青春ポラロイド

・まだ付き合っていません

・虹ちゃん大学1年生、喜多ちゃん高校3年生です

 青春っぽいことがしたい――


 何の前触れもなくポロッとこぼれた言葉に、喜多ちゃんはぎくっとしたみたいだった。その表情を見て、わたしもビックリする。

 喜多ちゃんからそんな反応が返ってくる――ってことにも。

 わたしがそんなことを言った――ってことにも。


「え、なんでですか?」

「え、うん、なんでだろ……」

「急にどうしちゃったんですか。伊地知先輩までひとりちゃんみたいなこと言って」

「え、そうかな?」

「うーん、まあ、ひとりちゃんの場合は、言うだけでできないんですけどね」

「え、うん? わたしの場合は?」

「さあ」


 テーブルの向こうで喜多ちゃんが愛想笑いのようなうっすらした笑みを浮かべる。いや、まあね。急に言われたら困るよね。こんなこと。わたしだって立場が逆だったらどんな表情したらいいのかわかんなくて戸惑うと思う。いまも、喜多ちゃんになんて説明したらいいのか、続きの会話が全然思いつかなくって戸惑ってる。

 二人でなんとなく買い物に出掛けた帰り道。駅前のカフェ。ちょっと涼んで解散しようか――なんて立ち寄っただけの、見慣れた場所。

 喜多ちゃんは両手で、つかむようにスマホを持ち直すと膝の上に置いて不思議そうに話を続けた。


「青春っぽいことってなんですか?」

「なんだろ……」

「もしかして、好きな人でも出来たんですか?」

「え、や、全然」

「ええ……せっかく大学に行ったのに出会いの一つもないんですか?」

「いや、まだ4か月目だからね? あと、出会いを求めて行ったわけじゃないよ?」

「まあ、それはそうですけど」


 喜多ちゃんがテーブルにスマホを置く。フラッペを一口飲む。こくん、と飲み下してから身を乗り出してきて――ニコニコって感じの笑顔を向けてくる。

「じゃあ、青春っぽいこと、なにかしますか?」

「え、なに?」

「なんでもいいですよ! せっかくだし付き合います!」

「いや……なんでもって言ってもさ、思いつかないよ」

「え、じゃあなんで、あんなこと言ったんですか?」

「さあ……わかんないなあ」

「なんでですか」

「いや、なんかついポロッと」

「ついって……じゃあ、何か不満があるんですか?」

「不満?」

「はい。やり残したこととか、物足りないこととか」

「いや、別に。今年の水着も買えたし、足りないものもないし」

「買い残しじゃないですよ。どこか行ったりとか」

「ええ……」

「なんにもないんですか?」

「急に言われたって思いつかないよ」

「先輩が自分で言ったんじゃないですか」

「そ、そうだけど……」


 喜多ちゃんがため息をこぼしてふくれっ面をする。いや、ほんと、変なこと言ってごめん――まて、別に謝る必要ないな、これ。


「深い意味はなくて、さ」

「はい?」

「ほんと、なんでこんなこと言ったんだろ」

「いっつも思ってたからじゃないですか?」

「ええ……?」

「潜在意識、みたいな」

「そうなのかな?」

「はい。ほんとに何にもしたいこと、ないんですか?」

「ええ……まあ、ドラムがうまくなりたい、とか?」


 とっさに思いついたこと(というか、常日頃思ってることだけど)を答えたら、喜多ちゃんはあきれたような顔でのけぞる。


「先輩の青春にはドラムとバンドしかないんですか?」

「ええ……?」

「もっとあるじゃないですか。恋愛でも部活でも。お友達とどこかへ行くでもいいですし。ちょうど夏ですし」

「え、うーん。でも、結束バンドとSTARRYがあるし、部活の代わりみたいなもんじゃない?」

「そうなんですか……?」

「うん。それに、どこかへ行くっていってもなあ……来月にはまたみんなで合宿行くわけだし」


 去年の夏に行った合宿を、今年もやるってことになった。それもほとんど、目の前の喜多ちゃんがやりたい――って言ったからなんだけど。

 でも、リョウもぼっちちゃんもそれなりに乗り気だったし、気分転換にもなるし。リョウの両親もよろこんでくれてるし。


