タイトル:No.95
作家 :津絵 太陽
画廊 :Stage-1
展示会 :すなをひろう 津絵太陽個展
購入日 :2019年9月23日
サイズ :P8
技法画材:油絵
画廊Stage-1で開催された津絵太陽個展「砂をひろう」で購入した作品です。同個展では、零戦、軍帽、手榴弾、弾痕といった太平洋戦争の兵器や軍装が、現代の空間に突如出現する情景を描いた作品が展示されていました。この作品のタイトルは「No.95」と制作順の番号が付与されたのみです。タイトルは、絵画を解釈するうえで重要な手がかりを与えるため、単純な番号では寂しさを感じるかもしれません。しかし、近代における戦争は、中世までの刀や槍といった個々の戦闘でもなければ、現代ように高度なテクノロジーの戦争でもなく、徴兵された国民の命を弾薬ように消費し合う殲滅戦で、機械的に与えられた番号は近代戦争の本質を示しているように思えます。もちろん数字一つ一つに生命が宿っていることを忘れてはなりません。
この作品の見所は、平和な公園に突如として現れた手榴弾が生む緊張感にあります。手榴弾は精細に描かれ、一般的な鉄よりも炭素を多く含む鋳鉄の質感がリアリティを高めています。調べたところ、大日本帝国の手榴弾は10年式とその後継である91式、97式、99式と続いていました。99式は外装が滑らかであることから、四角形の溝が掘られているこの作品のものとは異なります。また、10年式と91式はやや細身であり太平洋戦争期には旧式になっており、現在では入手するのは難しいでしょう。ずんぐりした形状から、この作品で描かれたのは97年式と推測しました。絵画に描かれたモチーフを調べて、特定することは意外と面白いものです。
同個展では、陶器製の手榴弾をモチーフにした作品も展示され、揺らめく手榴弾が不確かな静寂ともいうべき特異な雰囲気を放っていました。陶器製の手榴弾は太平洋戦争末期に代用品として生産され、希に骨董市で見かけることがあります。津絵氏の作品は、個々のモチーフを綿密に調査をしていることを述べておきます。
では、画面構成を見ていきましょう。手榴弾から離れるにつれ画像は朧げになっていきます。左下にあるのは捨てられた煙草の箱ですが、一見しただけでは何が描かれているのか判別できません。写真のようなぼかし効果を巧みに生かしていることは誰もが感じるでしょう。しかし、実際にこの場面をカメラで撮影しても、手榴弾と煙草の箱の距離感からすれば、このようなぼかしを出すことは難しく、絵画だからできる表現技法と思われます。過度に手榴弾に焦点を当てることで、一層の緊張感を生み出しているわけです。
煙草の箱というモチーフの選択は、意表を突かれました。タバコのパッケージは現代のものと思いますが、戦場には煙草が似合います。常軌を逸した戦場においてささやかではあるものの、煙草の一服は精神を和らげたでしょう。映画では煙草を吸う兵士のカットは定番です。この作品では、休息の象徴として煙草の箱が描かれたようにも考えられます。
また、煙草は火を使うものですが、捨てられた箱は火とは無縁であり、火花を吹く手榴弾と対峙しています。ひしゃげた箱は不安感を助長させる効果を与えます。手榴弾の他には1つしかモチーフを入れないとすれば、そこに何を持ってくるかは非常に重要であり、見事な選択をしたと感嘆せざるを得ません。
手榴弾は時間経過によって起爆しますが、鑑賞者は手榴弾が地面に触れた瞬間に爆破するように感じるのではないでしょうか。手榴弾をその影と煙草の箱で線をつなぐと、地面との高低差がほとんどないことが強調されます。煙草の箱はピンボケを示すだけではなく、位置関係を明確にし、緊張感を演出する重要な役割を果たしていることに気が付きました。1秒の猶予も残されていない。手榴弾の揺らめく影が動きと時間を生み出します。コマ送りのように時間が過ぎていく雰囲気を感じませんか。
さらに、弧を描く煉瓦調の床が、爆発の波動を予感させます。もし煉瓦が直線に埋設されていたり、砂地の地面であれば、緊迫感は薄れてしまったでしょう。モチーフが少ないがゆえに個々のモチーフの大切さを感じさせてくれる作品です。
津絵氏は白黒を基調とした作品を多く描いていますが、特筆すべきは金属、木材、布や紙といったモチーフの材質を適確に表現していることです。手榴弾の金属の表現に目を見張りました。今回の個展では、柱にかけられた軍帽を描いた作品もありましたが、軍帽のラシャ、革紐、通気口のビスと柱と壁の質感が巧みに描かれており、卓越した技術力に感服しました。(2021年2月27日、2021年7月22日修正)
■追加情報
作家の津絵太陽さんから、手榴弾は九七式、煙草の箱はマールボロ、2015年頃デザイン変更された12ミリのいわゆる「赤マル」と教えていただきました。新しいデザインの箱にすることで場面設定が現代であることを示したということです。(2021年4月18日)