『……最後にパックのソースをかけて、完成だ!』
オレさまは今、ワイルドエリア上空を飛んでいる。ジムチャレンジに向けて皆と特訓してたらこんなに遅れてしまった。先に放送始めててくれって伝えたのはオレさまだけど、ここまで遅れる予定じゃなかったんだよ。
ロトムをパーカーのポケットに入れて、ダンデが枠を取って放送しているのを垂れ流している。風を切る音で殆ど聞こえてないけど、何作ったんだ。パックのかんづめが出てきたのは分かったんだけど、それ以上のことが途切れ途切れにしか聞こえていなくてどうもぼんやりしている。フライゴンを駆るのは気が引けるんだけど、でももう料理完成してるし急がなくちゃ。くそ、焦る!
ダンデのキャンプが見えてくる。分かりやすい、ほのおカラーのテントだ。フライゴンの背中を飛び降りて、ボールに戻す。ダンデが振り返って満面の笑みで迎えてくれた。
「悪い!遅れた!」
「いや、今できたところだ。食べるだろ?」
キバナお疲れー。 調整どう? といつもより若干気安くコメントが来る。それにはがお、と軽く威嚇しておく。そうか、オレさまのロトムで枠取ってないからフィルター掛かってないのか。忘れてた。
「はいはいキバナ『様』な。今日は手動で頼むぜ。調整は順調だ!今年のチャレンジャーたちはきちっと対策して来いよ」
言いながらダンデが差し出してきたスプーンを受け取る。ポケットの中に手を突っ込んで、手探りで流れっぱなしのロトムの電源を切る。そんなオレさまに、ダンデは笑った。
「その様子じゃ、放送もあんまり見れてないだろ。今日のメニューは……」
言いながら、目の前に皿が出される。こんもりと中央に高く盛られた米と、でんっと置かれたゆでタマゴ。申し訳程度に添えられた野菜。そして淵に並々と注がれたパックのホワイトソース。まるで白い海に浮かぶ島みたいだ。なるほどな。オレさまはダンデが作りたかったであろうものがすぐにピンときた。手でダンデが今日のメニューを言うのを制す。
「待ってくれ。オレさま今からお前が何を料理したか推理するから」
なんて? キバナどうした? 何か言い始めたぞコイツ。 と今日は言われたい放題だ。遠慮ってものがねえな。良いけど。
「うん?まあ聞こうか」
ダンデがなんとも言えない、もにょもにょした笑顔になる。あ、これか。まろやかな笑み。なるほどな。言いたいことがあるっていうのは隠してないんだけど、でも口に出して言うのは遠慮して含み笑いになってる感じ。これがまろやか。はあーって感じ。やられたら分かった。これはまろやかだ。間違いない。
いやでも今はそこに突っ込んでる暇はないんだよ。オレさまの名推理が光るからな。これはダンデに一回だけ作って好評だった、アレに違いない。
「まずな、結論から言う。たぶんロコモコみたいなものが作りたかったんだと思うんだよ」
「ろこもこ」
ダンデが半笑いで復唱する。この時点で、あ、これは違うんだなとは分かっているが、もう引き返せない。一回言っちゃったものを取り消してあーだこーだって言うのもカッコ悪いじゃん。だからオレさまはこのまま行けるところまで行く。
「とりあえず最初に目玉焼き作ろうとしたんだと思うんだよ。で、タマゴ割ろうとしてそこでキャンプセットの中にゆでタマゴしかなかったことに気付いたんだ。でもまあ同じ卵だろうって思って進めたんだよ、お前は。ゆでタマゴ剥いて、飯とソースの間に置いて、で、後は野菜が足りないってことで野菜を添えた。で、完成したのがこのロコモコだ。どうだ!?」
熱弁した。イマジナリーろくろを回して熱弁してやった。オレさまが言葉を重ねるたびにダンデはしょっぱい笑顔になるし、ロトムはロロロ……と意味深に鳴いたがそれでも引き返せない時がある。それが今だ。
「残念だけど、外れだぜ」
「マジで?」
まあ分かってたけど。草。 草。 草。 くそ笑った。 なに今の茶番。 めちゃくちゃ自信満々でしたけど。 キバナはずれー。 と野次が飛ぶ。あんまり言うと拗ねるぞ。
ダンデはまろやかに微笑みながらオレさまを正面から見る。
「俺は最初、オムライスが作りたかったんだ」
一言一言区切るみたいに、オレさまに言い聞かせるみたいな調子だった。その答えに、オレさまに戦慄が走る。
「オム……なんだって?」
「バックソースのオムライス」
パックのソースでオムライスだと。魚介系ホワイトソースでオムライス。オムライス専門店とか行ったことも興味もなさそうなダンデが、一人でその発想に行きついたのか?
