さん、に、いち……。待つのに焦れたロトムが勝手にカウントダウンし始め、配信が始まる。いや、まだ事前の食育講座が微妙に終わってないんだけど。チャンピオン、キバナ様、配信お疲れ様でーす。 とロトムが明るく鳴いた。それに慌てて笑顔で手を振って応える。
「ごめんな、今取り込み中なんだよ。ちょっとだけ待っててくれ」
取り込み中(意味深)。 なるほど待機してます。 あの、初っ端から距離近くありませんか? などとロトムが言う。いやだって、オレさまもメモ見ながらレクチャーしてる途中だし。図もあるからダンデに見せながら説明したほうが早いんだよ。え、キバナ様がダンデを抱きかかえてるとか何事……? とロトムが何故かボリュームを上げながら読み上げる。何事でも何でもないけど。だって逆からメモ見ると変な感じするだろ。だからだよ。
ちょっとお互い忙しくて、結局レクチャーが今日までお預けになっちゃってたんだよな。うーん、こういう事前準備を見せるのはちょっとカッコ悪いかもとは思うんだけど、まとめに入ったしもうちょっとだけ続けよう。
「主菜副菜」
オレさまのメモを見ながらダンデが復唱する。グッボーイ。よくできました。頭を撫でたら多分嫌な顔したんだろうな。ロトムがけたけた笑った。ダンデ不満そうで草。とわざとらしく高く叫ぶ。いや褒めてるじゃんか。何も悪いことしてないじゃん。何が不満なんだよ。
「オレさまもカブさんからの聞きかじりだけど。分かったか?」
カブさん曰く、あっちの方はスクールに通い始めた頃から食育が盛んで、基本的な栄養バランスだとかは本職がトレーナーの人じゃなくても誰でも知ってるそうだ。ガラルとはその辺が違うな。一般的に食事で気を付けることって言ったら、ファストフードの食べ過ぎは良くないぞ、肉も野菜も食べよう、くらいしかないと思う。バランスがどうとか緑黄色野菜はどういう働きのある栄養が多くて云々までいかない。オレさまだって食事に関してのあれこれはスクールじゃなくってジムで習った。ナックルジムに入った頃に、トレーナーは体が資本!ってことで栄養士がついて、色々レクチャーしてもらったもんなあ。懐かしい。ダンデもその辺は同じはずだけど、こいつの場合全然話聞いてなかったなって言うのがよく分かる。多分普段の食事だって栄養士さんとかに投げっぱなしなんだろう。嘆かわしい。チャンピオンだって体が資本だっていうのに、なんでそこ蔑ろにするかな。やってもらえてるからだろうけど。
「前回のトロピカルジュースは副菜の類になるのか?」
「うーん、どうなんだろ……。副菜だと思うぜ」
「でもキャンプだとこんなに細々用意は出来ないぜ?」
カブさんが書いてくれた絵を指しながらダンデが言う。米と、スープと、メインディッシュに小皿にサブメニューが二品。一汁三菜と言うらしい。絵の右上には走り書きで塩分注意!と書かれて、大きく丸が付けられている。カブさんの絵がヘタウマ系でちょっと可愛い。ほっこりする。
「そういう時はワンプレートに収める範囲で準備すれば良いんだよ。肉の横にサラダ置いたりしてさ。ちょっと意識するだけでも変わるもんだし」
なるほどな、と頷きながらダンデはオレさまから離れた。エプロンを取り出して、いよいよ料理をする気らしい。
「今日は準備がないからアドバイスは活かせそうにないんだが」
申し訳なさそうに言う。ダンデって本当に素直だよな。 チャンピオンだけど全然天狗にならないし、アクティブに学ぶ姿勢が好き。とロトムが言う。分かる分かる。そういう声はどんどんダンデの耳に届けてやってくれ。あ、いちゃつくのは終わりましたか。 付き合ってない……付き合ってない(発狂)!? え、なんか人が急に発狂し始めたんですけど。 なにこの人こわ。 いつものやつだ、気にするな。 はーいお薬の時間ですよー♡ まあ、横道にもすぐに逸れるんだけどな。コメントで盛り上がるとロトムが一人で漫才をしているみたいになるから賑やかで好きだな。オレさまも皆が仲良さそうで嬉しいぜ。
「ま、しょうがないだろ。焦らず次から頑張ろうぜ。で、今日のメニューは?」
「ん。視聴者の皆、待たせたな!今日はこれに挑戦するぜ!」
