Engineer living cells to understand them
Lab for Synthetic Cell Biology
合成細胞生物学 研究室
中村 秀樹
京都大学
白眉センター・大学院工学研究科
合成細胞生物学 研究室
中村 秀樹
京都大学
白眉センター・大学院工学研究科
私たちの研究室が標榜する合成生物学 (Synthetic Biology, SynBio) は、比較的新しく学際的な研究分野です。新しい分野だけに、まだまだ成熟しているとは言えず、そのちょっとカオスな感じが魅力のひとつだったりします。まず分野自体の定義からして明確に定まってはいません。
Wikipedia英語版を見てみると、合成生物学とは「新しい生物学的パーツ・デバイス・システムを作成するか、すでに自然界に存在するシステムを再設計することを目指す」 分野、という説明がされています。
言い換えれば、生物学や生命に関連する新しいシステムを作成している研究者は誰でも合成生物学者だ、ということになってしまいます。 このため、合成生物学者が研究者としてのアイデンティティを確立するためには、自分の研究内容について熟慮する必要があります。 さもなければ、どの研究分野にも本質的にまったく役に立たない、妙な実験系を次々に生み出すことに終始してしまう可能性があるからです(このあたりは自戒の念を込めて書いてます)。
私たちの研究室では、生きた細胞内に新しいシステムをデザインし・つくることで、細胞の振る舞いを思い通りに操作することを目指しています。 最終目標は、合理的にデザインした方法で細胞を思い通りに“操る”ことで、細胞の多彩でダイナミックな振る舞いを生み出すメカニズムを”理解する”ことです。 生命の最小単位である細胞を理解することで、「生命とは何か?」という生物学の根源的な問いへの手がかりを得たいと考えています。
このような、生きた細胞の中に合理的にデザインされたシステムを構築し、細胞の多彩な振る舞いを“操る”ことでことで“理解する”アプローチを、私たちは「合成細胞生物学」(Synthetic Cell Biology)と呼んでいます。 特に、細胞遊走、細胞内や細胞集団の時空間パターン形成、細胞の力学応答、ニューロンのシナプス可塑性など、単一あるいは比較的少数の細胞におけるダイナミックな現象に焦点をあてて研究を進めていますが、将来的には進化などより大きな時間スケールの現象も対象にしたいと考えています。
自分が合成細胞生物学のプロジェクトをスタートする、と想像してみてください。自在に操作したい、ある特定の現象が 決まったとします。まず何から研究を始めるでしょうか?
こういう状況では大抵の場合、まず膨大な量の過去の論文やデータベースの中から、標的の現象のマスター調節因子として機能するタンパク質を探します。 そのようなタンパク質が見つかったら、次に、手元にあるツールを利用してこのタンパク質の活性を操作する方法を考えます。ここからは、適切な合成生物学分野の技術との組み合わせや、様々なタンパク質エンジニアリング手法を駆使して技術開発を行うことになります。
しかし、このやり方には大きな問題があります。 マスター調節因子であるタンパク質を文献やデータベースから特定するには、標的の現象が徹底的に研究されている必要がある、という点です。
実際、合成生物学分野のツールでこれまでに成功しているのは、ツール開発以前に詳しく研究されていた現象、具体的には細胞遊走・ニューロンにおける活動電位の発生・ゲノム編集などを操作するツールに限られています。 (またしても自戒の念を込めて)批判的に見るならば、合成生物学は標的の現象の本質的な理解に直接貢献することなく、その現象についての過去の研究結果を利用してきた、とも言えるでしょう。
合成生物学という分野の可能性をさらに拡げるためには、まだ詳細が明らかでない現象を含め、生きた細胞内の「任意の」標的現象を操作する新しい合成生物学ツールを開発するための一般的な方法論を確立しなければなりません。私たちは、ツール開発の出発点として網羅的解析手法を活用することでこの課題に取り組んでいます。簡単に説明すると、近接ラベリング技術(Proximity Labeling)を用いた局所的プロテオミクス解析を利用して、細胞内の任意の場所(標的の現象が起こる場所だと考えてください)に存在するタンパク質の網羅的なリストをつくります。標的の現象の前後でこのリストをつくりその変化を解析することで、ツールの開発に利用できるタンパク質の候補が見えてくるはずです。さらに開発したツールを活用することで、個々のタンパク質が標的の現象で果たす役割がさらに明白になってくることも期待できます。
このように、過去の研究成果を利用するだけではなく、網羅的な「解析」からスタートし、ツールの「開発」、開発したツールによるタンパク質の「操作」までを一つのサイクルとする方法論を確立することで、“生物学全体に貢献する” 合成生物学のあり方を提案することを目指しています。この解析→開発→操作のサイクルを何度も回すことで、新しい現象の理解が少しずつ深まりツールの精度が向上する、という未来像をイメージしながら、一歩一歩基礎を固めています。
私たちは、小分子化合物または光学刺激を入力として、さまざまな細胞内現象を操作するツールを開発しています。 化合物刺激と光刺激にはそれぞれ長所と短所があり、実験ごとに適切な手法を採用します。 たとえば、光刺激は化合物よりも時空間分解能に優れ、空間的にパターン化された刺激や時間変化する刺激が可能ですが、化合物刺激にも、顕微鏡観察や生きた生物個体での解析との組み合わせがしやすいという利点があります。
