新潟市を所在地とする「新潟ランタン会」のホームページです。「新潟ランタン会」はごく一般の山の趣味人の集いです。ランタンの由来はランプの意味ですが、いつも明るくという意味や、のんびりランランルンルン気分で行こうという意味を含めています・・・
日 時:11月5日(土)~6日(日)
メンバー:渡辺 茂、君 清、井口 光利、井口 礼子、知野 勇人
11/5(土) 50年ぶりの七ヶ岳でした。先回は沢を経由しての登山でしたが、現在は登山道崩壊により入山禁止とのこと。遠方であることから前日、12時半に新潟出発、とちお道の駅で井口さんと合流し只見町経由で南会津に向け出発、六十里街道は紅葉し奇麗であった。今回のルートは「会津高原たかつえ口(スキー場から)」からである。登山者はホテルの駐車場に駐車可能であり、広い駐車場にテント設営、アツアツの「おでん」で軽い宴会を楽しみ就寝とした。夜中には満月と満天の星が奇麗であった。
11/6(日) 5時前に起き、朝食後、6時登山開始。会津アストリアホテルの先に登山者ポストがあり計画書を投函、スキー場と作業道が交差しており、ルートを間違わないよう歩を進めた。ゲレンデの両脇は黄金色のカラマツ林が奇麗で、おまけに建物は海外を思わせるスキー場であった。背後には双耳峰の燧ヶ岳、平坦な山頂の会津駒ケ岳を見ることができた。スキー場の中腹付近を横断すると「七ヶ岳登山道」の案内板があり、さらにヘアピンカーブを進むとやっと登山口となった。登山道は歩きやすく尾根に乗ると山頂を見ることができた。電波塔の脇を通り一旦下り、上り返すとケルンがあり、その先が山頂であった。9時山頂到着、早速、コーヒータイム、山頂からは那須連峰の茶臼岳、朝日岳、日光連山の女峰山、荒海山、春に登った男鹿岳と 釈迦ケ岳の展望を楽しみ下山とした。
七ヶ岳山頂
燧ケ岳と会津駒ケ岳
荒海山と女峰山
右前方が七ヶ岳山頂
遠藤 俊一
鳥海山へは過去6回行っているが、山頂まで行ったのは鉾立登山口から2回、滝ノ小屋登山口から1回の3回である。鉾立から御浜小屋まで来て稜線へ上がると猛烈な風に退却を余儀なくされたのが2回、もう一回は滝ノ小屋から登ったが天候不良で途中で引き返している。晴れ男を自認するが、鳥海山だけは天候に恵まれない。
今回は晴れ時々曇りの予報である。10月8日10時30分にお花畑の駐車場で、君さんの車に寺本さんと乗せてもらい、豊栄道の駅で岩井さんも同乗して4名で、本日宿泊の鳥海ブルーラインの中程、鳥海山の4合目、標高1000mの地点の国民宿舎大平山荘を目指す。新潟の天気は曇りで、雨もぱらついていたが、山形県に入ると青空ものぞき、明日の天気に期待が膨らむ。宿のチックインには早いので、途中、吹浦の海岸で明治の初めに岩に彫られたいくつもの十六羅漢像を見学して、登山口の鉾立に行く。駐車場には多くの車が駐車していて、鳥海山の人気が高いことを改めて思う。下りてきた登山者によると、山頂付近の天気が良くなく、御本社までで下りてきたとのこと。少し雪があったが積もってはいないとのことだった。大した雪ではないことに一安心。ビジタセンターの見学や登山口を確認して宿へ向かった。
10月9日朝4時に起床。窓の向こうには煌々と月が照っている。晴れだ。その割には部屋の中は暖かい。冬用の登山パンツを履いたがどうも暑い。気温も上がりそうだ。2~3日前の寒さと雪の情報に冬用の支度しか持っていない。迷ったが、ここまでの道中に履いていたゴルフ用のパンツにスパッツで登ることにした。
4時半過ぎ、外へ出てみると冷たい風が頬を刺す。仰げばもう冬の星座の出番、満天の星空で北斗七星、オリオン座などがきれいに輝いている。
鉾立の駐車場に着くと、驚いたことに5時前なのに広い駐車場がすでに満杯だ。何とか、君さんの機転で駐車スペースを見つけ5時5分出発した。
歩き始めると、若い人たちのグループが僕らをどんどん追い抜いてゆく。若き頃の僕だったらと思いつつ・・・年を取ったと痛感。
