私たちの研究室では、高周期の典型元素を活用し、「これまでに知られていなかった新しい化学種と結合様式」の創出に取り組んでいます。これらの元素は、従来の遷移金属とは異なる電子構造や結合の柔軟性を持ち、ユニークな反応性や機能を引き出すことができます。さらに、典型元素は地殻中に豊富に存在し、資源的にも持続可能性の高い元素群であることから、将来的な資源問題を見据えた遷移金属代替型の新しい触媒設計にもつながると期待されています。
私たちは、こうした元素の潜在能力を最大限に活かすために、電子的・立体的に精密設計された配位子を導入し、それぞれの元素が本来もつ特性を顕在化させる分子設計に挑戦しています。その結果として得られる新しい化学結合や構造は、典型元素の反応性の本質的理解と、新たな触媒機能の開拓へとつながっています。
高周期14族元素低配位化合物に関する研究
カルベンのケイ素類縁体であるシリレンは、オクテット則を満たさない中性二配位の化学種であり、求電子的な空軌道と求核的な孤立電子対を併せ持つことから、極めて高い反応性を示します。当研究室では、強力な電子供与性を示すイミノホスホナミド配位子を導入することで、求核性を高めたシリレンを設計・合成しました。このクロロシリレンは、従来のシリレンやカルベンを凌ぐ強力なσ供与性を示すことを、実験と理論の両面から明らかにしています。さらに、その高い求核性と立体的な嵩高さにより、遷移金属錯体との独特な配位挙動や、新たな反応性の発現も確認されています。
この設計指針を、ケイ素以外の高周期14族元素へも展開しており、たとえばスズ類縁体であるクロロスタンニレンでは、カルボニル化合物やイミンに対するヒドロホウ素化反応の触媒前駆体として機能することを見出しました。また、鉛類縁体のクロロプルンビレンの合成にも成功しており、そこから得られたプルンビリウミリデン(Pb(II)カチオン種)は、従来にない結合様式と反応性を示す化学種として注目されます。
精密オレフィン重合触媒の開発
ポリオレフィンは、包装材から自動車部品に至るまで幅広く使用される、現代社会にとって不可欠な高分子材料です。その工業的製造は、Ziegler–Natta触媒やメタロセン触媒に代表される遷移金属錯体を用いた重合反応により支えられてきました。近年では、ドナー性配位子を活用した「ポストメタロセン触媒」が注目されており、従来系では実現が難しかった精密重合が期待されています。
当研究室では、trans-シクロオクタン-1,2-ジチオール骨格を出発点に、酸素および硫黄原子をドナーとする[OSSO]型四座配位子を設計・合成しました。この配位子は、ジルコニウムやハフニウムとの錯形成を通じて、これまでにない電子的・立体的制御を可能とし、種々のα-オレフィン重合において従来触媒を凌駕する高活性・高イソタクチック性を示しました。
さらに、[OSSO]型配位子のフェノキシ部位にアリール基を導入する精密な修飾により、スチレンのイソ特異的重合に加え、1-ヘキセンの位置選択的二量化反応といった新たな反応展開にも成功しています。特に、後者はジェット燃料代替化合物の選択的合成という観点からも注目される成果であり、オレフィン類の高機能変換における新しい触媒設計指針を提示するものです。