最近、オレさまにはちょっと悩みがある。悪戯好きのロトムが勝手にバトル配信を始めてしまうことが何度か続いたのだ。今回も、バトルも一区切りしたし昼飯にしようかって時だった。ロトムはまた勝手にスリーカウントを取って、カメラを回し始めた。そんなわけで、ダンデのお料理配信は今日もオープニングがあるのかないのか分からないぐだぐだな状態から始まった。
「そう言えば、キバナに貰った栄養学の本を読んでみたんだ」
竈を作りながらダンデが言う。カッコつけて栄養学とか言ってるけど、ティーン向けの食育の本な。食事制限だけでダイエットするな、バランスと適度な量を心掛けろ、具体的にはこうだ、みたいな、本当に基礎的なことしか書かれてないリーフレットに近いやつ。
キバナ様、チャンピオン、お疲れ様でーす。 今日も料理配信あるの? バトルと枠別にしてるのなんで? アーカイブで見直すの楽だから良いじゃん。 住み分けって大事だよ。 それな~。 ロトムが早速視聴者の声を拾い上げている。その声に少し耳を傾けながら、オレさまも机や椅子を出したりする。いやさ、前から気にはなってたんだよ。休憩時もずっと垂れ流しっぱなしもどうなのかなって。ダンデがちょっと面白いことし始めたから別で取り始めたけど、やっぱりアーカイブで遡るの楽になってるんだ。正解だったな。
「おう、偉いな」
「前回までの反省として、この本に沿って考えるなら俺の料理には野菜が少ないんだな。というか、バランスが凄く悪い」
「お、いいところに気付いた!もう一声!」
オレさまが掛け声をかけると、ダンデが胡乱な顔でオレさまの方を見た。え、なにその顔。興が殺がれたみたいな顔してるけど、オレさまそんな調子っぱずれなこと言った?ロトムがにたにた笑ってる。
「……で、前回習った主菜副菜がキーワードになるんだ。前回主菜になるものは作ったから、今回は副菜に何を合わせるかを考える」
おお、理にかなってる。つまりは前回のスパイス燻製が前編で、今回が後編。これで食事一食分が完成ってことだな。まあ、量については色々あるんだけど。
「うんうん、良いじゃんか」
「だから今回はドレッシング作りに挑戦しようと思うんだ。それを野菜パックにぶっかける。野菜はそれで摂取するようにする。それならワンプレートにも収まるし」
「そう来たか。いやまあ進歩だよ、うん!」
野菜をたくさんとれるメニューっていうから、煮込むかどうするかって思ってたんだけどそう来たか。でもこれは前回皿の隅にサラダ添えとけとか雑なこと言ったオレさまに責任がある。ダンデはなにも悪くない。
「じゃあキバナよろしく」
「うん?」
「たまには君に譲るぜ」
ダンデに何でもないような顔で言われて困惑する。え、事前に何にも聞いてないんだけど。オレさま何の用意もしてないんだけど、マジ?
