とか言っててもダンデとは普通に合流するし、配信は始まるわけだ。オレさまはロトムに向かってキューサインを出して、手を振る。キバナ様、チャンピオン、お疲れ様でーす!
「は~い。じゃあいつもの始めまーす」
オレさまが笑顔で言うと、ダンデがちょっと唇を尖らせる。
「キバナ。もうちょっと何かあるだろ」
「だってタイトルちゃんと決めてないし」
「そうだけどな」
この配信枠を取るときは、未だに『六回目』とかで、きちんとしたタイトル設定してない。いい加減決めても良いのかなって気もするんだけど、でも良い案がないしな。募集かけたらたくさん案は貰えそうだけど、でも最終的にどうやって決めるかっていうのを打ち出すのも面倒だし。基本的に場当たり的にぐだぐだまったり料理して食べてるだけだしなあ。だから何となく、このままでやってるんだけど。
でもダンデの様子見てると、タイトルコールがあってちょっとした小粋なオープニングトークをして、みたいな感じの方が良いのかな。そうなると本格的な料理配信だ。いつぞや見せた料理番組みたいな感じ。
今日はチャンピオンなに作るの? 早速視聴者から良いコメントが来てくれた。
「今日はダンデくんのリハビリ回です」
「俺?」
オレさまが仁王立ちしながらダンデを指さすと、ダンデが不思議そうに首を傾げた。最近髭姿にも大分慣れてきたせいか、絶対的に可愛いって評価だったのがちょっと男前に見える時がある。いやでもそれでもまだ大分可愛い寄りだけど。だって印象的な大きな目がこんなにも魅力的にきらきら光ってる。
「そう。お前はそこでオレさまが火を使う様子をとくと見とけ」
オレさまが宣言すると、ダンデは口を曲げた。えっ今回キバナ様が作るの? 久しぶりだー。 楽しみー。
「……君に任せるのは不安なんだが」
知ってる。この料理配信の時に何回も言われたし、なんならプライベートで飯作った時にも言われた。でも、オレさまにしてみればそれがとっても不満なわけだ。
「あのな、オレさまもう成人してんの。一人前のポケモントレーナーなの。キャンプ飯くらい作れるし、お前がいないところではもうガンガン火の番やってるの。傷だって残ってないくらい軽微だったの知ってるくせにいつまで経ってもネチネチネチネチ。お前異常に過保護なんだよ。分かる?」
オレさまは言いながら、右手を差し出す。ダンデの処置が早かったおかげで、医者もビビるほど綺麗さっぱり治ってる。ヌメルゴンが進化前にうっかりひっつきに来た時の痕の方がよっぽど執念深く残ってるって言うのに、ダンデはそういう理屈じゃ動いてくれないんだよな。
「配信中に、俺の、目の前で、不注意で火傷した人間に言われてもな」
一言一言厭味ったらしく区切られて、オレさまは耳を塞いだ。ロトムがオレさまとダンデの様子をじっくりと映し出しながら、修羅場じゃん……。 と呟いた。喧嘩しないでー(泣) キバナ様、どうどう。 チャンピオンも落ち着いて。 いや、喧嘩とかじゃないから平気だぜ。このくらいなら皆の言うところのじゃれあいの延長だよ。
「あーはいはいはいはい。ま、ダンデがいつまで経ってもこの調子だから今日はオレさまが飯作ります。で、大丈夫だって分からせるからな」
「へえ。それは楽しみだな」
思いっきり棒読みだし全然楽しみって顔じゃない。何で俺の言うことが聞けないんだって今にでも言いそうな、頑固な父親みたいな気難しい顔だ。心配してくれるのは嬉しいんけど、でももうちょっとこのキバナ様の実力と実績を信頼してほしいんだよな。その恩恵に一番あやかってるのは、他でもないダンデなんだけど。
「おい顔。楽しみならもうちょっとあるだろ」
オレさまが額を突くと、ようやくダンデはちょっと表情を緩めた。
「……何を作るんだ?」
「お前が食いたいもんで良いよ」
オレさまが胸を張ると、ダンデは少し考え込むような素振りをしてから、オレさまに向き合った。おっ決まった? なにかなー。 コメントもダンデが何を言うかに注目して浮足立っている。
「じゃあカレー」
か、カレー。 えっ? それで良いの?
