それは素敵な思い付き
最近、オレさまはポケモンバトルに夢中だ。天秤遊びが一段落したからっていうのもあるけれど、ポケモンとの出会いっていうのは格別だってことを知ったから。バトルはオレさまを無条件に夢中にさせた。まだ10歳じゃないからレンタルしたポケモンで、しかもスタジアム内で、きちんと横に監督できる大人がいるときしかバトルできないけど、でもそれでも十分だ。バトルは方法だ。ポケモンと人間の絆を確かめさせてくれる。強くしてくれる。バトルを通して、彼らはオレさまの信頼を真正面から受け止めてくれてるんだと分かる。オレさまが信じたままに、皆は応えてくれる。嬉しい。これがどんなに大変なことか、オレさまは分かってる。
特にオレさまに懐いてくれてるのはヌメラとナックラーだった。レンタルしたポケモンだと時々言うことを聞いてもらえなかったりする。でもこのヌメラとナックラーはオレさまを困らせたりしなかった。いつでもオレさまの指示を聞いてくれるし、遊ぶのも喜んでくれる。今だって、ヌメラとナックラーをポケじゃらしで遊んでやっているところだ。二匹は仲良く、交互にポケじゃらしにじゃれかかってくる。たまに撫でてやりながら、オレさまは二匹と親睦を深めていた。
「キバナくんは、ドラゴンタイプの子によく懐かれてますね」
ジュニアクラブの取材に来た記者の人が、ポケじゃらしで遊ぶオレさまをそう褒めた。次のジムチャレンジの注目株を探すって、ガラル中のクラブを回ってるんだって。まだ新チャンピオンが誕生して一ヶ月も経ってないっていうのに、気の早い人だな。
記者の人はニコニコ笑いながらメモを取ったり、カメラマンの人に指示したりしている。ぱしゃり、と音がしてフラッシュが焚かれた。こういうのは初めてだから、どうしたら良いのか分からない。笑顔を作ることもできず、オレさまは面食らった顔をするしかなかった。
「………ここ、ドラゴンジムだぜ?」
ナックルシティは伝統あるドラゴンジムの街だ。ここじゃ直近五十年はずっとドラゴンタイプが主戦力だっていうのに、変なこと言うなって思いながら首を傾げた。ここで教わるのは当然ドラゴンタイプの扱い方が基本だ。未来のナックルジムトレーナー養成機関なんだから、当然。
「自分のポケモンじゃないのに複数のポケモンから懐かれているのは珍しいことですよ。特にドラゴンタイプはね」
「そうなの?」
そんなことを言われても、あまり実感がわかない。ジムリーダーや、ジムチャレンジで出てくるような上位のジムトレーナーたちは殆ど当たり前にやっていることだ。オレさまが首を傾げると、隣で指導してくれていたジムトレーナーが苦笑いしながらモノズを撫でる。モノズは嬉しげにぐるぐると低く喉を鳴らした。
「珍しいですよ。私はこの子しか懐いてくれませんでした」
「気難しかったり、他種とトレーナーを共有するのを嫌がったりするんですよ」
「その点キバナくんは凄いですよ。その年でポケモンに命令を聞かせれるんですからね」
「ふーん?」
オレさまにはピンとこない話だった。だって、彼らはちゃんと「やられて嫌なこと」を教えてくれている。そのサインを見逃さなければ、基本的には機嫌を損ねたりすることはない。ドラゴンタイプは賢いのが多いから、踏み込んじゃいけないラインを一度は警告してくれているはずなのだ。その警告をきちんと守っていれば問題が起こることは少ない。もちろん、相性はある。でもそれ以上に、どれだけ相手に誠実に、そして献身的になれるかって問題だと思うんだけどな。
もちろん、トレーナーである以上オレさまはバトルで指示を出す。でもそれは命令じゃないんだ。ジムトレーナーと記者の人の話しぶりだと、そんなふうに考えてないのかな。
