研究概要

図1 FPR受容体遺伝子の進化系統樹

図2 FPR2受容体上の自然選択を受けたアミノ酸

Ⅰ.ゲノムの分子進化情報による遺伝子機能の解析

ゲノムプロジェクトの進展によって、ゲノムが完全解読された生物種数は、既に7000種に近づこうとしている。こうした大量のゲノムデータは、いまだ十分な解析がなされないまま、さらに増え続けている。分子進化解析は、これらのゲノムデータから、遺伝子の進化経路や自然選択の有無について明らかにする。とりわけ、解読精度の高いゲノムデータが利用可能な場合には、ある生物の全遺伝子についての網羅的な進化解析が可能となる。当研究室では、今までにゲノムの分子進化解析を行うためのコンピュータプログラムの構築を行ってきており、自然選択の検出や遺伝子組み換えの頻度等について、ゲノム全体からデータを得ることが可能になった。これらに加え、収斂進化や平行進化に関わるアミノ酸置換を同定する手法についても確立した。現在は、こうしたバイオインフォマティクスの手法を用いたデータ処理によって、哺乳類の食性や寿命に関わる遺伝子の検出・同定やヒトの疾病関連遺伝子の進化的由来やその意義などについて研究を進めている。


微生物の病原性獲得過程は進化の一側面として扱うことが可能なため、微生物ゲノムに関する分子進化学的研究は病原因子の同定にも大きく貢献できる。既に、嫌気性細菌である、Bacteroides属の細菌についての解析を行い、正の自然選択を受けている幾つかの遺伝子を同定した。


文献

1) Akahori, H., Guindon, S., Yoshizaki, S. and Muto, Y., Molecular Evolution of the TET Gene Family in Mammals. Int. J. Mol. Sci. 16: 28472–28485 (2015).

2) Muto, Y., Guindon, S., Umemura, T., Kőhidai, L. and Ueda, H., Adaptive evolution of formyl peptide receptors in mammals. J. Mol. Evol., 80: 130-141 (2015).

3) Yoshizaki S., Umemura T., Tanaka K., Watanabe K., Hayashi M. and Muto Y., Genome-wide evidence of positive selection in Bacteroides fragilis. Comput. Biol. Chem. 52: 43-50 (2014).

リン脂質人工平面膜と膜電流測定

II.リン脂質人工平面膜と膜作用物質

リポソームと同時期に考案された黒膜(black lipid membrane)は,直径が100~1000μmの小孔にリン脂質二重層を人工的に張ったもので,脂質平面膜(planar lipid membrane)ともいう。この膜系は,平面状のリン脂質二重層を形成しており,生体膜のモデルとして様々な測定に利用されてきた。脂質平面膜では,膜の両側の溶液が交換できることや,膜電流,膜電位の測定など電気的測定が容易であることから,高感度,高精度な測定が可能となる。通常,チャネルタンパクなどの測定においては,単一分子レベルでチャンネル電流の検出が可能である。

こうした平面膜の形成法にはいくつかの方法があるが,当研究室ではMontalらによって開発されたFolding法を用いている。これまで,この平面膜を用いて,原生動物の光感受性色素であるBlepharisminのチャンネル形成能(文献4)やカビ毒素のイオン輸送活性を証明してきた(文献5)。


文献

4) Muto Y, Matsuoka T, Kida A, Okano Y, and Kirino Y. Blepharismin, produced by the protozoan, Blepharisma japonicum, form ion-permeable channels in planar lipid bilayer membranes. FEBS Letters, 508. 423-426 (2001)

5) Muto Y. and Kawai K. Ion permeability induced in planar lipid bilayer membranes by quinone pigments derived from eukaryotic microorganisms, in: H. T. Tien (Ed.), "Advances in planar lipid bilayers and liposomes", Elsevier Science, Amsterdam, pp121-157 (2005)

III.中心小体の構造と機能

中心体は,細胞分裂時の紡錘体形成の極として機能しており,染色体分配や細胞極性の制御に主導的な役割を果たしている。癌化した細胞では中心体数の異常が多く報告されていることから,中心体の複製異常(増幅)と発癌の関連が強く示唆されている。一方,この中心体の内部には中心小体(centriole)と呼ばれるオルガネラが存在しており,微小管の重合や中心体の機能調節に関与していると考えられている。しかし,中心小体の複製機構や正確な機能については不明な部分が多く,細胞分裂制御の観点からも詳細な解析が必要とされる。