視界の開けた賽の河原手前の広場で、6時8分朝食とする。宿のおにぎり2個を頬張り、腹ごしらえをして、6時22分に出発。明るくなった周囲の景色に励まされて御浜小屋を目指す。草紅葉やチングルマの紅葉した赤い葉の周りに白く霜が付いて、秋なお可憐な花園を演出している。登山道に敷き詰められた石にも霜が付いて滑る、滑る。御浜小屋に7時11分に到着。ほぼ予定通りだ。途中追い抜いた若者たちも休憩で、小屋の周辺は混雑している。トイレの建物に「本日1時30分で閉鎖」と大きく張り紙がしてあった。登山シーズンの終わりを思う。
ここからしばらくは快適な稜線上の草原歩きが続く。七五三掛(しめかけ)を8時13分に通過して急な道をしばらく登って尾根コースと分かれて、まだ雪溪が残っている千蛇谷へと下る。外輪山を右手に見ながら、手に取るように近くに見えるが遠い新山山頂を前に見ながら、御室を目指して急登が続く。登ること2時間弱、ようやく御室に10時2分到着。ここも大勢の登山者で賑わっている。ザックをここにおいて、空身で新山山頂を往復。登る人、下る人で、岩場の登山道は大混雑、頂上は狭く、渋滞している。何とか記念写真を撮って、足場の悪い登山道を一目散に下だる。途中、雪の凍っている箇所があり注意しながらの往復であった。御室付近は霧がかかり始めてきた。冷たい風も吹いているので、昼食は下でとることにして、早々に下山にかかる。
山頂は霧に隠れ、顔に冷たい風があたり、冬近しと感じる。どんどん下るも冷たい風が吹き抜け、なかなか昼食をとれそうな場所が見つからない。1時間ほど下ったあたりで、君リーダーからトップの岩井さんに適当な場所で昼食をと声がかかる。間もなく、丁度風もなく石の転がった昼食に程よい空地に出た。早速宿の弁当を広げる。サバの塩焼き、唐揚げ、シュウマイ、ウインナー、玉子焼きと盛りだくさんのおかずと梅干と刻みきゅうりの漬物に彩られたご飯。外輪山や遠く日本海を眺めながらのうまい昼食だった。
まだまだ先は長い。谷底からの外輪山分岐へ急な登りが待っている。急登を何とか登り切り、登りで滑った木道の状態を心配しながら下ったが、既に木道は乾き、楽に下れて一安心。あとは、御浜小屋への上りがあるだけだ。なだらかな御田ヶ原の草原を歩きながら、夏にはきっと色とりどりの花々が咲き競っていることだろうと思いを馳せる。その足元に、2~3輪名残の花をつけたハクサンイチゲが可憐な姿をとどめていた。こんな季節によくぞ咲いていてくれた。最後の登りを一気に登り切り、14時に御浜小屋に到着。登りで見た張り紙通り、トイレの入り口はきっちりと締め切られていた。
ちょっと小休止して、鉾立へと下る。賽の河原を過ぎて、右手の稲倉岳の斜面が赤、黄色、緑の絨毯のようにきれいだ。登りに通過した展望台でしばし展望を楽しみ、15時24分鉾立に到着。
今日一日のよき登山を一緒に登ったよき仲間に感謝。
以上
紅葉のチングルマ
御浜小屋からの鳥海湖
新山山頂に
千蛇谷から新山山頂(左)
ハクサンイチゲ
稲倉岳の紅葉
岩井 久和
日 時 :令和4年10月8-9日(日)
天 候 :午前 快晴、 午後 曇り時々晴
メンバー: L 君、 SL 遠藤、 寺本、 岩井 合計4名
地 図 : 1/25000 鳥海山
ルート :黒崎花畑駐車場を10月8日10:30出発。新々バイパス 豊栄道の駅 にて岩井を合流させてもらい、山形、鳥海ブルーラインにある 国民宿舎 大平山荘 を目指す。
大平山荘 にて宿泊、翌朝、鳥海ブルーラインの最高高度となる、鉾立口(1160m)まで車で移動し、登山を開始した。
鉾立登山口 5:05 出発-—賽の河原 手前 6:08 朝食—-御浜(1700m) 7:05—-七五三掛(1820m)--千蛇谷コース—-御室(頂上小屋 2200m)—-新山(2236m) 11:12 下山開始、登りと同一コースを下山する。--鉾立登山口 15:30 着。
感 想
