研究

 私達のマテリアルズ・インフォマティクス研究室は『デジタル技術とリアル技術の融合で,物質を理解し,新材料を創る』ことを目的に研究をしています。デジタル技術で材料を設計することは難しく、先人達の偉大な研究が積み重ねられた現代でも完全にできるわけではありません。だからこそ、次の未来にむけて研究をしていきたいと思っています。ひとつ歴史を振り返ってみると、量子化学黎明期に活躍し1998年にノーベル賞を受賞したジョン・ポープルの初期の研究成果であるCNDO, INDOといった論文からは、当時まだ確立するかどうかもわからない分子量子論に対するポープルの茨の道をすすむ強い意志と新しい技術への果てしない好奇心がみてとれます。この強い意思が量子化学という学問を成立させたのだと思います。当時に比べて、現在の我々にはスーパーコンピューターや人工知能といった新しい武器が様々あります。これらの武器を最大限に用いたデジタル技術とリアル技術を融合して、新材料が創出できる未来に向けて研究していきます。

 次に、研究室主宰の藤井の個人的な考えを記載します。藤井は”誰かの役に立つ研究”が好きです。誰かの知的好奇心を満たし心理的な豊かさを増すのに”役にたつ研究”、また誰かの便利さや安全を向上させ物理的な豊かさを増すのに”役に立つ研究”、いずれの立場でも誰かの役に立つ研究をしていきたいと思います。これは、私自身が科学を学ぶことで知的好奇心が満たされた経験、社会インフラの上に安全・安心して生活してきた経験、これらの経験が可能な社会を次の世代につなげたいからです。一般に、研究者は自らに内在する好奇心に従って研究をすると考えらているように思いますが、私自身は少し違います。私は私自身の好奇心が多くの方とのコミュニケーションによって変化し、研究者としての経験が広げられたことを実感しています。つまり、内在的な興味に従って研究をするというよりも、様々な方とのコミュニケーションを通して自らの好奇心を変化・成長させて研究をしてきており、これからも同様に研究していきたいと思っています。冒頭に記載した”誰かの役に立つ研究”と”自身の内在的な興味の変化”を楽しみながら将来に向けて歩みを進めていきたいと思います。

 私達のマテリアルズ・インフォマティクス研究室には、実験と理論それぞれの教員、さらには学術界・産業界の双方を経験した教員がおり総勢で4名の教員が多様な考えと技術的背景から学術的・技術的に新しいことを生み出すために研究を進めています。この4名の研究者が1つの研究室として集まれたからこそデジタル技術とリアル技術が新しい次元で融合可能になると考えています。今後も、共に研究を進める学生およびスタッフを募集していますので、ご興味のある方はいつでもお気軽にご連絡ください。



機械学習・深層学習

 機械学習や深層学習といったデータ科学を用いて自然科学・物質科学に適用することを推進しています。特に新材料創出に向けた研究を展開していきます。ここでは、データの収集、予測モデルの構築、探索、実証ループにおいて各要素技術の構築、そして、このループを如何に速く効率的に回すかが重要です。このループは実証を計算物質科学手法によるものでサイバー空間でループを回す場合、そして実験研究者と協力した実証実験によるサイバー空間とフィジカル空間をまたがってループを回す場合があります。前者であれば非常に高速なループを回すことができ、大量のデータを得ることができ、まさにデータ解析技術の活用の宝庫です。一方、後者であるとループを回す際に様々なボトルネックがフィジカル空間には存在し、その一つ一つを解決していく醍醐味があります。
 要素技術の開発としては機械学習による第一原理計算の高速化、スパースモデリングを用いたオペランド計測技術の提案、敵対的生成ネットワークを用いた所望特性を満たす組成式生成などを行ってきました。マテリアルズ・インフォマティクスについては人工知能学会に掲載された解説がわかりやすいです。要素技術開発やそれを統合した材料開発を共に開拓しましょう。([MF; 2-4, 7])



実験化学

 デジタル技術をもとに設計した物質を実際に合成します。具体的な研究目標は、高活性な半導体光触媒・合金触媒を開発することです。半導体光触媒は、太陽エネルギーを用いた水分解反応やCO2還元反応を促進でき、いわゆる人工光合成の観点で注目されています。一方、合金触媒は、工業化学的な化成品製造を低環境負荷な条件で実施するグリーンケミストリーの観点で注目されています。高活性な触媒の開発には、反応因子の理解と、それに基づく触媒設計が重要です。当研究室では、機械学習や深層学習を用いて、反応因子に関わる重要特徴量の顕在化、所望の特性を持つ化合物の網羅的な探索を行い、触媒を設計します。また、合成した触媒の特性を、平衡論、速度論、および分光学的手法を用いて解明し、実験化学の観点から触媒反応を理解することを目指します。

 実験的研究について、例えば次のような成果があります。半導体光触媒については、水分解反応およびCO2還元反応が効率良く進行する条件を明らかにしました(TT; 3, 14, 15, 21)。合金触媒については、常温・常圧という温和な条件においてカルボニル化合物のヒドロシリル化反応を進行させる卑金属系触媒を発見し、その反応機構を提案しました(TT; 6)。



計算物質科学

 第一原理計算、分子動力学計算、デバイスシミュレーションなど様々なスケール計算物質科学手法を用いて機能性材料の機構解明を行います。これまで、有機分子からなる有機薄膜太陽電池の電荷分離機構の解明に挑んできました。ここでは、有機分子同士の結合ネットワークによるモルフォロジーの効果、電子・正孔の局在/非局在化効果を解明してきました。現代の計算物質科学は「京」コンピュータや「富岳」コンピュータといった最先端のコンピュータを活用した超並列計算による研究が盛んに行われています。スーパーコンピューターを大胆に使うような研究に興味がある方と一緒に研究を推進できればと思います。([MF; 5, 6, 8-14, 17])



理論化学:非断熱経路積分

量子力学の定式化の一つに経路積分があります。藤井は経路積分を分子内の非断熱遷移と呼ばれる現象に適用可能な形式に拡張しました。ハーマン・ハーケンの隷従原理によれば、速い運動は遅い運動に支配されます。分子の世界でも運動が速い電子は、運動が遅い原子核の動きに”支配”されます。しかし、その支配は完全ではなく、電子が原子核の運動に完全には追随できないため電子の量子状態が変化することを非断熱遷移と呼びます。藤井は、電子の原子核に追随できない状態変化を電子の量子状態同士の重なり積分を用いて表現する厳密な定式化を構築しました。従来、非断熱遷移を解析するには、非断熱相互作用項の計算が必要でしたがこの定式化では非断熱相互作用作用項の計算は必要ありません。この定式化に停留位相近似を用いることで非断熱の半古典動力学的描像と量子化条件の導出に成功しました。([MF; 15, 16, 18-21])