オレさまは、同時に飛びかかってこようとするヌメラとナックラーを躱して、ポケじゃらしを思いっきり高く上げた。ヌメラが勢いあまってつんのめり、ナックラーががしゃんと大きな音を立てて口を閉じた。
記者の人は何枚かオレさまの写真を撮って、満足そうに笑った。
「来年ジムチャレンジに挑戦する予定ですか?」
「もちろん!早くジムリーダーになって、じゃんじゃんバトルしたいよな」
この記者の人は、さっきからあたり前のことばかり聞いてくる。ダンデが十歳でジムチャレンジをしてチャンピオンになったんだ。当然、オレさまも十歳でジムチャレンジを突破する。チャンピオンになれるかどうかは賭けってところだな。まだまだ勉強することがたくさんあるし、チャンピオンシップ対策も練らなくちゃ。
厄介なのはやっぱりキョダイゴクエンだ。ダンデは日々強くなってる。彼もポケモンと旅をして、本格的に鍛えたのはジムチャレンジからのはずだ。そんなに短時間であれだけの練度までもっていけるんだから、天性のトレーナーだとしか言いようがない。そんな彼に、オレさまはジムチャレンジ期間中にメンバーを揃えて鍛えて挑まなくちゃいけない。普通に考えて無謀も良いところだ。来年、ストレートに勝つのは難しいだろう。それならいっそ、ジムリーダーになって自動的にチャンピオンシップに登録されるのを狙うのもアリかなって。そしたら毎年ダンデに挑めるわけだもんな。十歳でジムリーダーになれればナックルジム史上最年少記録だ。それはそれで欲しい記録だ。だって、最年少記録チャンピオンと、最年少記録ナックルジムリーダーだぜ。絶対、誰もが見たがるマッチングだ。
「その前にジムトレーナーですよ」
「ジムリーダー!ジムリーダーじゃなきゃシュートスタジアムでバトルできないじゃん」
ジムトレーナーが茶々を入れてきたので、オレさまが吠える。分かってるさ。ジムリーダーになるには、ジムリーグ開始前に行われる総当たり戦でトップの成績を出さなくちゃいけない。ジュニアも含んで行われるから、ざっと三十人を相手にするわけだ。
そこで、はた、と気が付いた。
「………待ってくれ。なあ、次の総当たり戦でトップ成績になったら、オレさますぐにジムリーダーになれる?」
ジムトレーナーは一瞬真顔になって、それから笑った。なんていうか、子供だってあなどってる笑い方だ。別に悪気はないんだろうけど、された方はいい気分にはなれないよな。オレさまはジュニアの立派な一員で、来年にはジムチャレンジ可能な年齢だっていうのに。
「ええ。理論上は可能ですね」
「ジムチャレンジしてないのに?」
「特例措置ですよ。そこまで卓越したポケモンの知識と圧倒的な才能があると認められれば、どんなに幼くてもジムリーダーになれます」
ふーん、と言いながら、オレさまはもう別のことを考えてた。来月、十歳になったらジムリーダーに頼んで最初の一匹をもらおう。その一匹を頼りに、他のパートナーもすぐに揃えなければ。総当たり戦では三匹までポケモンをエントリーさせる事ができる。つまり、あと二匹。
オレさまの振るポケじゃらしにまだ挑みかかっている二匹を見た。ヌメラとナックラー。悪くない選択肢だと思う。最低でもヌメルゴンとフライゴンになるまで育てなくちゃいけないけれど、そのくらい出来なければダンデに挑むなんてとても無理だ。
「じゃあ、おじさん。オレさま、もしかしたらジムチャレンジしないかも」
時間がない。でも、オレさまは自分の素晴らしい思い付きにワクワクしていた。記者の人が、少し困惑した顔でオレさまを見ている。カメラマンの人は、俺様の顔に一瞬呆けたように見入って、それから壊れたおもちゃみたいにオレさまを連射し始めた。たぶん、さっきとは全然違う顔してるんだろうな。今までで一番いい笑顔してるんだろう。
「オレさま、次のジムリーグでジムリーダーデビューして、来年のチャンピオンシップでダンデ倒すから!」
