宝物庫のフロントには、何故か盾とトロフィーが飾ってある。半分はキバナのものだが、半分はダンデのものだ。否。見栄を張って半分と言ったが、キバナがトロフィーを授与されたことはない。盾はすべてキバナのもの、そしてトロフィーはすべてダンデのものだった。トレーナーデビューの年からチャンピオンとして時代を駆け抜けた男・ダンデは最後の年になるまでトロフィーしか授与されたことがなかった。ある年、実家には飾っておくスペースがなくなったと言い出し、ダンデは宝物庫に棚と多額の寄付金を付けてトロフィーを送ってきたのだ。皆の見えるところにでも飾っておいてくれ、これは迷惑料だと言って。一方的に送り付けられたものは仕方がないので、キバナはダンデの要望を律儀に叶えてやって、ついでに自分の貰った盾も飾っておいた。ダンデのトロフィーだけを並べていても壮観と言えば壮観なのだが、それだけでは寂しいような気がして。ダンデはここに来るたびにこの棚を嬉しそうに見ているので、これが正解だったのだろう。それから年を重ねるごとに棚は賑やかになっていき、今では満杯になっていた。
ダンデにトロフィーを三つほど押し付け、キバナは棚を奥の方まで拭いてやる。皆が見るのだから、小まめに掃除をするようにはしていた。こういうとき、近況報告めいたことをお互いにぽつぽつと話すのが何となくお決まりになっていた。
「今度、実家に帰るんだ」
「この前も帰ったって言ってなかったっけ。バーベキューしたって」
「ああ、うん。した。でもまた帰らなきゃいけないと思って」
「お前も孝行息子になったもんだな」
世間話をしながらダンデからトロフィーを受け取り、定位置に戻し、また次の段のトロフィーをダンデに渡す。バトルタワーのオーナーになってからもキバナは容赦なくダンデをこき使っていた。一緒にキャンプをすれば野菜の皮むきをさせ、公共のコートでバトルをした後には一緒にコートの整備をした仲である。チャンピオンだった頃からこういう扱いをしてきたのだから、今更だ。現にこの男も、別に掃除の手伝いをさせられたくらいでは何も言わない。
「それで、今度は君にも家についてきて欲しいんだ」
さらりと言われ、思わず手を止めて振り返る。ダンデはいつものように笑っていた。その笑顔に眉が跳ね上がる。チャンピオン時代からお得意の明るい笑顔だ。食えない男だと内心で吐き捨てて、キバナは顔を顰めた。付き合いは長いが、キバナは時折ダンデの考えていることが分からなくなる。その顔から何を考えているのか読み取るのが年々困難になっていた。得体が知れないと言い換えても良い。そういうところは前任者に似てきた気がする。キバナ個人としては、そういうところは少しばかり忌々しく思う。
それはそれとして、不可解だった。ダンデとは十年来の友人でありライバルだ。だが、それだけ。出会い方が違えば――――例えば、同じスクールに通っている子供ならお互いの家に遊びに行くこともあるだろう。その時に友人の親に挨拶することももちろん想定される。しかし、前提が違う。出会った頃にはダンデもキバナも家を出てトレーナーとしての活動をしていたし、今となっては更に成人もしていてお互いに完全に実家から独立している。その上で、わざわざ実家に遊びに行くなんてことがあるだろうか。そういう事例はキバナの中にはない。交友関係は人より多少広いかもしれないが、その分そういうプライベートな空間にまで踏み込むような関係の友人はいなかった。だからこそ、この誘いの断り方を知らないでいる。
キバナは考えを巡らせながら、ダンデに合わせて笑顔を作る。
「……なんで?」
「君のことを家族に自慢しようと思って」
ダンデはキバナの反応を予想していたのだろう。笑みを崩さずに胡乱な答えを間髪入れずに放った。自慢。それは、どういう立場でキバナはダンデの家族と向き合えば良いのだ。ダンデのライバルとしてだろうか。それとも友人としてだろうか。どちらにしろ、そんな風に家族に紹介されるということに困惑した。
「いやマジでなんで?ホントのところは?」
キバナは雑巾を置いて、ジッとダンデの瞳を覗き込む。ダンデの視線が揺れた。キバナが顎をしゃくって無言で言うように促すと、ダンデは困ったように眉尻を下げた。
「……言わなきゃ駄目か?」
「いやだって気まずいだろ。せっかくの家族団らんにお邪魔するわけだし、理由くらい聞かろよ」
ダンデは数秒ほど視線を泳がせていたが、キバナが無言で圧をかけると観念したように口を開いた。
「なんていうか……わだかまりがあるんだよ」
「うん?」
ダンデは口元を隠そうとしたのか手をほんの少し上げたが、キバナがそれを視線で追っているのに気付いてすぐさま下ろした。ばつが悪そうな顔をしている。表情を見られたくないときや何かを誤魔化したいときには帽子で口元を隠していることがある。今も、その癖が出たのだろう。
「だからちょっと帰るのが億劫で……でもそのままにはしておかないし、ちゃんと決着つけないといけないと思ってるんだが、一人だと、こう、な……。決着のつけ方が分からないというか、整理のしようがないというか……。だからな、キバナに少し手伝ってほしいんだ」
「……オレさま、初めてお邪魔するお宅でそういう家庭の話に首突っ込まなきゃいけねえの?」
初めて来たお宅のダイニングで、ホップやダンデ、その母親と一緒にテーブルを囲む様を想像してみる。ダンデが自分の抱える『わだかまり』を解消しようと必死で演説している横で、無心でギンガムチェックのテーブルクロスの目の数を数えている自分。別に数えるものは壁紙の花のつぼみの数でもなんでも良いが、料理の味は分からないだろう。初めての友達の家で料理の味も分からないような状況に陥るのは絶対に嫌だ。遠慮したい。
キバナの嫌そうな表情を見て、ダンデは慌てたように言いつくろい始める。
「一方的に俺がわだかまってるだけだから、家族は多分そんなに何かを思ってるわけじゃないとは思う。あと、キバナにもいろいろ聞いておいてほしいっていうのも、あって……」
言いつくろおうとして段々としどろもどろになる説明にキバナは溜息を吐いた。それにダンデは情けない顔をして身を縮める。これが10年以上もガラルに君臨していたチャンピオンだった男だろうか。
「……やっぱり、だめだろうか」
弱弱しく問い返されて、キバナはもう一度溜息を吐く。昔から――――ダンデに対して友人以上の感情が芽生えてから、キバナはダンデのこの言葉に致命的に弱かった。普段自信に溢れた男の脆い一面は、キバナの庇護欲やら親切心やら下心を大いに煽ってくれる。
「……お前、皆が好きそうなお土産とかわかる?」
結局、ダンデが実家で何がしたいのかはさっぱり分からない。それでも、キバナに断ることは出来そうになかった。