開発したツールの働きを評価する手法として、ライブセル(生細胞)イメージングを用いて細胞の挙動の変化を観察します。 特にタンパク質可視化用のプローブとして蛍光タンパク質が登場して以来、生細胞イメージングはさまざまな生物現象のダイナミクスを解明してきた強力な手法だからです。そこで私たちの研究において、化学的および光学的刺激と生細胞イメージングを適切に組み合わせることは極めて重要になってきます。
上で述べたように、化学刺激を生細胞イメージングと組み合わせるのは比較的簡単です。 イメージング中に細胞の上に化学物質を加えるだけで済みます。 もちろん、時空間的にパターン化された化学刺激したい場合には、それほど単純ではありません(例えば、マイクロ流体チャンバーなどを使用する必要があります)。刺激を時空間的にパターン化したい場合、光刺激を用いるのがファーストチョイスになります。
時空間的にパターン化された光刺激を行う際、光刺激と光学観察を組み合わせるため少し工夫が必要です。 一般的な顕微鏡のセットアップは、この点で最適化されていないものが大部分です。 たとえば、サンプルを観察している最中には光刺激を中断しなければならないことがほとんどです。 また、合成生物学の 実験に最も頻繁に使用される光刺激の波長は青色(450 nm付近)ですが、この波長はもよく知られた発色団である GFP の励起波長と近いため、観察のためにGFPが使えなくなってしまいます。より長い波長で励起する蛍光分子は使えますが、同時に複数の蛍光分子を観察することはぐっと難しくなります。
私たちは、さまざまな技術を組み合わせ、任意の時空間パターンでサンプルを小分子化合物・光刺激する機能を備えた顕微鏡システムを構築します。顕微鏡ハードウェアの改良、新たな蛍光プローブの開発、MEMSなどの微細加工技術などを駆使しますが、これらに限らず使える技術はなんでも取り入れる意気込みです。 開発した顕微鏡システムと合成生物学ツールの専門知識をフル活用し、生命の最小単位である細胞の理解に挑みます。
私たちは、細胞を研究の対象にしています。これは、細胞が「生命の最小単位」だからです。すべての「生命」は細胞から成っています(生命の定義による部分はありますが)。一方で単細胞生物の存在は、文字通りひとつの細胞がひとつの「生命」であり得ることを示しています。このように「生命の最小単位」である細胞を理解することは、生命そのものの理解に不可欠なステップだと私たちは考えています。
細胞について考える上で、私は細胞の”デザイン原理”に重点を置いています。多細胞生物を含む真核細胞の内部空間には、核をはじめとする細胞内小器官(オルガネラ)など、1μmより大きなサイズの巨視的構造体がぎっしりと詰まっています。これら構造体は非常に多様であり、それぞれに特定の機能を果たして生命の維持に貢献しています。異なる構造体はそれぞれ独立に活動しているのではなく、構造体同士の間には複雑なコミュニケーションが存在します。さらに、細胞内小器官を含む全ての構造体は絶えずダイナミックに変動し、その構成要素であるタンパク質などの分子も絶えず入れ替わりながら機能を果たしています。
このように時空間的にダイナミックに変動する細胞内の“時空間デザイン”こそが、多細胞生物の進化の多様性を可能にしたのだと私は考えています。私たちは、細胞内の多様な構造体の主要な構成要素であるタンパク質、特にその”動き”をデザイン・操作することで、真核細胞内部の“時空間デザイン”を自在に“つくり換える”方法論を確立し、真核細胞のデザイン原理を理解することを目指します。
以上で説明したような方法論を駆使して細胞を研究する際、細胞を「どのように」理解しようとするのか、という点を明確にしておかなければなりません。“理解する”という言葉は非常に厄介で、人や立場によって、その意味はいかようにも変化し得るからです。
私が細胞に対して持っているビジョンあるいはイメージは、端的に言えば「細胞は“社会”だ」というものです。
2024. 3. 18-19
第1回 関西生物物理学研究会に参加します。ポスター発表の予定です。
2023. 12. 22
研究員 ファルネかおりさんが京都大学医学部に異動されました。ありがとうございました。
ますますのご活躍をお祈りしています。
2023. 11. 15
第61回日本生物物理学会年会にて発表しました。
2023. 9.
生きた細胞内の標的に物理的力を作用させる技術、ActuAtorについての論文がCell Reports誌に発表されました。
2023. 4.
ファルネかおりさん(ポスドク研究員)が研究室に加入しました。
2022. 9.
一般財団法人 サムコ科学技術進行財団 研究助成に採択されました。
2022. 5. 1
科研費 学術変革領域(B)「動的溶液環境」に計画班メンバーとして参加しました。
2022. 4. 1
野口佑子さん (技術職員)が研究室に加入しました。
2021.10.15
JSTさきがけ 「細胞の動的高次構造体」に採択され、参加しました。
2021,10. 15
京大 白眉プロジェクト 12期メンバーとして、研究室をスタートしました。
一緒に研究してくれる学生(研究補助や大学院生)・ポスドク・技術職員を大募集しています!
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nakamura*sbchem.kyoto-u.ac.jp
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