「オレさま、料理禁止じゃなかった?」
「包丁と火はまだダメだぜ。その他なら、まあ俺が見てる範囲ならOKだ」
しれっと言ってるけど、ダンデはさっきからオレさまの方を全然見ない。いつもなら見られてるこっちの腰が引けるくらい真っ直ぐ人の顔見て話す奴なんだけど。それでオレさまはピンとくる。なるほどなるほど。一応は無茶振ってる自覚も後ろめたさも感じてるわけだな。で、そんなこと思うけどやっぱりオレさまを頼りたいと。ふーん。
「素直に調味に自信がないって言えよ」
「バレたか?」
「バレバレ」
オレさまが笑って軽くダンデの肩を叩くと、ダンデは照れ臭そうに笑った。そういう顔されると、言いたかった文句も消える。しょうがないなあ。
「ダンデ、あれ貸してよ。いつものスケッチブック」
「ああ。いいぜ」
ダンデが手渡してきたスケッチブックに、常備しているサインペンで『キャンプで作れる!お手軽ドレッシング』と書き殴る。それをドンと勢いよくロトムに向けて、オレさまは片手でポーズを取る。がおー。
「というわけで、今日はオレさまが行き当たりばったりにドレッシング作るぜ!皆は真似するなよ!」
真似しちゃダメなの? 草。 キバナ様のお手製ドレッシング再現したいのにー。いやだって味とか全然保証できないし。まあ、変なものは作らないつもりだけど、でも美味いかどうかは別問題って言うか。
「えーっと、今日使うのは野菜パックと、油と塩コショウと。……どうしような。ウブの実で行くか。うーん、あとはシュカの実もあれば欲しいかな」
オレさまが考えながら材料を言うと、ダンデがさくさく荷物から材料を取り出してくれる。シュカの実みたいな珍しいきのみだって、ダンデの荷物からは三秒出てくるんだから凄いよな。ダンデはシュカの実を持って、ロトムに寄るように手招きする。
「これがシュカの実だ。木に成っているものを見たことある人は少ないかもな。ガラルではげきりんの湖付近で手に入るぜ。ただ、げきりんの湖はかなり熟練のトレーナーじゃないと立ち入れないエリアだ。皆は入手のために無茶はしないでくれよ」
何も打合せしてないけどちゃんと補足事項を伝えてくれる。ダンデはアシスタントとしても優秀だな。オレさまはエプロンを身に着け始める。
「シュカの実じゃなくてもご家庭にナッツがあるならそれ使ってくれ。まあ、ナッツ類がなくても大丈夫だとは思うしな」
ロトムがオレさまを正面に捉える。よし、それじゃあやるかな。マグを一つ用意して、そこに油を少量入れる。
「まず、油を適当な容器に入れます。次にウブの実の皮を剝いて、汁を適当に絞り入れる」
ウブの実の分厚い皮を剥いていく。皮が分厚くても柔らかいから手だけでも十分調理可能だ。まあ、水分が多いから結構手がべとべとになるんだけど。今日のウブの実は特にジューシーな類だったらしく、剝いてるうちに肘の方まで果汁が垂れてくる。うーん、ロトムに見せながらと思うと、手を下ろして作業するわけにもいかないしなあ。
「ウブの実は柔らかいから、刃物がなくても調理できるところが良いよなー。あ、分量は勘でやってるから詳しいことは聞かないでくれよ」
とりあえずべとべとの手のままマグの上で果肉を握りしめるようにして絞る。これキバナ様じゃないと無理でしょ。 と言われて、ああ、そうか皆の手ってそんなに大きくないんだったかと思い至る。果汁がべとべとして気持ち悪いな、と思わず無意識に右の手を舐めようとしてしまった。おっと危ない。配信中だ。
「ホントは、皮とか刻み入れたいんだけど」
オレさまがダンデの方をちらりと見ると、ダンデはにっこりと笑いながら小首を傾げた。
「駄目だぜ」
「はい、駄目だって。まあ包丁縛りしてるのはオレさまだけだし、皆は素直に包丁とか使って対応しようぜ」
オレさまががっくり項垂れるとまた、草。 と単発コメントが入る。前回からめっちゃ草生やされてるな。
「お酢があるなら素直にお酢使ってドレッシング作った方が良いんだぜ。で、その時はウブの実は香り付け程度にほんの少しにしてもらえれば。でも今回はお酢がないのでその分の酸味をプラスするためにも全力で絞る」