「いやいやいや。カレーに飽きたからこの配信では他のもの作ろうって話だったじゃん」
「いきなり言われても思い付かないし、君のカレー、最近全然食べてないぞ」
「……そうだっけ」
「そうだぜ」
自信満々に言われて、オレさまは少し考えてみる。そう言えば、ダンデがいる時はダンデに任せっきりで自分でカレーを作った覚えがない。最後に作ったのは、多分去年のジムチャレンジの時だろう。つまり丸一年、オレさまはダンデにキャンプカレーを振舞っていないことになる。
「じゃあ作るけど。トッピングと味付けは?」
「何もなしで」
「それで美味く作れって?難易度たっか。良いけどさあ」
オレさまがぶつぶつ言いながらも了承すると、ダンデは嬉しそうに笑った。キバナ様作ってくれるって。 ダンデ、良かったね。
「えーっと、じゃあ作るけど。きのみの分量は一応非公開でいくな」
なんでえ? 何を入れるかで性格がある程度割れるからじゃない? いや、そこまでガチな奴この配信見てないでしょ。 え、きのみの効果ってカレーにしても生きてんの? いやーどうだろ。 きのみの効果ってカレーにするとどれくらい残るもんなの? カレーに詳しい識者いるー? コメントがカレー議論を始めてしまった。いや、そういう心配じゃなくって普通に普通のカレー作るからなんだよな。マホミル級くらいになるかも知れないから予防線張ってるだけだ。言わないけど。ここまで来るとそんな理由言うのもカッコ悪いから言えないけど。
「まあ皆お馴染みだろうから手順の解説とか要らないだろうけど。きのみ切るぜー」
とりあえず、適当にきのみの皮を剥いて、ざくざく切り始める。横からダンデがオレさまの手元を覗き込んでくる。そこに陣取られるとちょっとだけ邪魔だ。ふとした時に肘が当たりそうで怖い。
「……俺、過保護なのか」
ダンデが急にそんなことを言うので、ビックリしてしまった。
「うん、普通に過保護だよ。なに、お前。自覚なかった?」
「なかったな」
自覚なかったか。それはそれでって感じなんだけど。えー? この件に関しては別にダンデ悪くなくない? いやでもドラスト成人してるんだから過保護っちゃ過保護。 どっちもどっち。 お互いに甘やかしすぎだよ。 黙ってカレー食ってろ。 コメントでも真っ二つ。どころか第三、第四勢力も出てきてもう混沌としているな。これ以上は藪蛇ってやつだ。やめやめ。深追いして拗れても馬鹿馬鹿しい。切ったきのみを鍋にどんどん入れていって、コータスに頼んでかえんほうしゃで火を熾してもらう。米はレトルトで良いか。
「あっそう。じゃあ自覚して改めてくれ」
「君次第じゃないかそれは」
「え~。さっき言ったこと繰り返さなきゃダメ?」
「そういうことじゃなくてだな。あー、どうしようか」
ダンデが天を仰ぐ。言っちゃえば? いけいけ! とかロトムが煽ってくるけど、何なんだ。これ、何かオレさまサプライズ仕込まれてる感じ?でも誕生日とかでもないし、サプライズ仕込まれるようなことあったか?
「なになに?」
「いややっぱり良い。配信終わってからにする」
ええー? まあそうだよな。 後で二人でゆっくり話し合いなよ。 とか来るんだけど、いや本当に何の話があるんだよ。全然話が見えないんだけど。もしかしてオレさまが料理することに関してオレさまのいないところで何か言ってた感じか?あれってオムライス(自称)を作ったときだから、かなり前だぞ。
「なんで。言いたいことあるなら今言えば良いじゃん」
「言わない。言ったら言ったで、なんで今なんだって怒るのが目に見えてるからな」
「なんだそりゃ」
オレさまの料理関連の話なら、むしろ今しかないと思うんだけど。本当に何の話するつもりなんだよ。まあそんな事をぐだぐだ言い合いながら、鍋をぐるぐる回してルーを入れて、カレーが完成間近になりつつある。この匂いを嗅ぐのも久しぶりだ。香しきルーの香り。これぞガラルの正統派キャンプって感じだ。
「……そろそろ出来るんじゃないか」
「まだ早くね?火の通り甘いんじゃねえの?」
オレさまがきのみを一つ取り上げてみると、横からダンデが首を伸ばして口を開けた。レードルを近付けるとぱくっと食いつく。
「ん。大丈夫だ」
口の端のカレーを拭いながらダンデがにかっと笑う。今の笑顔、完全にコマーシャルで見るやつだったぞ。あんまりにも完璧で一瞬テレビの枠が見えた気がした。ロトムも正面からばっちり撮れたみたいで、即座にコメントが沸く。チャンピオンスマイル頂きました! ありがとうございます! ありがとうございます!
