タイトル:招き猫の冒険
作家 :寺坂 安里
場所 :枝香庵
展示会 :それでは、旅の支度を 寺坂安里 水彩画展
購入日 :2023年11月3日
サイズ :1272x318mm
技法画材:水彩画
彼女たちはどこに向かっているのでしょうか。先頭の女性は旗を持っていることから、団体旅行の御一行かもしれません。女学生とも婦人会とも言い難いです。一緒にいる子どもたちとの間柄も気になります。そもそもいつの時代なのでしょう。大人は全員和服で、髪型からは現代ではないことは明白です。子どもの衣装も古めかしい。大正浪漫を感じさせながら、それとも違うここだけの空間が広がっているように感じます。私は《途中下車はいかがでせう》で訪問した橙色の世界に再び足を踏み入れたのです。
寺坂安里さんの作品はレンズを覗いたような少し歪んだ構図に特徴があり、代名詞になっています。ところが《招き猫の冒険》は行列を真横から眺めるという安定的な構図を採用しています。この作品を描く出発点として、着物の女性を多く描きたいという意図があったのかもしれません。寺坂さんのもう一つの特徴は水彩で描く着物の魅力にあると思います。日本画にせよ油画にせよ着物の女性を多人数描けば、どうしても重苦しく派手になってしまいます。水彩の瑞々しさならば、全体としての調和を失わず、多様な柄の華やかさを表現することができます。しかし、大人14人に子ども4人、そして猫4匹という大所帯ではいつものレンズを覗いたような構図で描くのは難しいでしょう。パノラマ写真のような構図の方が趣旨に沿った作品になります。個展『それでは、旅の支度を』では、作者から「古い写真を眺めているうちに、その中に入っていくことをイメージしている」とお伺いしました。パノラマ写真という言葉が浮かんだとき、今回の作品も物語に誘われるきっかけは共通しているということに気づきました。骨董店の片隅にある箪笥の引き出しで偶然見つけた古い写真、それを見た瞬間に橙色の世界へと誘われる感覚です。
《途中下車はいかがでせう》
構図という観点からさらに作品を考察していきます。列をなして歩く人々を描くにはどうすれば良いでしょう。難しいのは動きです。斜め上から少し蛇行させて描けば、いかにも行列という雰囲気は出るかもしれません。しかし、着物の華やかさを表現するなら真横から描くのがベストです。あらためて画面を眺めると人物は左側に寄っています。大人だけを数えると14人中10人は画面の左側に配置されていることが分かりました。これにより鑑賞者の視線は左の引率者に自然と引き寄せられます。そして自分は御一行とすれ違うように右へと視線は流れてくのです。巧みなのは中心の紐を握った女性の配置。風船を持っているのでしょうか。画面からは見切れているものの誰もが気になるはず。鑑賞者の視線を横軸から縦軸へと変化させることで抑揚が生まれるだけでなく、鑑賞の小休憩にもなります。漢字の「とめはね」のように絵画においても、「静」を入れることで「動」に繋がります。私はこの部分がとても気に入っており、眺めるたびに小休憩を入れています。一方、画面の右側は余白が多い。後ろの子どもは疲れているか恥ずかしがり屋なのか遅れがちですね。袖を掴む姿がいじらしく、それを見守る女性の存在に心が安らぎます。なんといっても行列は間延びするもの。例えはイマイチですが、イモムシが伸縮運動するような行列の粗密が画面に動きをもたらしてくれるのです。
せっかくこれだけの人々が描かれているので順を追って鑑賞してみましょう。番号は並び順を示しています。まずは大人から。
①先頭の引率者は俯いてやや困った表情をしています。御一行がはしゃぎすぎて恥ずかしいのかも。旗の文字は正確には解読できませんが「寶(たから)」と読めます。旅行会社の旗と考えるのが無難かもしれませんが、《招き猫の冒険》と言うからにはお宝に辿り着くことを暗示しているのかも!いや意表を突いて「宝酒造」という説も浮上してきました。大正元年(1912年)に「寶」の名を冠して販売したのが「宝焼酎」の始まりらしく、会社が主催する懸賞ツアーという設定。それはさておき引率者の着物の柄は薔薇。髪飾りも薔薇のようで、意外と派手好きなのかもしれません。何はともあれ行列はもとより絵画としても旗手の役割を果たしてくれています。
②陰に隠れて見落としがちですが、本をあしらった珍しい柄の着物にファッションセンスを感じます。和装本ではなく洋書というのがハイカラですね。スズランとの組み合わせも興味深い。行列からはぐれているメンバーがいないか気にかけているように見えます。
③唐草模様というよりアールヌーボーと言った方が相応しかもしれません。ダイヤ柄の帯も新しい時代を先取りしている感があります。よく見ると面白いポーズをしています。ここだけトリミングすれば、ファッション誌がモデルにポーズを取らせているようにも。小柄ながら機敏で機転の利くタイプと私は想像しています。
④大人では唯一、顔が見えません。縦縞の着物も地味です。一番存在感が薄いキャラクターと言っても良いでしょう。でも、じっくり鑑賞していると人差し指を唇に当てている仕草が気になってきました。何を見つめ、何を考えているのか。表情をうかがい知ることができないもどかしさ。こちらを振り返ってくれないか、見るたびに願ってしまいます。
