I. 研究概要
I. 研究概要
オルガネラ代謝研究室は、2026年9月に国立循環器病研究センターで2つ目の独立型研究室として設立されました。ミトコンドリアやリソソームなどのオルガネラにおける代謝の仕組みを解明することで、肥満や糖尿病、脂肪肝などの代謝疾患の病態理解につながる基盤を築くことを目指します。
・オルガネラ代謝とは
私たちの身体に脳、心臓、肝臓といった器官があるように、細胞の中にも、それぞれ異なる役割をもつ小さな「器官」があります。これらはオルガネラ(細胞内小器官)と呼ばれています。リソソーム、ミトコンドリア、ゴルジ体、小胞体、核などがあり、その多くは膜で囲まれています。
例えば、リソソームは細胞の中の「リサイクル施設」です。不要になったタンパク質や古くなったオルガネラを分解し、細胞が再利用できる材料に戻します。こうしたものをリソソームへ運ぶ仕組みの一つが「オートファジー」です。その仕組みの解明により、大隅良典博士は2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。また、ミトコンドリアは、細胞の中の「発電所」として知られています。栄養素を燃やしてエネルギーを取り出し、細胞の活動に用いられるATPという物質を作っています。
このように、栄養素などの物質を分解したり、必要な物質に作り変えたりすることを「代謝」と呼びます。 細胞の中の代謝は、オルガネラごとに役割を分担して行われています。私たちは、それぞれのオルガネラの中で、どのように物質が作られ、分解され、利用されるのかを、「オルガネラ代謝」として研究しています。
図1. リソソームは細胞の中の「リサイクル施設」として働いている
オートファジーによって、不要になったタンパク質や古くなったオルガネラがオートファゴソーム内に運び込まれます。その後、消化酵素を含むリソソームと融合し、内容物が分解されます。分解によって生じた材料は、リソソームの外へ運び出され、さまざまな目的で再利用されます。
N. Mizushima and M. Komatsu. Cell 2011
図2. ミトコンドリアは細胞の中の「発電所」として働いている
ミトコンドリアでは、ブドウ糖やアミノ酸、脂質などに由来する物質を取り込み、TCA回路で燃やしています。燃焼の結果として得たエネルギーを用いて、細胞の活動に必要なATPを作っています。ATPは細胞内のさまざまな場所で利用され、生命活動を支えています。
J. Nunnari and A. Suomalainen. Cell 2012
・オルガネラ代謝はなぜ大事?
食生活の乱れや加齢によって、オルガネラ代謝が正常に働かなくなると、肥満や糖尿病といった代謝疾患につながることがあります。これらの病気は、心筋梗塞や脳卒中など、命に関わる病気のリスクを高めます。そのため、オルガネラ代謝の異常がどのように起こり、代謝疾患につながるのかを解明することは、これらの病気の予防や新たな治療法の開発に向けて重要です。
II. 研究業績
・オートファジーと代謝疾患についての研究
私たちの身体の中にある脂肪細胞は、栄養素を摂り過ぎた時に重要な細胞です。食事の中に含まれるブドウ糖や脂質を身体の中で使いきれなかった時に、余った栄養を脂肪に作り変えて蓄えることで、余った栄養が血液中に溢れ出してしまうことを防いでいます。例えば、糖が溢れ出すと糖尿病になってしまい、脂質が溢れ出すと脂質異常症になってしまいます。そのため、脂肪細胞が働く仕組みを知ることは大変重要だと考えられます。
一方で、オートファジーは細胞内の不要なものをリソソームという消化酵素の詰まったオルガネラに運び込み、分解に導いています。私たちの研究で、脂肪細胞のオートファジーは普段、抑えられているということが分かりました。そして、加齢によってその抑制が効かなくなり、オートファジーが必要なものまで分解してしまい、脂肪細胞の働きが低下してしまうことが分かりました。その結果、血液中のブドウ糖や中性脂肪が増えてしまうことも判明しました。一方で、身体が飢餓に晒された時、脂肪細胞から他の細胞へ栄養を移す際にオートファジーが役立っていることも明らかになりました。
図3. 過剰なオートファジーが脂肪細胞の機能を低下させる仕組み
脂肪細胞の機能をSRC-1とTIF2という2つのタンパク質が支えています。この2つのタンパク質は、PPARγというタンパク質の働きを助けることで脂肪の合成や栄養の取り込みを促しています。加齢時に過剰となったオートファジーはSRC-1とTIF2を分解し、脂肪細胞の機能を低下させてしまいます。
T. Yamamuro, et al. Nat. Commun. 2020; T. Yamamuro, et al. Autophagy 2022
・ミトコンドリアと代謝疾患についての研究
ミトコンドリアはブドウ糖やアミノ酸、脂質に由来する物質を取り込み、燃焼させることでエネルギーを取り出し、ATPという物質を作り出す「発電所」のようなオルガネラです。その一方で私たちは、脂肪細胞のミトコンドリアが、余った栄養を脂肪に作り変える際にとても重要な役割を担っていることを見つけました。この特殊なミトコンドリアを、私たちは“Lipogenic Mitochondria (脂肪合成を支えるミトコンドリア)”と名付けました。
私たちはまず、脂肪細胞のLipogenic Mitochondriaは、ホスホエノールピルビン酸 (PEP)を多量に作っているということを見つけました。PEPはミトコンドリアの外で脂肪をつくる際に用いられることが分かっていましたが、どのようにミトコンドリアのPEPが外に出ているのかが明らかになっていませんでした。私たちは、PEPの輸送を担うトンネルのようなタンパク質、つまりPEP輸送体として、SLC25A35を発見しました。このタンパク質を遺伝子編集技術でなくしてしまうと、脂肪細胞のミトコンドリア内にPEPが蓄積し、脂肪を作る働きが低下することが判明しました。
さらに、脂肪肝でもこの仕組みが働いていることが分かりました。食べ過ぎなどによって栄養が多すぎると、肝臓に脂肪が過剰に蓄積し、脂肪肝になることがあります。SLC25A35を遺伝子編集技術で抑えると、脂肪肝が改善されることが分かりました。そのため、SLC25A35の働きを抑える薬剤を見つけることで、脂肪肝の治療薬を開発できる可能性が示されました。
図4. ミトコンドリアが中性脂肪の合成を支える仕組み
脂肪細胞のLipogenic Mitochondriaでは、PEPが盛んに産生され、SLC25A35によってミトコンドリアの外へ運び出されます。運び出されたPEPはグリセロール-3Pの産生に用いられ、これを土台として脂肪酸が結合することで、中性脂肪が合成されます。
T. Yamamuro, et al. Cell 2026
III. 今後の展望
オルガネラ代謝は身体の中の普遍的な現象で、肝臓や脂肪組織のみならず、身体を構成するさまざまな細胞の働きを支えています。その仕組みを解き明かすことで、代謝疾患やそれに伴う心血管疾患をはじめ、さまざまな疾患の治療につなげられると考えています。
オルガネラ代謝研究室では、連携大学院生、研究者、研究補助者の方を積極的に募集・受け入れております。私たちとともに研究に取り組み、基礎科学・医学の発展に貢献しましょう。ご興味をお持ちの方は、是非お気軽にお問い合わせください(yamamuro.tadashi@ncvc.go.jp)。