才能ある。
完成形を見下ろす。でんっと乗っかった大きなゆでタマゴが、つるりと美しい肌を晒している。ホワイトソースに米にタマゴで皿の上がほぼ白だ。前からちょっと気になってたんだけど、なんでダンデまで包丁使わないんだろうな。タマゴを半分にして黄身を見せるようにするだけで、この雪景色みたいな一皿が劇的に変わると思うんだけど。
「……綺麗にタマゴ剥けたな」
「そうだな」
「オムライス?」
「オムライス」
聞き返せばはっきりと繰り返される。マジでか。この雪景色からそこには行けなかった。これはオレさまがダンデへの理解が足りなかったな。これはオレさま大敗北だ。認めよう。
「米も綺麗に炊けたな」
「それはレトルトだぜ」
言いながら、ダンデが食べ始める。オレさまも一口食べてみた。うーん、魚介のホワイトソースがもったりと米に絡まって美味い。魚介の複雑な旨味と牛乳やバターのやさしい甘味が口いっぱいに広がる。子供の頃から慣れ親しんだ味だから、凄く食べやすく感じるな。パックのかんづめはガラルじゃ大人から子供まで大好きだ。旨味と甘味が程よくって、でも魚介の臭みは全然ないしで食べやすい。常備してるご家庭だって多いだろう。
「どうだ?」
「美味いよ。パックはやっぱり外れないよな」
「だな」
味付けがパックだけだから味について言うこともあんまりないんだけどな。だって皆分かってるだろうし。気になるならご自宅の缶詰置き場から一つ取り出して米にかけてくれ。そのとき食べて感じたものが全てだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「これアレンジで色々出来そうだな。きのこパック入れたりとか、米じゃなくてパスタとか、ポテトパックにしてもいけると思うぜ。あー、モーモーチーズちょっとだけ入れたりしても良いな」
食べながら、思いついたことをぽんぽん口に乗せてみる。そうするとダンデは少し驚いた顔をして、それから笑った。
「キバナはいつもすぐアレンジとか美味しい食べ方が浮かぶからすごいな。俺はメニューを考えるだけで何日もかかるのに」
「それは……ダンデが結構シンプルに作ってくれてるからなあ。後は日ごろからやってるかどうかだろ」
だから色々提案もできるっていうのはある。例えば煮込み系のボブと魚介のパックを同時に鍋にインするようなチャレンジャーだったらオレさまには何もできることはない。両手を挙げるくらいしかやることがない。けど、違うからな。まあダンデにも一応アウトラインとかセーフラインみたいなものがあるんだろう。その線を守ってくれているので、飽きたらこういう風にしようぜ、みたいなことも気軽に言えるわけだ。なので、まあ、オレさまのしてることはロトムが垂れ流すコメントの延長みたいなものだ。
でもやっぱり、ホワイトソースとゆでタマゴの白さが眩しい皿の上がちょっと寒々しい。赤とか茶色のものをどうしても添えたくなる。いやさ、用意してくれたものに手を加えるのってどうかなと思うんだよ。思うんだけど。
「………なあ、ここにレトルトバーグ乗っけても良い?」
「別に良いぜ」
何の拘りもなくダンデがあっさり許してくれるので、遠慮なくやることにした。レトルトバーグの封を切って、米に乗っける。うん、一気に色味が増えたような気がする。まだまだ白いけど。
「…………ロコモコ」
