穏やかで、驚くことも興奮することもなく…、それが未来の人類…。それで人類は幸福なのか、不幸なのか」

遼子 「もう、そう言う価値観はないのでしょう。そう進むしかない。この世界のような理不尽さや不条理、困難が次々に解消

   されていって、精神もどんどん高尚に進化していった…」

助役 「佐伯さん…」

遼子 「ただ彼らは…、二人は、そんな世界を脱したくなった…」

助役 「わかるんですか、佐伯さん?」

遼子 「私、たぶん、確かに…」

助役 「彼らは言葉を持たない、テレパシーかなんかで交信するとか聞きました」

遼子 「はい…」

助役 「佐伯さんは何かを感じるんでね。彼らの思いが伝わるんだ…」

遼子 「何かを求めて、彼らは世界を脱した。そして思わぬ事故にあった…いや違う、彼らは何かを求めて脱したんじゃ

   い。ああ、あれは事故ではなくて

助役 「な、何です?」

遼子 「絶望、深い絶望の果てに、選んだ…」

助役 「どういうことです?」

遼子 「わからない、私の感情も入り交じってしまって、わからない…。ただ」

助役 「ただ?」

遼子 「彼らはここで助けられて、変わった。何かが変わった。この海辺の町に流れついた彼らに、一すじの光が、一すじ

   の光が当たったと、言っている…」


  見つめ合う、彼女と遼子。

  音楽、しばらく流れて止まる。

ノック。


警官 「来客です」

助役 「また誰が!」


  扉が開き、ドタバタと足音を立て町長(65)が入って来る。


町長 「助役、宇宙人の一人が連れ去られたって!」

助役 「ちょ、町長!お帰りで」

町長 「帰って役場に寄ったら、そう聞いたから、すぐにここにすっ飛んで来た」

助役 「あ、町長、こちらは内閣調査室の…」

町長 「知っておる。記者会見の放送で見た。今回は大変でしたな」

遼子 「町長も長い間、大変だったご様子で」

町長 「わしなんか大したことない。そんなことより、宇宙人の一人、きっとアメリカへ連れて行かれるに違いない」

助役 「よくご存じで」

町長 「心配するな、連れ戻してやる、必ずここへ!」

助役 「そんなことが出来るんですか?」

町長 「わしは今回、世界中のマスコミにコネを作って来たんだぞ。大丈夫、世界を動かして、彼を取り戻す!そしてこの町を

   宇宙人の町として有名にする!」

助役 「町長、すごい意欲ですね」

町長 「おお、あそこに座っているのが、宇宙人の片割れの女性か…。おい、あんた、あんたの相棒、必ずやわしがここへ連れ

   戻してみせるぞ!待っていろ!」

遼子「あ」

助役「どうしました?」

遼子「彼女、今少し、微笑んだような…」

  

  女性の穏やかな横顔。

  音楽、流れる。

静かに打ち寄せる波。

海鳥。

音楽高鳴り、終る。