最新の論文が公開されました。大関真之さんと奥山真佳さんとの共同研究です。Physical Review E 112, 044104 (2025)
出来るだけ専門外の方にもわかりやすい形で、この研究を紹介します。プレスリリースもご覧ください。
🌟 スピングラスとは?
普通の磁石では、内部の小さな磁石(スピン)が同じ方向に揃って秩序だった状態になります。しかしスピングラスでは、スピンがバラバラな方向を向いたまま「凍結」し、その状態が非常に長い(理論的には無限の)時間続きます(一番上の図)。
冷やすほど秩序が高まる通常の磁石とは異なり、スピングラスは極めて複雑で奇妙な振る舞いを示します。スピングラス理論は、従来の物理学を超えて幅広い分野に影響を与え、複雑系の典型例として2021年のノーベル物理学賞の対象にもなりました。
本研究では、スピングラスにおける次の2つの興味深い現象を扱っています:
👉 キーワード1:温度カオス(中の図)
スピングラスを冷やすと、スピンはある特定の配置に落ち着きます。しかし温度をほんのわずかに変えるだけで、そのスピンの配置全体がガラッと変わってしまうことがあります。これは温度変化に対する極端な反応を意味し、小さな熱の揺らぎで系の状態が完全に予測不能になるのです。こうした「温度カオス」は、スピングラスを理解するうえで基本的かつ本質的な現象です。
👉 キーワード2:リエントラント転移(下の図)
これもまた直感に反する現象です。多くの物質では、冷やすと秩序が高まります(例:液体から固体へ、常磁性から強磁性へ)。しかしリエントラント転移では、冷やすにつれていったん秩序だった状態(たとえば強磁性)になったあと、さらに冷やすことで再び無秩序(スピングラス相や常磁性相)に戻ってしまうという、逆説的な振る舞いを示します。
📌 本研究成果
これらの2つの一見まったく関係なさそうな現象が、実は深い数学的なつながりを持つことを明らかにしました。
そのために、従来のアプローチとは異なり、無秩序変数の相関を含む新しい理論的枠組みを導入しました。その結果、スピングラスが存在するという前提のもとで「リエントラント転移が存在すれば、温度カオスが論理的に導かれる」ことを数学的に示しました。物理的には異なるこれら2つの現象が、数学的には密接に関係しているのです。
💡 なぜ重要か?
この研究は、無秩序系における複雑な振る舞いがどのように生まれるかを理解するための新しい道を切り拓くものです。
スピングラスの理解は単なる磁石の話にとどまりません。無秩序・フラストレーション・複雑なエネルギー地形といった概念は、材料科学、ベイズ推論、最適化問題など多くの分野で中心的な役割を果たしています。スピングラスの物理に着想を得たニューラルネットワークの理論が、2024年のノーベル物理学賞の対象になったのは記憶に新しいところです。
今回の成果は、「リエントラント転移」と「温度カオス」という、これまで無関係と考えられてきた2つの現象の間に潜んでいた数学的なつながりを明らかにすることで、スピングラスと関連分野に新たな視点を提供し、スピングラス理論のさらなる発展の基盤を築きました。