アメリカでの大学生活は決して華々しいものでなく、何度も中退を考えるほど悩んでいました。カリキュラムを台本代わりにして演じるような努力することが苦痛だったからです。また、このキャリアフローに乗って就職活動に励むことも不本意だと感じておりました。
そんな中でも友人たちは、自分の専攻に誇りを持って勉強していました。特にアスレチックトレーニングを勉強していた友人Tの姿には憧れを感じていて、自分にも専門分野が欲しいと考えるようになりました。当時の仲間たちは食事会を頻繁に開催しており、楽しい時間を過ごした「食」から着想して、その原材料を生産する農業、農家になることが自分の天職なのではないかと考えました。
授業をオンラインに切り替えて帰国し、友人のおじいちゃんの農園で農作業に参加させていただいきました。
農業が自分の天職であると確信を得ましたが、複合的な理由により三木での活動継続は断念しました。この時、新規就農で米農家になるのは困難と考え、露地野菜で就農する道を探すことになりました。新しい就農拠点として、販路拡大の地理的条件から滋賀県東部に着目しました。農場で働いて営農スキルと生活資金を蓄えながら、新規就農の道を模索しました。
新規就農計画は行き詰っていました。半ば失意に任せて休暇をいただき、北海道での農業インターンに参加することにしました。全国から十数名の若者が集まり、約1週間長芋の収穫作業に参加しました。本当に楽しい日々でした。誇りをもって農業を営む農場の姿とその格好良さに強い感銘を受け、北海道で就農することに決めました。
第三者継承をベースにした3年間の研修プログラムと農業を取り囲むハイレベルな環境、そして米農家になれるチャンスにかけて滝川市に来ました。
幸いなことに仲間にも恵まれ、ここで農業人生をスタートさせたいと思いました。