次の配信の一番最初のコメントは、キバナ様、手大丈夫だった? だった。ロトムが高い声でそれを読み上げるので、オレさまはちょっと申し訳なくなる。ロトムの声ってどことなく子供っぽいから、心配そうなコメントとかお説教とか来ると結構罪悪感あるんだよな。
「もう大丈夫だぜ。心配かけたなー」
ひらひらと手を振って万全をアピールする。まだちょっと痕が残ってるけど、この調子なら数週間後にはすっかり綺麗になってるだろう。
「本当にな」
隣のダンデがじとりとオレさまを睨んでくる。おい、生配信中なんだからもうちょっとチャンピオンらしく振舞え。そういう顔でオレさまを見るな。そういうのは反省会で散々やったろ。
「今時ジムチャレンジ初参加の子どもでもやらないようなミスを全世界に配信しないでくれ、ドラゴンストーム」
「はい。それに関しては返す言葉もございません」
これはマジで今日の配信前にも何度も言われた。当分火には近付くなとか、包丁を持つのも控えろとか。とにかく料理にまつわることは全面禁止だそうだ。当分はピーラーもダメだそうだ。完全にダンデの中のオレさまが危険を危険と認識できない幼児扱いになってしまった。でもまあ今回は完全に自業自得だけど。カッコ悪いけど、しばらくはダンデに従っておこうかなって。あんまり駄々こねて機嫌損ねると面倒くさいし、結局自業自得なところあるし。
「と言うわけで、うっかり屋のキバナに料理をさせないためにも、マンネリ脱出のためにも、今後は俺がカレー以外の料理に挑戦するぜ!」
ダンデがロトムに向かってばちんと大袈裟なウィンクを披露する。髭生やし始めたから少しはカッコイイ寄りになったけど、ダンデがやると大概キュートに見えるな。とりあえず後ろの方でわーとか言いながら拍手しておく。ロトムは慣れたようにフリー素材のBGMから『パーティー』の音源ファイルを勝手に再生する。どんどんぱふぱふ。
「で、なんかルール決めたんだろ?」
事前に打ち合わせしていたので、軽くフォローを入れる。ダンデはお得意のチャンピオンスマイルでオレさまに頷き返した。今日のオレさまはアシスタント的なあれだ。テレビの料理番組にもいるあの人的な。
「ああ。食材の持ち込みは厳禁。キャンプセット内の食料と一部の回復アイテムだけで作っていくぜ。あくまでポケモン達と楽しめる料理を目指すのがコンセプトだ!」
この辺のレギュレーションについては結構話し合った。進化アイテムも含めるかどうか、結構議論したけど結局はナシってことになった。ポケモン研究所に問い合わせてみたんだけど、こっちが提示したリストの中にはちょっと人間が食べても大丈夫かどうか確証が得られなかったものもあったんだよ。飴細工系とか、全然いけそうなんだけどな。
「そして……」
ダンデはごそごそと荷物を漁ってスケッチブックを取り出すと、表紙をめくる。
「今日はこれを作るぜ!」
ダンデはじゃん、と自分で言いながらロトムにスケッチブックを向ける。そこには『トロピカルジュース』とリーグカードのサインの如く勢いが有り余った文字で書かれていた。トロピカルジュース? え、そんな洒落たものキャンプで出来るの? 洒落てるか? 初手からダンデのイメージにないもの出てきたな。 料理……? ロトムが好き勝手言いながらオレさまのリアクションを撮ろうと身構えている。
「トロピカルジュース?」
そんなもの作れるか?今ミキサーないんだぞ。オレさまが首を傾げていると、ダンデは何故か勝ち誇った顔でオレさまを見た。
「ふふふ。キバナ、キャンプ料理で必要なもの。それは『あるものでどうにかする』精神だ!」
「精神かあ~」
まあ言ってることは正しいんだけど。キャンプってサバイバルだから。如何に工夫して快適なキャンプライフを手に入れるか模索する部分は大いにあるんだけど、でもいきなり料理で精神論語り出したかあ。凄い嫌な予感がする。ダンデはいそいそとエプロンを着用すると、ステンレスのマグと材料を机の上にドン、と置いた。
「今日の材料はこれだぜ!」
ダンデは高らかに叫ぶと、両手で材料を取り出した。
モーモーミルク。ふさパック。
ドヤ顔のダンデがリザードンポーズを決める。どうやらこれで全部らしい。え、マジで? ロトムが困惑のコメントを読み上げる。ホントだよ。なんでそんな自信に溢れてるんだ。オレさま、ちょっと色々止めそうになった。これ、百歩譲ってもただのふさジュースにしかならなくないか。トロピカル要素とは?