前回も出てきたスケッチブックをドンと出す。しっぽテールのスパイス焼き。あ、料理名から手順と味がもう大体想像できる。予想以上にシンプルな方向で来たなって感じだ。確かにしっぽのくんせいはバーベキューの大定番だけど、そうきたかーって感じ。そんで、一応火気は解禁してくれたらしい。良かった。
「しっぽのくんせいにスパイス練り込んで焼いてみるのはどうかと思うんだ。君、料理は下準備が大事だって言ってただろ」
「なるほどね」
オレさまの言ったことを忠実に実行しようという心意気が素晴らしい。それでこそ教え甲斐もあるってものだ。ダンデは机の上にしっぽのくんせい二本とスパイスセットをドンと出す。
「今日の食材だ!しっぽのくんせいはちょっと流通販路が狭くて入手が難しいから、皆は無理せず根気よく集めてくれ」
「いやあ?」
ダンデはワイルドエリア基準で言ってるけど、スーパーに入ってる肉屋でもしっぽのくんせいは普通に手に入るぜ。ちょっと割高かもしれないけど。でも出来ないこともないからな。アローラ系のスーパーや肉屋なら絶対にある。多分肉屋で注文したことないからそういう発言が出るんだろうけど。オレさまが苦笑していると、ロトムがロロロ……と意味深な視線を寄越して鳴いた。ああ、キバナ様がまろやかに微笑んでいらっしゃる。 これは言いたいことある顔だ。 ツッコめ! お前がツッコまなかったらボケっぱなしなんだぞこのチャンピオン! などと発破がかけられるが、オレさまは今アシスタントなので。余計な口は挟みません。
「まず、しっぽのくんせいにスパイスを振りかけていくぜ!」
しっぽのくんせいを切らずに丸のままスパイスを振りかけて手で揉みこんでいく。おっと。思った以上に豪快且つ愉快なことになりそうだ。オレさまもダンデに倣って黙って揉みこんでいく。結構硬い。カレーに入れるときは最初から入れてじっくりことこと煮込んでるから分かりにくいけど、しっぽのくんせいって結構しっかりした肉感だよな。スパイスだけでどれだけ柔らかくなるだろう。ちょっと不安だ。焼くなら表面に包丁を軽く入れておくとかも手だったかな。こう、格子状に。いやでもそういう小技は料理する奴の小言でしかないよな。自重しよう。ここは最後まで見守って、アドバイスを求められたらこういう方法もあったんだぜと伝えるほうが良いよな。うん。
「デカいな。食い応えありそう」
丸のままのしっぽのくんせいにスパイス揉みこむとなると、結構ガッツがいる。なにしろデカいからな。ダンデは何でもない顔してぎゅむぎゅむ揉みこんでるけど、オレさまは軽く汗かいてきた。キバナ様がんばれー。 と声援が飛んでくる。ありがとな。嬉しいけど、ダンデの方も応援してやってくれよ。必要なさそうに見えるかもだけど寂しがっちゃうだろ。
「出来上がりを楽しみにしててくれ。で、スパイスが馴染むまで少し置こう。その間に、火を熾す準備をするぜ」
ダンデは言いながら、その辺から乾いた枝を探し始める。ダンデが枝ならオレさまは竈だろうな。適当な大きさの石を丸く並べておく。しっぽのくんせいを焼くだけならそんなに大きくなくても良いだろう。オレさまの足より少し大きいくらいでサークルを作っていると、ダンデが枝を何本か持って戻ってきた。
「竈作っといたぜー」
「ああ、ありがとう。火は俺がやるからキバナは三歩下がっててくれ」
ダンデがじろっと睨んできた。あ、まだまだオレさまは火気厳禁らしい。まあ前回の反省会もそういう話だったしな。仕方ないので肩を竦めて、言われた通り竈から三歩下がった。キバナ様まだ焚火解禁されてないの? とロトムが揶揄する。いやそうなんだよ。マジでいつまでオレさま火とか包丁使えないんだろうな。そろそろキャンプ料理の勘が鈍りそうだから何とかしなくちゃいけないんだけど。
「本当はバーベキュー用の鉄の串や網があれば良いんだが、トレーナーズキャンプで出来る料理だからな。今回は拾ってきたもので代用するぜ。まず、長めの木の枝の先端をナイフなんかで削っておいてくれ。あ、ガラナツの枝みたいにしなりの強い木はオススメしないぜ。硬くて燃えにくい枝を見つけてきてくれよ」
ダンデは竈の前に陣取ると、拾ってきた枝の束から手頃な二本を選び出して皮を剝いでいく。そしてナイフで先端を削り始めた。なるほど、これを串にするのか。俄然キャンプ飯っぽい絵になってきた。いいぞ。おおー。 それっぽい。 キャンプって感じ! わくわくするー! というコメントも来てる。いいぞ!