短時間の休憩を含めて、登り約6時間、下り4時間25分の登山となった。行動時間はガイド書とほぼ同じであったものの、頂上では人が密となり、動きが滞るなどの時間ロスが生じていたので、この点を考慮すると順調な時間経過であった。
平地から見上げる独立峰の鳥海山は、そのなだらかさと広大さに圧倒される山であり、小生には鳥海湖を見下ろす御浜より先は未踏であり、その先の山頂に立つ日を待っていた山である。
今回の山行では天候に恵まれ、高度を増すに従い、紺青の海に浮かぶ 飛島、粟島、佐渡島 及び 男鹿半島の先端 までが見渡せた。紅葉は、標高1500m付近を中心に赤や黄色に色づき、その自然の大きさに加えて季節感も十分に堪能することができた。
頂上直下の御室から先の山頂に繫がる山様は、大小の岩石で形成されている。
岩石だけのルートの岩肌を、両手も使ってよじ登ることで山頂に立つことができる。
頂上からはかつての溶岩流で形成された2200m超えの険しい岩の外輪山が遠巻きに続いている。また万年雪やかつて氷河があった証でもあるカール地形等の景観を真正面にしながら、360°見渡すことができる。
しかし、優しい山ではなかった。この季節になれば、登山道の石の表面は薄氷がついて滑り易い。木道も同様である。下山を始めるころから風は強く吹いてきたが、それを遮るものはなかなか見当たらない。また行程は10時間を超えるため、それだけの体力も必要になる。
山小屋を利用したり、無難な季節を選んだりなど、負担を減らして登ることで、そこに居ること自体も楽しめる山としてなら再び来てみたいという、従来とは異なる印象を持つことになった登山であった。
以上
銀の道は、江戸時代に銀山平(奥只見)の銀山から銀を運び出す道として栄えた枝折峠の旧道。駒の湯から明神峠を越え、奥只見の石抱橋までの全長約12k、今回は石抱橋の一合目から大明神の十合目までを歩いてきた。登山道に建てられている標柱は、当時、道のりの目安として設けていた「一服場」跡に、標柱が建てられ、当時の面影を偲ぶことができまる。銀山平登山口である石抱橋から大明神までは標高差440m。次回は天気の良い日に大明神から駒の湯まで歩きたいですね。
明神峠にて
日 時:9月28日(水)
参加者:渡辺、君、高橋、井口(光)、滝沢、古俣、井口(礼)
今日は小雨が予想されたが、昨年も歩いており、危険個所もなく、折角の会山行であることから、6時に集合し行くことにした。銀山平の石抱橋を9時頃出発、一合目の登山道沿いに「河は眠らない」開高健記念碑があり、北ノ又川沿いに道が造られていた。途中、ガレ場があり慎重に通過し林道分岐を左折し、右側に古い「銀の道」の表示がある。ここから10合目(明神峠)までの標識を目指し進むことになる。途中、霧雨になり、展望は無いが、気にもせず、ワイワイガヤガヤと楽しそうに歩いている。各合目で事前に勉強してきたのか誰かが、これは〇〇と説明している。途中でこの花は何かと聞いているが、家に帰るまで覚えているか。(アキノキリンソウ、リンドウ、オニシオガマも咲いていた)登山道は整備され歩きやすい道。紅葉には少し早かったが初秋の山歩きを楽しむことができた。
一部、急坂も
リンドウ
二合目
三合目
四合目
五合目
六合目
七合目
八合目
九合目
駒の湯への分岐
整備された銀の道
銀の道入り口の案内表示
日 時:2022年6月25日(土)~26日(日)
場 所:車山1925m・鉢伏山1929m
参加者:・渡辺 茂・君 清・高橋 克明・岩井 久和・伊狩 弘・井口 光利 ・遠藤 俊一
・滝沢 愛子・古俣 新子・井口 礼子・田中 香織 (11名)
6/25(土)