内心でツッコミを入れていると、ダンデがふさパックからふさを取り出して剥き始めた。オレさまは慌てて声を掛ける。
「ダンデ、手順説明しながらやってくれよ。作業だけだと映えない」
カレー煮てる時はバトルの休憩だったからそれでも良かったんだけど、今回は完全に別枠で取ってるからな。料理が本筋なんだから、ちょっとはポイントとか入れておいた方が良いだろう。オレさまもまだ料理実況系は勉強してる最中だけど。
「そうか?えーっと、まずマグにふさを千切り入れるんだ。それからモーモーミルクを入れる」
説明しながら、ダンデはステンレスマグにふさを入れる。そうだろうな、とオレさまは思いながら、とりあえずダンデを真似て自分のマグの中にふさを千切り入れていく。うーん、こう、折角ダンデがバトル以外のことを配信してるんだからもうちょっと盛り上げてやりたい気持ちと、盛り上げるにしてもどうすれば良いんだよ、この、みたいな気持ちがせめぎ合ってる。映えない。絵が地味。ガラルのチャンピオンとトップジムリーダーが揃ってふさ千切ってるだけって、これ、なかなかシュールじゃないか?いや、あくまでも地味でシュールなのは今のところはだけど。これからとびっきりの映えるシーンをダンデが用意してくれてるかも知れないけど。
作業が地味すぎる。 これ説明要るかな? もう完成後の味が想像できる。 などとロトムから視聴者の声がどしどし届いている。
それにオレさまは勝手に焦る。このままじゃダメだ!フォローしろ、今はお前しかいないんだぞキバナ!
「……ふさの量はどのくらいが良いんだ?」
「好きなだけ入れれば良いと思うぜ。ミルクも入れるから、ほどほどにな」
そりゃそうだ。至極ごもっとも。もうそれ以上のことが言えない。手の中には、流石にこれ以上は駄目だろうと思って入れるのをやめたふさが残っている。
「……余ったのはどうする?」
「普通に食べれば良いんじゃないのか」
普通に食べちゃうのかあ。料理配信だって言ってるのに、余った材料つまみ食いしちゃうかあ。オレさまが遠い目してる間にも、ダンデは半分余ったふさをもぐもぐ食べている。食べちゃってるなあ。捨てるのもなんだから、オレさまも食べるけどさ。
調理途中でもぐもぐし始めちゃったよ……。 これもうふさとモーモーミルク別で摂取しちゃ駄目なの? ごもっとも。ごもっともなんだけどちょっと待っててやってほしい。きっとここから一発逆転待ってるから。多分だけど。オレさま何にも知らないけど。でもガラル随一のエンターティナー・ダンデがここで終わるはずない。期待してる。
「それでお次は?」
「次は手持ちのギャロップを呼ぶ」
「は?」
待て。何する気だ。オレさまが止める間もなく、ダンデはボールを高々と放る。ロトムが慌ててボールを追いかけてカメラを移動させているが、結構なスピードでボールは飛んでいく。ナイスピッチ。流石だ。
「頼んだぜ、ギャロップ!」
ぶるる、と低い鳴き声と蹄の音高くギャロップが現れた。それにオレさまは上手くリアクションが取れずにぽかんと口を開けるしかない。
いきなりポケモンを出すって、何する気だよ。料理にポケモンは使わないだろ?人の生活に慣れてて世話焼きのポケモンならとともかく、ギャロップに料理ができそうには思えない。だって蹄だぞ。
ダンデは出てきたギャロップの首なんかを叩いて、挨拶代わりのコミュニケーションを取っている。ギャロップが嬉しそうに嘶いた。
「ギャロップ、この中に小さく弱くサイコカッターだ。マグを斬らないようにな。それから、こう、混ぜるように回転を加えて……」
