研究テーマの詳細

0.研究テーマの方向性(主に受験希望者に向けて

 本研究室の研究対象は数理工学であり,数学・物理学・情報学的知見を活用して様々な理論的研究を領域横断的に行っています.

 例えば,動的システムが加えられた障害に対してどれくらい耐久性を持つのか(動的頑健性)の研究では,線形代数・微分方程式という数学の知識,非線形動力学・結合振動子系という物理学の知識を組み合わせて解析を行います.

 また,医療データの実データ解析の研究では,機械学習や非線形時系列解析などの情報学の知識を使うだけでなく,データの特性を数学的に表現してモデルに組み込むことが必要となるため,力学系・確率統計などの知識を活用していくことになります.

 その他,リザバーコンピューティングやスパイキングニューラルネットワークなどの動的な性質を強く活用した学習理論を研究する場合にも,情報学的な知見に加えて,非線形動力学という数学・物理学の知見を活用していくことになります.

 しかし,入学時点で必要な知識をすべて持っている必要はありません.研究テーマに対して必要な知識を随時学ぶことが重要であり,各個人の学習だけでなく,研究室でのミーティング・ゼミでの議論,輪読会などの様々な機会を通じて学んでいくことができます.

 幾つかの具体例を下記に紹介します.受験希望者は初学者への説明部分も参照してください.

1.結合振動子系と動的頑健性

1ー1:受験希望者など初学者向けの情報(研究内容詳細は後述)

 振動子.時間の経過と共に状態が変わっていくシステムのことを「動的システム」と呼ぶことにします.動的システムを記述する数学的な枠組みは「力学系」と呼ばれており,状態変数 x(t) の時間変化(速度)を関数 f(x) で記述した dx/dt = f(x) はその一つの例となります.関数 f(x) の具体的な形は考える問題に応じて変わりますが,特にリズム的に振る舞う現象のときには「振動子」と呼ばれる関数が対象となり,「位相振動子」や「スチュアート・ランダウ振動子」などがその代表例です.

 結合振動子系.複数の振動子が相互作用してお互いの状態変数に影響を与え合うシステム(系)を「結合振動子系」と呼びます.結合振動子系では単体の振動子の振る舞いの単なる延長線上にない複雑な現象を観測することができます.「同期現象」はその代表例であり,二つの周期的な振動子が相互作用して振動の状態をそろえたり,逆に振動を止めたりなど様々な複雑な現象が観測できます.

 動的頑健性.動的システムに障害が加えられた状況下での動的システムの頑健性(どれだけ障害に耐えて機能が維持できるかの度合い)のことを「動的頑健性」と呼びます.動的頑健性の解析では,正常な素子として周期振動をする素子(周期振動子),異常な素子として減衰振動をする素子(減衰振動子)を考えて,システム全体の中で異常な素子の割合 p が増えていった場合に,系全体の振動が維持できる限界の p が動的頑健性の指標として一般に扱われています.


1-2:具体的な研究内容

 動的頑健性の拡張.動的頑健性の理解を深めるために,層構造・スケールフリー構造・次数相関を持つなどの様々なネットワークに問題を拡張してきました(参考:PRE11, SREP12, PRE14, PLOSONE15).また,動的システムが破損した"後"にシステムを効率的に回復させる方法(PRE13)や,元々は自発的に振動できない素子を組み合わせることで振動を自発的に創発する方法(PRE18)を調べるなどと,新しい視点から動的頑健性の理解を深める研究を行っています.

 今後の研究.更なる拡張に向けて現在も研究を進めています.また,動的頑健性の概念を実際の問題へと応用する取り組みも始めつつあります.

2.医療データの実データ解析

ー1:受験希望者など初学者向けの情報(研究内容詳細は後述)

 実データ.実際の計測により得られたデータのことを「実データ」と呼び,シミュレーションにより計測したデータと区別して呼称します.

 医療データ.臨床現場などで得られた実データを,ここでは特に「医療データ」と呼んでいます.データの種類は様々ですが,バイオマーカーなどの数値データなどが代表例です.医療データは特に収集が難しい実データの例になります.