オレさまもちょっとわくわくしてきた。ダンデはナイフを一方方向に動かしながら枝を動かして先端を削っていく。集中しているダンデの横顔は静観で、ちょっとバトルの時を彷彿とさせる。それを舐めるようにゆっくりとロトムに映させる。そうそう、キャンプで飯作るって言ったらこういう絵が欲しいよな。今日どうした。 前回のジュースは何だったんだ。 とダンデの周りを飛び回りながらロトムが読み上げる。それは今は思い出さないでやってくれ。
「出来たらしっぽのくんせいを刺して……いよいよここでほのおポケモンの出番だ!リザードン!」
ボールからリザードンが出てきて、もうコメントは大盛り上がりだ。リザードン! リザードン! やったカッコいい! リザードンだあー! のリザードンコールの嵐。スタジアムみたいな熱狂ぶりにリザードンも気をよくしてリザードンポーズをビシッと決める。さすがにファンサービスもお手の物だ。ロトムも興奮してキャーと鳴く。ガラルの奴なら人間もポケモンもリザードン好きだよな。
「今からくんせいを軽く温める。そのままでも食べれるんだが、そっちの方が柔らかくなるからな。さあリザードン、火を貸してくれ」
リザードンはばぎゅあと鳴いて、ふっと短く炎を吐いた。それだけで竈に並べられた枝に火が付く。ダンデは竈の火を適当な枝で突いてスペースを少し空けると、そこに枝に刺したしっぽのくんせいを並べた。思っていた以上に遠火だ。本当に表面を温めるくらいにしかならないな。オレさまはロトムに合図して焼けていく様子をなるべく近くで映させる。これだよこれ。オレさまたちが求めてたキャンプの飯ってこういうのなんだよ。さすがダンデだ、視聴者が求めてる需要を二回目にしてしっかり把握してきた。生粋のエンターティナーは伊達じゃない。
「ガラル産ヤドンは何もしなくても癖があるから、スパイスセットを使わずに食べるのも良いな。あの独特の癖が苦手な人は、キーの実やイアの実の絞り汁なんかで中和させると食べやすいらしいから試してくれ」
などと言いながら火を調節しているダンデは何だか凄く頼りがいがあるように見える。いや、普段が頼りがいがないとかじゃなくてだな、こう、火の番しながらこういう知識を披露するダンデとかさ、凄くないか。これはダンデの女性ファンには堪らない絵だろう。ダンデがふと火から顔を上げて、オレさまに向かって笑った。え、なにと思って竈を見ると、ロトムが涎を垂らしながら焼けていく肉を撮り続けていた。ガッテム。忘れてた。あの頼りがいのあるダンデ全然映せてなかったじゃんか。軽く炙られてる肉とダンデのアナウンスだけでも十分なんだけどさ。なにせメチャクチャ声が良いから。イヤホンで配信見返したりすると、たまに腰抜かしそうになるくらい良い声してるんだよな。
「わざわざ調べてきたのか?」
「全部君が昔教えてくれたんじゃないか。しっぽテールカレー作ってるときに」
「……そうだっけ?」
オレさまが首を傾げると、ダンデは不服そうに唇を尖らせた。そういう表情してると子供っぽくてキュートだ。童顔気にして髭生やしてるけど、結局そんなに印象変わらないよな。まあ、言うと拗ねるから言わないけど。
「他にもいろいろ教えてもらったぜ。他地方のヤドンとガラルヤドンの肉質の違いとか、調理の違いとか」
「マジかあ」
全然覚えてないな。きっとその時もこうやって生配信してて、喋ることが何もなかったからそんな事ペラペラ喋ってたんだろう。でも、そうやってオレさまが空白を埋めるくらいのことで言ったことを、ダンデはずっと覚えててくれたんだな。それがちょっと嬉しい。
そんなことをぐだぐだ話していたら、肉が焼けてきたらしい。燻製肉の香ばしさの中にスパイシーな匂いが混じってきて食欲をそそる。
「美味そうだな」
「ああ、もう良いかな」
ダンデがしっぽのくんせいを火から下ろして皿に盛る。表面がぱりっとしていていて美味そうだ。これにはダンデもにっこり笑う。
「こんがり焼けたな!これで完成だ。前回のキバナの助言で、ボリューミーなメニューを意識してみたぜ!」