ぎゅっと音がしそうなくらい絞る。これ以上は出ませんってくらいに絞る。マグの口が小さいので机を果汁で汚してしまうけれども構わない。全力で絞る。それが終わったら手と腕を拭いて、塩胡椒に持ち替える。
「それから塩胡椒して混ぜる。で、ここで一回味を見ておくかな。ダンデー」
カレースプーンで大雑把にかき混ぜながらダンデを招く。ダンデは心得たと言わんばかりにぱかりと口を大きく開けた。口も歯も大きいからか、ラスターカノン打つ前のジュラルドン思い出す。オレさまはそこにドレッシングを少々乗せたスプーンを突っ込んだ。ダンデはゆっくり口を閉じる。それに合わせてオレさまもスプーンを引き抜いた。
「ん。さっぱりしてて甘いな。シンプルで、何にでも合いそうだ」
「それって単調ってことだな?」
オレさまが笑って揚げ足を取ってやると、ダンデは困った顔をした。こういう時、ダンデを揶揄うのがやめられないんだよな。この困った顔っていうのがレアでさ、見たくなっちゃうんだよ。
「……ノーコメントで頼むぜ」
オレさまも一口食べてみる。確かにちょっと単調だ。ウブの実の香りがサッと通り過ぎて行って爽やかではあるけど、でもそれだけ。ドレッシングって言うならもうちょっと癖っていうか、特徴が欲しい。
「じゃあ今からシュカの実入れる。そしたらちょっと変わるぜ」
あの、今スプーン共有しませんでしたか。 え、そういうの気にしない人たち? いやもう今更だろ。 落ち着け。 慣れろ、考えるんじゃない。 考えるなとか絶対無理だよぉ! ロトムがオレさまとダンデの周りをぶんぶん飛び回りながらコメントを垂れ流す。なんかコメントが大変なことになってるな。皆大丈夫か。そんな変なことしてないと思うんだけど。いやだって、いちいちスプーン取り替えたりするか?
「はーい、じゃあシュカの実を砕きます。ビニール袋に入れて、手頃な石で砕いていけば良いからな。そんなに細かくしなくても大丈夫だぜ」
オレさまは荷物を漁って余ってるビニール袋を物色し始める。食器とスプーンがそれぞれ分けられている。これまとめちゃえば良いか。で、ビニール袋の余りを一つ作る。それにシュカの実を入れて、口をしっかりと縛る。腰くらいの高さの岩の上に置いた。さて、次は手頃な石だな。
「ビニール袋が手元にない場合はどうするんだ?」
オレさまが打ち付ける用の石を探しているときに、ダンデがそんなことを言い出した。そんなこと考えてなかったな。旅をしてれば何で持ってるのかよく分からないビニール袋が荷物の底から出てくることは多いと思うんだけど、確かにそういうこともあるだろう。どうしようか。
「……覚悟を決めてサイコカッターかな。あ、適当な皿とかで蓋はしてくれよ。固形物は飛ぶと危ないからな」
お、この石良いな。オレさまの手にジャストフィットだ。掌にすっぽり収まるサイズの石を拾い上げて調理台に戻る。覚悟とか草。 とロトムが笑い声を上げた。
「覚悟は別にいらなくないか?」
「個人的な価値観はそれぞれだろ」
大きく振りかぶって、叩きつける。ガツンと大きな音がして、確かな手ごたえを感じた。よしよし。なかなか上手いこと砕けたな。
「……原始的な光景だな」
オレさまが何度も石を打ち付けるのを数歩下がって見て、ダンデが苦笑いしている。でもさ、サイコカッターとどっちがマシかって話だよ。オレさまは五十歩百歩だと思うんだけど。
「アドリブでここまでやってるオレさまの機転を褒めろよ」
オレさまが軽口を言うと、ダンデは笑い声を上げた。
「そうだな!キバナはいつだって何にでも全力で、そういうところ好きだぜ」
「おー、ありがと。オレさまもダンデの探求心と向上心は凄いって思ってるぜ」
褒めあいながら、打ち付けること数回。シュカの実も大体砕けてきたから次の段階だ。いつもより高めの位置に鍋をセットして、その中にシュカの実を入れる。そしてボールを取り出す。そしてダンデの方に向き合った。
「確認だけど。ほのおポケモンに手伝ってもらうのもナシなんて言わないよな?」
「……方法によるが、君が火に近付かないならセーフってことにしよう」