2-2:具体的な研究内容

 医療データを予測するアルゴリズムの開発.これまでに前立腺癌・緑内障・慢性骨髄性白血病などの医療データに対して,その予後を予測するアルゴリズムを,機械学習・力学系の知見を活用して構築してきました.

 前立腺癌. Expert Advice と呼ばれる手法の regret の定義を不安定時系列へと適用可能な様に拡張することで,より追随性の高いアルゴリズムを提案しました(SREP15).その他にも共同研究者と様々な開発を行ってきました.

 緑内障.視野欠損の時間的な変化を予測するために,行列分解・クラスタリング・MDL基準・CNN などの技術を基に緑内障の特性を取り組んだ形へと拡張・開発して,精度の高い予測アルゴリズムを開発してきました(BigData14, KDD15, KDD17).

 慢性骨髄性白血病 (CML).癌化した白血球細胞と正常な白血球細胞のダイナミクスを微分方程式で記述して,そのパラメータを基に投与した薬剤効果を患者ごとに対して早期に推測することが可能なアルゴリズムを開発しました(npjSBA22).

 今後の研究.新たな医療データに対して,それらを予測するアルゴリズムを開発しています.

3.非線形動力学の知見を活かした機械学習

ー1:受験希望者など初学者向けの情報(研究内容詳細は後述)

 機械学習.数理的な機械がデータから「学習」を行う手法について研究する分野(注意広い研究分野が存在する為,様々な観点からの説明が可能であるが,ここでは主にこの意味で用いている).代表例としては,ニューラルネットワーク,サポートベクターマシンなどが挙げられる.

 ニューラルネットワーク.機械学習技術の一種であり,人間などの脳の神経細胞(ニューロン)を模倣して作られた数理モデル.どの様に模倣するかによって様々なモデルが存在する.深層学習(ディープラーニング)もこの一種.

 スパイキングニューラルネットワーク(SNN).実際の神経細胞が示す膜電位の変化とスパイク発火などを取り込んだニューラルネットワークモデルの一種.時間に依存するダイナミクスを持ち,非同期な情報処理をする点が特徴(参考:日本語のレヴュー論文).

 リザバーコンピューティング(RC).再帰的な結合を持つリカレントニューラルネットワークの一種であり,ランダム結合を活用することで学習に必要な計算コストが非常に少ない点が特色である.ダイナミクスの観点からの研究も盛んに行われている.


3-2:具体的な研究内容

 非線形動力学の視点を活用した学習理論の開発.より学習精度や学習効率の高いアルゴリズムを作成するために,遅れ時間座標系などの非線形動力学の知見を取り組んだアルゴリズム開発を行ってきました(SREP20, IEEE-TNNLS23).

 軽量なアルゴリズムを活用した応用問題への解決.学内外の共同研究者と共に軽量な学習が求められる問題にリザバーコンピューティングを適用する研究を行ってきました.例えば,宇宙ロケットのエンジン出力などの予測を行いました(JESA23, TJSASS24).

 学習メカニズムの理解.スパイキングニューラルネットワークやリザバコンピューティングの学習における非線形動力学的振る舞いを考察して,学習メカニズムの理解を深めることを目指した研究を行っています.

 今後の研究.上述の開発・応用・理解といったそれぞれの目標を目指した研究開発を進めています.

4.様々な実問題解決に向けた数理モデル開発

ー1:受験希望者など初学者向けの情報(研究内容詳細は後述)

 数理モデリング.自然現象や工学・社会的問題などを数式を用いて表現すること.数式で表現されたものを「数理モデル」と呼び,問題を数学の知見を用いて扱うことが可能となり,解析から得られた知見を問題解決へとフィードバックすることが可能となる.数理工学分野でよく研究されている.


4-2:具体的な研究内容

 応用問題へのアプローチ.現在,研究進行中のため詳細は公表できませんが,学内外の共同研究者と共に様々な応用問題に対して数理モデル開発に取り組んでいます.

5.その他のテーマ

ー1:受験希望者など初学者向けの情報

 上記以外の研究テーマも行っています.また,研究室の受験希望者で具体的に取り組みたいテーマが既にある場合は,相談の上実施可能な場合もあります.事前見学・面談などの際に積極的にご相談ください(詳細はこちらの情報を参照してください).