タイトル:包みきれない
作家 :水野 香菜
画廊 :福福堂
展示会 :水野香菜 日本画展「めいめい開花」
購入日 :2019年6月5日
サイズ :8号
技法画材:日本画
カワセミは、漢字で「翡翠」と表記されるように鮮やかなコバルトブルーの羽を持ち、その美しさは宝石に例えられる。身近に観察できる野鳥において、カワセミほどきらびやかな鳥はいないだろう。一方、桜は、日本人に最も愛されてきた花と言っても過言ではない。卒業や就職といった節目に桜は文字通り花を添え、桜が舞う光景は、誰しも忘れがたいものがある。
「包みきれない」は、カワセミと桜という華麗で贅沢な組み合わせである。作家にお伺いしたところ、桜が舞い散る中においても、鮮やかなカワセミの姿は包み隠すことはできないという趣旨とのこと。ところで、カワセミは、高度経済成長期には工業化と都市開発により激減したものの、近年は河川の水質改善が進み、都心の水辺でも見ることが出来るほど個体数は回復してきた。カワセミはバードウォッチングでも人気が高い。私も葛飾区の水元公園、松山市の湯築城跡でカワセミを見ることができた。カワセミについて調べてみると「巣は土崖に横穴を掘ってつくります。池、川など淡水域の水辺で餌をとるのが普通です」[1] とある。確かに水元公園も湯築城跡も小川や堀に土崖があったことから、そこに巣があったのかもしれない。コンクリートで護岸工事されると、繁殖には適さないのだろう。なお、私のようなバードウォッチング初心者は、大きなカメラを構えたプロフェッショナルな方々の邪魔をしないよう背後から双眼鏡を合わせると、お目当ての野鳥を見つけやすい。
さて、前置きが長くなってしまったが、この作品の魅力について考えてみよう。まずは特徴のある構図である。桜の枝は、右上から左下に伸びている。しかもカワセミが留まる枝は、一旦上に向かった後、曲線を描いて左下に伸びている。花びらは、全体的に右上から左下に舞っているが、注意深く観察すると、画面の左上と右下には花びらがあまり描かれていない。枝を中心に川の流れのように花びらが舞い降りている。これにより空気や風をより強く感じることができる。左下の花冠のかたまりは、カワセミと対峙し、バランスのよい距離にある。また、カワセミの嘴の角度は、近くの枝と平行になっていることにも気が付く。この作品は、右上から左下への斜線が基軸となっているのは誰の目にも明白だろう。
この構図の意図はどこにあるのだろうか。カワセミと桜の花冠の位置関係は、画面に安定をもたらす。また、枝を端から端に突き抜けるように伸ばすことで、鑑賞者の視線を広げる効果はあることも見逃せない。さらに、この作品を眺めていると、鑑賞者に「時間」を意識させてくれる。
カワセミが留まる小枝の曲線は、この作品の「時間」に大きな役割を果たしている。実際にこのように曲がることは稀であろう。人為的な曲がり方にも見えるが、入念に検討された結果と思われる。まず、右上から左下に流れる構図の中で、鑑賞者の視線を受け止める効果がある。また、手前を太く描き、次第に細めることで画面に奥行と躍動感を与えている。枝はゆっくりと曲がるのではなく、節々で直線的に向きを変えている。歌舞伎役者のようなメリハリのある動きだ。ふわふわ散る花びらとは対照的であり、画面に複雑なリズムを与えているのが素晴らしい。単に桜が舞うだけでは、このような時間の感覚を与えるのは難しいだろう。そして、タイトルにあるよう枝はカワセミを包み込むように曲がっているのも良い。
カワセミは体長17cmほどの小さい鳥である。そのため、カワセミに焦点を当てると、桜全体を描くのは難しくなる。桜を描くのであれば、爛漫と咲く様子を描きたくなるのではないか。小鳥と桜を合わせる場合、桜はぼやかして表現されることが多いように思われる。しかし、この作品では、カワセミの体長に合わせて、大ぶりな花びらを一枚一枚、形、向きや色彩に変化をつけて、丁寧に描かれている。花弁の付け根は濃く、先端に向かって淡くなっていることに気が付く。花びらは可憐に散るだけではなく、生命を宿した迫力がある。個々の花びらに視線が移っていく中で、鑑賞者はより一層、時間を意識することになろう。
もう少し桜を観察してみよう。蕾や花弁が散った後の花托を描くことで、自然な印象を受ける。また、花冠だけではなく、がく片を描くことで、リアリティが増している。花びらには金色の縁つけられているが、距離をとって眺めると、縁どりされていることには気がつかない。近くで見れば派手にみえる金縁が、ピンク色の花びらと一体となるのであるから不思議である。光の当たり方によって花びらの見え方が違ってくる。がく片にも金の筋が入っているが、遠目からでは分からない。雌しべと雄しべは、胡粉による盛り上がった点によって描かれているが、遠くからはかなり写実的にみえる。おそらくは桜は広く分布するソメイヨシノだろう。灰色の樹皮にところどころ横目に褐色の筋が入るソメイヨシノの特徴が適切に描かれている。桜の曲がり方は、意図的であり装飾的であるのに対し、花弁や樹皮はリアリティを高めることで、絵画ならではの美しさが生み出されている。
次に、本作品の主役であるカワセミに注目したい。カワセミの美しさはコバルトブルーに輝く羽にあるが、腹部のオレンジ色によって美しさが際立つ。カワセミの写真はインターネット上に無数に溢れているが、羽を広げて飛んでいる姿よりも、枝などに留まっている姿の方が綺麗に見える。コバルトブルーとオレンジ色の兼ね合いが大事なのだろう。この作品においても、面積としてはオレンジ色の部分の方が大きいが、それが故にコバルトブルーの美しさに魅了されるのである。羽には金色の筋が引かれ、一定の距離を持って鑑賞すると、細やかな羽毛の質感と輝きを生み出す。なお、カワセミの鮮やかな色彩に目を奪われがちであるが、頬に白い部分があることも忘れてはならない。また、図鑑を見ると、足は思いのほか赤いことがわかった。桜もカワセミも写実的な要素と装飾的な要素を巧みに組み合わせることで、鑑賞者の記憶に残る景色が生み出されていることに驚かされる。絵画とは、写実と装飾のせめぎあいを美に昇華させることと思えてならない。
背景のうち上部は、彩度を落とした薄い水色である。カワセミの美しさを阻害しないための選択であろう。晴天とも曇りとも言い難く、現実にある空とは違い、水辺を意識させる配色である。一方、画面下の背景は、明度と彩度を落としたピンク色である。褐色が混じれば地面にも見えるが、観念的な配色であろう。カワセミと桜の同系統の淡い色彩を背景とすることで、落ち着いた印象を与えるとともに、主役の美しさを引き立たせる絶妙な配色である。自らを包むように舞い散る桜の花びらをカワセミはどのように感じるのであろうか。桜の枝に留まるカワセミをこの目で見てみたいものである。(2021年6月4日)
[1] サントリーの愛鳥活動 https://www.suntory.co.jp/eco/birds/encyclopedia/detail/1408.html