 喜多ちゃんが、ストローでグラスの中をかき混ぜながら気まずそうに口を開らく。


「先輩、留年だけはしないでくださいね……」

「は?? なに、急に??」

「え、だって大学って友達がいないと留年するって言うじゃないですか?」

「言わないよ! あと大学の友達は普通にいる! 同じクラスの子!」

「そうなんですか?」

「そうだよ! だいたいなんで急にそうなったの!?」

「え、だって、先輩って結束バンド以外の予定ないのかなって……」

「あるよ!! そりゃ喜多ちゃんほどじゃないかもしんないけど!」

「そうだったんですね。安心しました」


 喜多ちゃんがロコツにホッとしたように表情を緩ませる。いや、あたしのことなんだと思ってんの!? シツレイしちゃうな!!

 向かいに手を伸ばして鼻をつまむ。より目になった喜多ちゃんが不満そうにくちびるをとがらせる。ふーん、だ。そんなシツレイなこと言っちゃう喜多ちゃんにはシカエシをしないとね。まったく!


 そんなことをやったり、飲み物を飲んだり。またちょっと「青春っぽいこと」について話をしたり。お互いに「青春」に対するなんとなしのイメージみたいなものはあるんだけど、イマイチはっきりしない。まあね。バンドやってるってのも、青春かといわれるとイマイチ自信ない感じがしてくる。映画とかドラマとか、ああいうので描かれるザ・青春みたいなものとは、やっぱりちょっと違うじゃない? でも、だからといって(ぼっちちゃんには悪いけど)こうやって4人で一緒に曲を作ったり演奏したり、ライブをやるためにバイトをしたりなんていう生活が、青春と全く関係ない、ひからびた生活だ――とも思えないし。ライブハウスで生活してて、音楽を中心にした毎日を送っている、っていったって、音楽だけ、それ以外のものが一つもない――なんて日々ってことでもないんだから。


 しばらく、ああでもない、こうでもない、なんて話をした末に、喜多ちゃんがちょっとグズりだす。どっか旅行行こう――ってね。

 まあね。喜多ちゃんの「青春」イメージも(ぼっちちゃんほどじゃないけど)わりとコッテコテなんだよな。あたしたちよりずっとそういうのに近いグループにいるはずなのに、どうしてこうなっちゃったんだか。


「先輩、来週はあいてるんですよね?」

「あいてるけど……」

「うちもちょうど夏休みですし! どっかいきましょうよ!!」

「ええ……どっかってどこ?」

「そうですね……また江ノ島でもいいですけど。ちょっと遠出してもいいですよね?」

「遠出ってって言ってもなあ。そんなにお金の余裕ないけど」

「じゃあ伊豆とか三島とかどうですか?」

「いいけど……あ、2人の予定も聞かないと」


 ロインをあけて4人のグループに連絡を送る。

 まあ、すぐには返事も来ないだろう。でも喜多ちゃんはどんどん話を進めていって、どこに行きたいとか何を見たいとか。まあそうだね。観光地だもんね。天気次第だけどどうせ行くなら色々見て回りたいな~とは思う。でも1日に何カ所も回るのはさすがに体力がもたないと思うんだよね。

 もうちょっと絞ったほうが良いんじゃない?――と口をはさむと、喜多ちゃんはちょっとだけ残念そうにしながら候補地のランキングを眺めて行程を立て始める。まとめサイトの記事とかニュースの配信なんかを眺めながら。

 こういのって、取材されると人でいっぱいになっちゃって混雑する気がするけど。でも、喜多ちゃん的にはそういうスポットのほうがうれしいのかな?


 なんて話をしていたら、さっき送ったメッセに返信があった。

 まあ、予想はしてたけど2人は来(れ)ない、だって。


「まあ、仕方ないですね」

 喜多ちゃんはちょっと苦笑い。

「来月に合宿もあるからねえ」

「そうですね。リョウ先輩とひとりちゃんは、そっちのほうが落ち着いて好きでしょうし」

「うん。残念だけど、また今度だね」

「え??」

「えっ?」


 喜多ちゃんがビックリしたように固まって不思議そうな顔をしている。え? なんで?