新潟7時出発、大積パーキングで井口夫妻と合流、さらに新井パーキングで田中さんと合流、これで本日の参加者11名全員が集合し、車3台で出発とした。今日と明日は晴れの予報である。途中、塩尻市内の井筒ワインの店舗でワインを購入し高ボッチ高原の鉢伏山に向かうが林道は土砂崩れにより通行止めとなっていた。鉢伏山荘に電話しルートを確認すると「崖の湯」経由で来るようにとのこと。これから向かうと時間を要することから今日の予定を「車山」に変更とした。途中、日陰の広場で昼食を取り、カーブの多い、狭い道路を進むと八島ヶ原湿原に出た。ここからは高原の絶景を見ながらビーナスラインを走行し「車山肩」にある今日の宿泊先「ころぼっくるひゅって」に車を止め登山開始。緩やかな斜面を景色と花々を見ながら進むと車山山頂に着いた。美ヶ原高原は目の前、簡単に登れて高原を眺め、つまらないかと心配したがみんな楽しそうである。
天気が良ければ八ヶ岳、富士山、南アルプスが一望できるが、残念ながら富士山は薄っすらと見えるだけ。山頂で記念写真を撮り往路を戻り、標高1925mにあるヒュッテのウッドデッキで宴とした。夕食は18時から、食べきれないほどの料理である。今回の山行は新しく入会された方もおり、全員が自己紹介とコメントを頂き
融和と交流を図ることが出来た。さらに飲むほどに個性を知り、飲んでしゃべって今日も楽しい山旅であった。
6/26(日) 八島ヶ原湿原と鉢伏山
小鳥のさえずりで目を覚ます。外は明るくなったが曇空、富士山を見たく高原を歩くと滝沢さん、古俣さんが帰って来た。富士山は朝焼けで奇麗とのこと。急いで行ったがすでに山頂は傘雲に覆われていた。コバイケソウの群落をカメラに収め帰ろうとすると今度は井口(礼)さんがやって来る。ヒュッテに戻りコーヒーを飲み、7時、朝食、鮭、目玉焼き、サラダ、メロンとご飯はお替り自由。今日は八島ヶ原湿原一周と鉢伏山登山である。ヒュッテ8時出発、八島ヶ原湿原駐車場はまもなく満車になるようである。井口(光)さんトップで八島ヶ原湿原の木道を進む。木道脇はレンゲツツジが目につくが、多種多様な花々の名前を井口夫妻からご教示いただく。特に記憶に残ったものはピンクの「ヤマシャクヤク」「グンナイフウロ」の群落「オオカサモチ」か。2時間ほど散策し「崖の湯」経由で鉢伏山荘に向かうが、この道も幅が狭くカーブの多い運転手泣かせのルートである。山荘に着くと駐車料1台、500円、環境保護入山料、ひとり300円と合計4800円を支払い登山開始、鉢伏山全体が濃いオレンジのレンゲツツジで覆われている。山頂からは眼下に諏訪湖、岡谷の街並みを眺めることが出来たが山々はガスに覆われている。山頂でお昼を取り下山開始。今回予定したルートはこれで終了である。帰りは交通事故に注意し新潟に18時過ぎに到着した。
霧ヶ峰 車山 山頂
ころぼっくるひゅって にて 楽しそうな、皆さんです
ピンクのヤマシャクヤク
グンナイフウロ
満開のレンゲツツジの群落
鉢伏山 山頂
八島ケ原湿原
日時:2022年4月17日(日)
ルート:二部除雪終了地点~保久礼小屋~守門大岳~中津又山~保久礼小屋~二部除雪終了地点
メンバー:6名
今日も天気快晴、駐車場の混雑が予想されることから新潟を4時半に出発、除雪終了地点にはすでに20台程、関東や北陸のNo.も目立つ、守門岳も全国区の山になったのか。女性陣はアイゼン装着、雪は固く歩きやすい。久々の参加の伊狩さん、寺本さんと会の山行は大勢が楽しい。玉木さんはスキーで二部集落経由でドンドンと進む。やはりスキーは早い。歩行組はショートカットで沢の出会いで合流。長峰手前で休憩、越後三山、妙高方面も見える。保久礼小屋から本格的な登りである。伊狩さんはチョッピリ疲れ気味か。無口であるが今日も根性で頑張っている。玉木さんは気持ち良さそうにスキー滑降開始、降りたと思ったらすぐに登ってきた。