「じゃあ完成だな。ダンデくんリクエストの、何の変哲もない普通のカレーでーす」
皿に米をよそって、カレーを注ぐ。料理配信だって言うのに、本当に特に何にも言うことがなかった。だってキャンプカレーだし。皆知ってるし、料理配信やる前から作業の様子は見せてきたしな。料理する奴はもう大体の手順も頭に入ってるだろうから、本当に何かを言うのも今更って感じだ。
「いただきます」
ダンデがスプーンを取り上げて一口食べる。オレさまも一口。辛味も甘味も酸味もバランスよく配合されていて食べやすい。食べやすいけど、オレさまとしてはもうちょっと角のあるって言うか、個性が分かる味の方が好きだな。これは……リザードン級いったか?どうだろう、ダイオウドウ級くらいの気がするな。自分で作ってるから点数が辛くなってる気がする。でも確実に言える。久しぶりで腕が鈍ってるな。また時々カレー作って勘を戻さなきゃな。
「……どう?」
ダンデが無言で食べ続けるから不安になってつい自分から感想を求めてしまった。ダンデはハッとした顔をして、それからちょっと照れた顔をした。
「美味いぜ。夢中で食べてたな、悪い」
「そんなに?」
「君のカレーは本当に美味いよ。俺も何度も教わってるのに、微妙に出来上がると違うんだ」
「材料の切り方から入れるタイミングまで、全部同じにしてみなよ。そしたらそっくりになるから」
ダンデは話の合間合間にもスプーンを止めることをせず、せっせとかきこんでいく。そんなに慌てなくったって大丈夫なのにな。微笑ましく見守っていたらあっという間に皿が空になった。チャンピオン、また早食いしてる。 と突っ込まれて、にっこり笑った。
「今日はおかわりするから良いんだ!」
元気に宣言して、いそいそと皿に二杯目を盛りつけ始める。そして一口食べて、ほう、と大きく息を吐いた。幸せそうな顔だ。オレさまも、ダンデの飯食ってるときこんな顔してたのかな。それちょっと恥ずかしいな。
「やっぱり、俺はキバナのカレーが一番好きだな」
ダンデが屈託なく笑うから、オレさまはもっと恥ずかしくなる。でも、そろそろ腹括って男見せないといけないんだよな。ネズに言われてるし。タイミングも何もあったもんじゃないとは思うんだけど。でもまあ、配信はここまでかな。
「どーも。でさあ、オレさまもダンデに言いたいことがあるんだけど」
ロトムに目配せする。ロトムは心得たと言わんばかりにけたけたと高く笑った。そしてピーっと高く鳴くと、小刻みに震えだす。そして、オレさまを励ますみたいに特大のウィンクをくれた。流石はオレさまのロトム。
「何かあったか?」
流石にダンデもオレさまとロトムの一連のやりとりを訝しんでいるんだろう。スプーンが止まって小首を傾げる。きょとんとした顔が可愛い。こういう表情してると、ダンデって無垢な奴だなって思う。バトル以外のことを追いかけない、一途で健気で一生懸命な奴。それもダンデの美点だけど、それでもオレさまはそれだけのダンデじゃ足りないんだよ。オレさま欲張りだから。もっと色んなダンデが見たいし、ダンデの意外な一面を引き出してやりたいって思うわけだ。皆は想像もしなかったような新しいダンデを、他でもないオレさまの手で。
「好きだぜ」
「は、」
「オレさまな、ダンデのことが好きなんだよ」
だからこういう、理解が追いつかないって顔が見れてオレさまはちょっと嬉しいわけだ。してやったりじゃないけどさ。いつものチャンピオンらしい、余裕綽綽って顔ばっかりじゃ詰まんないもんな。もっと必死になってオレさまを見てろよって。そうしてくれたら、きっと、もっとずっとダンデのことが好きになれるぜ。