それからもオレさまは何となくぼんやりと考えているわけだ。愛について。ダンデと馬鹿みたいなことやってるのは楽しい。バトルでも何でも、一緒に無茶やって笑い転げてたりするとさ、コイツとずっとこうしてたいなと思うわけだよ。でもそれってどの分類の愛なんだろうって考える。普通に普通の友達の枠じゃん。でも一方でダンデとキスできる?って聞かれたらまあ出来るんだよ。出来る出来ないで言ったら答えは『出来る』んだけど、じゃあするのって、それは話がまた別になるわけだ。キスは一人で出来ることじゃないんだから。ダンデにだってNOって言う権利はある。そしたらちょっと悲しいかもだけど。
ここなんだよ、難しいのは。オレさまは『ダンデと一緒にずっと馬鹿やっていたい』のと『ダンデとはキス出来る』っていうのを一緒に並べても良いと思ってる。キスも馬鹿の延長線上に乗っけてる節がある。ありなしで言えばあり、その時のテンション次第、みたいな微妙なカテゴライズの仕方をしている。ノリとテンションでそういうことがあっても大丈夫な自信がある。まあだから困ってる。これを友愛ってことにしちゃダメなのか?
確かに。確かにオレさまは何度かダンデにきゅんとしたことがあるよ。可愛いと思うよ。じゃあイコールして恋愛的な好きかどうかって言うのはさ、また違う観点だろって思うんだよ。いや、違う観点であってほしいのか?オレさま、ダンデを好きって認めたくないのかな。そうなると、じゃあ何で認めたくないんだろうって話にもなってくる。うーん、答えが見えない。堂々巡りばっかりだ。
もし仮にこれが恋愛感情なら、オレさまはずっとダンデに恋してるってことになる。それこそ、出会って仲良くなった辺りからずっとあいつに恋してるってことだ。うわ、それちょっと恥ずかしい。何年無自覚で片思いしてるんだって話になるじゃん。
ま、一人で考えたって答えは出なかったわけだ。一緒に馬鹿やってて楽しい奴って言うのは、ダンデほどじゃないにしろ他にもいる。でもそいつとキス出来るかって言われたらノーなんだよ。絶対にノー。前後不覚まで酔っぱらったって絶対にしない。でもダンデとなら、うーん、保証できない。じゃあそいつとダンデは何が違うのかって話になる。その辺をオレさまはちゃんと自覚して整理すべきなんじゃないかって思う。
というわけで、このぐるぐるしてばかりの問題の答えを探しに、オレさまはスパイクタウン某所へ飛んだ。つまりネズの家だ。
インターホンを数回押してみる。あんまりにも静かなので聞き耳を立ててみるけど、インターホンが鳴ってる様子がない。壊れてるな。それか線を引っこ抜いたか。らしいと言えばらしいし、おいおいとも思う。なんのためにあるんだか。オレさまは溜息を一つ吐いて、扉をガンガン叩いた。
「ネズ―。飯食わせて―」
容赦なく叩き続けていると、がちゃん、と鍵の開く重たい音がした。オレさまは一歩下がってにっこり笑う。ぎい、と重たく扉が開く音がした。
「おっ前……。今何時だと思ってるんですか」
ノーメイクのネズが扉の隙間からのっそり現れる。半開きの扉の奥から半身だけネズが体を出した。髪もセットしてないし寝不足なのか顔色が白くて、いつも以上にタチフサグマそっくりだ。オレさまのロトムがその顔を収めるために前へ出ようとする。ロトムを掴んでオレさまがカメラを固定した。ロトムには悪いんだけど、あんまりぶんぶん飛び回ってネズの機嫌損ねてもらっても困るんだ。これ以上機嫌悪くするとちょっとオレさまの手には負えなくなりそうだし。
「朝8時。グッモーニン、ネズ。あ、オレさまの生配信に初出演おめでとうございまーす」
オレさまが元気に挨拶すると、ネズは思いっきり顔を顰めた。
「やめんしゃい。え、マジで配信してるんですか?」
「してるしてる。はーい、オレさまのマブダチのネズでーす」
うっそネズじゃん。 なに、なんで? メイクしてない。 レアすぎでしょ。 寝起き? え、キバナ様今日はダンデは? ダンデを差し置いてマブダチとな? とロトムが言う。サプライズ配信大成功。朝も早いし、ろくに事前告知とかもしてないから何人がこれに気付くかなって感じだけどな。でも結構人が集まり始めてる。これはどっかで拡散されたかな。
「……何しに来たんですか」