 結束バンドのグループに返信を打っていたわたしのことを、じとっと見つめながら、喜多ちゃんはため息をこぼした。


「確認ですけど、先輩は、あいてるんですよね?」

「え、う、うん?」

「じゃあ、行きましょうよ!」

「え? なんで?」

「もともと先輩が言い出したことじゃないですか!」

「ええ……そうだけど」

「それに、〝青春っぽいこと〟がしたいんですよね? だったら二人で行ったほうが満喫できると思いませんか?」


 喜多ちゃんがキラキラしたオーラを振りまきながら身を乗り出してくる。

 いや、たしかにそう言ったよ。言ったのはわたし。それにあの二人がそういうことあんま好きじゃなさそうなのも知ってたし。無理に連れ回すのもかわいそうだな~とは思ってたけど。


「二人って……わたしと喜多ちゃん?」

「他にだれがいるんですか?」

「ええ……でも青春って……なにすんの?」

「旅行で思い出作り! いいじゃないですか!」

「そ、それでいいのか……?」

「はい!」


 気のせいか喜多ちゃんのきらきらオーラが強くなった気がする……いや、まあね、夏の海で思い出作りだもんね。喜多ちゃん好きそう。よかったね、楽しんでおいでよ――なんて言えたら気楽なんだけど。でも、これって断れないよね。断っても喜多ちゃんはゼッタイ納得しないだろうし……


 それで、結局わたしの予定が一つ増える。1泊2日、伊東行き。ずっとワクワクしてる喜多ちゃんと駅で別れて家に帰る。2日間とはいっても、あの喜多ちゃんとずっと一緒と考えると、今からうっすらからだが疲れてくるような……

 まあ、楽しみじゃないのか――って聞かれたら、それはやっぱりちょっと楽しみになっちゃうんだけどね。



 試験週間も終わってホッとした一日。喜多ちゃんと待ち合わせて電車に乗る。乗り換えをはさんで伊東まで。向こうに着くのはお昼のちょっと前くらいだから、まずは何を食べようか――みたいな話になる。

 喜多ちゃんから見せられるおすすめレストランの一覧を眺めながら、ああでもない、こうでもない、話を弾ませる。まあ、せっかく旅行に行くんだし、おいしいもの食べたいって気持ちはある。といってもあまり詳しいこと知らないし、海鮮丼とかそういうのがいいな――ってくらい。喜多ちゃんはどこから探してくるんだかわからないけど、駅から少し散歩したところにあるカフェの紹介文を並べて品定め。

 おなじスマホに検索サイトを使ってるはずなのに、わたしと喜多ちゃんだとまるで違うインターネットにつながってるみたいで驚く。いや、アンテナの張り方が違うせいで入ってくる情報が違うんだろうけど。まあ、わたしだって、うちのテレビでドラマを見たり、グルメ番組とか眺めたりするけど、あんまり俳優とかアイドル目当てでこの番組を見ようってなること、ないもんね。その点、喜多ちゃんはノセられやすいというか流行に流されやすいというか……まあ、それはそれで、楽しいんだろうからいいんだけど、ね。


 最初の行き先は、わたしが譲ってあげて、駅から少し坂を上ったところにある小さなカフェ。少し前のTVで紹介されて話題になったらしい。

「ここのフラッペ、ゼッタイ1度飲んでみたかったんですよ!」

「うん、きれいだね」

「ですよね!? あの海と空をバックにしたら溶け込んじゃいそうなくらいで、混ぜるのがもったいないじゃないですか??」

「あ、うん……あたしはランチセットでいいかな」

「わたしもそれにします!」

「電車の景色もよかったけど、ゆっくり落ち着いて眺めるとやっぱりきれいだね」

「ね、先輩! こっち座ってくれません?」

「写真?」

「はい!」


 手招きされて隣のイスにおじゃまする。喜多ちゃんのスマホに向かってピース。何枚か取ったところで店員さんがお水を持ってきてくれる。ナイスタイミング。元のイスからリュックを回収して席交換。喜多ちゃんはちょっと残念そうだったけれど、注文を聞かれると満開のひまわりみたいな笑顔を広げた。