「おー。前回のアドバイス活かしてるんだな」
その点はオレさまも嬉しい。ちゃんとオレさまの言ったこと取り入れてくれてるんだな。ロトムがオレさまの顔を映しながら、キバナ様嬉しそう。 とコメントを読み上げた。だってさ、こうやってオレさまが何気なく言ったことがダンデに反映されてるって凄いことじゃないか。ダンデは当たり前にやってくれてるけど、でもその当たり前にオレさまが存在してるっていうことが誇らしい。
今回はポケモン技も常識の範囲内だったし、すごく良い感じだったんじゃないかと思う。メニューもキャンプっぽいし、ほとんどの工程が真似しやすそうに見えるって点も良かった。ここまでは文句なしじゃないか?一人頭のボリュームがちょっと可笑しいけど。しっぽ丸ごと一個はあんまりにも豪快すぎやしないかとは思うけど、それはそれだ。
「それじゃあ頂こうか」
「はーい。いただきまーす」
オレさまは枝に肉を刺したまま万能ナイフで肉に挑みかかった。いやだってこれ見ろよ。ダンゴロくらいの大きさがある。食事用のナイフなんて可愛いものじゃちょっと無理だ。欲を言えば肉切り包丁とか、もっと刃渡りのあるものが欲しい。まあ、キャンプに食事用のナイフなんてお上品なものは持ってきてないんだけどな。ないものはないので枝を持ってワイルドに肉を押さえつけて、表面を削るように切る。切り落としのハムみたいな感じ。ナイフを入れたところから肉汁がとろっと出てきて、皿の淵に溜まった。うわー、美味そう。 うーん、こういうワイルドな食べ方をするのもキャンプらしいと言えばらしいのか?ロトムはそんなオレさまたちを映しながら、なかなか大変そうだな。 と呟いた。焼いてからでも切って皿に並べたら駄目なの? こら、そうやって雑に正論を言うんじゃない。真剣に肉相手に奮闘してるオレさまたちがちょっとアレな人みたいになるだろ。
スライスハムと化したしっぽのくんせいに、ナイフを刺す。もうちょっと厚めの方が味がしっかり分かったし食べやすかったかな。ロトムが寄ってきて、オレさまの皿の中を映す。おおー。 美味そう。 高く呟くのを、オレさまはにんまりして受け止めた。
ダンデは指で肉の塊を摘まみ上げて自分の指ごと食った。ワイルドすぎる。おいチャンピオン。 さっきからダンデ自由だな。 ダンデ食器使えよ。 コメントがダンデに夢中になってる間に、オレさまは一切れだけナイフで刺して口に放り込んでみた。一噛みしただけだけど、そこからかなりしっかり香りが口の中に広がっていく。まず最初に甘みを感じる。で、その甘さで頭がふわっとしてくる。これだよこれ。ヤドンのしっぽって言ったらやっぱりこの独特の甘みと多幸感なんだよな。その幸せな甘みを追いかけて咀嚼すると、ガラルヤドン特有のまろやかさな旨味とスパイスがガツンと来る。そのスパイシーさが甘みと絶妙にマッチして奇跡の味わいを生み出してる。思わず目を閉じて何度も無言で噛む。いや美味い。雑にスパイス刷り込んだだけだけど凄い美味い。噛むと肉汁がにじみ出てきて、また甘みが口のなかのスパイスと混ざり合う。噛むと肉がほろっと解けてしまうのが惜しい。でもそれがまた美味い。思わず肩から力が抜ける。ううーん、ワインが欲しい。
「……どうだろう?」
オレさまが無言だから不安になったんだろうな。ごめん。オレさまは慌てて目を開けて体勢を整える。やばいやばい、配信中だった。
「美味い。ガラルヤドンの癖があんまり気にならなくって食いやすいし、甘みをしっかり感じるし。癖はないんだけど、でもヤドンのしっぽ食べてる幸せな感じはちゃんとあるんだよ。もう、ぐわ~って来る。スパイスと一緒にぶわ~って来る」
「良かった。そんなに美味かったか?」
オレさまが一生懸命感想を言ってるのに、ダンデは笑いながら肉を切っていく。うーん、これ、オレさまの褒めてるのちゃんと受け取ってもらえてるのか?オレさま、凄い褒めてるつもりなんだけど。語彙力が足りてない気がする。くそ。足りない語彙力って何でカバーすればいいんだ?