「突撃隣の朝ごはん的な?あれ、スマホ見てない?既読ついてたけど?」
ネズは苛々した顔を真正面からロトムに向けて、ぼさぼさの前髪を掻き上げる。そして歯を剥き出してファックサインを決めた。ロトムが興奮してキャーと叫ぶ。ダンデもネズも、ポケモンから凄い人気あるよな。それにしたってネズはファンサービスが過激だけど。ロックに生きてる。ノーメイクでそういうサインしてるネズ見ると迫力があるな。
一応、スマホロトムを確認。確かにネズから返事はないんだけど、それもいつものことだしな。ネズは既読が返事代わりみたいな感じだから、オレさま全然気にしてなかった。
「てっきり何かの冗談かと思ってましてね。うち、今チーズと酒しかねえんですけど」
厭味ったらしく言われるけどめげてはいけない。ネズってまあ大体この調子だし。
「ネズ妹いなかったっけ?朝食にそんなもん食わせてんの?」
オレさまがにこにこしながら聞くと、ネズは盛大に舌打ちした。おお、怖い。でもオレさまも検証のためには引くわけにはいかない。
「……食パンくらいしかありませんからね」
「えー。何か簡単なもので良いから作ってくれよ」
「なんで」
「なんでって……実験だから?」
オレさまが素直に言うと、ネズが益々嫌な顔をした。
「あ?」
「とりあえず作って。食い終わったら説明はするから」
オレさまは半開きのままの扉を開け放って、殆ど押し入るみたいにネズの家に入っていった。ネズは舌打ち一つでそれを許してくれて、オレさまを追い抜きざまにじろりと睨みつけていった。
「食ったら帰りんしゃいよ」
でもそんなんしながらリビングに先導してくれるからネズって良い奴だよ。オレさまは思わず笑ってしまう。まあ、笑うとまたネズに睨みつけられるんだけどさ。
通されたのはリビングダイニングだった。カウンターチェアが二脚。ラグにソファにテレビ。それから前来たときよりもクッションがいくつか増えている。
「そこに座りんしゃい。それから黙って飯待ってろ。良いな?」
ネズはオレさまをダイニングテーブルの一席に座らせると、不機嫌そうにキッチンに引っ込んだ。そして冷蔵庫の中から卵と食パンを取り出す。食パンをトースターに放り込むと、次は卵を割ってフライパンに放り込んだ。
「朝はトースト派なんだな」
「昨日賞味期限だったのすっかり忘れてたからついでに食ってもらおうと思いましてね。あと、さっき黙ってろって言いませんでしたっけ?」
「だって一応配信中だから、何かこう盛り上げないと」
ネズの家だ! すごい。 綺麗にしてるね。 何作るのー? とロトムが言いながらフライパンの中を覗き込んだ。
「……煩いんで切ってもらえます?」
「はいはい」
オレさまが腕を伸ばしてロトムを捕獲する。それからちょっと操作をして、読み上げ機能を切った。そうこうしているとトースターが出来上がりを教えてくれる。トーストを皿に置いて、ネズは雑に半熟の卵焼きを乗せた。塩胡椒もナシだ。
「はい、出来ました」
皿の横にドンっとケチャップが置かれる。セルフサービスが極まってる食卓だ。
「オレさまこれ知ってる。子供のころアニメ映画で見た」
オレさまが皿を受け取りながら言うと、ネズはうんざりしたような顔をした。
「皿増やすと片付けるの面倒なんで乗っけただけです」
「ああそう」
まあ分かってたけどな。これだけ早く帰れってオーラ隠さないんだからネズは凄いよ。でも結局嫌々でも作ってくれるんだから律儀だよな。オレさま、ネズのそういうところ好き。
「いただきまーす」
とりあえず、一口目はケチャップはなしで。まあ予想通りのシンプルな味がした。塩胡椒もなにもしてないから当然と言えば当然だ。卵の甘さとパンの香ばしさと温かさが有難い。さて、これをどう表現したら良いのかな。
「……うん、普通に普通のトーストと目玉焼きだな。トーストがさくさくしてて、目玉焼きはとろっとする。美味い」
「文句があるなら食うのやめんしゃい」
「いや文句じゃなくて食レポのつもりなんだけど」
一旦皿に戻してケチャップをかける。ダンデの飯食ってるときも思ってたんだけど、食レポって難しいよな。思ってることそのまま言えば伝わる訳じゃないし、でも嘘は吐けないし。かと言って、何にも言わないのも失礼だし。