ダンデがマグを見せながら、ギャロップに指示している。それを聞きながら、ああ、サイコカッターをミキサー代わりにするのか、と気付いた。いや、そんな器用な指示万人が出来ると思うな。普通のトレーナーは、まずサイコカッターでマグを斬らないように強さを調整させるのでも難しい。威力70だからな。普通にステンレスマグくらいスパッといく。それに加えて回転を加えろだのなんだの、結構無茶苦茶言ってるし。オレさまだって自分の手持ちにそんな細かい指示を出すことは少ないっていうのに、そういう難しいことをダンデってサラッとやるんだよなあ。少なくとも駆け出しのジムチャレンジャーに出来る芸当じゃない。ジムバッジを5つくらい持てるようなトレーナーじゃないと相当厳しい。オレさまは脇に放置されていたダンデのスケッチブックをめくり、『※特殊な訓練が必要です』、『マグを手に持ったまま挑まないでください』とサインペンで書いてロトムに向けた。ロトムはそれを映しながら、けたけた笑った。いや、笑いごとじゃないんだって。真似して怪我したらどうするんだよ。下手するとマグどころか指までスパッといくんだぞ。
はーい。キバナ様ナイスフォロー。 いやこれ真似しようと思わんでしょ。 普通にミキサー使います。 チャンピオンもしかしてちょっと……? ←おっとそこまでだ。
一々至極ごもっともだけど、手加減。手加減してやってほしい。はじめてだから。はじめての料理配信なんだから多少の不手際は笑って流してやってくれ。
「この作業はポニータでも出来るんだが、細かい指示を出すことになるからな。ギャロップの方がサイコパワーが高い分、テレパシーなんかでイメージを共有しやすい。そういう観点から、俺はギャロップをオススメするぜ。もちろん、トレーナーに最高に懐いてるポニータなら問題なくやってくれるけどな。君と君のパートナーを信じてくれ!」
コメントを聞いているのか聞いていないのか、ダンデはばちんと特大のウィンクを披露した。いや詳しく解説すべきはそこじゃないんだよなあ。そしてロトムを移動させて、マグの中を俯瞰できる位置を探す。
「じゃあ行くぜ!ギャロップ、サイコカッター!」
ダンデがビシッとポーズを決めて、ギャロップがダンデの指示通りに小さくマグの中のふさを砕きはじめる。うわ、マジでポケモン技ミキサー代わりにしてる。マグは斬れてない。ギャロップも相当器用だ。けど、そうじゃない。ぎゅるるるるるるると、ミキサー音に近い音だけがする。そして時々中身がびゅびゅっと外へ飛んでいく。いやまあそりゃそうだよな。蓋なしでやったらそうなるよ。そのまま待つこと30秒ほど。その間ずっとサイコカッターで中身をかき混ぜられるマグだけが映し出されていたんだろう。視聴者からは、え?これなに? チャンピオンが料理してるって聞いて来たんですけど。 もしかして釣られた? とコメントが飛んでくる。そうだよな。ここから見た人にとっては訳わかんない絵がずっと流れてるんだろうな。マグの中で白い液体がぐるぐるしてるだけに見えるよな。でも、オレさまもそれ以上のことは説明できない。悪いんだけど、アーカイブで一部始終を見てくれとしか言えない。
「このくらいになったら完成だ!作業を説明しながら作ったから時間がかかってるように見えるが、慣れれば一分で出来るから皆も作ってみてくれ!」
ダンデがギャロップの首を引き寄せて、マグを持ってにっかりとロトムに向かって笑って見せる。キメは完璧。オレさまはとりあえず拍手しておいた。
「キバナ、出来たぜ!」
「おう。知ってるよ。で、ダンデさん、これは?」