不動平からは更に展望も良く、毛猛山、檜岳、尾瀬方面の山々も展望できた。大岳山頂はすぐ目の前であるが、歩き出すといつも長く感じるのはなぜか。大岳山頂で昼食休憩、玉木さん持参の「さつまいも」腹持ち良く美味しかった。玉木さんは保久礼小屋に直行とし、5人は中津又岳を経由し保久礼小屋で合流することで分かれた。昨年の大岳の裏側は巨大なモンスターであったが、今回は建物が崩れた容姿。中津又岳への下りで「熊」発見、これから向かう母川方面に、猛スピードで走る、走る。途中に足跡があり、裏側から登ってきたようだ。足跡も小さいことから子熊か。中津又からはゲレンデのような広尾根は脱がらずツボ足でルンルン気分で降りることが出来た。君さんはヒップソリで滑っている。保久礼小屋が見えるとぶな林の急斜面となり、母川の一部は雪面が薄くなっている。歩きやすいルート見つけながら降り、玉木さんと合流し下山とした。
大岳山頂 左から 伊狩、寺本、渡辺、君、井口、玉木
守門大岳山頂 伊狩さん 大岳から中津又岳への降り
守門大岳山頂 寺本さん、井口さん
中津又岳への最後の上りで頑張る伊狩さん
熊さん発見
最後の登りを終えて 保久礼駐車場で 背後は大岳
日 時:2022年3月29日(火)
メンバー:渡辺 茂、井口 光利、井口 礼子、古俣 新子
BSNの五十嵐さんから弥彦山のカタクリ・雪割草の群生地への取材依頼があり、今年は気温が低く花の咲き具合は10日前後遅れていることから事前に開花状況と天候を見ながら実施することにした。当日、五十嵐さんは社務所から撮影許可証を受領した後、8時半に猿ケ馬場峠に集合し車両2台を残置、弥彦山表参道駐車場に1台を駐車、弥彦神社で参拝し表参道から入山した。登山者がどんどんと登って来る。10人ほどの元気なパーティは大阪、京都からと2泊3日の角田山、国上山、弥彦山のツアーとか、早速、インタビュー開始、関西の皆さんは元気良く、良くしゃべり、賑やかな方々だ。早速3合目付近からオウレンやショウジョウバカマ、コシノコバイモを見ることができた。5合目を過ぎると更にカタクリ・雪割草・オウレン・コシノコバイモ、キクザキイチゲの群落となり表参道にこんなに沢山の花々が咲いているとは新しい発見である。早速の出番である、花々たちの名前は任せての当会のお嬢が説明の出番である。あちこちで登山者が花の撮影に専念している。9合目からは穏やかな日本海とくっきり澄んだ青空に雪化粧した佐渡の金北山、ドンデン山が美しい姿となっていた。ここでドローンの撮影、どんな画像になっているのか楽しみである。9合目からは登山者も多くなってきた。ここでもインタビュー撮影と五十嵐さんは忙しく飛び回っている。テレビ取材は体力も必要な大変な仕事のようだ。奥の院では登山者があちこちと円陣を組み楽しそうに昼食を取っていた。
奥の院では県外の登山者の方か「二礼二拍手一礼」の参拝をしており、知ったか被って彌彦神社では拍手を四度打つ「二礼四拍手一礼」ですとつい言ってしまった。
五十嵐さんはインタビューとカメラ撮影と飛び回っている。山頂からは黄砂の影響か、米山、守門、粟ヶ岳、越後三山を薄っすらと見ることができた。ここでもドローン撮影とするが奥の院の真上や鳥居は撮影禁止のようで撮影は難しそうであったが、ドローンに向かって手を振る姿を私たちと一緒に県外からの登山者も元気よく演じて頂いた。
私達の昼食は後とし「新潟ランタン会お花見登山と五十嵐さんの取材成功」を願い、持参したガトーシェフ三昧堂のケーキと高級なコーヒーで祝うことにした。昼食は弥彦名物「パンダ焼き」を渡辺が焼き、女性陣から食べて頂いた。パンダ焼きの中身は「ずんだ」と「クリーム」の2種類の味である。弥彦に来たら是非、食べて頂きたい。午後からは雪割草とキクザキイチゲ、オウレン、カタクリの群生地を撮影、雨乞山を経由し猿ケ馬場峠に下山した。今日は天気も良く、花々は満開と楽しい取材山行が出来たことに感謝する。
BSNの五十嵐さん長時間に渡る取材、お疲れ様でした。ありがとうございました。
取材の様子は、2022年4月13日(水)18:15~BSN新潟放送「ゆうなび」内にて放送予定です。ぜひ、ご覧ください。
弥彦山山頂でのケーキとコーヒー
取材協力頂いた仲間たち
弥彦山の花々 カタクリ
キバナアマナ
コシノコバイモ
満開の雪割草
日 時 :2022年3月26日(土)強風
メンバー:5名
