私はこれまで高エネルギー宇宙物理学の理論的研究、特にブラックホールや宇宙線が関係する現象の解明に取り組んできました。解析的な手法が主ですが、シミュレーションも自分でやったり他の方と共同で行ったりします。あと最近は観測にも手を広げ始めました。以下、取り組んでいる主なテーマを紹介します。
ブラックホール降着円盤のX線放射モデル
活動銀河核 (AGN)やX線連星の放射スペクトルは、可視・紫外域にピークをもつ熱的放射、冪的なエネルギー分布を示すX線放射を含みます。前者はブラックホールの周りを回転する降着円盤が放射源と考えられているのに対し、後者は、円盤を取り囲むように存在する希薄で高温 (~109 K)のプラズマ(コロナ)からの放射であると信じられています。しかし、コロナの形成過程は現在もよく分かっておらず、殆どの研究では降着円盤とコロナを独立な成分と考えて観測データの解釈が行われています。我々はコロナの加熱・冷却過程、コロナ・降着円盤間の相互作用を考慮した理論モデルを構築し、コロナ中の光子の伝搬を計算することで、AGNのX線スペクトルの様々な特徴を再現することに成功しました (NK et al. 2005, 2008 etc, 図1)。また、AGNのX線スペクトルには冪的成分に加え軟X線領域 (0.1-1.0 keV)に超過成分(soft X-ray excess)が存在することが知られており、その起源は長年の謎でしたが、我々は降着円盤モデルの自然な拡張によりこの超過成分の観測的特徴が再現できることを示しました (NK & Mineshige 2024)。
図1: 活動銀河核MCG-6-30-15の鉄輝線プロファイル(×)と理論計算による再現結果(実線;NK et al. 2005)
図2:力学的に不安定な降着円盤における散発的な質量降着とそれに伴う非一様ジェットの放出が GRB の激しい時間変動を生み出す様子のイメージ図。
ガンマ線バーストの中心エンジンとしての降着円盤
ガンマ線バースト(GRB)とは、太陽が一生かかって放出するような量のエネルギーを僅か数秒の間に放射する宇宙で最も明るい天体現象で、その駆動源は大質量星の重力崩壊や連星中性子星合体などの後に形成されるブラックホール(BH)とそれを取り囲む大質量の降着円盤だろうと考えられています。我々はこの大質量降着円盤の構造とその安定性を、高密度物質の状態方程式、ニュートリノ放射、磁気流体的効果などといった詳細な物理を考慮して解析しました (NK & Mineshige 2007)。このモデルに基づき、降着円盤から磁力線を介して放出されるパワーを解析的に見積もったところ、観測されているGRBの光度を非常によく再現することが分かりました (NK, Piran & Krolik 2013)。さらに我々は、ある条件下で大質量降着円盤が力学的に不安定になることを発見し、この不安定性に伴う非定常な質量降着がGRBの激しい時間変動を生み出すというシナリオを提案しました(図2; NK et al. 2013 etc.)。一連の研究はGRBの文脈のみならず、超新星爆発やその中での重元素合成、コンパクト連星合体からのエネルギー・質量放出過程にも示唆を与えるものとして、現在でも引用され続けています。
銀河系内ブラックホールの人口調査の提案
ブラックホール(BH)は銀河系内に1億個程度存在すると考えられています。しかし、現在までに同定されている BH はせいぜい数十個程度にとどまります。銀河系内 BH の多様なサンプルを集め、その物理量や位置・速度分布を調べることは、BHの形成過程を知るためにも重要です。我々はX線連星系以外の銀河系内BHを発見する手法をタイプ別に提案し(図3)、それぞれについて将来観測によるBH検出数を見積もりました。まず星からの質量降着がないBH 連星[図3(b)]については、星の軌道運動を精度良く見ることでBH を同定できることに着目し、位置天文衛星 Gaia で 200 - 1000 個の BH 連星が検出できると推定、さらにそのデータから、BHの元となる星とその進化過程に関する情報が得られることを初めて指摘しました (Yamaguchi, NK et al. 2018 etc.)。また、単独BHに関しては、分子雲などガス密度の濃い領域中でガス降着するもの[図3(a)]について、将来観測で最大700個程度検出できると推定しました (Tsuna, NK & Totani 2018; Tsuna & NK 2019)。また、重力マイクロレンズの観測による単独BHの検出[図3(c)]から得られるBHの速度分布についても研究を行いました(Koshimoto, NK & Tsuna 2024)。このように、あらゆる種族の銀河系内BHを探査することでBHの形成過程に迫る「BHの人口調査」を実現すべく、現在も研究を継続中です。2025年には本テーマで研究会を開催しました (HP)。
図3: 銀河系内ブラックホールの探査方法を「連星か単独か」「質量降着があるかないか」で4種類に分類して示したマトリックス。黒丸で示されているのがブラックホール。
図4:銀河系内パルサーからの電子・陽電子放射を考慮した宇宙線電子スペクトルの理論予想と観測との比較 (NK, Ioka & Nojiri 2010)。
銀河系内宇宙線の起源
宇宙空間には、光速に近い速度をもつ高エネルギーの陽子や原子核、電子などの粒子が飛び交っています。物理学者はこの粒子を総称して宇宙線 (cosmic-ray)と呼んでいます。宇宙線のエネルギー分布が 109 電子ボルトから 1015 電子ボルトまでほぼ単一の冪関数で表せることから、少なくともこのエネルギー範囲については単一種族の天体が起源と考えられ、その有力候補として超新星残骸が考えられてきました。 2008年以降、複数の宇宙線観測装置によって、宇宙線電子・陽電子の量が従来の理論予想を超過しているとの観測結果が相次いで報告されました。この解釈として、暗黒物質をなす未知の素粒子が起源とする説と天体が起源とする説の2派に分かれる論争が宇宙物理のみならず素粒子物理の研究者をも巻き込んで起こりました。我々は宇宙線電子・陽電子の起源として地球近傍のパルサーなどの天体が観測結果を自然に説明できることを指摘し、それを検証する方法も提案しました (NK et al. 2010 etc.)。これらの研究がきっかけで私は宇宙線観測装置 CALET のプロジェクトに加入し、観測結果に対する理論的解釈を担当しています。また、 CALETやその他の観測により、宇宙線陽子や原子核のスペクトルが標準的なモデルの予想からずれていることが報告されています。我々は星団が作るスーパーバブルや特殊な超新星など新しいタイプの宇宙線源を提唱し、宇宙線陽子・原子核スペクトルを矛盾なく説明するとともに、観測による検証法も提案しました(NK & Yanagita 2018 etc.)。
その他
・電波望遠鏡 ALMA のデータ解析による活動銀河核の質量供給過程の解明 (Fujita et al. 2024; NK, Nagai & Fujita 2025)
・宇宙初期の超大質量ブラックホール形成 (NK & Kohri 2023)