Program
Nozomu KANEDA
音の遠近や濃淡といった空間的な知覚をテーマに創作活動を行う。
新潟県新潟市出身。国立音楽大学音楽学部音楽文化デザイン学科創作専修(作曲)卒業。同大学院修士課程、同大学院博士後期課程修了。学部卒業時に有馬賞、修士課程修了時に最優秀賞を受賞。武満徹に関する研究で博士号を取得。第10回JFC賞作曲コンクール入選(2019)。第1回松村賞受賞(2020)。
作曲を川島素晴、故・藤井喬梓、丸山和範、作曲理論を小河原美子、ピアノを井上郷子、高木麻衣子、音楽学を白石美雪、友利修の各氏に師事。
作品は宮田まゆみ氏、アンサンブルプラティプス、The Shakuhachi 5などの著名な個人、団体により国内をはじめアジアや欧州各地で演奏されている。
現在、国立音楽大学助教、桐朋学園大学音楽学部、桐朋学園大学附属子供のための音楽教室非常勤講師。
Cummings Bagatelles
For Soprano and Alto Flute (2021/2023)
本作は、アメリカの詩人エドワード・エスリン・カミングズ(1894-1962)の詩を用いた5つの短い楽曲により構成されています。カミングズの詩は、従来の文法や構成方法に囚われない自由な発想で書かれており、とりわけ独特なタイポグラフィを用いた詩は彼の代表的な作品として世界中で親しまれています。その詩は、まるで文字を使った絵のような印象を与え、カミングズはそのような詩を「詩絵」と呼んでいました。
今回用いた詩も特殊なタイポグラフィによるものとなっています。各楽章を形作るアイディアは、詩の持つ意味や物語と共に、詩の造形からも着想を得て作曲されています。いずれの楽章も、詩の中で中心的に扱われるモティーフの状態を描写したような音楽となっています。
各楽章のテキストは以下の通りとなっています。ここで掲載する和訳は作曲者によるものと共に、門脇道雄「美、あるいは規範からの飛翔 - 詩人・E.E.カミングズの言語世界」(2006)、ヤリタミサコ・内山守 編『カミングズの詩を遊ぶ―E.E.カミングズ詩集』(2010)にて訳されたものも含まれています。
1. Song of Dream(夢の歌)
Dreamingly leaves (see) locked in gold after-glow are trembling,;:.;,
黄金色の夕焼けに閉じ込められた葉が夢みがちに震えている
2. Song of Leaf(葉の歌)
l(a le af fa ll s) one l iness
1(まいの葉が落ちている)さびしさのひとしお
3. Song of Chipmunk(リスの歌)
No one except a chipmunk & sun & silence everywhere is dreaming on this boulder.
リスと太陽のいたるところの沈黙以外この丸石の上で夢見るものはいない。
4. Song of Silence(沈黙の歌)
silence .is a looking bird:the turn ing;edge;of life (inquiry before snow
沈黙とは 眺めている鳥 人生の曲がり角 (雪ふる前の審問
5. Song of Snow(雪の歌)
Beautiful is the unmea ning of(sil ently)fal ling(e ver yw here)s Now
しんしんとあらゆるところに舞い降りる雪の無意味が美しい
Masamichi KINOSHITA
1969年、福井県大野市生まれ。ブラスバンドやハードロックの経験の後、東京学芸大学にて作曲、ピアノ、声楽、コントラバスなどを学ぶ。同時期に前衛的なフリージャズや集団即興、また政治的な内容を多く含むお笑いバンド活動なども行った。2001年度、オーケストラ作品「Sarah-Yukel III」で、武満徹作曲賞選外佳作 (審査員=オリバー・ナッセン)、オーケストラ曲「歓待」が、平成14年度文化庁舞台芸術創作奨励賞佳作、弦楽三重奏曲「EL I」が2003年日本現代音楽協会新人賞入選。また2001年より、武生国際音楽祭にボランティアスタッフとして参加。2013年からは「武生国際音楽祭・新しい地平」の運営アシスタントを務める。
現在は、様々な団体や個人からの委嘱や共同企画による作曲、優れた演奏家の協力のもとでの先鋭的な演奏会の企画、通常とは異なる方法で使用する電気機器による即興演奏、の三つの柱で活動を展開する。作曲においては、「方言、身体、マニエリスム」をテーマに、厳密に管理された時間構造の中で、奏者の微細かつ大胆な身体性が滲み出すような空間を作ることを目指す。演奏会企画においては、演奏家との周密な打ち合せのもと、先鋭かつ豊かな音楽の様相を感じ取れるような音楽会を開催する。また電気機器即興は、池田拓実や多井智紀と「電力音楽」を名乗り、その他様々な演者とも交流し、瞬間の音響の移ろいを聴き出すことに集中する。