ポケモン技が出てきた時点で正直色々諦めてるけど。オレさまは自分の分のマグを受け取りながら、なるべく何気なくマグの淵に付着している液体を拭い取った。キバナ様細かいな。 そういうところ小姑みたい。 え、そうか?見映えってやっぱり大切だぜ。まあ、こうなる前に蓋が欲しかったっていうのはあるけど。皿とかで代用したりさ、色々やりようはあった気がするんだよ。
「トロピカルジュースだ。暑いし、冷たいものでもどうかと思って」
確かに今日のワイルドエリアは全域晴天で汗ばむ陽気だけどさ。でもだからって料理しますと言ってまさかジュースが出てくるとは思ってないじゃん。普通に飯作ると思うじゃんか。第一回目からジュースって、あまりにも変化球すぎるだろ。あと別に言うほど冷えてない。モーモーミルクは常温保存が基本だ。冷たいものっていうならコオリッポにフリーズドライで冷やしてもらったりとか、いろいろ出来たんじゃないかと思うんだけど。まあ結構な確率で凍っちゃうから、サイコカッターが二度手間になってシェイクとかスムージーっぽくなるかもだけど。
「……飯作ってたんじゃねえの?」
オレさまが一応聞いてみると、ダンデは不思議そうな顔をして小首を傾げた。無駄に可愛い仕草してる。あざとい。
「? これにプロテイン入れてサプリメント取っておけば一食分のエネルギーと栄養は大体補完出来るだろ?あ、ゆでタマゴの方が良いか?レギュレーションに沿うとそうだよな。この前仕入れたからたくさんあるぜ」
「ダンデさん。ちょっと食事という概念について講義するので後日時間をください」
思わずオレさまは頭を抱えそうになる。そこからか。まず食育から始めなきゃ駄目だったか。コメントに、料理? どこをどう見てもプロテインのアレンジレシピですねえ…。 お料理配信じゃなくてプロテイン販促放送だったか(困惑)。 キバナさま、これお小遣いもらえるのでは? と流れてくる。なんでだよ。貰えねえよ。こんなので貰えるならオレさまガラルの高額納税者ランキングのトップ10にランクインしてるだろ。貰えるものはプロテインと定期的に振り込まれる分だけだっての。そもそも作ったのはダンデだから、貰えるとしたらダンデだろうし。
キバナさまってばスポンサーに媚びを売るのがお上手ですのねえ。 コメントが入る。これはアンチ文脈に乗せたファンなので見逃す。スポンサーにプロテイン会社があると知ってるヤツはオレさまの大ファンだ。銀行の方がインパクトが強いから、プロテインの方は結構忘れられてたりするんだよ。別にオレさまとしてはどっちが、って扱いもしてないと思うんだけど。
ダンデはおもむろに腰に手を当てると、勢いよくマグの中身を飲み始めた。あっ、試飲の前フリしてない。こういうのはメリハリが大事だっていうのにシームレスに次に行くなよ。これは後で反省会だな。
「うん、トロピカルジュースだ」
ダンデが満足そうに言うので、オレさまも諦めて一口飲んでみる。確かにふさジュースだ。それ以上のコメントが思い付かないくらい、シンプル・イズ・ベストなふさジュース。若干舌触りが悪いかもしれない。まあご家庭とかでミキサー使って作るスムージーとかと比べればって話だけど。キャンプで飲むなら、うん、まあ、ありだよ。
「程よく甘くて飲みやすいな。美味い。あー、でもちょっとふさの食感が残ってる……かな?」
「まあミキサーじゃなくてサイコカッターでやったから多少はな?訓練次第で多分どうにでもなるぜ」
「そっか」
「…………」
「………」