◇◆◇
あなたは可愛い
「最近さあ、可愛くなった?」
何も考えずに口に出して、それから自分でうわ、と思った。女の子に言うような言葉だ。それも、口説いてると取られかねないような。それを、よりにもよってオレさまはダンデに放ってしまったのだ。案の定ダンデは怪訝な顔をして、それからむっつりと不機嫌そうに口を曲げた。
「……君には俺が可愛く見えてるのか」
「最近。ほんとに最近の話だぜ」
「可愛く見えてるんだな……」
オレさまがフォローすると、ダンデは目に見えてしょげかえって大きく溜息を吐いた。それから力なく机に突っ伏す。グラスの中の氷が、からんと音を立てて崩れる。外は茹だるような暑さだ。クーラーの効いた部屋のおかげで勉強会が捗る。
「別に悪い意味じゃないぜ」
資料を脇に避けて、オレさまは机の中央に置かれたクッキーに手を伸ばす。そろそろ脳ミソに糖分が必要だ。二時間ぶっ続けでダンデと議論していたら疲れてしまった。
今日のテーマは「レンタルパーティをどういう構築にするか」だ。ダンデはチャンピオンじゃなくなってすぐにバトルタワーの構想をオレさまに話してくれた。そしてその上で助力を求められたのだ。レンタルパーティの構成をどうするか相談したいと。オレさまとしては、そういう頼まれごとは大歓迎だ。他でもないダンデの頼みだし、オレさまは二つ返事でバトルタワーの事業のアドバイザーになっているってわけ。
クッキーをさくさく齧りながら、唸り声を上げて机に体を預けているダンデを見下ろす。そんな、そこまでショック受けることか?ちょっと大げさじゃないか?
「どんな意味があったとしても、君に可愛いって言われるのは嬉しくない」
ダンデが机に突っ伏したまま、恨めしげな目でオレさまをジトッと見上げた。分かりやすく拗ねてる。オレさまはそれを見て笑った。
オレさまが可愛いって言ってるのは、こういうところだ。チャンピオンやってた頃と比べると時々変だとは思うんだけど、でもこっちの方が面白い。
「いや、でも実際可愛くなったし」
「どこがだ?」
殆ど噛み付くような調子だ。必死だな。でもそんなに可愛いって言われるのって嫌かな。オレさまだったら、誰に可愛いって言われても全然気にしないけど。褒められてるんだし、ありがとうで良いじゃんか。まあ、本気で嫌がってるダンデにはそんなこと言えないけどさ。
最近のダンデはころころ表情が変わる。そういうところを見てると、そうか、もう愛想笑いで誤魔化す必要なんてなくなったんだなあって嬉しくなるんだよな。だから、今のダンデはどんな顔してても可愛い。
オレさまは言葉の角度を変えようと少し考えてみた。可愛いより、もう少し踏み込んだ言い方。
「なんてーの、取っ付きやすくなった……かな」
素の表情が豊かに出て、そうやって考えてることが見えるようになって、本当にダンデは親しみやすくなったと思う。チャンピオンのときの、頼りがいがあるとかそういう風に見せてたときは少し距離を感じてたんだよ。本音がどこにあるのか分からなくて、ちょっとだけ寂しかったって言っても良い。オレさま、ダンデのライバルって言われてても、ダンデのことをちゃんと分かってる自信がなかったんだよ。だから、チャンピオンじゃなくなって、オレさまの前で可愛いは嫌だって言ってるダンデが可愛くて仕方がない。
ダンデが体を起こして、少し首を傾げて見せる。
「そんなに取っ付きにくかったか?」
ダンデの顔を伺い見る。本気できょとんとしてるし、他意はなさそうだ。取っ付きにくかった、なんて気を悪くするかなと思ったんだけど大丈夫そうだ。
「んー。まあちょっとな。でも、今は違うぜ」