完璧だ。目玉焼きじゃなくてゆでタマゴだけど、でもほぼほぼロコモコと言って差支えのないものが出来た。オレさまがあんまりにも諦め悪く言うので、ダンデも苦笑いしている。
「でも俺が最初に作りたかったのはオムライスなんだ」
「ええー……?そこ譲らないのはなんでだよ」
「最初にスケッチブック出したからな」
ああ、お決まりのアレ。でもだからってここまで言い張らなくても良いじゃんか。ダンデも相当諦め悪いよなあ。二人でまったり飯を食っていると、コメントもまったりとしてくる。パックのかんづめ食べたくなってきた。 あー腹減る。 久々にパック食べようかな。 俺は絶対ボブ缶至上主義なのでパックに魂は売らないんだ。 みたいな平和なコメントがぽつぽつ来る。それに応えたり応えなかったりしながら、のんびりと食事をする。特訓で結構ぎりぎりしてたから、昼食時にこうやってゆったり出来るのは有難いな。
「ご馳走さま」
「ご馳走さまでした。ダンデ、今日は食べるのゆっくりだったな」
珍しい、とオレさまが言うと、ダンデはちょっと照れくさそうな顔をして、視線をオレさまから少しだけ外した。
「君を寂しがらせてると言われたから」
その、子供っぽく聞こえるくらいストレートな言葉に不覚にもきゅんとする。顔が変に緩みそうになって、慌てて不敵に笑って見せる。だって配信中だから。そういう素の顔はさ、まあちょっと今出したくないわけだ。だってさ、オレさまの二つ名知ってるだろ?ドラゴンストームだぜ。チャンピオンにちょっと不意打ち食らったくらいで顔面ふやふやになってる姿とかさ、ちょっとその名に相応しくないんじゃないかって思うわけだよ。オレさまもイメージ商売してる部分あるから、流石にそういうのは配信しちゃまずいと思うんだ。じゃあ配信中じゃなければ素直に受け取るのかって言われたら、まあ分かんないんだけど。ケースバイケースとしか言えないけど。
「うわ、今きゅんときた。オレさま今もしかして口説かれてる?きゃー」
茶化し半分、本音半分で笑ってやると、ダンデはちょっとムスッとした顔をしてそっぽを向いた。でもさ、今のは半分ダンデの責任だと思うんだよ。そういう不用意なこと言ったのはお前なんだぞ。それを折り目正しく有耶無耶にしてやってんのに、分かってないな。
「なあ、どうなの?なあなあ」
オレさまがふざけてダンデの頬を突くと、思いっきり睨まれた。ダンデって結構表情に出るから分かりやすいよな。チャンピオンだっていうのに、こんな隙だらけで大丈夫なのかな。
執拗に突き続けていると、流石に鬱陶しそうに指を掴まれた。
「……キバナ」
「んんー?どうしたチャンピオン?」
オレさまが煽るように笑うと、ダンデはまた無言になってムスッとした顔で視線を外した。ダンデのこういうところ、普通に可愛いと思う。からかい甲斐がある。
またいちゃついてる……。 え、これ何見せられてんの? 今日はまだいけると思ってたら最後にコレだよ。 とか何とかロトムが喚いている。
キバナ様がダンデとじゃれてるの見るの好き、愛を感じる。
ロトムが高く言って、オレさまは思わずロトムの方を振り向いてしまった。今までそういうのはネタとして言われてきたけど、でもこういう方向から言われたことはなかった。ちょっとガチな感じのトーンっていうのかな。そういうコメント。だから、なんていうのか、オレさまも誤魔化されるわけにはいかなくなった。愛?これって愛か?
……愛って、どの愛?