⑤横顔がとても美しい。斜め上を見上げているのもポイント。実は上を眺めているのはこの女性だけということに気づきました。一般的に俯いている姿勢は落ち込んだり、悲しんだり悪い感情表現として用いられます。しかし、この作品の人たちはみな楽しそうですね。奥ゆかしさやはにかんで笑うというのは、現在では廃れつつある感情表現かもしれませんが、古風とも言える奥ゆかしさは寺坂さんの作品の通底になっているように思われます。着物の柄は飛翔する鳥たち。草蔓を咥えた鳩のように見えますが、ちょっと首が長いので鴈かもしれません。そして意図しているかはともかく鳥の流れと彼女の視線が連動していることに気づきました。帯はパイナップル、林檎に葡萄と一風変わっています。堅苦しさを解くユニークな発想が寺坂さんの作品の魅力になっています。ここで行列の最前列は一区切り。
⑥普通に歩く女性ばかり描いても飽きてしまうもの。ここからは個々のポーズが大きく変化しています。両手を頬に当ててうっとりと瞳を閉じる女性。歩きながらこのようなポーズをすることはないでしょう。とは言え、旅を楽しむ感情がじんわりと伝わってきます。何か想いを秘めているのでしょうか。駆け引きが好きなタイプかも。トランプ柄が謎めいた雰囲気をいっそう醸し出してくれます。また、少し踵を上げて体全体を「く」の字にすることで、歩いているという印象を阻害しないよう工夫されています。菱形を基本とした着物の柄も歩くリズムを補完してくれます。
⑦⑧二人の女性が手をタッチする面白い場面。盆踊りのようにも見えてきます。ポンと手を叩く音が聞こえてきそうですね。右側の女性の着物は紺地に魚が描かれています。これも独創性の強いデザイン。白猫が足にぴったり寄り添っているのはもしかして魚柄だから? 左の女性の視線は子どもに向けられています。彼女たちを補助線で結ぶと逆三角形が形成されます。そして、その中にタッチする手がおさまり、行列のユニットとしてバランスが整えられていることに気づきました。御一行は自由気ままに歩いているようで、てんでバラバラというわけでもないことが分かるかと思います。
⑨ユニークな女性たちに挟まれているため控え目な存在と言えるでしょう。着物は淡い赤紫色をし、大小の丸い模様が描かれています。しゃぼん玉のような儚さ。よく見ると目元にはほんのりと黄色が配色されていることに気づきました。他の女性には見当たりません。化粧なのかはともかくこの女性は御一行のなかで大人びた感じがします。
⑩画面のちょうど真ん中に位置するこの女性は、先ほどの述べたように風船らしきものを持っています。文字通りセンターの役割を担っています。三つ編みをしているうえ、前髪は切り揃えられています。リボンも随分と大きいですね。身長は同じくらいですが、溌溂とした面持ちの中に、どこか幼さやあどけなさが残っているように思えました。大きな蝶の柄の着物も大胆。三日月の帯も目を引きます。風船の球に対しての三日月までは意識していないと思われますが、着物の柄の「かたち遊び」というのも一興でしょう。
⑪行列の後半。なかなか攻めた形で入っていますね。ウエイトレスのような姿勢でだるまを持ち、後ろの人にパスしているように見えます。《途中下車はいかがでせう》と同じくこのS字のポーズはしなやかでとても魅力的です。両隣と少し空けることで、ポーズがより目立つよう配慮しています。さらに着物は色と柄は地味ですが、曲線がS字のラインを補完してくれることも見逃せません。御一行でも不思議なキャラクターになっています。
⑫だるまを受け取るのか微笑みながら考える女性。上品さを感じさせる仕草が素敵ですね。単に練り歩くのではなく、このような連動性が絵画としての面白さを倍増させてくれます。林檎に葡萄、柿といった果物柄に加え、白い点をアクセントとする着物を召しています。帯は百合の花でしょうか。赤い帯留めもポイント。これを着こなすセンスの良さ。遠目からには似たような女性に見えるかもしれませんが、とても個性豊かな人たちです。
⑬盆踊りのようにくるりと一回転している場面かもしれません。軽やかにステップを踏み、腕でリズムを取っています。最後尾のアクセントとしていい役者ですね。他の女性は髪を結っていますが、この人は肩にかからずウェーブをかけています。前髪もふんわりとして現在の髪型に見えます。大正時代にも短めの髪型は見られますが、ウェーブを作ってもなびかせるのではなく、ポマードなどで固めてしまうのが流行したようです。軽やかさではなく、しっとりと重量感がある方が好まれたのかもしれません。着物の柄は鳥の羽という珍しさ。孔雀をあしらった帯とリンクするのはもちろん、ふわふわと浮いた羽はこの女性の自由さを表現しているとするのは考えすぎでしょうか。
