植物や微生物などの二次代謝産物である天然有機化合物(天然物)は、生命の生存競争と進化の過程で選び抜かれた高い機能性を持つ分子です。しかし、多くの天然物は自然界からごく微量しか得られないことから、それらを医農薬品の開発や生命科学研究で利用するためには、多段階の有機合成反応を駆使した人工合成(全合成)が不可欠です。当研究グループでは、合成を効率化する新たな反応や方法論を開発し、それらを活用して天然物やその人工アナログの全合成を行っています。これによって、天然物を超える優れた機能性分子の創出や、天然物が関与する生命現象の解明を行い、天然物の"謎"に迫ろうとしています。このような取り組みは、天然物(自然)から学ぶ有機化学を実践するという学術的意義に加え、人類の健康増進や地球環境の保全などに貢献することが期待されます。
有用な生物活性を持つのにもかかわらず、生き物に対しどのように作用しているのかがわかっていない天然物に着目し、有機合成化学を活用して天然物そのものや、その天然物の人工アナログを合成する方法を開発しています。この際、汎用性の高い合成中間体を設定し、多様な天然物アナログを網羅的に合成できるルートの開発を行なっています。
また、天然物の共通骨格を持ったキラルなビルディングブロックを開発することで、類似の骨格を持つ多様な天然物の合成を容易にすることを目指しています。これまでに、酸素官能基化されたステロイドやテルペノイドの合成を簡略化できる三環性ラクトンを開発しました。これにより、抗腫瘍活性やホルモン作用を持つ強心ステロイドや、体内時計の調整が可能となるピクロトキサン型テルペノイドの全合成を達成しました。
天然物は有機合成反応を組み合わせて多段階を経て全合成されます。この全合成が効率的に行えるようにするため、1回の反応で多数の結合が形成できるワンポット反応や、室温付近でも進行する温和な条件の反応などの開発などを行なっています。
関連論文:Org. Lett. 2019.
天然物の機能を凌駕する新たな人工アナログの創出を目指しています。この研究を通して人類の健康増進や生態系保全などへの貢献を目指しています。
これまでに、地中海の海綿から単離されたアルカロイドであるクランベシンBのアナログが、電位依存性ナトリウムチャネルの強力な阻害活性を持つことや、神経細胞の保護作用を持つことを明らかにしてきました。このアナログは、痛みの制御やアルツハイマー病などの神経変性疾患の改善に寄与することが期待されています。
天然物の中には数μg程度の微量しか得られないものが数多く知られています。このような天然物の構造決定は、有機合成反応を使って構造がきちんとわかっている分子を人工的に合成し、そのスペクトルデータを天然物のそれと比較することによって行われます。これまでに我々のグループでは、想定される位置異性体や立体異性体を合成できる柔軟な合成ルートを開発し、天然物の構造決定を行ってきました。また、有機合成化学と計算科学を組み合わせた微量天然物の構造決定法の開発にも取り組んでいます。