 お互いに頼む物を頼んでから少し休憩。バンドのイソスタが早速更新される。自分で撮る写真とたいして変わらないはずなのに、喜多ちゃんが映すとなんだか明るい気がするから不思議。アプリのフィルターのせいってだけじゃないと思うんだけどね。

 ご飯が来て、ちょっとだけ早いランチタイム。午後の予定はあるような無いような微妙なところ。行きたい場所の候補は挙げてきたんだけど、天気がよすぎて迷っちゃう。


「少し休んだらちょっと運動しようか」

「いいですね! 山とか上ります?」

「リフトがあるんだっけ?」

「はい! きょう、すっごい晴れてるので、これ絶対いい眺めですよ!」

「楽しみだね。喜多ちゃんはどっか行きたいとこある?」

「そうですね……こっち側行くなら、ちょっと寄りたいお店があって――」


 計画を立てつつ食休み。それからわたしたちはあちこちに遊びに行った。喜多ちゃんはどこでも山ほど写真を撮るくせに、みょうに時間に律儀。わたしも立てた予定はこなしたいタイプだけど、でもちょっと足を止めたとこは見ていたかったりして。

 ちょっと遅れを取りつつ、だいたい名前の挙がったところには一通り寄って。途中でひとがいっぱいの海も眺めてホテルへ。


「水着、持ってくればよかった……」

「あはは。でも入れないよ、あの混雑じゃ」

「混んでるのなんてあたりまえじゃないですか」

「疲れちゃうでしょ」

「ええ……?」


 喜多ちゃんがちょっと納得いかなそうに首をかしげる。まあね、そうでしょうね、喜多ちゃんはね。でもあたしはあの芋洗い海水浴場にはちょっと近づきたくないタイプなんだよね。ごめんだけど。もうちょっと人数がいて場所取ってあるならいいんだけどさ。二人で突っ込むような空間じゃないからね、あれは。


 夜は温泉に入ってご飯を食べて。ちょっと散歩をして話をして。

 喜多ちゃんはずっとキラキラしてたけど、明日もあるからって言ったらしぶしぶ電気を消してくれた。正直言ってここが一番不安だったんだけど。思ったより聞き分けがよくて安心する。

 で、またちょっと喜多ちゃんはもじもじしてたけど、こっちは今日一日動き回ってた疲れもあって割とすぐに寝ちゃう。

 朝起きてから、ちょっと不満そうに文句を言われたけれど仕方ないじゃんね。


 2日目は朝ご飯の後、美術館に寄って港に行く。キラキラしたステンドグラスを見てはしゃぐ喜多ちゃんをたしなめたり、記念撮影をしたり。食べたかった海鮮丼を食べたり、一通り楽しんで、撮るだけ写真を撮りあってから帰りの電車に乗る。

 ちょっと奮発してグリーン車。夕方になる前で、車内はそれなりに混んでいた。旅先のワクワク感がうまく収まらなくて、テンションが下がらない。きのう、きょうのことを二人で思い出しながら話して笑って。

 何度か乗り換えて下北に戻る。で、一番最初のカフェに立ち寄って一息つく。


「いい天気だったね」

「そうですね! こんなにいい天気になるなら、海に入りたかったですけど」

「あはは。まあね、でも荷物になるからね」

「そんなこと言ってたら楽しめないですよ!」

「それに、来月、リョウんとこで入るからいいでしょ」

「それはそれ、これはこれですよ!」

「元気だねえ」

「もうー!」


 喜多ちゃんがちょっと不満そうにほほをふくらせる。いや、まあね。もうちょっと人数がいたら、あたしだってノリにあわせてハシャいだりすることもあるけど、二人だし。あと喜多ちゃんに合わせて行動してたらもたないと思うし。2日間とはいっても、結構動いたんだな、これが。結構いい運動になったし、日焼けがちょっと怖いかも。