「もう絶品。酒が欲しくなる美味さだよ。肉汁も程よくって、噛むと肉が解けるみたいになってさあ」
「それは君が薄く切るからだろ。厚くすれば結構ヤドン独特の肉質だぜ」
「え?マジで?」
試しにダンデが切り落としたくらいの厚みにしてみる。8ミリくらいかな。でもカレーの時は丸かじりだし、いけるだろ。おー、チャレンジャー。 とロトムが囃す。オレさまはそれに笑ってから口に入れた。
もう、一噛み目からもう全然違った。ぶわっと燻製とスパイスの強烈な匂いが口いっぱいに広がってから鼻に抜けていって、あんまりにも刺激的でえずきそうになった。肉感も弾力があって繊維がなかなか噛み切れない。煮込まないヤドンってこんな食感になるのか?まず噛み切れない。口の中で匂いが大暴れしていて甘みを感じるどころじゃない。ずっと口の中で噛み切れずにもっちゃもっちゃするし。え、ダンデどんなスピードでこれ飲み込んだんだ?嘘だろ?さっきの薄切りではほろっといったじゃん。なんで厚みを変えただけでこんなに違うんだ?筋とか歯に引っかかってたらどうしよう。配信中だと取れないぞ。
「な?」
いや、な、じゃない。オレさままだ飲み込めてないから話しかけないでほしい。オレさまは手で制しながら、とにかくもっちゃもっちゃ噛み続ける。顎疲れてきた。そういえば他地方ではヤドンのしっぽは『しゃぶる』ものって聞いたことがあるような気がする。これがそれか。そういうことなのか。燻製にしてもよく煮込まないと肉としては食えたものじゃないのか。キバナはまた一つ賢くなったぜ。
ロトムが寄ってきて、どう? キバナ様、美味しい? と聞いて来た。キバナ様、ちょっと涙目になってない? そんなことないと思うぜ。気のせいだろ?