変な沈黙だ。え、これどうまとめるべきなんだろう。多分これどうやって締めるかダンデ何にも考えてないだろ。だったらオレさまが何とかしなきゃいけないんだけど、いやでもどうしろって言うんだ。あららー、二人とも黙っちゃったよ。 とロトムの声が茶化す。駄目だ。何か捻り出せオレさま。
「ダンデさん。この後どのくらいオレさまとバトルする予定?」
「そうだな。君さえ良ければ日暮れまで」
日暮れまで昼飯トロピカルジュースだけで過ごすのか?しかもそれだけ長時間バトルするなら絶対一回はフルでやるだろ。オレさまはぞっとした。どんだけダンデとやるのに体力使うと思ってんだ。うわ……正気? と抑揚の死んだロトムの声がオレさまとダンデの間に挟まる。
駄目だ。これじゃ駄目だ。視聴者のためにもダンデのためにも、このまま終わるわけにはいかない。このままだとダンデがちょっとお茶目で天然入ってる料理の出来ない奴で終わってしまう。違う、違うんだよ。いや何も違わないんだけど、オレさまが伝えたいのはそういうことじゃないんだ。ダンデはやれば出来るんだよ。今まで食に対しての興味が1ミリもなかったからこういうスタートになっちゃたけど、いやでもやれば、勉強すれば出来るから。ホントに。
「……次からは、もうちょいボリューミーなメニュー考えようぜ」
とりあえず、だ。ちょっとは次やるのがもうちょっと料理っぽいことであることを願って提案してみる。ダンデは素直に頷いた。
「あ、そうだな!さすがキバナだ!」
「でもうん、小腹が空いたときとかにコレ良いかもな!口当たりが良くてすぐ作れるし、洗い物も少ないし。あ、今度はあまいミツかハートスイーツとか砕いて入れてみようぜ」
「いいなそれ!忙しい時の糖分補給にも良さそうだ」
オレさまの提案にダンデは明るく答えてくれる。よしよし。今回の総括はどうにかなった。後は締めだ。おっキバナ様まとめに入ったな。とか冷静に分析するんじゃない。よく見てるな。今コメントした奴オレさまのこと大好きだろ。分かってるぜ。
「次は何作る?ざっくりで良いけど、予定があるなら教えてくれよ」
「ボリューミーなの目指すなら肉だな。バーベキューとかでも楽しめるメニューとかどうだろう」
「良いじゃん!」
バーベキュー。 とロトムが呟く。
早速良い単語が出てきた。バーベキューでも出来るってことはホイル焼き系か?いやでもホイルがキャンプセットの中にないな。どうするつもりだろう。草ポケモンから大きな葉っぱ出してもらって、水に濡らして代用するとか?ダンデの創意工夫が楽しみだな。
ダンデって、バーベキューとかするんだ。 スムージーじゃなくてジュースって言ってるし、ダンデって意外と庶民派? とロトムが紡ぐ。そう、そうなんだよ。ダンデってスタジアム離れると結構普通なところあってさ、オレさまとしてはそういうところが良いと思うんだよ。ローズさんのプロデュース路線とは違うみたいなんだけど、オレさまとしてはダンデのそういうところどんどん推していきたい。この料理コーナーは結構いい機会なんじゃないかって思ってるんだよ。
ダンデは早速何か次に向けて考えているんだろう。あれとこれと、と言いながら指を折り始める。うんうん、前向きだ。オレさま、やる気のある奴は褒めて伸ばしたい。
「じゃあ今回はこの辺で終わりで良いよな?」
「ああ。次も是非見てくれ!次も、レッツチャンピオンタイム!」
オレさまとダンデは、それぞれお馴染みのポーズを決めてからロトムに向けて手を振った。よし。これで今日の配信は終わり。何とかなったな。さあ、今から反省会だ。
◇◆◇
「まずさあ、最後の。レッツチャンピオンタイムってなんだよ。オレさまもいるのに、なんでダンデ一人の配信みたいにするんだよ」