 フラッペを飲みながら、なんとなく写真を眺めて話をする。いや、それにしてもバカみたいにいい天気だったな。まぶしいばかりの快晴ってのは、こんなのを言うのかな。ほとんどの写真が喜多ちゃんと一緒に撮ってるやつだから、よけいにまぶしいのかも、なんて。

 ふと、昨日の夜にさしかかって手が止まる。向かいで扇風機片手に涼んでいた喜多ちゃんが、きょとんとした表情で話しかけてくる。


「先輩? どうかしました?」

「あ、や……」

「昨日のホテルの写真じゃないですか」

「え、うん」

「お夕飯、おいしかったですよね~」

「うん、まあ、そうなんだけど……」


 わたしの指を止めたのは、温泉に入って着替えた後。二人で部屋に戻って、カーテンを開けたらいい夜空で、ちょっと散歩しよっか――となって出たとき。あした、どうしよっか――なんて話をしながら建物の周りを一周して、二人で並んで撮った写真。

 タップして全画面にする。窓からもれる灯りをバックに、二人で笑ってピースしてるだけの、なんでもないやつ。突き抜けるような青空でもない、かわいくて映える小物でも、おいしそうなご飯でも、海でも山でもない――あたしたちの笑顔。


 ふと胸がザワついた。ぼうっと画面を眺めていたら、落ち着かない思いが口からもれる。


「ねえ、喜多ちゃん?」

「なんですか?」

「旅行、楽しかった?」

「え? もちろん、すっごく楽しかったですけど」

「あ、そっか。そうだよね、うん」

「先輩、どうかしたんですか」


 喜多ちゃんがちょっと声を低くする。心配そうな表情で身を乗り出してくる。

 わたしは笑って――いや、笑おうとして、ちょっとぎこちなくなる。あいまいな顔をしたせいだろう。喜多ちゃんが眉をひそめた。

 ホッと湿ったため息がこぼれていった。


「あ、いや。ごめんね。なんか変なこと言っちゃって……」

「はい」

「あの、つまんなかったとかじゃなくってさ。すっごく楽しかったし、よかったんだけど……うん。この写真。そういや撮ったなって思って見てたんだけど、なんかこういうの、いいなって……あ、うん、遊歩道で撮ったやつとか、海の前で撮ったやつも楽しそうで好きなんだけど、なんかこう……リラックスしてていいなあっていうか……」


 途中から、自分が何を言いたかったのか分からなくなる。でも、この胸のザワめきが気になる。悪いものじゃないような気がする。普段あんまり意識してないだけで、実はちょっと引きずってるような何かが、ちょっと姿を見せたがってるような感じ。それがポトッと出てきてくれたらよかったんだけど、そううまくもいかない。

 ノドの奥と鼻の間あたりでつっかえて、ムズムズするような感覚。でもうまく言葉にならなくて、結局飲み込んじゃう。黙って真剣に聞いてくれてた喜多ちゃんには悪いけど、結局吐き出せないまま。

 深くイスに座り直して、ふわっと笑って。


「ごめん。やっぱりよくわかんない」

「そうですか……」

「うん。なんかいいなあ――って。それだけ」


 喜多ちゃんは少し考えてから、顔を上げてニッコリ笑った。


「きっと、その写真がイチバン〝青春っぽい〟ってことですよね?」

「え?」

「もう、忘れちゃったんですか? 先輩が言い出したんじゃないですか!」

「なにを?」

「わたしたち、〝青春っぽいこと〟しに行ったんじゃないですか!」

「え……あ、そういやそうだったっけ……」


 ちょっとあきれたように笑う喜多ちゃんに、言われてようやく思い出す。そういや言ったな、そんなこと。よく覚えてんね。

 喜多ちゃんはおかしそうにちょっと笑ってから言った。


「ちょっとでも〝青春〟に近づけて、よかったじゃないですか!」

「え、うん。そうなのかな」

「はい! じゃあ、次はもっと〝青春っぽいこと〟、しましょうね!」

「え、次って?」

「はい! また行きましょう、青春旅行!」


(一百)