「……オレさま的には、薄目に切るのがおススメだな」
何とか飲み込んで、それだけコメントしておいた。嘘は言ってない。この刺激が癖になるっていう人もいるだろうし、そういうのは否定しない。でもオレさまは次から薄切りにします。
「これ家で作ったらさ、薄切りにしてサラダとかに乗せても良さそうだな。サンドイッチの具にしたりさ、いろいろ出来そう」
「キバナが提案すると、なんでも美味そうに聞こえるな。楽しみだぜ」
ダンデが笑いながらもう一切れしっぽのくんせいを切り落とす。やっぱり8ミリ近く切ってるよな。どうやって噛んで飲み込んでるんだ。ダンデはまた指で一切れ摘まみ上げて、口に無造作に放る。指を舐めて、一噛み。二噛み。三噛みで飲み下す。嘘だろ?どんな顎してるんだよ。
え、今楽しみって言いました? キバナ様って配信以外の場所でダンデに料理作ってあげてるの? 付き合ってる!? 付き合ってないから帰れ。 いやー、いつものいつもの。今日は『お決まりのやつ』が久々に多いな。皆元気だ。肉は美味いんだけど、ダンゴロ大の燻製肉一人で淡々と食べるのしんどいな。美味いんだけど。美味いんだけど、それはそれ。物には適量があるよなあ。
「薄く切り落とすなら別に焼かなくても大丈夫だしな」
オレさまの皿の上に並べられた数枚の肉を指さす。いや、焼いて温めてもダンデの分厚さだと相当手強い食感してたよ。まあ此処では言わないけど。
ああーまたキバナ様がまろやかに微笑んでいらっしゃる。 ツッコんで良いんやで。言いたいことあるなら言ったれやドラスト。 それが本人のためだぞ。 オレさまへエールが飛んでくる。オレさまが半分くらい思ってることを言ってくれてどうもありがとう。自分でも思ってたからこそ、一理あるなって心が傾きかけるからこそオレさまは何も言わないでおくんだぜ。なぜならお前たちのドラゴンストームは賢いので。
あとさ、さっきからちょっと思ってたんだけど、まろやかに笑うって何だろう。今日はかなり独特の表現する人がいてちょっと面白いな。でもそれについてツッコむ人いないし、オレさまがそんな変な表情してるってことなのか?ちょっと後でアーカイブに上げて配信見返そう。
「じゃあ、次回はどうする?」
「そうだな……」
ダンデは考え込むように少し目を伏せた。うーん、そういう角度だとアンニュイな感じがあって良いな。スタジアムとかで意識してチャンピオン然としてるダンデとは違う一面だ。今日は絵はすごく良いのがたくさん撮れてる。新鮮なダンデがてんこもりで皆もハッピー間違いなしだ。
「キバナに教えてもらったことを少し整理したいから、今はちょっと決めれないな」
ダンデは少しオレさまの方を伺いみるような感じで、そっと視線をこちらに寄越して笑みを漏らした。そのはにかんだような言い方に、オレさまはちょっときゅんとする。なんだそれ!反則だろ!
「次は野菜をたくさん使ったメニューを考えてみるぜ」
「良い向上心だな。さすがオレさまのライバル!」
配信開始前後のレクチャー覚えててくれたんだな。そうそう、野菜と肉と主食のバランスが大切なんだよ。嬉しくて思わず大げさに褒め称えてしまう。これだけの男なのにこんなに向上心あるとか無敵だろ。オレさまダンデのライバルだから、ある意味オレさま自身がダンデの敵なのかもしれないけど。でもやっぱりダンデが人気あるのってこういうところだと思うんだよな。
ダンデは早々に食べ終えたみたいだ。チャンピオン、食べるの早いな。 ちゃんと噛んでる? と聞かれると、にっこりと笑った。
「噛んでるぜ!俺はどうも人より少し食べるのは早いみたいだな」
ダンデが視聴者と戯れ始めた。対するオレさまは切り落として食べてって繰り返しだから、どうしても食事のスピードが遅い。それでさ、オレさまあんまり自分の食事で人待たせるとか好きじゃないんだよ。ダンデや視聴者は何にも思ってないかもしれないけど、でもどうしても焦る。今すぐご馳走さましたくなる。でも残すは絶対に嫌だ。折角ダンデが作ってくれたんだし、ちゃんと味わいたい。でもそうすると待たせる。ジレンマだな。
とにかく切って口に入れる。うーん、多い。咀嚼してる間に切り落として、飲み込んだらすぐに次のを食べる。せっせせっせと食べ続けて、15分以上かけてなんとか食べ終えた。
「ご馳走さま」
