タイトル:さつきばれ
作家 :津絵 太陽
画廊 :ギャラリーアーク
展示会 :アストレア展
購入日 :2019年7月17日
サイズ :P6
技法画材:油絵
これは随分と野心的だな、というのが私のこの作品に対する印象である。「五月晴れ」とは、元々は旧暦の6月で梅雨の合間の晴天を意味していたが、現在は5月の清々しい晴天を表す言葉として用いられることが多く、爽やかさ、心地よさを感じる。この作品からも鮮やか空、生命力がみなぎる山の木々から「五月晴れ」のタイトルに相応しい清々しさを感じることができる。
しかし、もっとも目を引くのは、作品の中央を飛空する鳶(トンビ)もしくは鷹(タカ)であろう。鳶は主に死肉を食するため、残念ながら鷲や鷹に比べると世間の評判は芳しくない。鳶は海岸や山で見かけることが多く、鷹や鷲より稀少性に欠けるうえ、人間が食べる弁当を掻っ攫うこともある。そうは言っても、鳶の「ピーヒョロロロ」という鳴き声は長閑であり、悠々と空を滑空する姿は美しいと思う。タカ目タカ科である鷹と鷲の違いは大きさであって、後者の方が一回り大きい。
鳶、鷹、あるいは鷲であるかはともかく、大空の中心に一匹の鳥を描くのは如何にも大胆である。しかも特徴ある形の雲が鳶に向かって伸び、本来は主役の一つである濃い白雲が鳶の引き立て役になっている。普通、この作品に鳥を描くなら、普通は2羽を画面の右上に入れるのではないか。鳥は青い空とちぎれ雲のアクセントになるし、2羽描くことにより夫婦や親子、又は縄張り争いといった空想を惹起させ、作品に物語性を入れることができる。ところが、この作品では、戦闘機が単機で滑空するような鳥が中心をなしている。大空に対して粒のような鳥であっても、威風堂々した姿に圧倒されてしまう。一口に「飛ぶ」と言っても、羽ばたく、浮遊する、風に乗って高く舞い上がると様々であるが、この鳥は空を切り切り裂いているようだ。周囲のちぎれ雲は、主人公たる鳥を中心に円を描くように流れている。
次に目を奪われるのは山肌の崩れである。五月晴れであれば、描かれるべきは青い空と緑の木々であって、赤茶けた地層が剥き出しなっているのは痛々しく似つかわしくないように思える。この作品が描かれた場所は把握していないため、詳しいことは分からないが、土砂崩れは珍しいものではなく、私も電車に乗っていてこのような風景を目にし、思いのほか強烈な赤い地層が露出しているのに驚いた記憶がある。あえてこのような風景を描いた理由はなぜだろう。津絵氏は主に白黒を基調とすることが多く、有彩の油絵は珍しいため、普段は使わない絵具や色彩を試みたのかもしれない。しかし、仮に試行的な点があったとしても、この作品に相応しい風景と作者が感じたことが前提にあるはずである。山の風景は単調になりやすく、色彩が豊かになる効果は大きいだろう。地層と樹木との対比によって、緑をより強く感じることができる。また、ゴツゴツとした岩肌の質感が、鑑賞者に単なる清々しい季節だけではない複雑な印象を抱かせる。大空を舞う鳥にとって、この山肌はどのように映るだろうか。広大な土地からすれば、僅かな傷にすぎず意に介していないかもしれない。土砂崩れは、自然の一つの有り様にも思えるし、人災によるものであれば人間の愚かさを嘲るだろう。
画面構成を考える上で、考慮されるのは山の形、鑑賞者との位置及び距離をどのように設定するかである。この作品では、山は画面右上から左下に急峻に裾を広げている。左下の後景の山は淡く描くことで、空気感を生み出しているが、前景の山と輪郭線を直線に繋げることで、一つの山であるかのような錯覚を受ける。鋭利な稜線に勢いと力強さを感じる。また、左下は空につながり、山の中腹までしか描かれていないため、全体としてどのような地形であるのか推測するのが難しい。鑑賞者の視線は山を見上げるでもなく、見下ろしてもいないため、向かいにある山の中腹に位置することになる。しかも荒々しい岩肌、樹木の幹や葉の茂り具合が判別できるくらいの距離である。そのため、遠目に広がる雄大な山脈の風景に感服するというより、「さつきばれ」のタイトルのとおり、作者が登山の折に目に触れた生の自然の清々しさを、鑑賞者が共感できるような仕掛けになっている。
最後に、雲や樹木が丁寧に観察され、描かれていることにも着目したい。雲は大気中の水滴や氷、塵の集合であり、太陽の光が乱反射することで白く見える。雲は発生する高さと形から主に10種に分類される。中央の特徴ある形をしているのは「わた雲」、画面端のちぎれた雲は「すじ雲」かもしれない。この作品で描かれる雲は太陽の光によって微妙な陰影がつけられ、薄くちぎれた雲は非常にリアリティがある。目を凝らすと、鳥に近い雲は淡いピンク色が混じっていることに気が付く。実際の空を眺めるような楽しさを覚える。また、樹木は雑然と塗られることなく、精緻にかつ多様な色彩を重ねることで、斜面による生育の違いを意識できるほど巧みに描かれている。例えば、右下の木々は若々しい黄緑色をしている。(2021年2月27日)
■追加情報
作家の津絵太陽さんから、取材地は「日光・中禅寺湖付近」と教えていただきました。(2021年4月18日)