よし、言質取った。オレさまはにんまりして、ボールを高々と放る。
「コータス、頼んだ!」
ボールから出てきたコータスは、なぜ自分だけ呼ばれたのか分からずに不思議そうに首を傾げた。特性のおかげで日差しが一気に強くなる。なんでコータス? バクガメスじゃないんだ? との声が上がる。火力の調整はバクガメスよりコータスの方が得意だからな。オレさまはポケットの中から石炭をひとつ取り出すと、コータスに与えた。
「ちょっとあの鍋を温めて欲しいんだ。出来るか?」
オレさまが鍋を指さすと、コータスは了解したと言うようにこぉと鳴いた。コータスはのそのそと鍋の下に歩いていくと、寝る時みたいに足を畳んだ。そして大きく一つ息を吸うと、いきみ始める。甲羅の熱を上げているのだ。鍋も少しずつ熱くなっているようだ。あんまり強い火力は期待できないけど、軽く少量のシュカの実をローストするくらいは大丈夫のはずだ。
「これなら火も使ってないし、鍋に近寄っても良いだろ?」
「ああ。コータスの熱をこんな風に使うなんて、思いつかなかったな。流石キバナだ!」
ダンデもオレさまの機転に感心しきりって感じだな。よし。オレさまは上機嫌で鍋の傍に陣取ってシュカの実を炒る。
「こうやって炒って、香りを立たせるんだ。熱したシュカの匂いって食欲そそるよな」
言っているうちにもう香りが立ってきた。まあ、ほんの少しだしな。スプーンで鍋の底のシュカの実を拾い上げる。
「これをさっき作ったドレッシングに入れて混ぜる。あとは野菜パックを皿に盛りつけて……」
いつものカレー皿に色気もなく野菜パックを取り分けて、ドレッシングをかける。うーん、本当に前回作ったしっぽのくんせいのスパイス仕込みが欲しくなるな。あれを薄切りにして乗せたらもっと美味しそうに見えたと思う。
「ドレッシングをかけたら、完成だ!」
じゃーんとロトムがSEを入れてくれた。ありがとうな。鍋の下からのっそりと出てきたコータスを招き寄せて、ロトムに向かってポーズを決める。本日二度目のがおー。ロトムから、おおー。 シンプルなサラダだ。 キバナ様頑張ったね。 などと声がかかる。本当にな。打合せなしで振られた時は若干変な汗かいたぜ。
「それじゃあ早速。いただきますだ!」
ダンデが勢いよくサラダをスプーンですくって一口食べる。どうかな。変な味ではないと思うけど、何せ計量カップも何もなしで作ってるからちょっとドキドキだ。ウブの実が強かったり弱かったりしなきゃ良いけど。
ダンデは何度かもぐもぐと口を動かして、それからパッと笑った。
「美味い!すごいな、シュカの実を入れただけで劇的に味が変わったぜ。こう、アクセントが付いたって言うのか?」
「だろー。ドレッシング作るときはオレさま結構シュカの実入れるんだよ」
ダンデがにこにこしながらぱくぱくサラダを食べるので、オレさまもホッとする。良かった。とりあえずは美味く出来たみたいだ。オレさまも食べてみる。うん。ウブの実の爽やかな香りとシュカの実の香ばしい匂いが良いかんじだ。酸味と甘味のバランスも悪くない。まあ、アドリブで作ったにしては出来が良い。及第点ってところ。けど、ちゃんといろいろ揃えたらもっとやりようがあったのにな、とも思う。せっかくダンデに食わせてやるんだから、もうちょっと手の込んだもの作りたかったな。絞る以外の工程は全部真似できそう! とロトムが叫ぶ。オレさまはそれにちょっと苦笑いした。
「普通に包丁とか使って小さくしてから絞ってくれれば良いからな。絞り器あるならそれ使っても良いし。まあその辺は各々で工夫してくれよ」
はーい。 と良い子のお返事が返ってきて、思わず笑ってしまう。そして、キバナ様ご機嫌だねー。 ドラストはダンデが美味そうに飯食ってると大概機嫌良いぞ。 とロトムに指摘される。そうか?オレさまがダンデの料理食べてる時だって、嬉しそうにしてると思うんだけど。作るのも好きだけど、作ってもらえるっていうのはまた違う嬉しさあるし。まあ、キャンプでダンデに飯作ったのが久しぶりだからそう見えるってだけじゃないか?