中心小体には、Leucine-rich repeatモチーフを含むタンパク質が幾つか知られていたが、新たにLRRCC1 (CLERC) というタンパク質を見出し、その解析を行った。このタンパク質は、単細胞生物のChlamydomonasにすでに存在しており、進化的起源は非常に古い。遺伝子ノックダウン解析から、このタンパク質が中心小体のペアを連結している可能性が示唆された。


文献

6) Muto, Y., Yoshioka, T., Kimura, M., Matsunami, M., Saya, H., and Okano,Y. An evolutionarily conserved leucine-rich repeat protein CLERC is a centrosomal protein required for spindle pole integrity. Cell Cycle, 7, 2738-2748 (2008).

7) Muto Y, and Okano Y. CLERC and centrosomal leucine-rich repeat proteins. Central European Journal of Biology. 5(1): 1-10 (2010).

図1 3D-FRET測定装置: 全体の配置

図2 FOCUS駆動装置とCCDカメラ

Ⅳ.細胞内タンパク質の分子動態

生体の高度な機能は,細胞内の多様な生体分子間で生じる結合・解離を伴う相互作用を通して実現されているといえる。したがって,タンパク質間相互作用が「生きた細胞内」で「どのような時期」にそして「どのような場所」で生起しているかについて明らかにすることは,今後の細胞生物学の大きな課題でもある。こうした生きた細胞内でのタンパク質間相互作用を調べるためには,GFP融合タンパク質を用いた蛍光共鳴エネルギー移動法(Fluorescence Resonance Energy Transfer, FRET)が強力な解析手法であると考えられる。

 当研究室では,蛍光タンパク質であるBFPとGFPを用いて,レチノイン酸受容体であるRXRとRNF8との相互作用を明らかにしてきた(医学部消化器病態学分野,分子病態学分野との共同研究,文献1)。一方,細胞内での反応は細胞内部に立体的に分布して機能しているタンパク質間の相互作用に基づくことから,従来の二次元でのFRET測定では真の動態を解析することは不可能である。そこで,従来の2次元平面ではなく細胞内3次元空間での測定の必要性から,新たに3次元蛍光共鳴エネルギー移動法(3D-FRET)の測定系を構築した。本システムは,顕微鏡のFocus駆動装置と蛍光検出側のフィルター切り替え装置から構成されており(図1,2),これらをコンピュータ制御することにより各光学切片(断層像)についてDonorとAcceptor画像を取得することができる。そして,これらの画像の画像間演算と3次元画像構築によって,3D-FRETが実現できる。

図3 Immuno-FRET法の測定原理

抗体が利用できる場合には,蛍光免疫染色を用いたFRET法も可能である(Immuno-FRET法,図3)。本法を脳神経系に特異的に発現しているNP25タンパク質に適用して,アクチンとの結合を可視化した(文献2,3)。Immuno-FRET法は生きた細胞では測定できないが,比較的容易に得られる抗体が使用できる点は,特筆すべきことである。

文献

1) Takano, Y., Adachi, S., Okuno, M., Muto, Y., Yoshioka, T., Matsushima-Nishiwaki, R., Kenichi, I., Moriwaki, H., Kojima, S., and Okano, Y. The RING-finger protein, RNF8, interacts with retinoid X receptor and enhances its transcription-stimulating activity. J. Biol. Chem. 279, 18926-18934 (2004).

2) Mori, K., Muto, Y., Kokuzawa, J., Yoshioka, T., Yoshimura, T., Iwama, T., Shinoda, J., Okano, Y., and Sakai, N. Neuronal protein NP25 increases during neural differentiation and interacts with F-actin. Neuroscience Research, 48, 439-446 (2004).

3) Muto Y. and Okano Y. Immuno-FRET microscopy of the actin-binding protein NP25 in  situ, in:A. Mendez-Vilas (Ed.), "Current issues on multidisciplinary microscopy research and education", Formatex Research Centre, Badajoz, Spain. pp39-44 (2005).