「ご馳走さま。じゃあ、十分後に配信枠を取り直してバトルだな!」
ダンデがすぐに立ち上がって配信を終えようとロトムに手を伸ばす。それにオレさまは軽く口元を抑えながらジェスチャーだけで待ったをかけた。うっ。ちょっとリバースしそう。何とか堪えて、水を飲む。キバナ様どうしたの。 え、大丈夫? ダンデ! ロトムがオレさまを捉えて飛び回る。
「キバナ、どうしたんだ?」
ダンデがオレさまの顔を心配そうに覗き込んできた。うう、申し訳ない。申し訳ないんだけど、嘘は吐けない。
「ちょっと待って……。食いすぎて動けない」
「えっ⁉」
今不用意に動くと逆流しそう。無理。10分程度の休憩じゃどうにもならない。ヤバい。そりゃそうだ。とロトムが無機質に読み上げる。そして次にやってくる怒涛の草連呼。草。 草。 草。 くさささささささssssあ。 草草言われすぎててハウってるんだけど。
最後の最後でこれだよ。今回ダンデの用意した絵はかなり良かったのに、オレさまが大食漢じゃないばっかりに。くそ、不甲斐ないな。
「ごめん。腹がこなれるまでちょっと時間くれ」
はーい今日もしっかり反省会しまーす。
◇◆◇
配信後、ロトムはすぐに充電を要求した。なぜなら今日はやたらにコメントを読み上げたような気がするからだ。配信開始から消費カロリーが高い配信だった。配信を始めたのはロトムだったけれども、でも配信を始めなければ二人はいつまでも食育のメモを延々と突き回していただろう。イチャイチャしながら。
その間ロトムは一人虚しく待機だ。待機時間もスマホの充電は減る。そうなると困るのはロトムだ。ロトムは充電切れで動けなくなる。そんなの御免だ。だからサッサと配信を始めたのだが、キバナはロトムの言い分も聞かずに頭ごなしに叱り始めた。
「ロトム。さっき勝手に配信始めたな?悪い子だぞ」
それにロトムはちょっとムッとする。ぷいっとそっぽを向いて、ダンデの背後にサッと隠れた。今日のダンデはとても機嫌が良いので、まあまあとか何とか言いながら取りなしてくれた。いつもはキバナとポケモンの関係に口を出すことはないのに。キバナに抱えられての食育レクチャーが余程嬉しかったと見える。単純。いや、素直で結構。
「ダンデ。ここでビシッと言っておかないと後で困るのはオレさまなんだけど」
「分かってるさ。君の賢いロトムだって全部分かってる。そうだろう?悪いことをした自覚はあるんだよな」
ダンデがロトムを促すので、そっと半分だけ出ていく。なるべくしおらしく見えるように。ロトムは人の情に聡いので、そういう演技もするのだ。
「……本当に?」
ロトムがロロ…、と弱弱しく鳴くと、キバナはそれだけですっかり絆されたようで、溜息一つで許した。チョロい。いや、心優しい主人で何よりである。キバナのこういうところは大好きだ。なにせロトムに都合がいい。
「それで、本当に大丈夫か?動けないって相当だぞ」
キバナは先程から椅子に座ったまま動こうとしない。いつもなら腹ごなしになるからと片付けに立ち上がってる頃合いだが、今日はそういう訳にはいかないらしい。心配そうな顔をして、ダンデがキバナの腹を撫でる。この接触にノーリアクションでキバナはスルーした。それに対してどうなってるんだと問い質してやりたい。普通の男友達同士はよほど親密でなければ無許可で腹なんか触らない。それで普通の友達のつもりでいるなら異常事態だ。
「面目次第もございません」
「量が多すぎるなら遠慮なく言ってくれよ。それならそれで、俺だって調整する」
「悪かったよ」
キバナも自分の筋肉質で薄っぺらい腹を撫でる。別に出ているわけでもないのに、何を撫でまわすことがあるのだろう。そう言えば、カビゴンなどの多食なポケモンは食後によく腹を撫でまわしている気がする。そういうところに由来した無意識の行動なのだろうか。ロトムにはよく分からない。なにせ、実体があるのかどうかよく分からないゴーストタイプなもので、そもそも満腹感と言うものも判然としない。きのみを食べれば美味しいし、満足感もある。けれどもどうも満腹という感覚には馴染みがなかった。いわゆる生前のあるタイプのゴーストタイプであればその感覚も分かるのだろうが、ロトムはその類ではないために永遠にその感覚を知ることはない。