⑭袖を引っ張られ後ろを振り返る女性。三つ編みがふわっと浮いているのが良いですね。実際、後ろを向いただけで縛った髪が舞い上がることはないと思われますが、絵としての違和感はなく、鑑賞者を自然に余白へと誘導し、作品に余韻をもたらしてくれます。前髪は留められているので、落ち着いた雰囲気を邪魔しません。右指を口に当てる仕草もきれい。子どもに「どうしたの」と声をかけているようです。右腕と連動する左腕のラインがとても美しい。補助線を入れると分かりやすいのですが、対角線上に矢印が置かれているイメージです。また、だるまを持った女性と同じく、着物の柄は姿勢を補完してくれます。よく見るとリボンを結ぶ紐の柄であることがわかりました。三つ編みのラインともリンクしますね。
さて、この作品のタイトルは《招き猫の冒険》です。子どもが抱える人形は別として、4匹の猫が描かれています。この四匹はみな白猫で耳の形や顔つきも随分と似ていますね。兄弟と思われるかもしれませんが、実は同じ猫なのです。絵画には異なる時間を一つの画面に描く「異時同図法」というのがあります。絵巻物で主人公があちこちに描かれるパターンと言えば分かりやすいでしょう。西洋画でも宗教画によく見られる手法です。ただ、この作品では一つの行列に白猫が連続して登場するので、いわゆる異時同図法というよりも漫画やアニメらしい瞬間移動とも言えそうです。さらに不思議なことに女性たちは白猫を意識していないように見えます。足元に猫がぴったり寄り添ったり、一緒に踊ったりする動きをすれば注目されてよいはず。御一行は白猫の存在に気づいていない。この状況をどのように解釈すれば良いのでしょうか。もしかすると私たちと同じように白猫も別の世界から橙色の世界にやってきたのかもしれません。「私たちが住む街」、「白猫が住む街」、それが「橙色の世界」で交差するイメージです。どの白猫も不思議なものを見つめるような顔をしています。警戒しつつもちょっと遊んでほしそうな様子。行列についていくだけなら冒険には至らないような気もしました。白猫は何らかの拍子に橙色の世界に紛れ込んでしまったのかもしれません。
個展風景①
個展風景②
御一行も白猫も鑑賞者には気づいていないようです。しかし、一つだけこちらをじっと眺めている存在があるのにお気づきでしょうか。少女が抱える招き猫です。だるまも正面を向いていますが、こちらはお土産のようであるのに対し、招き猫は魂が宿っている感じがします。「なぜこの世界に来たのか」「どうしてこの世界に気づいたのか」問われているような気分がしてきました。少し怖い存在と解釈すると作品の楽しさが膨らみますね。
子どもは4人登場しています。一番左の子は小学校の高学年くらいの年長さん。大きく腕を振って機関車が行列を牽引しているように見えます。やはり大正浪漫を感じさせる服。大人と違って丸みを帯びた革靴というのも可愛らしい。後ろ姿の小さい子は妹かもしれません。年長さんの視線はおかっぱ頭の童女に向けられています。童女はぽかんとした表情をしている気がします。最後尾には二人の子どもが描かれていますが、大きなリボンをつけたセーラー服の少女は先頭の女性とどこか似ていますね。やはり恥ずかしさがあるのでしょうか。そういう時期なのかもしれません。最後に旗を持った子が描かれていますが、愛らしさはもちろん構図の上手さを感じました。行列の終わりをどうするかは難しい課題です。行列を終わらせない案も考えられますが、かえって尻切れトンボになってしまう恐れがあります。大名行列ではないので、どこまでも続くというのは不自然ですね。大人でも背の高い人を描けば、引き締まった印象になりそうです。一方、この作品のように小さな子どもを配置すると余白が生まれます。先がシュッと細くなることで、柔らかくふんわりとした余韻を残してくれます。漢字で言えば「とめ」と「はらい」の違いかもしれません。短い旗には「☆」が描かれています。御一行の大トリをちゃんと務めていますね。
最後に作品全体を眺めてみましょう。大人の身長はほとんど同じになっています。体型も変わりません。また、男性も登場しませんね。やはりこの作品は着物が大切なモチーフになっており、その連続性を意識しているように思いました。男性の着物はどうしても紺や灰色など暗い系統になってしまいます。フロックコートも今回の作品の世界観にはそぐわないように感じます。さて、同じ身長の人物が連続すると、一つ困った問題がでてきます。それは髪です。黒が多くなると画面が重たくなり、行列のリズムが失われかねません。大人の女性14人のうち黒髪は5人しかおらず、9人は薄い茶色をしています。淡い橙色の空間を阻害しないよう考慮したものと考えられます。今度は足元を見て見ましょう。普通に歩くだけでなく、背伸びをしたり跳ねたりとリズミカルです。じっくりと作品を鑑賞してきましたが、あらためて彼女たち、そして白猫は何処に向かっているのでしょうか。季節感も曖昧で、夏のようにも冬のようにも感じます。時間帯は夕方が似合いますが、夜としても昼としても違和感はありません。目的地は観光ならかつて浅草にあった凌雲閣も想像できます。いやいやそこは橙色の世界ですから、私たちが目にすることはなかった幻の国会議事堂云々と想像するのも楽しいですね。(2024年7月28日)
個展風景②