「冬はすぐ其処まで来ているのだけれど、まだそれを気づかせないような温かな小春日和が何日か続いていた。」 これは、堀辰雄の小説『菜穂子』の一文です。
「小春」と呼ばれる旧暦10月は、現在の11月から12月上旬にあたります。その年の11月も、暖かい穏やかな小春日和が続いていましたが、アマガエルたちは朝晩の冷え込みから、冬がすぐそこまで近づいていることに気づきました。それぞれ落ち葉の下や柔らかい土の中にもぐり、何も食べず、代謝を低下させ、小春ではなく本当の春が訪れる3月までの、長い眠りにつく支度を始めていました。
仲間たちの姿が見えなくなってからも、久留里で生まれ育ったそのアマガエルは一人で小春日和を満喫していました。こんなに日差しが暖かいのに眠るなんてもったいないと、その日も元気いっぱいに久留里の田んぼで遊んでいましたが、日が沈むと急激に冷え込み、冬支度をしていなかったそのアマガエルは、徐々に透き通った体に雪の結晶が模様となって浮かび上がり、朝には心臓の鼓動が停止してしまいました。
しかし、凍ったアマガエルは死んではいませんでした。たった一晩で凍結から生き延びる驚異の耐性を身につけたのです。それは北米で暮らすウッドフロッグの耐性の仕組みと同じものでした。凍結が始まると血糖値を通常の45倍に上昇させ、細胞内の水分が凍るのを防ぐとともに、肝臓で生成された大量のグルコースにより細胞が破壊されるのを防いでいたのです。
雪解けとともに命を吹き返したこのアマガエルは、ニホンユキガエルと名付けられました。そして翌年の冬にはさらなる進化を遂げ、凍ったままの姿で「クワッ、クワッ、クワッ」と鳴けるようになったのです。冬の静けさに響くその鳴き声は、春を待つ小さな命の尊さを人々に感じさせました。
雪が降る日に各地でカエルの鳴き声が聞こえるようになると、雨が降る前に鳴き始めるアマガエルの「レインコール」のように、雪が降る前に鳴き始めるユキガエルの「スノーコール」もまた、人々の暮らしに天気の変化を知らせる自然の合図として広く知られるようになりました。
さて、2025年2月に西日本のアマガエルは従来通り「ニホンアマガエル」、東日本のアマガエルは「ヒガシニホンアマガエル」として正式に命名されましたが、ユキガエルは久留里で最初に発見されたものが「ニホンユキガエル」と命名されたため、今後、西日本のユキガエルが別種と判明した場合、「ニシニホンユキガエル」と名付けられることになるでしょう。また、どちらのアマガエルから進化したものかが判明した場合、ニホンアマガエルから進化したニシニホンユキガエル、ヒガシニホンアマガエルから進化したニホンユキガエルというように、少々ややこしくなるかもしれません。
ニホンユキガエル ~凍っているアマガエル