先月の会山行は天気悪く中止、今回も期待できそうもない予報である。テレビ、ネットで検索すると様々な予報でどれを信用して良いのか。午前は雨の降らない予報を信じ出発時間を6時に変更し早めの出発とした。シャルマンスキー場に8時半頃到着、微風であるが晴れ、背後に大きな権現岳が堂々と壁のように立ちふさがっている。登山計画書を提出、往復500円のリフト券を購入し一挙に標高1019mに到着・・楽チン、楽チン
標高も高くなると風も強くなった。井口、滝沢、渡辺はわかん、玉木、君はスキーで登山開始。正面に火打山、これから目指す放山を見ることが出来た。尾根上は風も強く今にも雨が降りそうである。上下の雨合羽を着用、風が強く枯れ枝が飛んでくる。時々、ザラメ状の雪も飛んでくる。ブナの大木も強風で揺れている。上部に行くに連れ更に風が強く吹いている。山頂までは数メートルであるが、耐風姿勢で我慢、山頂はすぐそこであるが立っていられない。風が強く井口さんは山頂で座り込み、四つん這いでやっと10時13分山頂へ、すぐ降りようと合図し風の弱くなったブナ林で5人が合流、ようやく休むことが出来た。降りも尾根上は強風であり、風を避けるように歩を進めリフト乗り場に到着。すぐにリフトに乗車したが強風のため2回ほど停止、リフトが揺れている。無事にリフトを降り、無料休憩所でお昼としたが、管内放送から本日は強風のためリフトの営業は終了するとのアナウンスであった。下山が遅くなったら標高1019mから歩かなければならなかった。1時間、繰り上げての出発で安堵した。とにかく、強烈な風は富士山依頼の耐風姿勢の登山であった。
烈風の中 、 強者が勢揃い ようやく一服することができました。
権現岳
右奥が放山山頂
日 時 : 2022年1月8日(土)
ルート:慈光寺~尾根線~白山 メンバー:8名
当会の正月山行は2015年まで「飯豊詣で」と称し飯豊の主稜線へと足を運んできたが、ここ数年は会員の減少と高齢化に伴い無理の無い近郷の山々とし、今回は越後白山を今年、最初の会山行とした。
「越後白山」は五泉市と加茂市の境界線上にある山、「加賀白山」などと区別するために「越後白山」と呼ばれていますが、地元では単に「白山」と呼ばれています。
登山口である「黄金の里会館」に8時半集合、すでに登山者10人ほどが出発準備中であった。新年の挨拶を交わした後、小雪の降る中、晴れの予報を期待し出発した。1合目から気温も高くなったことから防寒具を脱ぎ3合目までの急斜面を汗を掻きながらの登高であった。3合目からは風もあり寒い、ここから防寒具を着て、当会顧問から「わかん」の装着と5分交代による歩行訓練、ゆっくり歩行と水分補給などについて指導をいただいた。7合目付近からは風も納まり11時半頃から青空となった。8合目付近からは枝に積もった雪は満開のさくらのようで景色も一転した。昨年と比較すると積雪量は少なく8合目付近からは樹間につけられたトレースを使わせていただいた。ここを抜けたら青空の下、避難小屋と満開のさくらのような樹木の景色を見ながら真っ白いロードを進むと平坦な山頂に着くことができた。山頂からは眼下に村松町、五泉の町並み、新潟市、遠くに守門岳、米山などを展望することができた。山頂で昼食とアルコール無添加の甘酒を頂き1時間ほどの休憩を取り下山とした。今日は午後から無風、快晴と久々の冬晴れの景色を楽しむことが出来た。今年も健康に留意し登山を続けたいものだ。
「雑 学」
慈光寺付近には白山大蛇伝説があります。・・・越後白山から海へと向かった大蛇
昔、白山には大蛇が住んでいて、人々に害を加えるので困っていた。慈光寺を開いた高僧が大蛇を静めるため祈祷を行ったところ、大蛇は山を下りて、海に向かっていった。大蛇が曲がりくねりながら通った跡は、能代川となり、最後は新潟市の白山まで辿り着き、そこで白山神社に祀られたと言われています。
馬の背付近から避難小屋と山頂方面
無風 快晴 気持ちよく下山開始
022年1月8日 越後白山山頂