「これ本当に美味いな。また今度作ってくれ」
「そんなに?」
随分とお気に召したようで、ダンデは皿いっぱいのサラダをぺろっと平らげた。相変わらず食べるスピードが可笑しい。ダンデ、もう食べたの? 早くない? もっとゆっくり食事しようよー。 おう、言ってやれ言ってやれ。言わなきゃダンデには全然伝わらないからな。
一人で食べてるとキバナ様ちょっと寂しそうだよ、少しくらい合わせてあげてよ。
え、オレさま?急に振られて、瞬きで返してしまった。いやだって、こんなところでオレさまが引き合いに出されるとは思ってなかったし。しかも寂しそうって。え?
「ああ、悪い。キバナといるとつい気が緩むな……。気を悪くしないでくれ」
「いや、良いけど。全然気にしてないけど」
これはちょっとだけ嘘吐いた。合わせてくれるなら嬉しいし、焦って詰め込む必要もなくなるからな。有難いけど。けど、でもなんかこう、一方的に気を使わせながら食事するのもさ、ちょっと嫌だなって思うし。その辺のバランスだよな。難しいんだよ。遠慮するなってこの間言われたけど、お互い様って思うし。
まあ、これもこの後の反省会で話し合うかな。いい加減、反省会じゃなくて普通に食後の休憩がしてみたいよ、オレさまは。
◆◇◆
ロトムは大欠伸をしながら宙を漂っていた。ワンパチもガーディも喰わない類の言い合いを二人が始めてどれくらい経ったのだろう。すっかり片付けも終わって、後はバトル配信を再開するだけなのだ。じりじり減り始めるバッテリー量を感じながら、スマホロトムはただ見守ることしかできない。最近怒られ通しなので、一応これでも気を使って自粛しているのだ。なので、キバナに投げ渡された充電器を吸いながら、ロトムは高見の見物と洒落こんでいる。物理的な高見である。
「キバナはもっと、俺に色んなことを言うべきだと思う」
「言ってるじゃん、大概のことはさあ」
「その大概から漏れた方が大切なんだ。分かるだろ?」
わかるよ、わかるけどさあ、とキバナが悲鳴じみた声を上げた。ダンデはそれまで淡々とした真顔で通していたものの、キバナが焦れたところを見計らって顔を軽く伏せた。長い髪が表情を隠す。ようやく話に進展が見えてきた。ここからが見どころになるだろう。どっこいせ、とロトムは体を起こす。完全に日曜夜のドラマ劇場でも見ている体勢だ。
「君は変なところで勝手に大人になってしまって……。俺はちょっと、寂しいんだぜ」
「変なところって……」
言いながら、ダンデはわざとらしく鼻を啜った。それにキバナが若干慌てたように手をうろうろとさ迷わせた。ロトムからしてみれば、ダンデのリアクションはいつもの演技だな、と冷静に思うのだがキバナはそうではないらしい。単純だ。それでいてお目出たい。いい加減ダンデのこの猫かぶりに近い演技は見破って欲しいものだが、まあ惚れた欲目だとかそういう類のものだろう。十中八九好きで引っかかっているのだから、ロトムには救いようがないのだ。黙して金。口を出してもサダイジャが藪から出てきて終わるだけだ。それなら好きなだけ踊らされておけば良いと思う。
「俺に変に気を使ったり、言わない言葉が増えたり。そういうところだ」