◆◇◆
ロトムは少々困惑していた。久しぶりに配信の手伝いをしたのだが、何やら知らないうちに主人とライバルの関係はかなり変化していたらしい。配信中も主人はずっとライバルの話をしていたし、コメントもそれに大盛り上がりだった。中には熱烈な激励もあった。ロトムの知らない二人の話も飛び出した。それに妙に疎外感を覚えたりもした。しかし、今ほど強烈な疎外感ではなかった。
「キバナ」
料理配信を終えるなり、主人———ダンデは片付けもそこそこに、キバナの方へと歩み寄った。その表情は硬く、何やら緊張しているのが見える。珍しいこともあるものだ、とロトムは思う。メディアの取材でもお偉方との会談でも、ダンデがここまで緊張も露わにしていることはなくなっていた。一体どんな重要な話し合いを今からするつもりなのだろう。
「んん?どうした?」
キバナが机を片付ける手を止めて振り向く。振り向いたその表情は明るいものだったが、ダンデの緊張しきった顔を見て表情が一転した。少し心配そうにダンデの顔を覗き込み、様子を伺っている。
「え、マジでどうしたんだよ?何かあったか?」
キバナが問いかけると、ダンデはますます表情を硬くした。見ているロトムも少し心配になってくる。しばらく所在無げに指を弄んでいたダンデは、やがて意を決したように大きく息を吸い込んでキバナを見据えた。
「その……前に、俺に甘えて欲しいって言ってただろう。だから、俺なりに甘え方をな、考えてきたんだ」
「うん」
キバナが促すと、ダンデは素早く視線をさ迷わせた。そして生唾を飲み込むと、軽く頬を張る。そしてふん、と息を吐き出すと軽い助走をつけていきなりキバナの胸にタックルをかました。紛れもなくタックルだった。何の前触れもなくタックルされたキバナは慌てて受け止ようとしたが、ダンデの勢いがありすぎた。ロトムが悲鳴を上げる間もなく、二人揃って仲良く地面に倒れていく。衝突時にぐぇ、と変な声が聞こえた。ロトムはその光景を唖然と見守るしかなかった。
今、何が起きたのだろう。と言うよりも、ダンデは何をしたかったのだろう。傍から見ていた限り、完全に倒しに行っていた。いやでもそんなことをするはずがない。そんなことをする理由がない。理由もなく主人がキバナを攻撃しにいったなど、ありえない話だ。だがしかし、あの勢いと気迫は完全にたいあたりとすてみタックルの中間くらいの威力でキバナの胸に飛び込んでいっていた。いやそれでも違うと思いたい。結果として二人とも地面に座り込むことになっているが、それでも何か他の意図があったと信じたい。ロトムは主人の善性を疑ったことなどないが、少々アレなところがあると認知している。今回も主人のアレが発動しただけなのだと信じている。アレを具体的に言葉にする予定はない。どう頑張っても罵倒すれすれになる。
「すまない!大丈夫か?」
ダンデは素早くキバナの上から退くと、キバナの体を気遣った。キバナはそれに少し困ったような笑顔で応える。
「ん、大丈夫だけど。え、なにこれ?」
ダンデはしゅんと肩を落とした。一応、失敗した自覚はあるらしい。しかしそれでロトムはまた困惑する。一体なにがどうなったら配信直後にタックルしにいく間柄になるのだ。キバナもキバナで普通に怒るでもなく受け流している。二人になにがあったのだ。後でキバナのロトムと記憶を同期させて情報をアップデートしておいた方が良いかもしれない。
「違うんだ。キバナが望んでいる甘えって言うのは、……こういう、ことなんだろうかと思って」
今度は掌をキバナの胸の上に置き、そこからゆっくりと頭を寄せた。キバナの心音を確かめているような具合だ。そうしてから、初めてロトムはダンデのあのタックルが抱き着きに行ったのだと分かった。ロトムはその答えに唖然とした。完全に勢いと気迫を間違えている。何がどうなってそうなるのだ。不器用だとか、そういう言葉では済まされない領域だ。
キバナはダンデの行動に一瞬目を丸くして、それから柔和に笑った。
「んんー。まあこういうのも一つの形だよなあ」
呑気に言いながらダンデの頭を撫でる。何故キバナも満更でもなさそうなのだ。ロトムの内心は困惑の頂点に達していた。これは、ロトムはどう対処するのが正解なのだろう。というよりも、ここにロトムがいることを二人は覚えているのだろうか。いっそ忘れていてくれるなら良いのだが。それならそれで、ロトムも後で静かにこの記憶をクラッシュさせておくだけだ。
「勢いある甘え方だったな」