キバナがちょっと怒ったように言う。これは警告だぞ、態度を今すぐ改めろ、の合図だ。ロトムも悪戯をするとよくやられる。キバナは文句を言いながらも、てきぱきと手際よく机や椅子を畳んでいっている。バトル配信に向けての準備だ。ダンデも食器を片付けたり、テントを畳んだりと忙しい。
「うん?ああ、そうか。悪い悪い」
ダンデが全然悪びれずに言うので、キバナはますます腹に据えかねたのだろう。軽くではあるが、わざわざダンデの傍まで歩いて行って頭を叩いた。あいて、と軽く抗議の声が上がる。それでもダンデの機嫌はさほど悪くはならなかったのが幸いだった。
それをちらりと横目で見て、キバナはこれ見よがしに咳払いをする。咳ばらいをしながらも、荷物はきちんと整頓している。長年ガラルでトレーナーをしていると、キャンプの基本はほぼ何も考えなくても体に染みついているものだ。ダンデもキバナも、お互いに特に声を掛け合わなくても片付けを手早く進めている。二
「あとだな……。料理配信するならさ、やっぱり火も包丁もナシって言うのは苦しいと思うんだけど。ダンデはその辺どう思ってるんの?」
あんまり下手糞な切り出し方に、ロトムは頭を抱えたい気分になった。ロトムから見ると、キバナは懲りない人間だ。学習能力がないわけでもないのに、どうしてか懲りるだとか諦めるだとか、そういうことを認めたがらない。こうやって乱雑に言うと、『懲りるのも諦めるのも学習能力の有無もすべて全然違うことだから並列に並べてはいけない』という反論が飛んできそうだ。それはそうだ。ロトムもそれは認めるところである。ごもっとも。しかしロトムが言いたいニュアンスはそういう些事にかかずらってはいられないので、この際問い詰めないで欲しい。とにかく、キバナはどうしようもない負けず嫌いなのだ。だから時々、側で見ているとこちらの方が恥ずかしくなるようなことになる。キバナの大きな欠点はそういうところではないかと、ロトムは常々考えていた。
キバナのこれを美点として言い換えるならば『根気強い』ということになるけれども、そう言えるのも時と場合によるだろう。今回は、完全に『懲りない』方だと思うのだ。つまりは、みっともなくて見ちゃいられない方の。案の定、機嫌の良かったダンデの顔は見る見るうちに不機嫌に眉に皺が寄っていく。
「うん?俺はそんなのなくてもやりようはあると思うぜ。ほら、カレーのトッピング見てたらそう思うだろ?」
ダンデが食料の入った荷物を指差してみせる。確かにボブ缶のような缶詰系は火を通さなくても食べられないこともないだろうし、インスタントヌードルをお湯なしでばりばり齧るという食べ方もある。しかしそれはあくまでもネット知識であり、実際にやるかどうかは別問題だ。現にロトムは、キバナがそういうパッケージ裏面の用法外の食べ方をしているところなど見たことがない。
ダンデが指摘した通り、火がなくても食べられるものは多数ある。しかしそこには食べるという行為に対して極限まで無感動になりさえすれば、という前提が存在するのだ。そしてキバナはそれをしたがるような人間でもないのである。
「思わない。オレさまは全然そんなこと思わない」
即座にダンデの言いようを突っぱねて、それからキバナは困ったような顔を一瞬だけした。きっと、それ以上のことを言うかどうか迷ったのだろう。それでも大きく息を吐くと、ダンデを真っ直ぐに見つめた。
「別に毎回じゃなくても良いけどさ。でもやっぱり飯時には少しくらいあったかいものを腹に入れたいって思うんだよ」