髪の隙間から、ダンデがじとりとキバナを見据える。ロトムもちょっとピュッと声が出るような大迫力のじっとりと陰気な目だ。キバナはそれにたじたじになりながら、視線を泳がせる。まあ確かに、と付き合いの長いロトムは思う。無遠慮だった少年時代を共にして、それからキバナは徐々に付き合い方を変えてきた節がある。チャンピオンとジムリーダーという社会的な立場から来るものだろうかと思っていたのだが、お互いに他にも色々と思うところはあったのだろう。それが今、こういう形で噴出しているのだ。さあ、これに対してキバナの回答やいかに。ロトムはすっかり観客気分だ。欲を言えばきのみの一つもつまみながら見ていたいが、流石に怒られるだろう。そのくらいの自重はロトムにも出来る。
キバナは何かを探すように素早く視線をさ迷わせて、そして諦めたように長く息を吐いた。そして俯き気味のダンデの足元に跪くと、両手を握った。そして一度、大きな咳払いをすると、少しずつぽつりぽつりと語りかけ始めた。
「……あのさ、お前はずっとオレさまが変に気を使ってるって言うけど、違うんだよ。気を使ってるんじゃなくて……。なんて言ったらいいんだろうな、オレさま、ダンデを誰よりも甘やかしたいだけなんだよ」
「甘やかす?」
ダンデが首を傾げて繰り返した。
「そう。ダンデがいつでも頑張っているのを知ってるからさ、だからオレさまとびきり甘やかしてやりたいんだよ。誰よりもオレさまを頼って欲しいし、甘えて欲しい」
甘やかしたい、という言葉にダンデはあまりピンとこなかったのだろう。ロトムには思い当たるところがいくつか思い浮かんだが、ダンデは不思議そうに瞬きを繰り返した。
「……うん?」
「だから……言わない言葉があるって言うのは否定しないよ。でも、今じゃないってだけなんだ。ちゃんと言うべき時が来たら言うぜ、オレさま。でもその時はさ、お前がオレさまに誰よりも、そんでもって無条件に甘えられるようになってからなんだ。それまでは暫くおあずけしてんの」
全くダンデには通じていないことに苦笑しながらも、キバナは話し続けた。ロトムはそのキバナの顔を見ながら溜息を吐きたくなる。その表情を見れば、キバナがダンデのことをどう思っているかなんて言葉にしなくてもわかる。ポケモンのロトムでさえそう思うのだ。人間のダンデには筒抜けだろう。
「……俺だってキバナに甘えて欲しいんだぜ」
先程よりかは幾分か柔らかい表情で、ダンデはそれだけ言った。それにキバナは朗らかに笑う。
「そうなのか?」
「そうだぜ」
ダンデが真剣な顔で頷く。それに対してキバナの方も不思議そうに首を傾げた。
「オレさま、結構甘えてるつもりだったけどな」
その返答にロトムもダンデもぎょっと目を剥いた。甘えている?キバナが、ダンデに?そんな風には全然見えない。寧ろダンデを猫かわいがりするのに夢中で、ダンデが何とか接触しようとするたびに受け流していたのはキバナの方だ。
「全然!甘えてない!」
ダンデが思わず吠えるのに、ロトムも同調してピューピュー鳴いた。これはダンデは悪くないと言ってやると、キバナは楽し気に目を細めた。
「そうかあ?まあ良いじゃん。」
また水掛け論の堂々巡りになりそうだと察知して、キバナはこの話題を切り上げて立ち上がった。ダンデは言い足りないらしく、不満そうに唇を嚙んでいる。それを咎めるようにキバナがダンデの唇に触れた。奇妙な沈黙が落ちる。これはもしかすると、とロトムが固唾を飲んで見守る。いよいよだろうか。
「……なあ、バトルする?」
とびっきり甘い声音だった。それにダンデはぱっと顔を輝かせる。
「もちろんだ!ロトム!」