「君に……。キバナにそういうふうに遠慮されるのが嫌だ」
ダンデがキバナの腹を名残惜しそうに見つめながら、そんなことをぽつりと言い出す。それにキバナは瞬きで返した。そして少し首を傾げて見せる。ダンデの小首を傾げる仕草をキバナはあざといあざといと言いながら喜び悶えていることが多いが、自分もその仕草がうつっていることに気付いていないのだろうか。
「別に、オレさまダンデに遠慮とかしてないけど?」
それにダンデは悲しげに眉を寄せた。不機嫌な時とは明らかに違う。ロトムはそれにうんざりとする。ダンデはこれで中々演技派で策略家だ。キバナがそういう態度を取れば絆されることを見越して、こうやってわざと弱って見せる。下手に強く出るよりも余程効果覿面なのだ。ロトムが先程やってみせたように。
「してるだろ。君は無自覚に気を遣うから、後で後悔するんだ。なあ、ちゃんと言ってくれよ。俺が傷付くかもしれないだとか、そういうことは考えないで」
ダンデの手が、キバナの手に重ねられる。金の瞳はキバナの蒼い瞳をじっと見つめていた。当事者でも何でもないロトムの方が、その視線の熱に充てられそうだ。
「オレさま、お前の中でどんだけ良い奴なの?聖人君子?」
それに対して、キバナはするりと笑っていなす。少し悪戯っぽく笑って、ダンデの顔を覗き込んだ。ダンデはそれを無言で真正面から受け止める。
お互い譲らないし引かない人たちだな、とロトムなどは呆れてしまう。ここでどちらかが負けてしまえば、もっと早くに話が進むのに。ロトムはキバナと一緒にネット配信のドラマをいくつか嗜んでいるのでそういう機微にも聡いのだ。だからこそ、この主人がどうしてここまで頑なに認めたがらないのかが分からない。
「そうやってはぐらかすのはやめてくれ。そんなこと考えてないって否定しないってことは、君の場合は図星のことが多いんだぜ」
ダンデが問い詰めながらもちょっと切なげな顔をして見せる。こういうのは自分の顔立ちをよく分かっている人間のすることだ。キバナ以外には良いジャブになっただろう。しかし肝心のキバナには効いているようには見えなかった。頬を赤らめることもなく、キバナは平素と変わらぬ柔らかな微笑を返した。
「……分かった。言うよ。次からはちゃんとな」
何気なく握りっぱなしの手が写り込むように角度を調整して、ロトムは無音でシャッターを切る。キバナ風に言うならば、良い絵が撮れた。一目で二人が尋常じゃない関係だと雄弁に語る一枚である。
いざという時、しかるべき所に勤めるロトム仲間にこの写真をリークしよう。例えばそう、今日みたいに理不尽に怒られた時などのために。ロトムは秘密のファイルに写真を保存して、キバナに貰った外部バッテリーを吸い始める。今日はなんだか疲れてしまった。まだバトル配信がこの後に控えているなんて、あまり考えたくないくらいには。
「さて、そろそろ動くわ」
キバナが重たい腰をようやく上げた。その動きは緩慢で、しかも机に手をついている所を見るとまだまだ腹の重みは楽になっていないようでもある。ダンデもそれを感じ取ったのか、少し顔を曇らせる。
「大丈夫か?」
「ん。片付けくらいそろそろやらないとな。皆も配信待ってるだろうし、休憩しながらでもやるよ」
言いながら、皿などの軽めのものからキバナは手際よく拭いていく。このくらいの小さなことから始めて、少しずつ体が動けるように慣らしていくつもりなのだろう。それを見て、ダンデは率先してテントなどの大掛かりなものの片付けへと足を向けた。何も打合せはしていないが、それでも長いこと同じ作業を繰り返していると分かってくる呼吸のようなものがあるのだろう。
「了解。しんどかったら椅子で休んでてくれよ」
「そんな、病人じゃないんだから」
キバナは明るく笑っているが、その動きはどうしてもいつもより遅い。機敏に働く姿を知っているだけに、ロトムは少々苦く思う。それはダンデも同じだったのだろう。
「いいか、絶対に、無理はするんじゃないぞ。少しでも辛いと思ったなら、どんな時でも遠慮しないで言えよ」
「分かってる。分かってるって」
何度も念押しされるのを、キバナはどう思っているのだろう。笑うばかりでまともに取り合っているとは思えない態度で流した。ロトムが困った顔でダンデにロロロ、と呼びかけると、ダンデも苦く笑ってロトムを撫でた。