ここ数年は室内楽曲を中心として年間20曲程度を作曲、初演。日本で活動する現代音楽に関心を寄せる先鋭的な演奏家の殆どが、その作品を初演、再演している。また幾つかの作品や演奏がCD化、またBandcampなどで配信されている。
作品リストは下記のサイトに掲載している。
旋律のための習作 I
フルートとエレクトロニクスのための (2023)
この曲は、先だって七月に初演された、コントラバスとエレクトロニクスのための「旋律のための習作 II」と同様に、私にとっての「旋律とは何か」ということの一つの回答、また同時に探求としての曲になっています。オリヴィエ・メシアンのピアノ曲「火の島 I」には、パプアニューギニアの旋律 (とされるもの)が登場します。この旋律から八音の音列を抽出し、それが順次、旋律となって現れて行くような構成をまず考えました。これらはかなり広い音程に散らばる「星」のようなものです。音程は飛びますし、リズムも複雑に変化します。そして背後に流れ続ける電子音についてですが、まず旋律に使われた音列の各ピッチを「素数」化します。そして得た数値それぞれの√を取り、2√x、x、√x/2、等の数値でピッチを変化させます。「どの音を選ぶか、どれだけ変化させるか、持続時間、休止時間」という、これら四つのパラメーターを、円周率を二桁ずつ区切ったものを七で割った「余り」を用いて決定して行きます。これを七声部作ります。そこに、元々の八音の音列に使われなかった四つのピッチを、とても長い、また周期的に変化する持続音として使用します。これらの操作は手計算ではあるものの、自動的に行い、感性なるものの入る余地はない、いわば「非人間的」「宇宙的」なものです。またこの曲は七つのセクションに分かれていますが、それらの演奏時間も全て素数で管理しています。当然全体の演奏時間も素数を使っています。ここで実際聴こえてくるものは、私が手で書いた旋律と、素数と円周率で決定した「宇宙的な旋律もどき」そして持続音です。これらが渾然一体となった時、その隙間から、新しい「旋律」の可能性がかすかにでも顔をのぞかせてくれるであろうことを希望しています。
Tatsuro NAKAJIMA
1991年、秋田県出身。
東京藝術大学大学院音楽研究科博士後期課程修了。博士(音楽)。
第7回クー・ド・ヴァン国際交響吹奏楽作曲コンクール(フランス・パリ)、第24回TIAA全日本作曲家コンクール、第24回JILA音楽コンクール(作曲部門)等で入賞。
「人間」、「自然」、「テクノロジー」といったキーワードに基づく創作活動を展開。コンピュータを使用した現代音楽の作曲のほか、これまで、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、山形交響楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、N響団友オーケストラなど、プロフェッショナルのオーケストラ団体のコンサート等の編曲や、舞台・映像のための音楽の作曲等、幅広いジャンルを手がけている。
また吹奏楽にも造詣が深く、博士論文として「第二次世界大戦以前の日本の吹奏楽曲創作の実態」を執筆、吹奏楽コンクールの審査員も務める。
現在、昭和音楽大学・同短期大学部非常勤講師。
Invocation I
For Flute and Live Electronics (2023)
Invocation・・召喚
本楽曲は次の3部から成り立つ。
1・・原始的なリズム(フルートから出される様々なノイズ音のサンプリング)の中で、フルート奏者は旋律を召喚するための「呪文」を演奏する。「呪文」は、「モールス信号」に基づくリズムと、演奏者によってランダムに演奏される2音のセット(音程)である。さらに、リズムトラックはこの2音の音程に基づきリアルタイムに変化が加えられる。フルート奏者には、第1部のこの機械的な「楽譜」のみが事前に与えられている。この楽譜も、ある文章を、モールス信号のリズムを元にした規則によって楽譜に変換しただけのものにすぎない。
2・・演奏者が「呪文」を終え一旦退場すると、旋律の召喚の準備が始まる。フルートのサンプリング音によるリズムの氾濫の中で、演奏者の入力した呪文が、発展・展開し徐々に旋律を形作る。本日は、休憩時間中に第2部が演奏される。
3・・再入場したフルート奏者が、和音のヴェールの中で、ディスプレイ上に生成された新たな「旋律」を演奏する。続いて、最初に演奏された主題が、第1部の「呪文」に基づき、指定された時間内で様々に解体・変形して再提示される。