前はオーラがあって、それはそれで魅力的だったんだけど。でもオーラが凄すぎて近寄りにくかったもんな。少なくとも、誰とでも親しくなれるような雰囲気ではなかった。やれば出来たんだろうとは思うよ。実際、どんな立場の人間でもダンデの態度はほとんど変わらなかった。チャンピオンダンデには、誰でも話しかけてよかった。でもそれは親しめるかどうかって論点になると全然違う問題になる。
「よく笑うし、考えてること分かるもん。やっぱりさ、そうやって教えてくれるようになったら、もっと仲良くなれそうな気がするじゃんか」
単純な話、オレさまの前で笑ったり拗ねたりしてるダンデは、チャンピオンだった頃よりずっと人間臭くて隙がある。チャンピオンのダンデだったら、「可愛い」って言ってもあのチャンピオンスマイルで「そうか、ありがとう!」で済ませたと思うもん。腹の中で何を思うにしたって、それを見せてくれるほど人を寄せてくれなかった。そうやって、一定の距離で踏み込ませないのが上手だった。
「……それが可愛いっていうんだな」
「ごめんて」
ダンデは不本意そうにしてる。でもそれこそダンデが少しずつオレさまに素を見せてくれてるってことで、仲良くなれる兆しだと思う。お互い折り目正しくライン引いて付き合ってたのを思うと大進歩だ。
オレさまは不本意そうなダンデの頬を突いてみる。今のダンデは、どこまで許してくれるんだろうって。このくらいのボディタッチはアリかナシか、なんて。少し急かな。でももうちょっとだけ。こんな簡単なことから、オレさまたちは一つずつ積み上げていくしかない。
ダンデは少し驚いた顔をして、それから手で口元を隠した。おっと、これは駄目だったやつかな。その仕草、バトルでもたまに見る。これは、考えてるときのやつ。ダンデはそうやって誤魔化そう、隠そうとしてるけど、視線が少しさまよったのを見逃すオレさまじゃない。うーん、でもこの反応は不快って感じではなさそう?でも、今日はここまでにしておこう。オレさまは大人しく手を引っ込める。
「考えてることが分かる、か。トレーナーとしては致命的だな」
オレさまの方を見ずに、資料をひとつ引き寄せる。流石にお目が高い。さっきからダンデは絶版本とか稀少本をかなりの確率で選び抜いてる。これだって良い本なんだけど、50年前に刊行されたやつだもんな。まあ、ダンデは表紙のマスタードさんが気になったのかも知れないけど。
グローブをしていないダンデの手は、他と比べて少しだけ白い。炎天下のスタジアムに立ち続けた人間の手は皆こうなる。オレさまの手も同じだ。それがなんだか嬉しい。
「バトル以外でなら良いじゃんか。オレさま、今のダンデ好きだぜ」
ダンデは絶句した。
え、なんで? オレさま変なこと言った?
オレさまの顔をじろじろと見て、そしてこれ見よがしに溜息を吐いた。変な空気だ。居心地が悪い。これオレさまが悪い感じ?
ダンデはもう一度大きな溜息を吐き出すと、正面からオレさまの顔を見た。ヒーローインタビュー前みたいにキリッとしてる。
「そういうことなら、君も可愛いぜ。君の場合は昔からだな」
「おー、サンキュー」
ニカッと笑って受け取っておく。ダンデは一瞬眩しいものを見たように目を眇めて、それからまた机に突っ伏した。
「…………違うそうじゃない、キバナ」
突っ伏したまま呻くように言われる。くぐもった声はすごく恨めしそうだけど、オレさま何もしてなくない?
「んん〜?オレさまがカッコいいのはもちろんカワイイもカバーするパーフェクトヒューマンなのは事実だろ?」
「……………そうだけどそうじゃないんだ」
その肯定と否定はそれぞれどこにかかってんのかな。まあ、良いか。
オレさまはまたクッキーに手を伸ばした。さくりと軽い音がする。美味いけど、勉強会の糖分補給要員にしては少し甘さが控えめすぎたかな。次はチョコレートでも混ぜよう。