「語彙力ないの露呈してるんで可及的速やかにやめることをおススメしときますよ」
ネズが苛々しながら前髪を弄っている。場所がキッチンだからそんなに怖くないけど、でもスパイクタウンの街中で会ってこの不機嫌さだったら絶対話しかけたくないな。
オレさまはロトムに手を伸ばして、静かに配信を終了させた。ロトムがちょっと驚いた顔をして、オレさまを見る。オレさまがパーカーのポケットを叩くと、ロトムは大人しくポケットに入っていった。
見てくれてた人には後で謝らなくちゃな。
「……で?」
ネズが短く問い質してくる。今までは配信中だったから口数も多かったけど、終わった途端にこれだ。オレさまは残ったトーストを急いで詰め込んで飲み下す。そう言えば水も出されてないな。まあ自前のあるけど。荷物からおいしい水を一つ取り出して一口飲む。
「オレさまさあ、ダンデと一緒にいると凄い楽しそうみたいなんだよ」
オレさまが切り出すと、ネズは何をいまさら言ってるんだ、みたいな呆れた顔をした。え?結構意外な事実を言ったつもりなんだけど。
「……はあ、そうですか」
「で、それに対して『愛を感じる』ってコメントもらってさ。どの愛だろ、って思って此処まで来たってわけ」
ネズに飯を作ってもらって確認したかったのはそこだ。ダンデがオレさまに何かを作ってくれると凄く嬉しい。慣れてなくても頑張ってくれてるのが分かるし、オレさまはそうやってるダンデを見てるのが好きだし。じゃあ同じ条件で別の友達が飯作ってくれても同じように感じるのかって、そういうことを確かめたかった。
結果としては、嬉しいは嬉しい。でも、なんだろうな、嬉しさの質が全然違った。ネズに朝食作って貰うって凄いレアな体験の筈なのに、可笑しいよな。ダンデにはカレーに始まって、最近じゃ色々作って貰うようになってるのに。それなのに、ダンデに作って貰う方が幸せを感じるんだ。あの馬鹿みたいに理由のない幸せな感じは、きっとダンデだからなんだろうなって。それだけは確かなんだよ。
ネズが心底面倒くさそうに溜息を吐いた。
「いやもう『どの』とか言ってる時点でお前、分かってるじゃないですか」
「あーやっぱそう思う?」
「で、オレの所に逃げに来たと」
「うん。あとは最終確認?」
ここまでやれば、オレさまだって間違えないよ。間違えようもない。オレさまにとって、ダンデは特別で大切な奴だ。オレさま、ダンデのことが誰よりも好きなんだ。
「………ああ、それでオレとダンデを比べたわけですか。クソッタレ、なんてモンに付き合わせた挙句生配信してくれてんですか」
ネズがシンク下を開けて、エールの瓶を取り出した。そして封を切るとぐいっと直に呑み始める。配信切ってるから別に飲酒しても良いけどさ。
「それに関しては素直に悪かったって思ってるよ。ごめん」
オレさまが言うと、ネズはぷは、と息を継ぐ。もう瓶の半分くらいがなくなっている。口元を乱雑に拭うと、据わった目でオレさまをじろりと見下ろした。
「じゃあ次に会う時ちゃんとしたら許してやりますよ」
「ちゃんと?」
「そう。ちゃんと告白しんしゃい」
告白、と言われてオレさまはちょっとだけ腰が引ける。いやだって、今ようやく間違いなくダンデは特別だって分かったけど。でもさ、告白とかそういう段階はまだちょっと早いと思うわけだよ。だって、その先にあるのって、恋人同士のアレソレで、最終的にはそういうことだろ。ちょっとオレさま、まだその段階を想像できない。ダンデと、って言うか、他の誰であってもそこまで具体的に想像できるほど経験ないし。
「え、急じゃね?オレさま今腹決めて愛を受け入れたところなんだけど」
「お前ねえ。今まで無自覚装ってぐずぐずぐずぐず逃げ回ってた人間に任せてたらいつになるか分かんねえでしょ。腹決めたんなら男見せんしゃい」
「ええー……どうしても次じゃなきゃダメ?」
「なんでそこまで渋る必要があると?」
ネズが冷たい目でオレさまを見下ろしてくる。ビビってるって思われても仕方ないよなあ。でもさ、急すぎるんだよ。だって、
「……今日、これからなんだよ」
「は?」
「だからな、今日、これからダンデ迎えに行ってワイルドエリアに籠って配信する予定なんだよ」
今日、ダンデと飯を作る。オレさまはその前に何とか答えを見つけたかっただけなんだよ。