ダンデはそれをキバナの抵抗と見たのだろうか、それとも性分を理解したのだろうか。片方の眉をぴくりと跳ね上げて、それからこれ見よがしに深々と溜息を吐いた。
「君、全然懲りてないだろう」
ダンデの指摘も最もだ。あんなに怒られて、心配されておいて、今日でその話を振るのか。ロトムだってそんな考えなしみたいなことはしない。もっと時間をかけて説得するだろう。ダンデの言う『懲りてない』とは、多分そういうところの話だ。
「懲りてる。懲りてるよ。だから今まで以上に気を付けるし、大丈夫だから」
通じているようで通じていない回答をして、キバナは口を尖らせてダンデを見つめた、それにダンデがぐっと詰まる。
ロトムは賢いので知っているが、ダンデはキバナの顔に弱い。同じようにキバナもダンデの顔に何度も免罪符を与えているので、どっちもどっちなのだが。喧嘩をしているように見えても結局はこれだ。ワンパチもガーディも喰わない。ロトムはロロロと鳴いておくしかできない。
「……君が火の付いた竈から三歩以上距離を取るって誓えるなら、考えておこうか」
「是非検討お願いします」
キバナがおどけて頭を深々と下げた。それにダンデは声を上げて笑った。それでその話は終わった。ロトムはほっとして、もう一度ロロロと鳴く。
「じゃあ、そろそろバトル配信に切り替えるぞ」
「あ。今度さ、バトルとか配信とかじゃなくて時間空いてるときない?」
キバナが声を上げた。それにダンデは振り返る。
「何かあったか?」
ダンデが首を傾げる。その顔がちょっとだけ期待に輝いているのをロトムは見逃さない。露骨だ。この上なく分かりやすい。誰から見ても、それこそ火を見るより明らかなシグナルにロトムの方がどうしていいか分からなくなる。人間同士のそういう場面に出くわした場合、ポケモンはどのように振舞うべきか。特に、ロトムの場合はそのあたりがとても繊細なのだ。
ロトムはあくまでもスマホロトムなので、キバナの手持ちのポケモンではない。キバナの所有するボールに入ることもない。キバナは主人ではあるけれども、おやではない。長い付き合いでも、そういう微妙な関係なのだ。その上で、主人と想い人のこういう場面に出くわしたときはどのように振舞うべきなのか、未だにいまいち分かっていない。賢いロトムの一匹がそういうことをマニュアル化して、ガラル全土と言わず世界中のロトムに一斉同期してくれると嬉しい。
そうとは言っても、キバナにとってダンデのこれは当然の反応なのでスルーされている。好意を常に前面に出してきた弊害が出てるとロトムなどは思う。けれど、結局のところ黙ってダンデとキバナを見守ることにしている。そっちの方が面白いので。やきもきしているダンデは面白い。何故ならガラルのチャンピオンだ。そんな男がこうして一人の人間の言動で一喜一憂しているのをこうして特等席で眺めているというのは、なかなか出来ない体験だ。
「今回、ちょっと食事についての共通認識が欠けてたな、と思って」
キバナの胡乱な言いように、ダンデが無邪気に笑った。通じてない。ロトムはそれにまた頭を抱えたくなる。お互いストレート直球勝負でしかバッドを振らないタイプの癖に、何故迂遠な物言いをするのだろう。素直に『ダンデの食事の概念を叩きなおすための講義をする』と言えばいいのに。ダンデもダンデで、深く考えもせずに笑って了承する。
「キバナは時々面白いことを言うな。分かった。スケジュールを調整してみよう」
「頼んだぜ」
この二人は始終こうだ。進んでいるのかいないのか、本人たちに任せるとハラハラし通しだ。
「ヘイ、ロトム。じゃあ次の配信始めるぞ!」