このように、無機的な暗号から召喚された旋律は、演奏者によって「有機的に」表現を吹き込まれ、未知の音楽を形作る。
第1部・第3部には音楽的な「発展」はなく、むしろ第2部においてこそ時間的な展開がなされる。本楽曲は、「聴く」というより「感じる」の方が適切かもしれない。
聴衆は、第2部においてその音楽の推移を楽しむことも、また一時退室することで、いわば「スキップ」することも可能なのである(ちなみに、第2部の持続時間は、休憩時間に応じて可変可能となっている)。
Yuya HARYU
1995年生まれ。
2018年愛知県立芸術大学音楽学部卒業。
2021年東京藝術大学大学院修士課程修了。
第35回現音作曲新人賞受賞。
第89回日本音楽コンクール作曲部門一位。
第32回芥川也寸志サントリー作曲賞受賞。
桐朋学園大学、茨城県立水戸第三高等学校非常勤講師。
鳥の練習曲
(2023)
ジャズサクソフォーン奏者のチャーリー・パーカー、通称「バード」は、その比類なき即興の引き出し、演奏技術から、死後70年以上経つ今もジャズ・ファンを魅了してやまない。彼が「バード」と呼ばれる理由はどうやら諸説あるようだが、先に述べた音楽家としての非凡な才能が、人々に鳥と形容されたと解釈することに、何ら違和感はないだろう。
本作において私は、彼の鳥人的な技術に触発され、モダンジャズ的なマテリアルで、極限に技巧的なものを目指して作曲にあたった。常に電子音楽パートとの同期が求められる奏者には、6分強の間、猶予といったものはほとんど与えられず、奏者は破綻なく吹き切るにあたって強靭な精神力が求められる。極めてストイックな音楽の行く末を愉しまれたい。
Daiko FUJIKAWA
京都市出身。東京藝術大学音楽学部作曲科、東京藝術大学大学院音楽研究科作曲専攻修士課程をそれぞれ卒業・修了。2021年4月から一年間、ハンブルク音楽演劇大学で研鑽を積む。「女声とバスクラリネットのための『芦のかりね』」で第23回奏楽堂日本歌曲コンクール作曲部門で一般の部第1位、「クラリネットのための『ゆら』」で第17回弘前桜の園作曲コンクールで一般部門第1位を獲得。また、大学院アカンサス賞(修士課程作曲専攻首席修了)、同声会賞、三菱地所賞、弘前市長賞を受賞している。平成30年度野村学芸財団奨学生。
日本の伝統音楽、特に能について理論的/実践的に研究しており、修士論文では「能楽演奏の分析的研究序説―能《井筒》を例として―」の題で能の演奏における実際についてテンポの扱いを中心に分析した。
創作活動の他にもピアノ演奏、指揮、楽曲解説の執筆などを手掛け、また能楽師やダンサー、作家、文学研究者との共演など他のジャンルとの交流も積極的に行い、多岐にわたる活動を繰り広げている。
現在、東京藝術大学音楽学部非常勤講師。
金襴の夢は微睡みて……
(2023)
題名の「金襴」は金糸を使った派手な織物のことであり、この曲の素材となった京都の古い子守唄『優女(やしょめ)』の歌詞の中に歌われている。蓮如上人(1415-1499)の作という俗説があるほど古くから伝わるこの歌は近世には広く人口に膾炙していたらしく、地唄『萬歳』の中にも非常によく似た一節が現れる。萬歳楽になりうる絢爛な内容を子守唄として歌うのは、いかにも洗練された都の生活がうかがえる。
ところで、「子守唄」は個人的にコロナ禍が始まった2020年以降、『月に惑ふ(2020-21)』『みだれ髪による月夜五首(2021)』『黄昏、空に熊(2021)』『型、染、記憶(2023)』など、近作で取り組んできていた重要なテーマである。安らかな眠りを導くという意味では挽歌と表裏一体の存在と言える子守唄は、平穏に生きるための身近な音楽という視点から個人的に重要なキーワードとなった。
この作品は、『優女』を下敷きにして短歌の構造へ当てはめた独奏フルートのためのinterlude(『みだれ髪による月夜五首(2021)』の第3間奏曲として書かれた)をもとに、それを拡張する形で書かれている。
また、アコースティック楽器と電子音響によるミクスト音楽と呼ばれる編成は、20世紀後半以降極めて重要なスタイルであり、そこでは電子音響は楽器の拡張、空間化などの役割を担ってきた。この作品ではそれらの役割に加え、環境音を織り交ぜている。これは、コロナ禍において聴取環境を指定できないオンライン配信作品(『月に惑ふ』)を制作した経験によるもので、今回あえてコロナ禍を経たコンサートホールの空間に外の音を持ち込む試みをしてみることにした。
微睡み、夜、生と死の境を揺蕩う子守唄≒挽歌として、曲が終わるころには皆さまが夢と現の境に微睡んでおられれば幸いである。