くすくす笑いながらキバナがダンデの髪を手櫛で梳いていく。ダンデは困り果てたように眉を下げ、キバナを見上げた。
「悪かったって……」
言いながらダンデは体勢を変えて、キバナと同じ方向を向いた。キバナがダンデを抱きかかえて座っているような案配になる。
何故離れない。何故そこで腰を落ち着かせる。そして二人とも何故その状況を自然に受け入れているのだ。ロトムにはもう何も分からない。二人は付き合っていないはずだ。付き合っていないはずなのに、どうしてその距離感で平然としているのだ。
「そう言えば、一人で配信すんのどうだった?枠取りから全部やったの初めてじゃないか?」
「慣れないな。すぐに話が脇道に逸れてしまうんだ。君がいないと俺は駄目だな、こう、締まりがなくなる」
ダンデの言う通り、キバナがいない配信はいつもよりデリケートな質問も多かった。主人はそれに対して否定するでもなく笑っていたが、ここで二人の裏側を見たロトムとしては、あれは主人なりのアピールだったのではないかと思えてくる。
「そんなに?ダンデの方がこういうの得意だと思ってたぜ」
「そうでもないさ。配信見てなかったんだな」
話を進めながら、キバナはダンデの髪の一部を編み込み始めた。やることがないのだろうか。
「フライゴン飛ばしながら配信視聴は流石に無理だった」
完成した編み込みを耳に挟んで後ろに流し、キバナは横顔を覗き込んだ。整えられた髭と三つ編みのコントラストがなんだか可笑しいとロトムなどは思う。しかしキバナはそう思わないようで、格好を崩して似合うな、と褒めた。それをダンデは当然のような顔で受け流す。キバナは反対の方も編み込み始めた。
「良かった。いろいろ失言も多かったし、今回のはアーカイブには上げないでおくぜ」
それにはロトムも同調してロロロと鳴いた。確かにキバナ関連の質問ではダンデは饒舌に色々と語っていた。その中にかなり際どい発言もあったのだ。あのやりとりがオリーヴ女史の目に留まったらきっとダンデは不注意を咎められるだろう。
ダンデはロトムに目配せをして、軽くウィンクをして見せた。口止めだ。ロトムもそれに応えてくるりと回ってみせる。ロトムもオリーヴ女史には世話になっている。彼女の手で色々と施されその恩恵も十分浴してきた身だが、これ以上彼女の世話になるのは御免なのだ。
ダンデとロトムがそんなやりとりをしている間、キバナはぼんやりと虚空を見つめていた。己の髪を編み込んでいたはずの手が止まっているのに気付いたダンデが、頭を上げる。
「……キバナ?どうかしたか?」
声を掛けられてハッとしたキバナが、曖昧に笑いながら編みかけの一房を解いた。そして丁寧に髪をほぐして、もう一度編み込み始める。
「ああ、なんでもない。ちょっと、考えごと」
その歯切れの悪い言い方が、ロトムにも妙に引っかかった。ダンデなどは看過できないらしく、キバナの方を振り返ろうとする。しかしキバナの方はダンデの顔を前方に直し、編み込みを再び作り始めた。思い通りにしてもらえず、ダンデの唇が尖る。
「なにか心配なことでもあるのか?」
「心配って感じじゃないんだけどな。ただ……今年の調整どうしようかなーって」
あらかさまに誤魔化した言い方だった。絶対に調整のことで悩んでいるのではない。ロトムにだって分かる。そのぞんざいな言い訳にダンデの眉がきゅっと寄った。激しく問い質そうとしたのだろう。ダンデは一度大きく口を開けたが、思い直したように一度唇を引き結んだ。そして逡巡しながらも言葉を選んでいく。
「……君がそういうならこれ以上は聞かないが。あまり抱え込まないでくれ。本気で困っているなら頼って欲しい」
「ん、ありがと。お前にそう言ってもらえたら、ガラルじゃ怖いものなしだな」
キバナは破顔一笑して、ダンデの肩をそっと押した。ダンデも素直に立ち上がる。振り向いた。ダンデの耳の両脇に挟まれた編み込みを満足げに見上げて、キバナは笑っている。それにダンデは複雑な顔で返した。
「ダンデは何でも似合うなー。可愛い可愛い」
「……俺に可愛いって面と向かって言うのは君くらいのものだぜ」
「えー、こんなに可愛いのに」
流石に想い人に可愛いと言われるのは抵抗があるのだろう。ダンデはふるふると乱雑に頭を振って、編み込みを解いた。あ、とキバナが残念そうな声を上げる。それでも若干ウェーブの残っている両サイドの髪が風に揺れる。それを見て、キバナは嬉し気に目を細めた。その表情に、ダンデの方がいきり立つ。
「っロトム!バトル配信始めるぜ!」