研究の関心と内容について

動物のコミュニケーションがなぜこれほど多様で魅力的なのか?何がコミュニケーションを複雑たらしめているのか?といった事柄に関心があります。

現在、ドイツのマックスプランク研究所で博士研究員として鳴禽類(ソングバード)の求愛行動に着目した研究をしています。論文などの研究業績はこちらから

私達ヒトは、「視聴覚コミュニケーション」という単語に表れるように、言葉や表情、身振り手振りといった要素がコミュニケーションにおいて重要だとみなしているようです。それはもちろん事実ですが、でもそれならどうして私たちは、視聴覚でのやりとりが十分にできているはずのオンライン通話だけでなく、直接会って話したいと思ってしまうのでしょうか?配信の映像や音楽では満足できず、映画館やライブに行きたいと望む人がたくさんいるのはなぜ?私達のコミュニケーションは自身が思っているよりずっと多様で繊細な感覚システムに支えられており、また同時に様々な外部要因の影響を受けて形作られています。

人間は自分達にとって認識しやすく、意識の範疇にある(と信じている)ものを基準に世界を理解しようとしてしまいます。しかし動物の行動を支えている仕組みや機能は、必ずしも全てが人間にとって分かりやすいものであるとは限りません。多くの動物はヒトが知覚できないもの(例えば紫外線や超音波)やあまり重要そうに思えないもの(例えば振動や匂い)を巧みに使ってコミュニケーションを行なっています。私達も普段、無意識にその場の「空気」のようなものを感じ取って行動や発言を変えたり、それによっていつのまにか悲しくなったり楽しくなったりします。私は、人間の特性上見過ごしがちな観点を含め、多角的な視点から動物のコミュニケーションを捉え直してみたいと考え、現在セイキチョウと呼ばれるユニークな求愛ダンスをおこなう小鳥の行動を研究をしています(以下で解説)。

動物達の思いがけないコミュニケーションの手段や仕組みを探ることで、ヒトのコミュニケーションについても見過ごされてきた側面や新たな可能性が見えてくると考えています。また何より、彼らの世界を垣間見ることはたくさんの驚きと発見に満ちていて楽しいです。



セイキチョウ2種のタップダンス

博士課程の研究で、セイキチョウ(青輝鳥、cordon-bleus, Uraeginthus spp.)と呼ばれる社会的一夫一妻制の小鳥がタップダンスのような高速運動をおこなっていることを発見しました。彼らは巣材を咥えながらジャンプを繰り返し、歌をうたうという非常に込み入った求愛行動をおこないます。タップダンス行動は1度のジャンプで2−6回ほどおこなわれますが、とても素早いため人の目にはほとんど見えません。毎秒300フレーム撮影できるハイスピードカメラを用いることで初めて観察することができました。

現在タップダンス行動が確認できているのは、ルリガシラセイキチョウ(現在のメインの研究対象種、オスの青色が鮮やかで頭部の青い部分が多い)とセイキチョウ(頬が赤いのがオス、英名は"red-cheeked" cordon-bleuですがややこしいことに日本名は「セイキチョウ」)の2種です。彼らは鳴禽類のカエデチョウ科と呼ばれる科に属していて、同じ科の仲間に文鳥や十姉妹、キンカチョウなどがいます。今はまだ確認できていませんが、調べていけば他にも同じようにタップダンスをする近縁種がいるのでは思っています(ちなみに文鳥はタップダンスしません)。

ルリガシラセイキチョウ

Blue-capped cordon-bleus

Uraeginthus cyanocephalus

セイキチョウ

Red-cheeked cordon-bleus

Uraeginthus bengalus

セイキチョウの求愛行動と面白さ:雌雄双方向性とマルチモーダル性

彼らの求愛行動はそれを見ているだけでも愉快で面白いですが、コミュニケーション研究の対象としても興味深い点が大きく2つあります。

1つは、オスとメスの両性が同じ求愛行動をおこなうことです。彼らのタップダンス行動の回数や動きには目立った性差はありません。求愛行動というとクジャクやゴクラクチョウなどに見られるような「派手なオスを地味なメスが選ぶ」といった状況を想像しがちですが、実際は多くの種で雌雄双方向的な求愛コミュニケーションが見られます(例えばツルやカイツブリなど)。雄だけでなく雌側の求愛行動にも配慮した研究を行うことで、コミュニケーションのプロセスや機能について新たな示唆が得られると期待しています。

もう1つは、彼らのタップダンス行動が視覚信号だけでなく聴覚信号や止まり木を介した振動信号として機能している(複数の感覚(モダリティ)にまたがった、すなわちマルチモーダルなコミュニケーション信号である)可能性が高いという点です。以下の図に示したように、彼らのタップダンス行動はバチバチとかなり明瞭な音を出します。文鳥の求愛ダンスと比べてあまりにうるさかったのがハイスピードカメラで撮影してみようと思ったきっかけです。ジャンプ時の音や振動の大きさは1ジャンプ中のタップ回数に影響を受けており、タップ回数が増えるほど音や振動も大きくなります。振動を用いたコミュニケーションはクモや昆虫で報告されておりとても面白いことがいくつも明らかにされているのですが、鳥類ではほとんど何も分かっていません。現在、セイキチョウの発する音や振動が求愛時の相手の反応にどのように影響するのか調べているところです。

ルリガシラセイキチョウメス(左側)とオス(右側)の歌の声紋(スペクトログラム)。上2段がダンスをともなう歌、下2段がダンスをしていない時の歌。ダンス中はジャンプの際(▽で示した箇所)に音が出る。

周囲に見せびらかすための求愛行動

求愛行動の研究では求愛する側とされる側の1対1のコミュニケーションを想定して実験することが多いですが、私たちは求愛行動がそれ以外の社会要因からも影響を受けていることを発見しました。セイキチョウはペア相手がいる時にその個体に向けた歌とダンスによる求愛行動をおこないますが、この求愛行動はペア相手以外の聴衆がいるときに更に促進されました(誰かに見られている時によりイチャイチャするような感じです)。この時の求愛行動は、ペア相手へのアプローチだけでなく、周囲へのペア相手との関係性のアピールにもつながっていると考えられます。

この研究は雑誌ケトルでも取り上げてもらいました。

セイキチョウは他のペアの様子(この写真では家族)を覗き見していることがよくあります。

野外での行動

セイキチョウは野生下では主に東アフリカに生息しており、現地の人には身近な存在です。2019年にナショナルジオグラフィックからの助成金を得ておこなったタンザニアでのフィールドワークでは、野生のセイキチョウが飼育個体と同様のタップダンスをおこなっている様子を観察できました。野生下でも音や振動は信号として有効なレベルで発せられているようです。求愛時に保持する素材にはイネ科植物やアカシアの葉、他の鳥の羽根など様々なものが用いられていたことや、飼育個体に比べてメスの求愛行動の観察頻度が極めて低かったこと(求愛の時期や機能に性差があるのかもしれません)、blue-capped cordon-bleuとred-cheeked cordon-bleuで巣作りの方法にはっきりとした種差が見られることなど、研究室内では決して分からないことをたくさん知ることができました。新たに生まれた謎も多く、また調査に行きたいです。

ルリガシラセイキチョウオスの求愛行動(ハイスピード映像)

アカシアの葉を咥えて踊るルリガシラセイキチョウのオス

ハタオリドリの巣を眺めるメスのルリガシラセイキチョウ